主人公と脇役
トーナメント二日目は、異様な雰囲気で始まった。一年生の試合は無難に終わり、王女の所属するクラスが優勝……クルストも代表としてそこそこ活躍していた。どうみても怪しい試合が幾つかあったが、流石に王族の前では正々堂々と試合を済ませた。
そして異様な雰囲気の元は、もちろんルーデルだ。ルーデルのクラスメイト達もボロボロだが、それ以上にルーデルの状態は酷い。リュークにユニアスといった優勝候補達との試合は、それだけ過酷だったといえる。
そう、ボロボロなのだが……
「ついに来たな! このまま絶対に優勝だ!」
凄く元気だった。会場には、保健室から抜け出してきたリュークにユニアス……そしてバーガスなどの毎朝の訓練で顔を会わせる上級生たちが来ている。それに混じって、バジルも応援に来ていた。
そんな会場で、リングの反対側にいるアレイスト達は、ボロボロのルーデル達を見て安心していた。強敵が揃うブロックを勝ち進んだルーデル達を警戒はしたが、これなら勝てると思い込んだのだ。
◇
そうして始まる決勝戦は、白熱した物となる。余裕のあるアレイストのクラスに対し、ルーデルのクラスが何とか食い下がる。大将戦までに、結果は2-2となり、これは期待できる大将戦になると誰もが思った。
アレイストと向かい合うルーデルは、審判の合図を待つ。そうして待っていると、アレイストはルーデルに声をかける。
「盛り上がって居るよね……それにしても、幾らなんでもその恰好は酷いよ。折角の見せ場なのに、俺が弱い者いじめをしているように見られないか心配だ」
嫌味を言うアレイストとは逆に、ルーデルは真剣そのものだ。そう、ルーデルはこの時を待っていたし、アレイストの言う嫌味も今までの結果からしたら当然とも思えた。……だが今は違う! そう思い、ルーデルは木剣を構える。
意識が試合に集中したのか、今まで感じていた痛みが無くなる。
そんなルーデルを見て、反応が薄いとぼやきながらアレイストも木剣を構えたのだ。お互いに構えるのを確認して、審判は合図を出す。
◇
貴賓室で観戦している王族たちは、目の前で繰り広げられる戦いに息をのむ。もう、基礎課程の生徒の試合ではなかった。上級生、あるいは一人前の騎士と比べても何の問題もない二人に、会場も息をのむ。
(し、師匠!!! 何であんなにボロボロなの! このままだと負ける! 師匠が負けてしまう!!!)
内心焦りまくりのフィナ。そんな試合をアイリーンは
「何と強いのでしょうねアレイスト様は!」
妹を救い、そして美しい容姿。かつて好きになった騎士を重ねるアイリーンにとって、アレイストは理想の騎士だった。
しかし、王妃の感想は全く持って違う物だった。口元を隠していた扇をたたみ、少し前のめりに観戦する。王妃が試合に興味が出たと感じた王が、感想を聞いてみた。
「どうだ? 気になる事でもあるのか?」
少しだけ間を空けて、王妃はその問いに答える。
「ええ、あのルーデルと言うアルセス家の嫡子は強い。しかし……何と言うか、ハーディ家のアレイストは……『軽い』ですね」
いつもより見開かれた王妃の目が、アレイストの強さを軽いと感じていた。強さを軽いと言う表現で表した王妃……もともと、王妃は強い男が好きだ。アルバーハも若い頃は剣術に優れ、そこを気に入っていたと言っていい。学生の、しかも基礎課程の生徒の試合を見るのは、お粗末な試合を見せられると思い逆に耐えられない……そう思っていた。
しかし、現実には三公の嫡子をはじめ、中々面白い試合が見れているではないか。だが……
「期待はずれです。……決勝戦の、しかも大将戦でこんな……1人は始まる前からボロボロで、もう一人は強さに重みがない。これなら昨日のルーデルとユニアスの試合がまだよかった」
再び扇を開いて観戦する王妃。興味が無くなってしまったらしい。
「では、どちらが勝つと思う?」
王の何気ない問いに、王妃は興味な下げに答える。
「まぁ、勝つのは……」
そんな両親に気付かないまま、フィナは無表情で
(私のモフモフライフが! 夢のモフモフ王国が!!! 師匠!!! 頑張って!!!)
どこまでも自分の欲望に忠実だった。
◇
試合はアレイストの予想を超えて苦戦していた。剣術も魔法も、アレイストが勝っていると思っていたのに、ルーデルはアレイストに負けていない。いや、勝っていると言っていい。そんなルーデルは
(アレイストは、剣術ならユニアスに劣る! 魔法はリュークに及ばない! 力じゃない……アレイストには圧倒的に技術が足りない。俺が勝つには、そこを突くしかない!)
そう思って、力押しで来るアレイストの攻撃を受け流し、カウンターを狙っていた。試合が始まってからという物、押しているアレイストが一撃も当てていないのに対し、ルーデルは押されながらも攻撃を的確に当てている。それでもボロボロの体を引きずり、不利である事に変わりはない。
会場は、王女を救ったとされるアレイストを応援する声が大半を占める。そんな声援を受けて、最初は気をよくしたアレイスト。しかし、実際は中々勝てない。しかも相手はルーデルだ。あのルーデルだ! 無能で、傲慢で! 邪魔しかしないあのルーデルだ!!!
「何で邪魔するんだよ……いい加減に倒れろよ!」
イライラするアレイストは、勝ちを急いで魔法剣を使う。木剣に炎がまとわりつき、そのまま炎が剣の形を模る。だが、その大きさは人の二倍以上の大きさだ。それを振り回すアレイストは、ルーデルに攻勢をかける。
「お前は! お前なんか! 消えちまえぇぇぇ!!!」
横に、縦に、剣を振り回すアレイスト……それを避けるルーデルも木剣に魔力を流し込む。魔法剣を模した必殺の剣だ。ルーデルの魔力を流した純粋な魔法剣は、木剣に沿ってその形を綺麗に剣の形を模った。
長さもそこまでないルーデルの魔法剣……しかし、アレイストの剣がルーデルを葬ろうと襲い掛かると、ルーデルは剣が届かないにもかかわらず振り抜いた。そして剣にまとっていた魔力が無くなり、代わりにアレイストの魔法剣を斬り裂いた。
「な、何だよそれ! そんな技は知らない……卑怯だ!」
そう言って審判に抗議しようとした時に、ルーデルはアレイストのすぐ傍まで近付いていた。慌てて木剣で防ぐが、二人の木剣は限界だったのかぶつかった瞬間に砕けてしまった。
「し、審判! 木剣が使えなくなった。一時中だ……ッ!」
木剣が砕けると、ルーデルはすぐに格闘戦に切り替える。アレイストも与えられた能力……武術の才能で避けるが、気迫が違うルーデルに怯んでしまう。ルーデルの真剣な目に怯えてしまう。
(どうして! どうしてこうなるんだよ! ここは俺の世界だろ……俺が主役の世界じゃないのかよ!!!)
お互いに高度な格闘戦を繰り広げるが、どうしてもアレイストが下がり続ける。強くても気迫で負けるのか、防ぐ事しか出来ない。ただ防ぐしかないアレイストは、転生前の人生を思い出す。……イジメられ続けたアレイストの転生前の事実。
(毎日イジメられてきた……それで事故で死んで、折角好きだったゲームの世界に転生して! チートだって貰った! 地位も貰った! 顔だって醜くない! ……なのに、なのに何でここでも俺を……僕をイジメるんだよ!!!)
そんな怯えきったアレイストの顔面をルーデルの拳が捕える。吹き飛ぶアレイストは、リングの上で這いつくばる。それは彼の転生前と変わらない光景。
(怖い! 怖い! 怖い! ……僕はまたイジメられるのか? こんな踏み台キャラに……)
いつまでも立ち上がらないアレイストに、追撃はしないルーデル。しかし、アレイストの前に立っている。怯えるアレイストはそんなルーデルを見る事も出来なかった。
周りでは、そんなアレイストに激しい声援が……ルーデルには罵声を浴びせる声が聞こえる。そんな中で
「立てよ! なんで戦わないんだよアレイスト!!!」
ルーデルの拳は力強く握られて震えている。怒りか……それとも空しさからか、ルーデルは怒り出す。そんな声に益々怯えるアレイスト。
「もう負けでいい! 僕の負けでいいから!!!」
そんなアレイストの声に、審判が勝利宣言をしようとする。しかしルーデルはそれを止める。
「立ってくれよ! ようやくここまで来て……何の為に俺は、お前を目指した来たと思っているんだ! 勝ちたかった! 認めさせたかった! なのに……アレイスト、お前は強いんだろうが!!!」
叫ぶルーデルに、会場は静まる。そんな異様な光景の中、アレイストも立ち上がる。目には涙をためて、震える身体を自分で支え……そこに王女を救った英雄の姿は無かった。だが、立ち上がった男の姿がある。
「す、好き勝手に言って! お前なんかに僕の気持ちが分かるもんか!!! 僕がどれだけ……お前なんかに!!!」
そう言ってルーデルに立ち向かうアレイスト。ルーデルもそれに応えて再びなぐり合う。しかし、今度の殴り合いはお互いに武骨に、闇雲になぐり合う。
今までの高度な試合とは違い、まるで子供の喧嘩だった。そんな殴り合いに、周りも応援する。
◇
なぐり合う二人を見ながら、第二王女であるフィナは
「まぁ、どちらが勝っているのかしら?」
(何を無駄な事してんの! 師匠の馬鹿!!! さっき勝っていたじゃない! そんな奴、早く倒してモフモフを天国に連れて行きましょうよ!!! ……モフモフ天国? モフ天……あれ? よくない!!! モフ天! モフ天!)
一人、無表情で盛り上がる。
そして姉である第一王女は
「なんて野蛮な……アルセス家の方は嫌いです!」
そして王は、
「これまた男の子らしい戦いだな。それにしても……これではアルセス家の嫡子は不利だな王妃よ?」
扇を開いたままの王妃は表情を変えない。そのまま地上のリングを見下ろすのだ。自分の予想が外れないと確信しているのか、王に返事はしない。
そんな王族と自分の生徒達を見守る学園長は、試合を見つめている。どちらも学園の生徒だ。……だから思うのだ。この試合の結果が二人に良い結果を与えたらと……
◇
なぐり合う二人は、足元もフラフラとなる。腕も大振りで、まるで力が入っていない。そんな状況でも、会場に集まった観客は応援するのだ。アレイストを応援する者がほとんどだが、その中でもルーデルを応援する者達が確かに居る。
「もう倒れろよ……十分だろう!」
お互いに酷い顔なアレイストとルーデル。アレイストの一撃が顔面に決まる。しかし倒れないルーデルは、お返しとばかりに顔面を殴る。二人はお互いに譲らない。
だが、流石に限界が来る。ルーデルは元から限界に近い。それでも立っていられるのは、負けたくないと言う意志だけだ。ここで勝ちを欲しているのは、学園に残りたいだけではない。……何故かルーデルはアレイストにこだわる。それを本人も気付いていた。今までにない感覚に、ルーデルは意地になる。
最後の力を振り絞り、ルーデルは拳に風の魔法がまとわりつく……最後の最後に魔力を使い切り、勝負を決めにかかるルーデルの拳がアレイストを捕え、吹き飛ばす。
会場が息をのむ中、二人は倒れてしまった。体力も魔力もなくしたルーデルと、初めてここまで追い詰められたアレイスト……そんな二人が立ち上がれないままでいると、周りは声を上げて応援する。
「立ってアレイスト様!!!」
「そんな奴に負けるなアレイスト先輩!!!」
「そんな馬鹿に負けるなァァァ!!!」
アレイストを応援する生徒達が、ルーデルを馬鹿にする。そんな中で、バーガスを始めとする上級生たちがルーデルに声をかける。それこそ大声でルーデルを応援する。
「負けんなよルーデル!!! 毎朝頑張った成果を見せてやれ!!!」
リュークやユニアスも大声を出す。怪我や魔力を使い切った後遺症があるのに無理をして叫ぶ! ミリアもそれに混じって声を出す。
「ここで負けるとかゆるさねーぞルーデル!!!」
「早く立て! それでも私達を倒した男か!!!」
「そんな所で寝てないで、さっさと立ちなさいよ!!!」
そんな三公の嫡子である二人の言葉に、周りのクラスメイト達も応援の声をかける。そしてルーデルのクラスも負けじとばかりに声を出す。
「立ってくれよルーデル!!!」
「これからも一緒だって約束しただろう!!!」
「アレイストに何か負けるな!!!」
最後にイズミが大声で叫ぶ!
「そのまま寝てるつもりかルーデル! 最強の……最強の騎士に、ドラグーンになるんだろう!!!」
倒れたルーデルが、腕を使って地面から上半身を起こすが、すぐに倒れる。何度も何度もそれを繰り返す……丁度その時、会場の真上をドラゴンが通過した。ルーデルに一瞬だけ、ドラゴンの影が通過した。そして……
「そうだ……絶対にドラグーンになるって決めたんだ! その為には負けてばかりはいられない……強くなるんだ! 誰にも負けない最強のドラグーンになるって決めたんだ!!!」
震える足で立ちあがるルーデル。その姿に応援していた会場の皆が声を出して喜ぶ。そしてアレイストは、立ち上がれずにいた。足が震えていう事を聞かない。心が負けを認めてしまったら、幾ら能力が高かろうと立ち上がる事も出来ない。
「ちくしょうぉぉぉ……」
絞り出したアレイストの声が、会場に響くルーデルを応援する声にかき消される。審判はそこで勝利宣言を出す。
「勝者、ルーデル・アルセス!!!」
◇
貴賓室では、フィナが無表情で椅子から立ち上がり両手に握り拳を作り、天に向けて突き出して喜びを表現していた。ついでに声まで……
「シャァァァ!!! 勝ったぁぁぁ!!!」
(師匠が勝ったァァァ!!! マジで凄いよ師匠!!! 少しだけキュン! ってしたもん!!! モフモフでもないのにキュンってしたよ!!!)
「な、何をしているんだフィナ?」
そんな娘を心配そうに見る王。王妃は扇を落として、姉は口を開けて驚いている。そんな中で、学園長も静かに誰にも見えないようにガッツポーズをする。
貴賓室から見える会場では、勝利したルーデルに集まるクラスメイトたち。そのまま急いで保健室に運ぼうとして、ルーデルが閉会式までが試合だと訳の分からない事を言って揉めている。……最後までいると言いたいらしいが、フラフラで頭もまわっていない状態なのは確かだろう。
(乗り越えたな……アレイスト君はどうだか……)
学園長は、すでに運び出されたアレイストの事を考える。
◇
会場から担架で運び出されたアレイスト。一時的に控室で横になるように言われ、今は部屋で一人である。誰も来ない控室で、アレイストは泣いていた。
「僕は……どこにいても変わらないのかよ」
そんな部屋に、一人のクラスメイトが入ってくる。アレイストはそれがいつも自分に絡んでくる生徒だと分かると不満そうな顔をする。今の今までクラスメイト達が来ないのだ。きっと何か悪口を言うのだろう、イジメられた経験から思い込む。
しかし……
「お、おしかったなアレイスト。……きっと次は勝てるよ……そう思ってる」
おどおどと声をかけるクラスメイト。そんな彼は、今でもアレイストと友人になろうとしていた。そんな彼の言葉に、反論しようか、貶そうか考えて……アレイストは、また泣いてしまった。
(ああ、僕が本当に欲しかったものは身近に有ったんだ。何で気付かないのかな……僕は友達が欲しかった。主人公が好かれるゲームが好きなのも、きっと誰かに好かれたかったから……どうしてこんな事にも気づかないのかな僕は……)
「あ、アレイスト! 痛むのか! すぐに医者を呼ぶよ」
走って医者を呼びに行くクラスメイトを見送りながら、アレイストは開いた扉から聞こえる外の歓声を聞く。……僕は彼と友人になれるのだろうか……そんな事を思うアレイストは、泣きながら微笑んでいた。