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青年と少年

 三年生となり、選択制の授業を受けるルーデル。だがここでも問題が起きていた。騎士になるために授業を受けるのだが、貴族の子弟は元からある程度の教育を受けている。それによって平民達よりも自由な時間が出来るのだ。


 貴族も学生時代ぐらいは、と遊んでいられると思えば嬉しいが……ルーデルにとっては少しでも早くドラグーンになりたいのだ。暇な時間は利用しないといけない。それに成績上位人は、単位にも余裕があって余計に暇だ。


「それで、今後の予定を私に相談しに来たという事ですか……ですがルーデル様は宜しいのですか? 折角の自由な時期に勉強や訓練で時間を潰して」


 そんなルーデルはバジルに相談しに来ていた。バジルは、学園でも数多くの実戦を経験している者の一人だ。そんな彼女に相談しない手はない! これがルーデルの判断だが……バジルは内心で仕事でもしようかと考えていた。


 仕事……それは、彼女が傭兵やら護衛といった自分の実力を対価に報酬を貰う冒険者と言う職の仕事だ。当然のように危険な事も多いし、下手をしたら命を落とす。しかし、今のルーデルならたいがいの事は出来てしまう。


「何かいい考えはないかな? できれば今しか出来ない事がいい……俺は卒業すれば忙しくなりそうだし……」


 考え込むルーデルに、バジルは話を持ちかける。無論仕事の話だ。


「それでしたらいい仕事……いえ、実戦を経験しませんか? 去年のような防衛ではなく、討伐といった難易度の高い物もご用意できますよ」


 頭の中では、仕事の内容とその報酬の事で一杯のバジル。そんな事とは知らずに、ルーデルは笑顔でそれを受け入れた。


「頼めるか! 助かるよバジル」


 ……そんなルーデルの言葉に、少しだけ罪悪感を持ったバジルであった。



 バジルはなじみのある店……数年前に猪の牙を売りに来た店に来ていた。情報屋を敵に回し、危険を知らせてくれた店主である老人に色々と頼ろうとしたのだ。今回はアルセス家の家来という手出しのしにくい立場もあり、堂々と店に来るバジル。


「仕事がないかだと? 去年の護衛の仕事だって無理したんだがな……それに、今のお前に仕事なんかいらんだろう?」


 老人が鑑定の仕事をしながらバジルと会話をする。店内では持ち込まれた品を鑑定する老人と、店にある品々を見て回りながら会話をするバジルだけだ。


「雇い主のご所望なのよ。それで引き受けてくれるの? 引き受けるなら幾らかは払うわよ」


「仲介屋じゃねーからな。だが、一つ聞きたい事がある……去年の王女が絡んだ事件の真相だ。一向に情報が集まらんから、情報屋たちがその手の情報に飢えてやがる。何か裏があるんじゃないかってな」


 バジルは学園に出入りできる。と言うか、住み込みで働いている。その手の情報はすぐ手に入るのだ。それに雇い主が思いっきり関係していれば調べもする。


「面白い話じゃないわよ? ……アルセス家の跡目問題が絡んでややこしくなった。ってのが真相かしら? 雇い主の弟や両親が事件の真相を捻じ曲げた感じね。それにドラグーンの天才騎士が絡んでややこしくなった訳よ」


 簡単にバジルが事件の内容を話していく……しかし、ルーデルに関する事は微妙にごまかしたり、はぐらかしたりする。バジルも雇い主の個人情報に気を使うようだった。


「何かヤバイ話かと思えば……現実なんてそんなもんかい。で、責任は誰が取ったんだ?」


「アルセス家はだんまりね。弟君は二年生で無理やり卒業させられて騎士として辺境に追いやられるって聞いたわ。姫を騎士の卵が見捨てたにしては軽いと思うのだけど……それでも名門の貴族が辺境に追いやられるのだから、アルセス家の評判がまた下がっているわね」


 バジルは内心でそこまで気にしてはいない。何故なら、ルーデルのおかげで今は逆にアルセス家の評判は上がっているからだ。ルーデル……王に認められた次期大公という存在が、貴族内で話題に上がっている。激しい派閥争いを繰り広げる三公の勢力にあって、優秀な跡取りはそれだけで興味の対象だ。


「アルセス家のバカ息子が、今では麒麟児か……そこと繋がるとは思わなかったな。いや、噂くらいは聞いていたんだがよ」


「もう化け物みたいに強いんだから。私なんか敵わないわよ……」


 嬉しそうに語るバジル……しかし内心では少しさびしかった。今まで自分に頼ってきた弟が、独り立ちしたような感覚なのだろう……


「ドラグーンのカトレアが出世争いから外れたのもそのせいか? これといった失敗も無いカトレアが、辺境に飛ばされたって話題になっているぞ」


「詳しいわね? もう広まっていたの?」


「はぁ、ドラグーンのカトレアが辺境に飛ばされれば何かあると思うだろうが。それにしても急に慌ただしくなってきたな。国境ではガイアが兵力を増強したらしいし、魔物が活性化してきていると情報屋も騒いでいたしな。……意外と辺境に飛ばされたのは、軽くない罰かも知れん」


 そんな会話をしながら店主は、仕事を終えてバジルから聞いた内容をメモに残す。情報屋に売るために書き込んでいるのだろう……バジルはそう思って気にもしなかった。


「仕事の事は来週まで待て、それくらいまでに色々と探してやる。それから、この情報はお前からだって事を情報屋に伝えておく。……アルセス家の使用人だからって、いくらなんでも不用心だぞ。あいつらを舐めて良い事なんかないからな」


 そんな店主の思いやりに、バジルは驚く。確かに不用心だったが……今の情報はそこそこの価値がある。売ればいい値になったろうに……そう考えたバジルの顔を見て、店主がいう。


「副業で稼ぐほど困ってないんでな」


 それを聞いてお礼を言って店を出るバジルは、最後に店の品物を一つ買って店から出た。



 三年生となって、ルーデルはその行動のほとんどをリュークやユニアスと過ごすようになっていた。ルーデルは強制的に領地経営や大公に必要な授業を受ける事が決まっており、それを受けるという事は三公の嫡男も一緒という事になる。


 半ば当然のように行動を共にする三人と、最近は離れて行動する事も多いイズミが四人で食堂を利用していた時の事だ。


「あの姉ちゃんに仕事を受けるように頼んだのか?」


 ユニアスが、学食の大盛りの定食を食べながらルーデルの話に興味を持った。


「学生なら、学園で勉学に励む方が無難な気がするな」


 そんなユニアスの反応とは違い、リュークは本を読みながらルーデルの行動に釘をさす。学園でしか出来ない事も確かにあるのだ。


「でも今しかないだろう? 俺達は卒業すれば忙しくなる……バジルも言っていたけど、外の世界を見れるいい機会だってさ」


 その言葉にリュークも一理あると思い、本を置いてルーデルの話を聞く事にした。


「あの女は……ルーデル、私も参加していいか? あの女は見張らないと不味い」


「いいけど、イズミは授業は平気なのか? 上級騎士を目指すなら必須の授業は多い筈だが?」


「うっ、な、何とかする!」


 ルーデルとイズミを見ながら、リュークとユニアスはいい加減に付き合えよ、と内心で思いつつ、口には出さない。そんな会話をしているとユニアスが定食を食べ終わり、自分も参加すると言いだした。


「なら俺も参加だな! 折角の機会だし、面白そうだ!」


「……お前は座学が壊滅的でよくそんな事を言えるな……まぁ、私は授業に余裕があるから参加してもいい」


 四人がそんな話で盛り上がる中、学食でそれを聞いていた学生の一人が音をたてて立ち上がる。そして視線をルーデル達に向けるのだが……その視線には悪意が込められていた。


 それに気付いた四人がその生徒を見ると、その生徒の周りにいる生徒達が必死に座れだの、落ち着けと言ってなだめていた。しかし立ち上がった生徒は一向に視線を外さない。


「いい身分ですよね。僕たちはこの学園に通うために必死に稼いだり、家族が無理をしていると言うのに……アルセス家の嫡男様は、領地経営よりも魔物の討伐ですか? どれだけの領民が苦しんでいるかも知らないで、よくそんな事が出来ますね。いや、知らないからできるんですよね?」


 その言葉には、ルーデルに対する棘のようの物が含まれていた。立ち上がった少年は、茶色の髪に青い瞳とパッとした特徴はないが、それでも顔立ちの整った少年だった。周りにはそんな少年を必死になだめる友人達が居る事から、悪い奴には思えない。


「フリッツ止めろ! 相手が悪過ぎる。相手は三公の先輩達だぞ!」


 周りの声も大きくなる中で、ルーデルはそんな少年の事を無視をした。別に気に入らないとか興味がないわけではない。少年のいう事は事実だし、ルーデルにも問題のある事は理解している。それにルーデルは、いつかはこんな事を言われると自覚していた。


 自覚していたからこそ、少年のような人物に何を言っても伝わらないと考えていた。大公になり救うと言っても信用しないだろう。開き直ればなおさらだ。それに……ルーデルの夢は、少年の言った事とは正反対に突き進んだ道だ。


「何とか言ったらどうなんだよ! お前のせいで苦しんでいる領民に悪いと思わないのかよ!!!」


 怒鳴る少年に、リュークやユニアスが立ち上がって言い返そうと動き出した時、ルーデルは二人を止めた。イズミがルーデルの服を引っ張り、問題を起こさないか心配している。


 イズミに小声で心配ないと言いながら、ルーデルは立ち上がってその少年を見る。身なりから貴族でなく、平民の少年だと分かった。きっと実家からこの学園に通うために苦労してきたのだろう。もしかしたらアルセス領の領民かも知れない。


 ならばここで俺は悪役になればいい。少年が憎む敵になれば、きっと少年はもっと頑張るだろう……ルーデルはそう考えた。


「すまなかった……そう言えば許してくれるのか? ただ怒鳴るだけで解決するならいくらでも怒鳴ればいい、叫べばいい。基礎課程が終われば三年生から五年生までの個人トーナメントがある。そこまで来たら話くらいは聞いてやる」


 そう言って学食から出るルーデル。その後にリュークたちも続く……そして擦れ違いでアレイストが友達と二人で学食に入ったのだが……


「な、なんだこの重い空気!」


 何とも言えない学食の雰囲気に、友達と二人で驚くのだった。

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