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兄弟と雇い主に奥さん

「ハァハァ、なんでこんな事をしなきゃいけないんだ」


 クルストが腕立て伏せをしながら、監視しているルーデルを睨みつける。反論すれば腕立て伏せ、サボれば腕立て伏せ……長期休みも平日も関係なく続く地獄に、クルストは文句をいいつつも従う事しか出来なかった。何度も兄であるルーデルに不意打ちをしたり、実家に手紙を送って救って貰おうとした。


 しかし実家からは『続けろ』としか返事が返ってこない。長期休みも帰ってこなくていい、と返事が来て凄く落胆したクルスト。一方、実家であるアルセス家でも変化が起きていた。問題ばかり起こすのはルーデルも同じだが、クルストの起こした問題はアルセス家の面子に関わっていた。


 王女を見捨てた行動に、平民に負けて引きこもっている事実……両親もクルストを切り捨て、王に気に入られたルーデルを優先する事にしたのだ。それまでしてきたルーデルに対する行動も、手の平を返すように真逆になっている。


 ルーデルが望めばそれを受け入れ、クルストの助けを拒んだ。ルーデル自身も、クルストの事で実家が無理にでも引き取りに来るか? と、考えていたが、予想以上に賛成されて不気味に感じるほどだった。


「試合まで時間が無いぞクルスト。それが終われば次は……」


 クルストは、三学期のクラス対抗戦後にフリッツとの試合がある。それを考え怖くなるクルスト。


「……勝てるもんか」


 ルーデルではなく、自分に呟いた一言……それを聞いたルーデルは難しい顔をする。クルストを鍛えてはいるが、身体は鍛えられても心が折れたままだった。何度も怒鳴りつけて無理やり鍛えてきたが、フリッツの話になるとすぐに怯えてしまう。


「負けたままでいいのか?」


 ルーデルの問いにクルストは答えない。


「勝てとはいわない。だが、逃げるな……逃げる事は絶対に許さないぞ」


 それにも答える事のないクルストは、ただ黙々と腕立て伏せを続けている。



 二学期が終わり、長期休暇も終わりに差し掛かった頃……ルーデルにバジルが仕事を止める事を申し出てきた。ルーデルは引きとめたが、バジルの辞める理由を聞いて納得する。


「私が教えられる事はもうありません。それに、バーガスから告白されました……卒業後には結婚する予定です。ですから、今年で仕事を辞めようと思っています」


「そ、そうか! ならお祝いしないといけないな。贈り物も考えないと……」


 いきなりの展開にルーデルも驚くが、そうなると雇い主としてお祝いもしたいと考えた。バジルは魔法関係で大変助けになったし、バーガスは入学してはじめて出来た兄貴分であり友人だ。考え込むルーデルに、バジルがある事を申し出る。


「でしたら一つお願いがあります。夫の商売道具である『盾』をお願いしたいのです。去年壊してから自前の物を持っていませんから」


 バジルはルーデルがお祝いや贈り物を止めてもするだろうと考え、自分からバーガスの盾を要求した。これならバジルとバーガスの贈り物として一つで済ませて貰える。そう考えていた。


「それはいいが、バジルの分はどうする?」


「ルーデル様、盾騎士の盾は高いですよ。これで二人分という事で……」


 ニコニコとしながらバジルはいう。ルーデルも色々と考えて……頷いた。すぐに盾を手配しようと考えるが、ルーデルはお抱えの武器商人や鍛冶屋がいない。正確には実家の伝手を使おうと考えつかなかった。そして相談する事にした相手が……


「ユニアスでなく私にか? ……確かにハルバデス家には優秀な者もいるが、盾か……」


 丁度学園に戻ってきていたリュークに相談するルーデル。しかし、武名よりも知識を尊ぶハルバデス家に置いて、盾騎士用の盾を用意するのは無理ではないがお勧めできなかった。どうしても武器となると装飾された豪華な飾りになってしまう。


 友人の頼みで何とか応えたいリューク。そこで一つ思い当たった。


「優秀な鍛冶屋なら知り合いがいるな。お抱えという訳ではないが、魔法関係の道具をいくつか作成させているから腕も確かだ」


「盾も作ってるかな?」


「元が鍛冶屋だから心配ないな。で、盾はお前が使うのか? それともクルストか?」


 リュークはすぐに鍛冶屋に制作依頼の手紙を書こうとした。


「いや、バーガス用だよ。今度バジルと結婚するからお祝いに送るんだ。バーガスは辺境に赴任するから、バジルがそれについて行く形かな?」


 手紙を書く手が止まるリュークは、その事を聞いて少し考える。バーガスの人柄やとっさの行動力と、魔法の専門家であるバジルが嫁になる事を考え……


「そうか……ならそのお祝いの品は私も金を出そう」


「それは流石に悪いよリューク」


「いや、問題ない。何故ならバーガスの雇用主が私になるからだ」


 ルーデルが首をかしげて悩む中、リュークは実家宛にも手紙を書く。優秀な盾騎士がいるから雇いたい、と書いた手紙。そして頭の中では、自分の魔法理論と盾騎士の存在を合わせて考えていた。以前から考えていた複雑な魔方陣を利用した魔法を使用するのに、最初から魔方陣を刻んだ道具を誰かに持たせて配置させれば楽だと考えていたのだ。


「盾騎士はその存在自体が少ない。目立たず、功績も上げにくい……だが、必要な存在だ。しかし雇う方にしてもいるだけでは困る。役に立たないのでは雇った意味がない」


「そうだね」


「だが、魔方陣を刻んだ盾を待たせ、魔法を扱わせる。陣形も即座に変更できるほどの統率を持てば……ルーデル、盾騎士の価値が変わる時が来たぞ!」


「お、おう!」


 なんとなくリュークのしたい事が分かったルーデルだが、実際はリュークの魔法の実験台にされるバーガスが可哀そうになっていた。リュークの事だから死ぬような事はしないだろうが、実験や訓練は過酷な物となる、と想像するルーデル。


 辺境に赴任するのと、大公家に仕官する事が出来るのを比べたら明らかに後者が優遇されている。それを考えてバーガスにとってどちらがいいのか悩むルーデル。



 その頃、バジルはルーデルへの贈り物を用意しようと街に出ていた。去年の出来事で剣を無くしたルーデルは、未だに自分用の剣を所持していない。学園内では問題ないが、これからの事を考えると持っていた方がいいと判断したバジルは剣を送る事にした。


 そして相談を買い取りを行っている老人にするのだが


「剣か? どれもこれも業物になると桁違いに高いな。お前は剣を使った事が無いから分からんだろうが、今の主流は鉄に魔力を含んだ鉱石や魔物の骨を一緒に溶かし込んだ物が一般的だな。そうすると金額も跳ね上がる訳だが……予算は?」


 バジルが指で金額を提示するが、老人は溜息を吐く。


「次期大公が持つ剣をそんなはした金で買えるか」


「そこを何とか!」


「結婚祝いで何とかしてやりたいが、流石にその金額だとな……普通の剣で我慢しとけ」


 そんなやり取りをしていると、店に一人の男が入店してくる。ドアを開けると鳴る鐘の音が店内に響くと、黒髪をした東方系の男がつたない言葉で老人に質問する。


「この店に珍しい魔物の牙がある、と聞いて来たのだが……見せて貰えないだろうか?」


「ああ、あるにはあるが、あんた異国の人間か? 中々売れなくて困ってたんだ。買ってくれるなら安くしとくぜ」


 そういってバジルを見る老人。バジルは老人の行動で自分が売りつけた『あの時の牙』だと理解する。


「そうだ。国境近くの街で鍛冶屋をしている。店を開く前で目玉になるような武器を仲間と作成している所でな。何か面白い素材はないかと探し回ってここまで来たんだ」


 それを聞いたバジルが閃く。店を開く、という事は未だにそこまで有名では無い。それなら拍が欲しい筈……そう考えたバジルが鍛冶屋に提案する。


「ねぇ鍛冶屋さん、相談なんだけど……」


 こうしてルーデルの剣が『あの時の牙』を元に作成される事になった。それはルーデルが最初に出会った黒い魔物の物であり、ルーデルに深く関わる存在である。

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