女神様と二大馬鹿
大量の荷物をリュックに詰め込んで、アレイストは学園から神殿のある辺境を目指していた。数日前に思い出した戦争イベント対策として、最上級職に就く事を考えたアレイスト。それに賛同してついてきたルーデルは、アレイストとは対照的に荷物は少なく軽装でアレイストの後ろを歩いている。
学園から馬車に乗って近くの村まで来たが、神殿が山にあるため山登りをしなければならない。アレイストは重い荷物を息を切らしながら担いで登る。
しかし、ルーデルはそんなアレイストを見て一言。
「俺も訓練がてら重い荷物を持って来ればよかった」
「鍛えたくてこんな重い荷物を持って来ている訳じゃないからな! 山登りを甘く見たら本当に危険なんだからな……数年前に来た時は本当に泣いたんだ」
数年前の自分を思い出して涙ぐむアレイスト。上級職の恩恵を得ようと神殿まで足を運んだが、山登りを何の装備も無いまま登って酷い目に会っている。
ゲームでは登山用の装備など必要なかった。といってブツブツと独り言を繰り返すアレイスト。
「これくらいなら余裕だろ? そんな大げさな装備はいらないと思うがな。見てみろアレイスト、見た事も無い鳥がいるぞ」
アレイストの後ろを歩きながら山を登るルーデル。正直、ルーデルは山登りを楽しんでいた。そんな後ろで楽しんでいるルーデルを見て、アレイストは考える。
(何でルーデルとこんな所に来ているんだろう……本当なら仲間と強化イベントみたいな物なのに。あれ? そうすると、ルーデルはすでに仲間なのか?)
目標の一人であるルーデルと、仲良く登山している事に違和感を感じつつもアレイストは神殿を目指している。
生い茂る木々に、時折聞こえる鳥の鳴き声と暖かい太陽の日差しが差し込む中で、二人は歩き続ける事数時間……目の前にはいかにも古く、手入れのされていない神殿といえなくもない建物が見えてきた。
山の中腹に位置する神殿は、管理する者もいないまま朽ちていこうとしているようにルーデルには見えた。
「ここが神殿か? まるで今にも朽ちようとしているな……ここで何をするんだアレイスト」
アレイストは荷物を降ろして自分もその場に座り込む。神殿内が数年前と同じなら埃まみれで荷物を置いて休憩できないからだ。
「ここで神託を受けるんだ。自分が次の段階に進みたいと願いながら祈るだけでいい。そうすれば神託が自分の進む事が出来る道を示したり、その場で俺なら最上級職にしてくれたりするんだ」
「なら俺はドラグーン一択だな」
「いや、ドラグーンは特殊なジョブだからここではなれない」
「何故だ! 俺はドラグーンにしかなりたくない」
「あれは特殊だから無理だろう。大体、ドラゴンがいないのにドラグーンにはなれないよ」
不満そうにするルーデルだが、ここまで来たのなら祈る事はしようと考えた。何故なら進むべき道を示すなら、自分にはドラグーンになる道を示すと思ったからだ。
「しかたないな。なら俺がドラグーンになるために何が足りないか聞くとしよう……」
「分かり切ってるだろ? ドラゴンが足りないな。……そんなにドラグーンがいいのか? 職業というか、ジョブとして見たら中途半端だし、今のお前なら上級騎士になるだけでも単純に強くなれるのに」
アレイストが普段から不思議に思っていた事を聞いてみる。ルーデルは強い。魔法、剣術、体術どれをとっても学園では上位に位置し、単純に戦えば学園でも一番だろう。……アレイストはそう思っていた。
「……小さい頃に空を飛ぶドラゴンを見た事がある。深い緑色をした立派なウインドドラゴンだったな。アレを見た時から、どうしても手に入れたくてしょうがないんだ。ドラゴンに乗って空を飛びたい。自由に空を……俺と契約してくれるドラゴンと飛ぶ事が夢なんだ」
ルーデルは夢を話す。幼い時からの夢を……
「僕にはないな。ただ面白く生きていければよかった。小さい頃から強いと思い込んで、この先も安泰だと思い込んでた。だからかな、ハーレムとか英雄になるとかそんな碌でもない事ばかり考えて空回りしてた」
アレイストはルーデルを羨ましいと感じる。それは単純に幼い頃から夢を追い続けるルーデルが格好よく、そして諦めない事を凄いと感じたのだ。それに引き替え自分は……
「ハーレムか? 父が複数の女性と関係を持っているが、アレを見ても羨ましいとは思わないな。時々父と母がその事で喧嘩をしていたな。財産がどうとか」
「やっぱりハーレムは夢のままが一番美しいのかな。確かに色々と女子はどす黒いとか聞くし……」
アレイストは考え込む。自分が想像するハーレムは存在しないのではないか? そう思うと同時にエルフのミリアの事が頭に浮かんだ。
「夢なら否定しないが、アレイストはミリアの事が好きなのだろう?」
「い、いや、す、好きだが……」
(ミリアはお前の事が好きなんだよぉぉぉ)
心の中で嘆くアレイスト。バレンタインでチョコを使って気持ちを伝えようとしたが失敗しているのだ。このままからかわれてばかりも嫌なアレイストはイズミの話をルーデルに振る。
「お、お前こそシラサギの事はどうなんだよ。みんながお前らは夫婦だっていってるぞ」
それを聞いてルーデルは少し嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をする。
「イズミとは一緒になれないんだ。幸せになって欲しいから、俺はリュークやユニアスの実家を頼るように進めているんだがな……二人は了承してくれたのにイズミが頑固でさ」
「関係ないだろう! 好きなら好きっていえばいい。お前はそうやって逃げてるだけだ」
アレイストは転生者で貴族としての感覚が欠如している。ルーデルのいう事はあまり理解していないが、現代の感覚で愛さえあればどうにかなると思っての発言だ。
ルーデルからしたら、ドラグーンを目指すだけでも相当の我がままであり、そこに来てイズミとの事まで好き勝手に行動する事は出来ない。それに、自分はよくてもイズミがそれで幸せになれるか考えると答えはNoだった。
イズミの実家はクルトアに祖国から逃げてきたような物……貴族の地位を得てどこかに仕えるなり、領地を得ねば生きていく事も難しい。その為にイズミは上級騎士を目指し、有力貴族の後ろ盾を欲しているのだから……
ルーデルと付き合う事になれば、家柄的にイズミは妾になるしかない。そしてイズミの家はアルセス家の傘下に入る。権力を落としているアルセス家の傘下になってもいい事はない。それにアルセス家は統治者として問題ありだ。
その事を考えずに発言するアレイストは空気を読めない男だろう。ルーデルは怒ってもいい……が、自分の事を思っていってくれたアレイストに、ルーデルは微笑ましく思った。アレイストに苦い笑いしながらいう。
「そうかもな……そろそろ行こうか。早くしないと帰りが夜道になる」
「本当に分かってんのかよ……」
文句をいいながら立ち上がるアレイストは、荷物を置いたまま神殿へと歩き出す。手には荷物から取り出した小さな小物が幾つか握られているだけだった。
◇
神殿内の祭壇を簡単に片づけるアレイストは、ロウソクに魔法で火をつけると持ち込んだお供え物を祭壇に置いた。埃や蜘蛛の巣の張った神殿内は、汚かった。
「本当にそんなお供えでいいのか? 神託を聞くのに対価としてどうかと思うな」
準備をするアレイストを見てルーデルも簡単に掃き掃除をするが、アレイストが備えている物を見て不安になる。祭壇に供えられているのは子供が好きそうなお菓子だったからだ。
「これでいいんだよ。甘い物が好きな女神だからな」
ルーデルの中の女神像が崩れるのと同時に準備を終えて祈りを始める。ルーデルも少し遅れて祈りを始めた。
(最上級職にしてくれ女神様。大好きなチョコを持ってきたから……)
(どうすれば最高のドラグーンになれるか教えてくれ女神様……)
二人の願いに応えるかのように、神殿内が光に包まれ祭壇に半透明な光る女神が現れた。
「す、凄いなこれは」
ルーデルが女神を見て正直な感想を述べる。先程の崩れたイメージが多少持ち直すが、供えられたお菓子が無くなっているのを見てまた崩れる。
『汝らに神託を授ける。そこの金色の髪をした子は武術を修めれば【黒騎士】への道が開けよう……』
「な、何だ? そんなジョブは聞いた事が無いぞ!」
アレイストが黒騎士という言葉に考え込んでしまう中、今度はルーデルに神託が下る。
『そしてもう一人の人の子は……【白騎士】への道を修めておる。汝は今日より白騎士を名乗り、その名に恥じぬ生き方をせよ』
「いや……ドラグーンになりたいから白騎士というのは断る」
ルーデルは女神のイメージが崩れたのか、物怖じしないで答える。
『え!? ……白騎士は最高の職であり聖騎士でもあるのだが……』
「チェンジだ、ドラグーンにチェンジだ」
戸惑う女神は頭を抱えているアレイストに助けを求める視線を送る。が、アレイストは自分の事で手がいっぱいだった。
「何でだよ! ここは魔法騎士の次である『勇者』が妥当な筈なのに」
『いや、拒否されても我が困る』
困り顔でルーデルに向き直る女神は、これからどうやって目の前の人物を説得するか考え出す。