婚約者VS婚約者
話は少し戻り、カトレアがミースに魔剣を喉元に突き付けた所から始まる。
「さぁ、喋って貰うわよ」
「ぬ……」
冷静に対処するカトレアに対して、ミースは軍人と言ってもお嬢様育ちの一般兵士以下の戦闘力しか持たない。ガタガタと震える身体でカトレアを見る事しか出来ない。
だが、そんな時にリリムが戦闘している辺りから爆発音と共に地響きが伝わってきた。その方向を見るレッドドラゴンは、カトレアに対して見たままを報告するのだが、報告された人物達が問題だった。カトレアもたまらず自分のドラゴンに愚痴をこぼす。
「三公のガキ共が何でこんな所に居るのよ!」
ミースから見たら、ひとりで急に喋り始めるカトレアは非常に怖かった。しかし、同時にカトレアの注意がそれているのも感じたのだ。ミース……彼女の特技があるとしたら、危機的状況での撤退であろう。元々ゲームでも登場するミースには、ステータスは低いがある特徴が、スキルが存在するのだ。
「今ですわ!!!」
ミースは、自分が持っている装備を使用する。それは『煙幕』だ。筒状の物が地面を転がると、そこから煙を勢いよく出してカトレアやレッドドラゴンの視界を奪う。しかし、これだけなら問題ない。ドラゴンやドラグーンからは、この程度では逃げられない……煙だけなら
「な! ちょっと臭い! 何なのよこの煙!!!」
カトレアが自分のマントで鼻と口を押え、ドラゴンもその臭いのせいで敵であるミースを追う事が出来ない。そんな中、ミースは臭い煙の中を見事にドラグーンから逃げ出した。彼女の特別な能力……『逃走成功』は、あらゆる状況で高確率で逃げる事が出来る能力だ。
それに状況もミースに味方した。ここでカトレアが、リリムよりもミースを優先する事が無いからだ。リリムの相手が三公の嫡子たちである以上、カトレアはそちらを優先しなければならない。元々の任務がリリムの捕縛か殺害である以上、ミースにはいつまでも関わっていられないのだ。
「奥の手を使ってしまいましたわ……この臭いは中々落ちないのに! これだからクルトアは嫌いなのよ! トカゲ騎士の馬鹿野郎!!!」
悪口を言いながら逃走するミース。そしてカトレアは、その場からリリムのいる場所を目指す事にする。
「何よこの臭い! それにしても……どうしてあいつは、いつもいつも問題を起こすのよ!」
こちらも愚痴を言いながら、レッドドラゴンの背に乗ってルーデル達の救援に向かうのだ。
◇
戦闘が行われている場所に到着したカトレアは、そのままドラゴンと共にリリムが背に乗ったウインドドラゴンに突撃する。空から見た状況では、ルーデル達は五人パーティで、すでに二人が脱落しかけていた。これ以上時間をかけたら誰かが死んでしまう。
「大人しくして貰いますよ先輩!」
ぶつかるドラゴン同士が、争いながら地上に落下する。その背中かから飛び降りる二人のドラグーンは、地上に着地するとお互いの得物を構えて即座に先頭を開始した。
「カトレア!!! このアバズレの糞女が何のようだ!!!」
カトレアを確認したリリムは、激しく感情をぶつける。いつもリリムを知るカトレアからしたらドン引きだが、その原因を作ったのもカトレアである。
「命令です。大人しく捕まって下さい……」
激しくぶつかるカトレアの魔剣とリリムのナイフ。つばぜり合いの形でお互いの顔が近付くと、リリムはカトレアの顔に唾を吐く。
「今更なに敬語なんか使ってんだよ! てめぇの性格なんかこっちは知ってんだよ! 誰かれ構わず股開いてる女が、いまさら何の用だ!!! 私の……私の婚約者にまで手を出して、自慢かこの野郎!!!」
最早何を言っているのか分からないリリム。混乱した彼女の中では、カトレアは婚約者であるルーデルを奪う泥棒猫である。リリムにとって、今のルーデルは過去の婚約者と重なって恋愛対象であるのだ。将来を誓い合ったルーデルが、自分の黒い瞳を見て裏切って他の女と遊んでいる。
それがリリムの認識だった。だがカトレアは……
「何しやがる! 普段から澄ましてるくせに……それに私は処〇だ!!!」
「嘘吐け! いつも他の男の騎士とイチャイチャ……見せつけやがって!」
お互いに距離を取って、今度は魔法を使った戦闘になる。連続で魔法を放つリリムに対し、カトレアは魔法と魔剣による魔力の斬撃を放ってお互いに中距離戦を繰り広げる。
「愛想良くしただけだろうが! 顔と体だけ見て近づく男に興味なんかないわよ!」
「また自慢か! そうやって人気のある男に愛想振りまいてるから、他の女の騎士に嫌われんだよ! お前も訓練の時に、避けられてるの気付いてんだろう?」
「ッ……ふざけんな! アンタだっていつも澄まして他の女に嫌われてるわよ! アンタが居なくなった休憩室なんか、アンタの悪口大会だから」
お互いに罵り合いながら戦うドラグーン。戦闘が高度なだけに、その会話の内容が非常にもったいない。
「だ、大体、あんなガキのどこがいいのよ……」
「お前に……お前に私の気持ちが分かるもんか! 私はお前みたいに家柄だとか金とか興味ないのよ! ただ……結婚したいのよ!!!」
リリムの心からの叫びに、それもどうだろう? と疑問に思うカトレア。
「ただ幸せな家庭が欲しかったのに……それもこの目のおかげで手に入らない。てめぇにこの気持ちが分かるか!!!」
「分かる訳ないし、分かりたくもないわよ! 好きな相手でもないのに結婚とか……」
最後の方で口ごもるカトレアに、リリムは
「何を夢見てんの? 白馬の王子様なんかこの世にいるとでも思ってんの? ……プッ」
意外な乙女心を持つカトレアに、リリムは笑い出す。似合わないとでも言いたげに笑うリリムに、カトレアも限界に来ていた。
「殺す……殺してやる!!!」
「こっちは最初から殺意有りまくりだボケェ!!!」
◇
「……なぁ、ルーデル。あの中に飛び込むのが俺は嫌になってきたんだが……」
戦闘する二人に近付いたルーデルとユニアスが、二人の会話を聞いて走っていた足が急に止まる。ルーデルにしたらタイミングを計るために足を止めたのだが、ユニアスは明らかに二人に対してドン引きしていた。
「何か問題でもあるのかユニアス?」
「いやお前、あんな女を助けたいか?」
二人を指さすユニアスは、ルーデルの顔を見て真剣な表情をしていた。ユニアスの指の先には、激しく罵り合う二人のドラグーンが男でも中々言わない卑猥な表現でお互いを罵って戦っているのだ。
「勿論だ! 必ず助けて見せる」
「はぁ……分かったよ。手伝うっていったし、俺も覚悟決めるよ。はぁ……」
ユニアスは自分の大剣を握りなおしてカトレアの方に向かって走り出す。そして、ルーデルも剣を握りなおしてリリムの方に向かうのだが……少し不安があった。
(もう少しだけ耐えてくれよ)
自分の剣が、リリムとの戦闘で本格的に限界に来ていたのだ。握った感触からしていつもと違う剣は、長い間を使ってきたから分かる繊細な違いだ。それでもルーデルには分かってしまう。この剣は限界なのだと……
◇
罵り合うリリムとカトレアが、再び接近戦に移行しようとした時だ。カトレアに対してはユニアスが、リリムに対してはルーデルが二人の間に入って二人の戦闘を止めてしまう。
「ッ……! 何をしているんですかあなた達は!」
カトレアがルーデルとユニアスを確認して叫ぶと、ユニアスは苦笑いをしながら答えるのだ。先程の二人の会話を聞いていたから、余計に顔が引きつってしまうユニアス。
「まぁ待ってくれよドラグーンさん。ダチがどうしても婚約者を救うって聞かないからさ……少しだけ待ってもらえねーかな? 嫌っていうなら、俺と少しだけ付き合って貰うけどな」
口説くような口ぶりでカトレアに頼み込むユニアス。だが、カトレアからしたら助けた対象から邪魔をされているのだ。気持ちのいい物ではない。
「正気ですか? いくら三公の嫡子と言えど、やって良い事と悪い事がありますよ」
それをお前が言うのか? と、ユニアスは思いながらも大剣に力を込めてこれ以上は先に行かせない、と言う意思表示をするのだ。
そんなユニアスから後ろに飛びのいて距離を取るカトレア。
「仮に救った所で……先輩、いえ、あのドラグーンは……」
重罪は確定している。そう言いたいカトレアは目を伏せた後に再びユニアスと、その後方でリリムと会話しているルーデルを見る。以前とは違い、ルーデルに憎しみが湧いてこないカトレアは構えを解いて二人を見守るのだった。