不審者な少年
学園の校門での一悶着から、馬車を降りて利用する男子寮に荷物を運びこむルーデル。元々少ない荷物は数回の往復で終了し、使用人は挨拶もそこそこにすぐに帰って行った。
「中々いい部屋だな……学生の寮としては一人部屋で広い気もするがな」
貴族の重たい装飾された服を脱いで、動きやすい恰好になって学園のスケジュールに目を通すルーデル。明日の入学式の後には、説明会や歓迎会が待っている。十五歳から二年課程、三年課程、五年課程と選択してここで学ぶ学生達……きっと自分よりも優秀な者達が沢山いて、その者達と騎士を目指して競うのだろう。
そんな事を考えながら、ルーデルは片付けの終わった部屋で体を動かし始める。緊張や不安から動いていないとどうにも……そんな感じだった。
しかし、そんな事をしてもなんだか落ち着かない。この学園に来てから、今までに感じなかった不安や緊張を経験するルーデル。何か『部屋から出なければ』と言った強迫観念に近い物を感じてきていた。
「何なんだ? 今までにこんな事なんか無かったのに……」
そう言いつつ、外に出ても恥ずかしくない程度の服を着て外に出る。学園の中を、正確には男子寮から出てすぐの場所を歩いても、『ここじゃない』っと言った感じが頭に響く……もうどうにでもなれ! と気の向くままに歩き出したルーデル。
そして足の進んだ先には……女子寮があった。
「俺はそんなに溜まっているんだろうか? いや、そんな事は……でも俺も男だし、興味もあるし」
自分が無意識にここに歩いてきた事に、とても動揺するルーデル。そんなルーデルに、女性兵士数名が近寄って警戒する。
「そこで何をしているのです? ここは女子寮で、男子の出入りは禁止ですよ」
丁寧な説明だが、女子寮には高貴な身分の生徒もいる。何かあったら真っ先に処分される彼女たちに取って、男子は厄介な存在でしかない。
そのせいで、丁寧ながらも腰に帯刀した剣の柄を握る手に力が入っている。
「す、すまない。道に迷ったから……男子寮の方角はどっちだろうか?」
「……お送りします。次にその言い訳は通用しませんからね」
呆れた兵士達が、ルーデルに一人の兵士を付けて男子寮まで送った。
「全く、貴族様にはもう少し確りして貰わないと困るんです! いいですか、下手をしたら大問題になってお家騒動にも繋がるんですから……」
前を歩く女性兵士は、疲れた感じで説明して叱ってくる。学園内でもみ消している事も多いこの手の問題は、彼女たちにとっても苦労の絶えない問題なのだ。
そんな女性兵士を、大変だな……くらいにしか感じないルーデル。元々やましい気持ちなどなかったし、今後も近寄るとも思えない場所だ。ルーデルは女性兵士の言葉に、時々謝罪しながら男子寮までの道を歩いた。
「あ! 学生証を見せて貰えますか? 一応規則ですから身元の確認をしないと……」
貴族から一般学生まで、数多くの学生を抱える学園に置いて、学生証の携帯は義務であった。変な輩が紛れ込まないための手段であるが、今では生徒の管理が主な役目となっている。学生証には、これまでの謹慎の数や、問題を起こした内容が記録されるのだ。
「どうぞ」
規則正しくを目指すルーデルは、確認していた学園での規則通りに学生証を携帯していた。それを手渡したら……
「……ルーデル・アルセス? アルセス大公家様!!! も、申し訳ありません!!! 出過ぎた事を致しました! 女子寮に何か用事がおありだったのですよね? すぐに引き返して……」
「い、いや、本当に迷っただけだから!」
「はっ! な、何でしたら『そう言う女性を紹介する者』を呼び出します。……ですので、出来る限りその……女子生徒には……申し訳ありません不敬ですよね?」
慌てる女性兵士が、酷く可哀想に見えたルーデル。それと同時に、自分がどう思われてるのか理解した。……そんなに飢えているように見えるのだろうか? そんな気分になり、酷く落ち込んだ。
◇
何とか誤解を解いて、部屋に戻ってくつろぐルーデル。今までにない人との関わりに疲れたのか、まだ早い時間に眠りについた。
そして朝が来ると、いつもの習慣で夜明けとともに目が覚める。前日に用意するのを忘れていた制服を用意して、時間もある事から男子寮の中庭に出てみる。
だがそこの風景は、静かとは程遠い物だった。むさくるしい男子達が、素振りをしたり試合をして木刀や金属のぶつかる音が数多く聞こえてくるのだ。そんな光景にルーデルは喜んだ。
(やっぱりみんな努力しているんだな。俺も頑張らないとすぐにおいて行かれる)
そんなルーデルも、庭の空いているスペースを利用して素振りを始める。何名かの上級生たちが、そんなルーデルを見て何か言おうとするが、そのまま放置して汗を流した。
しばらくすると、鐘が六回鳴り響く……それを聞いた学生たちは、片付けを初めてそのまま学食まで歩き出した。それについて行こうか迷うルーデルに
「お前新入生だろ? 行くにしてものんびりでいいぞ……どうせこの時間は空いてるし」
「学食は混むから急ぐようにと書かれてましたよ?」
いくつかの注意事項の用紙に書かれた内容を思い出すルーデル。それに対して上級生の男子は
「鐘が七つ鳴ったら混みだすんだ。今起きてるのは、ここに居る連中ぐらいだからな」
そのまま上級生について行き、学生食堂に入る。そこには、皿につまれた山盛りの料理を食べる男子達の姿が……腹の虫が悲鳴を上げる。
「な、空いてるだろう。俺は『バーガス』、三年生だ」
「ルーデルです。ルーデル・アルセス」
「貴族か? 俺は田舎出身だから貴族とかに疎いんだよ……まぁ、よろしくな」
長い赤い髪を後ろで縛った上級生のバーガス。小麦色に焼けた肌と、がっしりとした体形から怖く感じるが、話すと人当たりのいい青年だった。
「はい!」
ルーデルにとって、家族以外では初めて話せる友人が出来た瞬間だった。
◇
学生食堂から部屋に戻って、制服に着替えて学園の指示に従い大きな建物に入る。そこは講堂と言うよりまるで……そう、闘技場のような場所だった。実際にこの場で戦う事もあるため、間違いではないのだが……
「今年も多くの若者を迎える事が出来……」
そして学園長の挨拶を長々と受け、その後はクラス分けに従い教室へと進む。基本的に、二年間は基礎を学ぶ事が義務付けられた学園で、クラス分けなど対立する貴族を離したり、身分の低い者を集めたり……そんな適当な物だ。
だが、ルーデルは三公のアルセス家の嫡男。失礼の無いように、貴族の子弟で固められたクラスに割り振られた。それに今年はルーデル以外の三公の嫡男たちも入学していて、学園ではピリピリした空気になっている。
「これから二年間宜しくお願いします」
担任の教師の軽い挨拶と、クラスでの自己紹介……無難に終わる筈だった。
しかし、無難に終わらない。まるで何か起きる、いや起こせ! と言った不思議な感覚がルーデルを支配した。この学園に来てから今までに感じた事のないこの感覚に悩まされるルーデルは、自分の自己紹介は無難に終わらせていた。
それなのに!
「イズミ・シラサギです」
一人の東方系の少女の挨拶で、クラスの空気が一変する。黒髪黒目が珍しいクルトアで、東方特有の黒髪黒目は子供にとって格好の対象だ。ヤジが飛び、少女を傷つける発言が飛び交う。
貴族を中心で集めたクラス。そのクラスに東方の少女が居るのは、建前では異文化交流が目的だ。実際は、そこに目を向けさせて、貴族同士がいがみ合わないためでもあった。
長い黒髪を後ろで束ね、ポニーテイルにしている少女の髪を後ろに座る少年たちが悪戯で引っ張る。……嫌がる少女に、ルーデルは妹であるレナを思い出した。レナと違い、癖毛の無い髪がさらさらとしているイズミ。
「止めたらどうだい? みっともないよ」
一言、ルーデルが口にすると教室が静まり返る。担任もそれに賛同して、悪戯した生徒達に注意をした。貴族社会で生きる子供達は、上下関係にも敏感だ。家の格では、三公であるルーデルに敵う者などクラスに居なかった。
そして最後には、担任がルーデルを褒めてそれに周りも賛同する。……ルーデルには、その光景が酷く歪に見えていた。




