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青年と弟と喧嘩

 ルーデル達が国境の街から学園に戻ってきてしばらくした時の事だ。バーガスは保健室で入院していた。腕の怪我が酷く帰ってからも治療が必要だったのだ。


 そして帰ってから三公の嫡子である三人は、学園長に呼び出しを受けていた。今回のドラグーンであるリリムの脱走と、帝国の実験オーガの件でだ。


「本当に色々と面倒事を持ってくるものだな。わしがこの学園に来てから……いや、学園開校以来、これほど問題を起こした生徒も珍しいよ」


 少しばかりやつれた学園長を前に、ルーデル達も申し訳ない気持ちになる。学園長や教師たちも、この件では口止めや情報操作など色々と制限を受けた後に、三人の処分について骨を折っている。


 意外な事にアルセス家以外からは、特に今回の件で口を出してくることはなかったので幾分楽だったのだが……やはりアルセス家だけは、ルーデルを異常に処分するように口を出してきた。それをのらりくらりとかわしつつ、王宮に働きかけた学園長の苦労は大きかった。


「はぁ、まぁ巻き込まれただけとは言えこれ程の問題だ。三人は一週間の謹慎を受けて貰う。これは表向きドラグーンのリリム、カトレア両名に君たちが救出された事になっているからだが……まぁ体を休めてくれ」


 溜息の多い学園長を前に、ルーデルが質問する。


「二人の処分は?」


「君達が救出された事になり、今までの問題も帳消しになる。随分と動いてくれたものだよ……ディアーデ、ハルバデスの両家は黙認してくれたが、この事は貴族や王族の知る公然の秘密だ。帝国の実験の件もあって公にはできそうにない。聞いた話では、アルセス家のみが抗議したせいで二人は謹慎処分らしい」


「謹慎で済んでよかったなルーデル」


 学園長の答えに、ユニアスは片目を閉じてルーデルに笑いかける。リュークはそんなユニアスを見て溜息を吐いて呆れる。


「私達もその謹慎処分者なんだがな」


 そんな二人とは対照的に、ルーデルの実家に助けを求めた手紙はやはり役に立たなかったのを知って、少し落ち込むのだ。助けると言っておいて、本当に助けたのはリュークとユニアスの実家が黙認してくれた事と、帝国の実験が行われた事実だけだ。ルーデルは何もしていない。


「……まぁ、学生諸君は気にする事はない。『今は』だがな」


 そうして学園長室から退室する三人は、男子寮の謹慎室へと向かう。



 学園ではルーデル達の噂が広がっていた。何でも国境付近の街で討伐の依頼を受け、失敗してドラグーンに救出されたという噂だ。その噂が広がると、学園では大きく分けて二つの反応が出た。一つは、またルーデルが何かしたのか? という物で、どちらかと言えばルーデルの武勇伝(笑)が増えたくらいにしか考えられていない。


 しかし二つ目が問題だった。これはルーデルをあまり知らない新入生に多い反応だったのだが……お気楽な貴族様が、お小遣いを稼ごうとして遭難した。という物だ。


 普段から虐げられることの多い平民や亜人にとって、命懸けの仕事とは生活の糧である。それを学生が面白半分で受けたのも気に入らなかった。そして新入生の中心的な人物にフリッツがいた事も大きい。


 そんな不満を持つ生徒達が、学食で集まって昼食をとっていた。フリッツを含めて六人ほどの生徒達は、同じように昼食をとっている貴族達に聞こえるように不満を口にする。これが許されているのは、ルーデルをはじめ、リュークやユニアスがフリッツを潰そうとする貴族の子弟を抑えているからだ。


 大勢の前でルーデルに大口を叩いたフリッツに対して、他の貴族の生徒達も無論腹を立てた。その事を元クラスメイト達から聞いたルーデルが、それとなく手を出さないように注意したのだ。リュークやユニアスにしても、ルーデルの問題であるので自分達の取り巻きにも同じような指示を出している。


 その結果が学食での出来事に繋がるのだが……


「貴族はいいよな。困ったらドラグーンが助けに来てくれるんだからさ」

「ルーデルって言ったら学園始まって以来の問題児だろう? そんな奴でも将来は楽できるんだから、貴族に産まれたらやっぱり勝ち組だな」

「ルーデルに弟がいるだろ? あいつの弟も学園の行事で姫様見捨てた屑らしいぜ」


 運悪く授業の関係で基礎課程の生徒達しかいない学食は、抑える存在がいないまま最後の一言が引き金となった。二年生であるクルストも基礎課程であれば、当然のように聞こえる。


「……もう一度言ってみろ貧乏人ども」


 椅子から立ち上がったクルストが、周りの取り巻き達の止めるのも聞かずにフリッツたちを睨みつける。そんなクルストの視線を受けて、フリッツも立ち上がる。フリッツにとってアルセス家は最も許せない貴族だ。彼自身がアルセス領の出身で、重税に苦しみながらも仕事をこなして十五歳で入学できる学園に二年遅れで通うのに相当苦労している。


「何度でも言ってやるよ。アルセス家は屑の集まりだ……お前も、ルーデルも屑だって言ってんだ」


 クルストと同じように立ち上がり睨み返すフリッツ。同じように平民出の学生たち数名も立ち上がり、学食は異様な雰囲気に包まれる。



 男子寮の謹慎室では、リュークは食後の読書をし、ユニアスは筋トレに励んでいた。最早謹慎とも言えない状況だが、ルーデルも精神集中のトレーニングをしている。目を閉じて身体に流れる魔力をコントロールするルーデル。


 ……監視役の生徒が一度その光景を見て驚いたのだが、一つの部屋では凄まじい筋トレをする男。二つ目の部屋では、難しい内容の本を山のように積んでそれを黙々と読む男。最後の部屋では、ただ座っているだけなのに魔力が充満する部屋。


 最後のルーデルに関しては、イズミに教わった坐禅で座っている。そのせいか、監視役の生徒には以前読んだ東方の出鱈目な事を書いた本の影響で、坐禅を組んで浮く修行を思い浮かべる。


「うぅ……誰か早く代わってくれよ! 次に来たらもっと怖い事になってそうだし、ルーデルなんか座ったまま浮きそうなんだけど……う、浮かないよな? でもルーデルだし……」


 定期的に監視に来る生徒にとって、その光景は異常でしかなかった。しばらくして監視役の生徒がいなくなると、ユニアスが二人に声をかける。


「お前ら少しは動けよ! こんな部屋に居るんだから、動かないとどんどん駄目になるぞ」


「貴様と一緒にするな。運動も食事も適量が一番に決まっている! 朝から晩まで大量に食って、筋トレばかり……それよりも勉強でもしたらどうだ?」


 ユニアスに嫌味で返すリューク。今度はリュークがルーデルに声をかける。


「それよりもルーデルは何をしている? さっきから壁越しに魔力を感じるんだが?」


「……精神統一」


「何それ? そんな事して強くなれんのかよ」


 今度はユニアスも加わって三人で話し出す。最初は真剣な話をしていたが、段々と話がそれていき……


「やっぱり女は胸だと思うんだが、二人はどう思う? 小さい胸が好きとか言わないよな? そんな邪道は俺が修正してやる!」


「アホか貴様……要はバランスだ。全体のバランスこそが大事に決まっている!」


「あ、イズミが来る」


「え?」

「何?」


 馬鹿な話をしていると、ルーデルが謹慎室に近付くイズミを感じ取る。まだ部屋に現れないイズミを感じ取るルーデルは異常であろう。だがイズミが現れないので、二人がルーデルの嘘かと思っていると……


「大変だルーデル! お前の弟が、クルストがフリッツに!」


「……本当にイズミが来たな」

「お前ら何かで繋がってんじゃね?」


 リュークとユニアスが、物凄い勢いで扉を開けたイズミを確認する。そんなイズミの近付くのを感じ取るルーデルに感心する。だが、イズミの雰囲気がどうもおかしい。慌てているのか、走ってここまで来たのも何か大事か? そう考えた。


「何があった?」


 ルーデルは落ち着いてイズミに聞き返す。


「クルストとフリッツが学食で喧嘩しているんだ! それがどんどん酷くなって……平民出の生徒と貴族出の生徒で争いだして、今日は上級生たちのほとんどが課外授業に出ていて教師も少なくて手におえない」


 本当に運が悪かった。その日は定期的に行われる必須の課外授業で、上級生達のほとんどが受講していた。例年よりも受講する生徒が多かったので、教師もそれに合わせて多くが出払っている。イズミが学園に残った理由は、ルーデルが謹慎処分で受講できないからなのだが……


 全てが都合よく動き出す。

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