先輩と姉さん
『いつぞやの人の子よ。我が契約者を救って欲しい……殺してくれないだろうか』
そんなウインドドラゴンの声を直接心で聞いたルーデル。最初は唖然としたが、状況がそれを許さない。リリムはルーデル達五人を相手に優勢に戦い、ルーデル達は防戦一方だからだ。
(殺せと言うのか……俺は……)
悩むルーデルの動きは、戦闘中では危険だった。そんなルーデルの動きを見過ごさないリリムは
「貰った!!!」
距離を取っての中距離攻撃を、中級魔法を連続で叩き込んできたのだ。リリムの叫びと共に、放たれる魔法は風や氷に火と複数の魔法を連続でルーデルを襲ってくる。そんなルーデルの前に飛び出したのは、バーガスとバジルだった。
「何してんだルーデル!」
そう言って飛び出したバーガスが、両手持ちの盾で魔法を受け、バジルも魔法を放ちリリムの魔法を打ち消そうとする。しかし、そんな魔法の連続攻撃の爆発の後……圧倒的にリリムの魔法の方が威力があり、バーガスは盾を破壊されながら吹き飛ばされ、バジルも衝撃でバーガス程ではないが吹き飛ばされた。
「バーガス! バジル!」
「二人脱落!!! 邪魔な女も消えて私も最高!!!」
剣を握りなおしてリリムに向かうルーデル。そんなルーデルの剣をナイフで受け止めるリリム。力ではルーデルが圧倒しているというのに、現実は片手のナイフに受け止められてしまう。
「何でこんな事を!」
未だに迷うルーデル。自分では殺せるかどうか分からない……しかし、やるかやらないか、で悩んでいるルーデルの攻撃は散漫になる。
「何で? ……お前が私を捨てるからだろうが!!! しかも女なんか連れやがって、見せ付けて……殺してやる……殺してやる!!!」
黒い瞳がより黒くなったような感じをルーデルは受けた。リリムのナイフによる攻撃をさばきながら、ルーデルは普通ではないリリムの白い模様に気付いた。今までに二度も見た事のある白い模様は、ルーデルにとっていい思い出ではない。
「その模様は……何でリリム様にその模様があるんですか!」
「下がれルーデル!」
ルーデルが叫ぶと、今度はリュークが叫んだ。その声にルーデルは反応して瞬時に後ろに飛びのいた。そしてリリムにはリュークの放った上級魔法が……炎の嵐が直撃するのだが
「は、ハハハ!!! そんな火力では、私の漆黒の炎の前では弱火以下よ! でも、もう飽きたから本気を出すわね……来なさい私の邪竜」
『……』
訳の分からない事を言いながら、自分のウインドドラゴンを呼ぶリリム。そんなリリムに従って近付くウインドドラゴン。決して邪竜などではない。
「みんな殺してやる! 私を……私を嫌う全てを消してやる!!!」
ドラゴンに跨って空に飛びあがるリリムとドラゴン。そして黒い瞳から涙を流して笑い続けるリリムを、ルーデルは見つめていた。ユニアスは空を飛ぶドラゴンに手も足も出ない事を理解して舌打ちをする。
「チッ! このままだと本当にヤバイな」
そんなユニアスの弱気の発言に応えるように、二人が囮になる事を申し出る。
「に、逃げて下さいルーデル様。この場は何とか囮になりますから、三公の方々だけでも……」
傷だらけのバジルが、同じく傷だらけのバーガスとお互いに肩を貸しながらそう進言した。振り返るルーデルは、そんな二人を真剣に見つめる。
「ハァハァ、後輩を助けるのも悪くねーし、何より弟や妹達の格好いい兄貴になるって決めたからな……行けよルーデル」
苦しそうに笑うバーガスの両腕は、すでに血だらけで左腕に至っては折れている。そんな立ち上がった二人を空から見下ろしていたリリムは
「まだ生きてたのかよ女! 私の邪竜の炎で今度こそ殺してやるよ!」
『人の子よ……選ぶといい。我が契約者か身近な者達かを……全てを救うには我が契約者を殺すしかない。それにな、契約者は乗っ取られている。そんな契約者は見ていて辛いのだ……救ってくれ』
「何で攻撃しないのよ! 早くあの泥棒猫を殺しなさい!」
ドラゴンに命令するリリム。最初に狙ったのがバジルである事から、リリムはルーデルの近くに居る女性が気に入らないようだった。婚約者である男の近くに女がいる、と言う想いなのだろう。
『悩むな人の子よ! 契約者の言葉に抗うのも限界に近いのだ』
「……そうだな、悩む必要なんかないな。最初から何も悩まなくてよかったんだ」
空を飛ぶドラゴンを見上げながらルーデルは呟く。
その時だ。カトレアの乗ったレッドドラゴンが、リリムとウインドドラゴンに体当たりを仕掛けた。
「何だか分かんねーけど、今のうちに逃げるぞルーデル!」
ユニアスがルーデルの肩に手をかけて声をかける。リュークは、傷だらけのバジルとバーガスに肩をかして後退しようとしていた。
「先に行ってくれ……俺にはやる事が出来た」
「何言ってんだ! あんな化け物の戦いの中に飛び込むつもりかよ!」
ユニアスが指をさした先には、ウインドドラゴンを押さえ付けるレッドドラゴンに、ドラゴンの背から降りた二人のドラグーンの戦いだった。二人は中距離戦の魔法と接近戦を激しく繰り広げている。跳び回るリリムが魔法を連続で放てば、カトレアは魔剣から魔力を放出してそれら全てを切り裂いてリリムに接近戦を仕掛けるために距離を詰める。
それだけの事だが、明らかに学生のレベルではない。その動き一つをとっても素早く正確で、魔法の威力も剣での斬撃も桁違いだろう……周りの森が消し飛ぶのではないかと言う勢いだ。いや、実際に吹き飛んでいる。すでに木々はなぎ倒され、地面は地形が変わっている。
「……二人とも婚約者だ。俺の問題でもある」
「馬鹿! 今は関係ないだろうが……今は婚約者かもしれねーが、あの二人はもう終わってる。カトレアは問題を起こしたし、リリムに至っては今日の問題で最悪死刑だぞ! 婚約の解消なんか時間の問題だ」
三公の嫡子に攻撃を仕掛けたドラグーン。これだけでも問題だが、私闘でドラゴンを利用した事が世間に知れれば、世間でのドラグーンの地位が下がる。国の威信にもかかわる問題なだけに、厳罰は免れないのだ。
「元婚約者になろうが関係ない。俺は救うと決めた!」
ユニアスを真剣に見るルーデル。ユニアスはそんなルーデルの意志に根負けする。ユニアスは怪我をした二人の治療をリュークに任せ、自分はルーデルのサポートをする事にしたのだ。
「分かった。でもどうする? あの二人が戦いを止めるとも思えないけどな」
ユニアスとルーデルが見つめる先には、お互いに罵り合いながら戦う二人のドラグーンの戦いが見える。魔法の連続攻撃に、魔剣による斬撃の嵐と、化け物の戦いを繰り広げる二人。
「……リリム様、いや、リリムと二人に持ち込めば何とかする」
「どうするかは知らないが、なら問題はカトレアだな。そっちは俺が何とかするから、お前は絶対に救えよ。因みにどうやって救うんだ?」
「救い方など知らないが……問題ない!」
自信満々に答えてリリムとカトレアの戦っている場所へ向かうルーデル。それを呆れながらついて行くユニアス。
「本当に大丈夫なのかよ!」
ユニアスの叫びを背中に受けながら走るルーデルは、心に決めた事を思う。
(絶対に救って見せる!)
◇
再び戦いに向かった二人、ルーデルとユニアスを見送りながらリュークは傷だらけの二人、バーガスとバジルの治療を始めていた。応急処置しか出来ないが、それをしたらすぐにでも森から抜け出そうと考えていた。リュークもルーデル達の事が気になるが、それと同じくらいに道案内の商人の行方が気になったのだ。
バジルが怪しいといった商人の事を考えれば、最悪の事を想定して動かなければならない。叩けない二人を一刻も早く助けるために街に戻る事を優先したのだ。
そんな事を考えていると、急にバーガスが涙を流し始めた。
「痛むのか?」
リュークが残り少ない魔力をバーガスの治療に使うか悩んでいると、バーガスは首を振って応える。
「いや、情けなくてよ……ルーデルに格好いいこと言って、実際には俺が逃げる事しか出来ない。悔しいじゃねーか。誰かを助けられる男になりたかったのによ……」
そんなバーガスの言葉に、リュークはどういっていいか分からない。しかし、バジルがそんなバーガスを抱きしめる。
「格好良かったよ。囮になるって決めた君のおかげで、私も勇気が出たんだから……ありがとう」
「姐さん……」
置いてけぼりのリュークは、何を言っていいか分からず頬をかいて目を逸らした。そしてルーデル達の無事を祈るのだった。




