三馬鹿と王様
トーナメントも無事に終了し、怪我をした……重症であるルーデルとリューク、ユニアスが保健室で毎回のように寝込んでいる時だった。すでに定位置と言っていいルーデルの窓側の席に、中央にリューク、通路側にユニアスのベッドだ。
そんな保健室では、イズミが上手くなった果物剥きで三人に果物を切って渡している。ルーデルのだけは、キラーラビットに模して切られていたのだが
「ドラゴンの頭部に見えるから食べられない……飾っていいか?」
「こ、これはキラーラビットだ! ウサギだから食べてくれ」
「お、そうかウサギか……なら、食べようかなウサギ……いやでも」
全身怪我だらけのルーデルは、イズミが口元に運んだ果物を食べる事を拒否している。そんな二人を横目で見るリュークとユニアスは、何とも言えないルーデルの反応とイズミのやり取りを呆れて見ていた。そしてそんな部屋の外では、会話を聞いていた人物が……
(う、ウサギ!!! 兎人を食べる? せ、性的な意味よね! 性的に食べるのよね師匠!? 私も混ぜて!!!)
……フィナだった。そしてそれに続くのは、護衛の上級騎士を伴った王であるアルバーハに、学園長。ルーデル達の優勝祝いの為にお忍びで訪問しに来たのだ。
今回の優勝で、ルーデルの事を高評価した王族に学園……それは決してルーデルにとって良い事ばかりではなかった。
◇
「失礼するよ……元気そうだな三人とも……って何してんの! そのままでいいから!」
アルバーハが、気軽に三人の病室に入ると部屋にいた四人が王を前に膝をついた……その内の三名は重症の病人である。はじめに動いたのはイズミだが、その後すぐに痛む身体を無理に動かして床で膝をついたルーデル……その姿にユニアスが対抗心を燃やし、リュークも一人だけ何もしないのは許せなかったのか参加した。
結果として重症である三人に膝をつかせた王様。そんな王様に、部下である上級騎士達が何か言いたそうにアルバーハを見る。……重症でありながら王に対する礼儀には感心するが、三人は次期三公……
「寝てていいから! そんな無理して膝なんかつかないで!!!」
(ああ、父上が叫んでるよ……面白れぇぇぇ!!!)
フィナは無表情で面白がり、部下や学園長からは止めさせてくれといった視線を向けられる王様。そんな病室で、王様の悲鳴が響く……
そして落ち着いて話が出来る状態になり、アルバーハが話を切り出した。
「今回のトーナメント優勝おめでとうルーデル。まさかここまで優秀だとは思わなかったよ……それでだがね。君に正式にアルセス家を継いで貰いたい。フィナからの手紙でこれまでの事は大体分かっている。君がフィナを救い、報告書に君に対する悪意があった事も……」
王がルーデルに対して、今までのようなうその報告から一転して正当な評価を下したのだ。その事にイズミは喜び、リュークもユニアスも安心した……だが、ルーデルだけは不満以外の何物でもない。
「いえ、王女様を危険にさらしたのは事実ですし、ここに居るリュークやユニアスを巻き込んだ事も事実! 学園に通えるだけで十分です!」
ルーデルにとって、三公……大公位を継ぐという事は、ドラグーンになると言う夢を諦めるという事だ。折角、夢に近付いたのにここで跡取りに戻る事はルーデルの本意ではない。
「いやいや、幾つかの報告以外をまとめたら、君は立派な大公になれると判断できる。成績にしても学園で上位に位置し、亜人や身分に関係なく接する事が出来る君は優秀だ」
褒める王様に対して、大公位を継ぎたくないルーデルは考えた。このままではドラグーンになる事が難しくなると……もしも王の命令で大公位を継ぐ事が決まれば、ルーデルは今まで以上に領地の事に関わる事になる。学園を出ればすぐにでも内政に関わる事になるだろう……父の雑用を押し付けられ、今まで経験もしなかった社交界に出なくてはならない。
そんな時間は、ルーデルに無かった。全てはドラグーンになるためにここまでやってきた。そんなルーデルに大公位は無用である。
「……自分は……大公位には興味がありません」
「……それは君の夢のためかい? 確かにドラグーンは国でも勇者の中の勇者だが、君が大公になればドラグーンの騎士一人が救える国民の数よりも、もっと多くの国民を救える」
王の言葉に、ルーデルは難しい顔をする。
「それでも、夢は諦めたくありません!」
ルーデルの意志は変わらない。しかし、王はその意志の強さに関心もしたし、ルーデルの力強い瞳にも期待した。だから告げたのだ……
「王族をはじめ国や国民を守るのが騎士である。君の答えは最初から矛盾している……大公位の事は保留としよう。だが、君がわしを納得させる答えを出せない時は、ドラグーンにもさせんし、大公位も取り上げる。……今日はここまでにしよう」
そう言って去っていくアルバーハと上級騎士達。フィナは思い詰めるルーデルを一度振り返って見た後は、そのまま父である王に従って病室を出た。
◇
王が去ってから、ルーデルは屋上にいた。保健室……もう病院と言っていい施設の屋上に、イズミに頼んで連れてきてもらったのだ。昼も過ぎて、風も吹いている……洗濯物が音をたてているそんな屋上。
体中に包帯を巻いて、両手は指も動かせない状態にまで巻かれたルーデルは、ベンチに座りながら王の言葉を思い出していた。そんなルーデルをベンチの横に座りながら心配するイズミ。
イズミはルーデルの夢を知っている。そしてその夢のためなら領民を捨てる事を決めたルーデルの意志も知っている。……だからここにきて、王による言葉がルーデルの夢を阻んでいる。イズミ自身も、ルーデルがアルセス領を継げば多くの人を救えると分かっているだけに、王のいう事が正しいと分かるのだが……
「ルーデル……あんまり気を落とすなよ」
イズミはそれでもルーデルの夢がかなって欲しいと思っている。そうして声をかければ
「イズミ、王を言い包めるにはどうすればいいだろうか? 適当な理由はいくつか思いつくが……これといった物が思い浮かばないんだ」
「……ルーデル? 王様を騙すのか!?」
「騙す? 人聞きの悪い事を言わないでくれ! それに王様の言う事が正しいのも分かっている……ようは、大公になるよりも多くの人をドラグーンになって救えばいいのだろう? 俺は騎士になって、ドラグーンになって多くの人を救う!」
全身怪我だらけで、説得力のかけらもないルーデル。そんなルーデルの事を頼もしく思うイズミは、微笑んでルーデルを見ているのだ。
……そんな二人を物陰から見守る三人がいた。リュークにユニアス……そして学園長だ。三人は、落ち込んでいるであろうルーデルに声をかけようとしたのだが、本人が意外のも……いや、想像以上に元気な上、王を騙そうとしている事を知る。
「騙したら駄目だろ!」
リュークが小声で突っ込むが
「王様を騙すのか……どう騙すかが問題だよな」
「何で面白そうにしているユニアス! ルーデルが王を騙そうとしているんだぞ。止めるぞ!」
「嫌だね。面白そうだろうが……それにルーデルも言っているだろうが、大公になるよりも多くの人を救うってさ」
面白そうにしているユニアスに、リュークが言い争いをしだす中で、学園長は元気なルーデルを見て安心した。そして、ドラグーンになった後の事も考えていたのにも安心した。
(道を踏み外さないようで何よりだ……)
◇
この後に、ルーデルは王に対して手紙を書いた。王の問いに対する答えのつもりだったのだが、その答えに王であるアルバーハは気を良くする。
『大公になるよりも、もっと多くの人を救うドラグーンになる』
これがルーデルの王に対する答えだった。