兄弟と少年
学園の食堂は、基礎学年の生徒たちによって破壊されていた。厨房では逃げ遅れた職員たちが震えながら奥へと逃げ込み、食堂の入り口では教師たちが中に入って事態の収拾に乗り出そうとする。しかし、平民も貴族の生徒達もすでに我慢の限界に来ていた。
「手を出すなって言ってるだろう!」
「貴族を助けるのかよ! やっぱり教師も敵だ!」
「平民に馬鹿にされたままでいられるか! 黙って見ていろ!」
基礎学年の一年生と二年生で、貴族と平民に別れて魔法や食堂の机や椅子を使って激しく戦う生徒達に教師も手が出せなかった。人数が少ない事と、上級生達を引率している教師が実戦向きの教師であり、残った教師たちが座学中心である事も大きい。
そんな学生食堂で、争いの中心となっているのはアルセス家のクルストとフリッツという平民出の少年だ。お互いに最初は拳を使って喧嘩していたが、クルストが負けそうになると持っていたナイフを取り出してしまった。そこからはフリッツも習いたての魔法や、友人が持ち出してきた木剣を受け取ってクルストと戦う。
「この貧乏人の屑が! 貴族を馬鹿にして生きていけると思うなよ……貴様の家族も周りの人間もすべて殺してやるからな!」
「勝てなければすぐに周りの人間に手を出す……お前たち貴族は最低の屑だな。俺はこの学園に来るまで冒険者をしていたんだ。お前たちがどんなに汚い連中か知っているし、どう対処すればいいかなんて知っているんだよ!」
クルストのナイフを木剣で弾き飛ばしたフリッツは、そのままクルストの腹に蹴りを入れて食堂の壁に叩きつけた。それを見て歓声を上げる生徒達に、貴族の生徒達は腹を立てる。
クルストは、去年の王女様を見捨てた一件で周りの信用を失っている。しかし、見捨てた貴族の子弟は複数いて、その事を表だって非難する者も少なかったし、取り巻きの連中も未だにクルストとつるんでいた。それでもこの状況でクルストへの周りの反応は更に悪くなる。
『平民に勝てない貴族の面汚し』
周りで戦う貴族の生徒たちは、クルストを冷たい目で見る。
(何でだ……何で俺をそんな目で見る! 何がいけなかった? どうして俺は平民なんかに負けて……)
考えがまとまらないクルストは、立ち上がろうとする所をフリッツに必要以上に痛めつけられる。復讐したいと思えなくなるまで痛めつけるやり方を選んだフリッツ。周りでは普段から見下されている亜人の生徒たちも貴族の生徒たちを殴り飛ばしたり、魔法で吹き飛ばしている。
それはまさに狂気といえる。狂った光景が広がる食堂の入り口で、どうする事も出来ない教師や一部の生徒たちが狼狽える中、騒ぎを聞きつけた残っていた上級生たちが集まってくる。座学中心の教師たちよりも集まった上級生たちに期待が集まる。
その中には、勿論ルーデルたちも含まれていた。
◇
イズミから事情を聴いて謹慎室から解放されたルーデルたち三人は、そのまま食堂へと足を運ぶ。食堂の入り口付近では教師や中で暴れる生徒たちの争っている声が聞こえていた。感情が高ぶっているのか、罵声を浴びせる生徒に教師も怯えている。
そんな状況を見て、三人の中で先陣を切ったのがユニアスだった。普段は気さくな部類に入る貴族のユニアスだが、怒ればその鍛え上げられた大柄な体と凄みのある顔で相手を恐怖させる。他の上級生たちもそんなユニアスに道を空け、後に続く事にした。
「どけ」
ユニアスに睨まれた生徒が一瞬驚くが、相手は上級生でも自分達よりも数が少ないと考えて退こうとしなかった。そこで意識が無くなる生徒……ユニアスに殴られて吹き飛んだのだ。
入り口付近から吹き飛んだ生徒と、そのまま食堂へ入ってくる上級生達に視線が集まり、食堂が一瞬の静寂に包まれる。ユニアスを先頭に、ルーデル、リュークと次々に食堂へ上級生たちが入ってくるのを見て、基礎学年の生徒たちも次第に自分達の行動が不味いと理解していく。
貴族の生徒たちは三公の嫡子の登場で争いを止める。だが、平民出の生徒たちはそうはいかない。特に今年入学した生徒たちはルーデルたちについて知識不足だった。ドラグーンに助けられた間抜けな貴族という先入観から舐めてかかる下級生たち。
「今度は上級生まで参加しますか? いいですけどね……三年生になる前にルーデルを倒す事が出来る。学園でしか威張れないお前に、現実って奴を教えてやるよ」
木剣をルーデルに向けるフリッツ。今までの彼が行ってきた討伐の仕事が、彼に自信を持たせているのだ。学んでいるだけの学園の生徒と違いフリッツは確かに強いだろう。学園を出て騎士になる事を考えるフリッツには、ここでの生活など遊びだった。
王女様が通っているという事もフリッツを学園に通わせた理由の一つだ。フリッツはこのクルトアと言う国を中から変えようと考えて学園に来たのだ。次代の中心的な人物達と交友関係を作り、理想の国にするという夢を持つフリッツ。だが、どう考えてもやり方が不味い。
仕事をして世間と言う物を知ったフリッツだが、狭い範囲の常識しか持ち合わせていなかった。貴族を悪だと叫び、力があれば金が手に入る冒険者と言う立場の考えが今回の行動へと繋がる。
理想は立派だが、方法が不味い。それがフリッツという『少年』だ。強いだけの子供が、綺麗事を並べて力でソレを押し付ける。
そんな事を知らないルーデルにとって、フリッツとは今は貴族の立場から守るべき存在だ。自分を見下した発言も特に思う所も無い。逆に、フリッツに手を出したクルストに腹を立てていたのだ。そんなルーデルの考えも、周りを見て改めるしかなかった。
厨房では、よくオマケとして大盛りにしてくれるおばちゃんたちが怯えて震えているし、教師にまで手を出している。皆が使う食堂は破壊され、しばらくは使えそうにない。これでは、フリッツの行動は賊と同じではないか? ルーデルは急速にフリッツに対しての興味が無くなった。
「……お前には興味が無い」
そう言ってフリッツの横を通り過ぎてクルストの所に向かうルーデル。
「何をしているクルスト? お前はそれでも騎士を目指す貴族か?」
「……馬鹿にするな! お前みたいな屑が、この俺様を馬鹿にするなぁ! 全部お前のせいだ。お前さえ居なければ、俺がこんな目に会う事もこんな奴に負ける事も無かったんだ!」
泣きながら悔しそうに叫ぶクルスト。痛めつけられたフリッツを見る目は怯えていた。大体の状況を食堂に来る前に聞いたルーデルは、フリッツに向き直り話し始める。
「俺の弟が迷惑をかけた事は謝ろう。……だが、お前はやり過ぎだ」
「ッ! お前がソレを言うのか? アルセス領で苦しんでいる領民に聞かせてやりたいよ」
ルーデルの言葉に皮肉で返すフリッツ。そのまま木剣をルーデルへと振り下ろすが……ルーデルは避ける事も防ぐ事もしなかった。そのまま何度も打ち込むが、ルーデルはビクともしない。それよりも木剣が折れてしまった。
「な、何で……」
いくら打ち込んでも効果のない事にフリッツは驚くが、ルーデルは気にする事もなく全員に告げる。
「この馬鹿騒ぎをすぐに止めろ。続けると言うのなら、今度は本気で相手をする事になる」
ユニアスとは違った凄みに生徒たちが争うのを止めた。