青年と黒い影
激しく戦うドラグーンの二人に割って入ったルーデルとユニアスは、見事に成功した。成功したが、問題はそこからだった。現役のドラグーンと、強いと言っても学生の中での話のルーデルとの差は大きかった。リリムがナイフでルーデルを翻弄し、時折混ぜる魔法による攻撃はルーデルを追い詰める。
「流石に本物は違う!」
少し嬉しそうに戦うルーデルに対し、リリムは真剣そのものだった。リリムの中から、黒くうごめく感情が湧きあがり、それがリリムに言うのだ。
『殺せ! お前を裏切った婚約者を……ルーデルを殺せ!!!』
「殺す! お前は絶対に殺してやる!」
リリムとルーデルの体格差を考えると、体も大きく男であるルーデルが有利である。しかし、体の動かし方から経験の差まで、ルーデルには足りない物が多過ぎた。リリムの動きには無駄がなく、魔法の発動から命中率に至るまで磨かれていた。
力の差ではない経験の差が、ルーデルを苦しめる。それでもルーデルは、リリムを救うために戦いを挑んだのだ。自分よりも強い相手を救うのだ。苦しくても成し遂げる覚悟が、ルーデルにはあるのだ。
そんなルーデルの心にリリムのドラゴンの声が聞こえた。
『人の子、何をする気だ? まさか本気で契約者を救うつもりか? その心は嬉しいが、契約者を本気で案じるのなら殺せ! 生きていても苦しむだけだ』
その心に響くドラゴンの声に、ルーデルはリリムと対峙して背を向けたまま叫ぶのだ。
「乗っ取られて、それでも苦しんで……誰からも認められていないと思い込んで! そんな終わり方は駄目なんだよ!」
ルーデルが剣をリリムに打ち込むと、その剣をナイフで受け止め、そのまま流れるような動きで力を上手く受け流すリリム。
「今度は人のドラゴンまで奪うの……そうやってみんな私から離れる。いつもそう、私が醜いから! この目が嫌いならそう言えばいいのに! すぐにでも抉ってあなたの好きな私になったのに! だから……だから私を捨てないでよ!!!」
黒い瞳から涙を流すリリムと、そんなリリムを悲しそうに見つめるルーデル。そう、リリムの姿はドラゴンに憧れなかった本来のルーデルに似ているのだ。何かを感じ取ったルーデルが、リリムを見捨てられない理由の一つであろう。
本来のルーデルは、嫌われ者の脇役であり、物語終盤に登場して惨めに殺される役である。誰からも認められず、誰もがルーデルから離れていく。婚約者となるカトレアにも見放された彼は、王国に被害を出しながら逃走して帝国に亡命を願い出た。
結果は、帝国の将軍にゴミのように斬られて帝国兵士の笑い者となる。最後まで悪い小物の脇役だ。だが、そんなルーデルも大事な役がある。帝国の将軍に斬られるというイベントは、ゲーム終盤の開始イベントになっているのだ。
ルーデルの死から物語のラストが始まるのだ。それは『決定』であり、世界の意志である。
そんな事は知らないルーデルだが、それでも心に何かが引っかかる。だからこそ、リリムを必死に救おうとするのかも知れない。
「もう終わらせてやる! あなたを殺して私も死んでやる!」
リリムが、ナイフと魔法で襲い掛かる中で、ルーデルはズボンのベルトを引き抜いて左手に持った。先程からルーデルの剣が限界に近く、嫌な感じがする。もう長くは戦えないだろう。素手では相手にもならない……そう考えたルーデルも、リリムと同じように終わらせようと行動に出た。
◇
少し離れた場所からそんな二人を見守るカトレアとユニアス。しかし、ユニアスは少しばかりカトレアから距離を取っていた。カトレアは、未だに警戒していると思い込んでいる。しかし、当の本人であるユニアスは
(何でこの女はこんなに臭いんだ?)
ミースの使った、煙幕の臭いに耐えられなかったのだ。
「……もうすぐ終わりますね。今度は止めないで下さいよ? でないとルーデル様は死にますから……」
「あ? あいつは死なねーよ。ドラグーンになるまで、死ぬつもりもないだろうしな」
自信満々に答えるユニアスに、カトレアは何を根拠に! と視線を向ける。カトレアにとってドラグーンなど国の一騎士に過ぎない。その特殊性から目立ってはいるが、国からしたら便利で使える騎士団としか思われていない事を知っているのだ。
理想と現実は違う……国民が憧れるドラグーンよりも、国の重要人物などを護衛する上級騎士の方が仕事的には恵まれている。前線からは離れ、護衛として王族から信用を得る事が出来れば出世も夢ではない。
逆に、ドラグーンの仕事場は危険が多い。そして王族から信用されたとしても、その信用はより危険な仕事となって自分を苦しめる。
「何が憧れよ。何も知らないくせに」
カトレアの呟きを聞いたユニアスは、溜息を吐いてルーデル達の戦いを見守る。
「……価値なんて人それぞれだろうが。ルーデルはドラグーンの任務も知っているし、使われ方も理解してるよ。それでも諦めないんだ……だから俺はあいつの事を応援できる」
そんなユニアスの横顔を見た後に、カトレアは再びルーデルとリリムの戦いに視線を戻した。
「羨ましいな……だからあんなに憎かったのかも知れないわね」
夢を追い続ける事が出来るルーデル。そんなルーデルを羨ましく思うカトレアだった。彼女の夢は、女の子らしいお姫様だったのだ。しかし現実は中流階級の貴族の出であり、幼い頃から持って産まれた才能がカトレアを騎士にした。
周りが羨ましがるほどの才能は、カトレアにとって欲しくも無かったものだ。捨てる事が出来るなら、すぐにでも捨てたいだろう。花よりも剣術を、ドレスよりも頑丈な鎧を……そう育てられてきたカトレアにとって、ルーデルは眩しかった。
ただ言われた通りに生きてきた自分と、自分の夢に突き進んで生きるルーデル。そんなカトレアの目に、二人の決着が見えた。
◇
ルーデルは左手に持ったベルトで、リリムの右腕を絡め取って封じた。これによって片腕しか使えず、強制的に近距離でも戦闘をする事になったリリムは、ナイフを左手に持ち替えてルーデルに斬りかかった。ルーデルもそのナイフの攻撃を防ぐために剣で受け止めるが
「あはっ! もうその剣は使えそうにないわね」
リリムが言うと、ルーデルもだましだまし使っていた剣が限界であると剣に入ったヒビを見て理解した。そうした一瞬のリリムは見逃さない。今度は、リリムがルーデルを押し倒して自分の背中にある魔力の羽を震わせる。そうすると振動と嫌な音がルーデルに襲い掛かる。
「くっ」
何とかその態勢から逃れようとするルーデル。更に悪い事に今度はナイフまでもが振動し始める。
「あんまり実戦では使えない技だけど……どう? 鉄がバターみたいに切れていくでしょう。このままゆっくりと剣を切り裂いて、あなたを殺してあげる」
リリムの言う通り、ルーデルの剣にゆっくりとリリムの振動するナイフが食い込んでいく。そしてもう少しで剣が切り裂かれると思われた時に、剣は振動に耐えきれなかったのか甲高い音をたてて折れてしまった。ナイフの振動で火花を散らしながら折れた剣。
しかし、剣は最後の最後で主であるルーデルを救うかのように折れた剣先がリリムの目に向かって飛んで行ったのだ。しかも至近距離である。これにはたまらずその場から動くしかなかったリリム。そしてその隙にルーデルは態勢を立て直してリリムを馬乗りになって押さえつけた。
押さえ付けられた衝撃でナイフを離してしまったリリムは、馬乗りになって押さえつけるルーデルに殺されると思って静かに目を閉じた。
(もういい。もうここで死んだ方が……)
「目を空けろ! そこに居るんだろう」
ルーデルの言葉にリリムは目を空ける。そうすると今度はルーデルの目が自分の黒い瞳を覗き込んでいた。そして自分の口から声が発せられる。自分の意志とは関係なく……
『どこまでも邪魔をする。お前は大人しくしていればよかったのに……そうすれば何事も無く物語は進んだ筈なのに! 今度は世界がお前を守るのか? 私を排してまで世界はお前を選ぶのか!』
リリムが混乱する中で、荒い息のルーデルは続ける。
「お前が誰かは知らないし、目的も知らない。だがな……これ以上、俺の周りに迷惑をかけるなら俺は黙っているわけにはいかないんだ!」
『は、ハハハッ!!! 笑わせる。お前が周りを気にするとはな。覚えておくといい。世界はお前を認めたが、それはお前を最終的に導くためだ。お前は何処まで行っても報われない。私と同じで、お前も世界から捨てられるのさ』
リリムの口を借りて喋る元凶に、ルーデルはリリムの瞳を介して向き合う。
「それがどうした?」
『……何だと?』
「捨てられたからどうだって言うんだ! それでも俺は一人じゃない。今までもそうだった……誰かが傍にいてくれた。こんなわがままな俺でも支えてくれる人がいる。認めてくれる人がいる! 俺は、リリム様も『お前も』認めてやる。ここに居ていいと、存在していいと認めてやる」
そう言ってルーデルはリリムの額に優しくキスをする。それは親が子供にするような物だったかも知れない。しかし、他者に認められたいリリムにとっては心を落ち着かせるに十分だった。
「ありがとう……ルーデル」
『それでも私は、お前を認める事は……』
リリムの口から二人の声がすると、そのままリリムは意識を失ってしまう。そうすると、リリムの体から黒い霧が発生した。黒い霧が晴れると、いままで黒かった肌や、銀色の髪が白い肌と金色の髪へと戻るのだ。
そしてリリムの体を抱き起して抱えるルーデル。その姿は、綺麗な女性をお姫様抱っこする若い騎士そのものだった。そんな姿を見たカトレアが、少しだけリリムに嫉妬する。
そしてそんなルーデルに、レッドドラゴンから解放されたウインドドラゴンが近付く。巨体で歩いてくるから地面が揺れる。
『人の子……我との約束は守らなかったのだな』
「救うさ。俺からも今回の件は報告するだろうし、実家に頼み込んで力も借りる。だから、もう少しだけ待ってくれないか?」
未だに諦めないルーデルに、自分の契約者まで救ってもらったドラゴンは何も言えない。そしてそのまま空を見上げる。
『仲間が近くまで来たな……』
◇
その場所にたどり着いたドラグーンの副団長は、カトレアの報告と連れてきた部下達の調査した報告を受けてリリムの事を諦めようとしていた。降り立ってから数時間……最初に見た感想は『最悪』で、今の感想も最悪のままだった。
次期三公である嫡男三人に対しての戦闘行為、その他諸々でリリムの首は物理的に飛ぶだろう、と思っていた副団長に、目を輝かせたルーデルが報告してきた。
事実を報告するルーデルは、リリムが起こした事に関しては何の擁護もしない。だが、副団長に頭を下げて言うのだ。
「何とか助けて貰えませんか! 俺の婚約者なんです」
頭を下げるルーデルに、副団長も困り果てる。自分も将来のあるリリムは助けたいが、問題を起こした事に変わりはない。それに、三公はルーデルだけではないのだ。ルーデルの実家が黙認しても、他の大貴族が黙っているとは思えなかった。
「お気持ちは嬉しいのですが……事がこれだけ大きくなると……」
言い難そうにする副団長に、ルーデルを見守っていたユニアスやリュークが声をかけた。
「俺は気にしないけどな。親父にもドラグーンと戦ったって、自慢するだけだ」
「私も気にしない。家にはそれとなく手紙を出そう」
そんな二人の言葉に目を輝かせるルーデル。しかし、怪我をしたのは三人でけではない。バジルもバーガスも怪我をしたのだ。そんなルーデルの気持ちを察してか、バジルに肩を借りたバーガスが頷く。
「俺もいいや、オーガと戦った怪我にしとく」
「バーガス、いいのか?」
「借りだからなルーデル。いつか返してくれればいいさ」
そんな五人を見た副団長は、ルーデル達に頭を下げる。
「約束はできませんが、私も全力でリリムの助命に力を尽くしましょう。では街まで送り致しますので……ほら、カトレアも来ないか! ……いや、やっぱりいい」
気まずそうに副団長の傍に来るカトレア。カトレアにも五人を近くの街に送らせようと思ったのだが……カトレアから臭いにおいが放たれていたので止めた。心なしかカトレアのドラゴンまでカトレアから距離を取っていた。
「これは私のせいじゃないから! あの女の、帝国の女のせいだから!!!」