姉と妹
トーナメントも一回戦を全て終え、二回戦が始まろうとしていた。今回は王族の観戦という事もあり、試合時間も短くなっている。それに一回戦では、他の施設も利用して行われているのだ。ルーデル達のいるブロックは、フィナの希望もあって観戦されているのだ。
「二回戦か……次のクラスも強敵だな」
イズミがトーナメントの試合表を見ながらルーデルに対して呟いた。それに対してルーデルも答える。
「誰か強い奴がいるのか? 俺達の学年で凄そうなのは……リュークには勝ったけど、アレイストにユニアスくらいしか思い浮かばないな」
ルーデルの感覚に、イズミは頭痛を覚える。学年でも常に上位にいるルーデルからすれば、他の生徒達は脅威ではないだろう……しかし、このトーナメントは団体戦である。ルーデル一人が勝っても意味がない。
「はぁ、私達も勝たないと優勝出来ないんだぞ」
イズミの言葉にルーデルは笑顔で答える。
「大丈夫だ! 俺達は絶対に優勝する!」
自信満々に答えるルーデル。そんなルーデルに、クラスの他の代表たちも笑顔になる。イズミも気持ちを切り替えて、次の自分の相手の名前を呟いた。
「ミリア……エルフのミリアが次の相手だな」
そう、副将戦はイズミ対ミリアだった。
◇
そうしてルーデルのクラスも二回戦となるが、副将戦であるイズミの出番で何と一勝二敗! 何とも責任重大になってしまっていたイズミ。そして対戦相手であるミリアにも問題があった。……何故かイズミを睨むのだ。試合だからとか、真剣だからとかでなく……睨まれている。
「頑張れイズミ!」
リングの外から応援するクラスメイト達に混ざり、ルーデルもイズミの事を力いっぱい応援する。そして、すればする程にミリアが睨んでくるのだ。弓を装備したミリアは、訓練用の矢を大量に用意して立っている。
そんなミリアは、ルーデルの事が気になっている。そして、その目標であるドラグーンを軽蔑していた。その理由は姉であるリリムにある。エルフでありながら、クルトアの精鋭中の精鋭であるドラグーンになった。
リリムは、エルフでも中々の実力を持ち、一族に期待されていた。だが……リリムの秘密に気付いた同じエルフの婚約者が、婚約を破棄したのだ。それが切っ掛けで、姉は一族とエルフという種から距離を取った。虐げられるエルフよりもクルトアのドラグーンを選んだのだ。
大好きだった姉は、今では人間の犬……そして今度は、ドラグーンはミリアの気になる人物まで魅了している。彼女にとっては筋違いとは分かっていても許せない組織だ。
「……あなたに恨みはありません。でも、全力で戦います」
開始の合図と共に、ミリアの背中に翼が現れる。半透明な光る翼……そしてミリアは、リング上を縦横無尽に跳び回る……そう、飛ぶのではなく、跳ぶのだ。
「くっ! なんて動きを!」
距離を取り、後ろに回っては弓で攻撃を繰り返す。それに反応して対応をするイズミ……そんな時だ。イズミが呟いてしまった。台所でよく見る虫……跳び回る黒い悪魔。
「虫みたいな!」
ビッキ! と音が聞こえそうなほどに、リング上の空気が変わる。エルフの特技と言うか特徴である羽は、鳥と言うよりも虫の羽に見えない事も無い。そして跳び回る時の羽ばたきは、跳躍の補助をしているのだが……虫に見えるのだ。
エルフもその事を理解しているし、気にしている。そして反応は個人でまちまちだが……ミリアは逆上する。
「あ、あなた……今なんといったの? いいえ、聞こえたからいいわ……私の事を虫呼ばわりしたのだから、覚悟して貰うわよ!!!」
そのまま加速して跳び回るミリア。その動きについて行けないイズミは、訓練用の矢を体中に受けるのだ。訓練用とは言え、当たれば痛いし怪我をする。
そんな状況で激しく飛び回るミリアに対し、イズミは動きを止めた。神経を研ぎ澄まし、ミリアの動きを目で追うのではなく、先読みしようとした。ミリアのリズムを音や弓での攻撃で感じ、そして予想してイズミは一瞬で距離を詰めて一撃をミリアに対して打ち込む。
そんなイズミの攻撃を、ミリアは間一髪で避ける。だが、イズミはミリアにできたその隙を見逃さない。隙をついて、イズミが跳び回るミリアの足首を掴むと、そこからは一方的な展開となる。逃げられないミリアに対して、イズミは首に木刀を突き付けるのだ。
逃げる事の出来ないミリアは、悔しそうにつぶやく。
「ま、負けを認めるわ」
それを聞いた審判が、イズミの勝利を宣言する。イズミは自分の責任を果たせたと感じて胸をなでおろす。そしてそんなイズミに、ルーデルが飛びつく。
「凄いぞイズミ! あんなに跳び回るエルフを捕えるなんて!」
嬉しそうにイズミを褒めるルーデル。しかし、それを見たミリアは余計にイズミを睨むのだ。自分を倒した敵として、自分を虫呼ばわりした女として……そして何か分からないが、ムカムカする原因としてイズミを認識した。
◇
「つまらない試合でしたね。エルフが調子に乗って!」
アイリーン王女が試合の感想を言う。それに対してフィナも意外にも同意見だった。エルフが調子に乗って……もっとモフモフしなさいよ! そんな事を思っているフィナ。
(モフモフしてないのに、ハァハァしてしまう自分が憎い! ハァハァ……あの耳をハムハムしてぇぇぇ!!!)
そんなフィナと違い、亜人嫌いであるアイリーン。
亜人嫌いのアイリーンは、かつて移動中の馬車でゴブリンの襲撃を受けた。正確には複数の魔物たちの襲撃を受けたのだ。そして襲ってくるゴブリンを間近で見たアイリーンは、泣き叫び、醜態をさらした。それ自体は大した問題ではなかった。
その時のアイリーンは幼かったし、魔物に襲われれば誰だって恐怖する。しかし問題は、アイリーンがお姫様という事だ。魔物に襲われた王女……責任は勿論、護衛の騎士に取って貰わねばならない。そしてその相手はアイリーンの初恋の相手だったのだ。
運が悪いのか、運命なのか、刑を執行した騎士は亜人であった。自分の醜態を初恋の相手に見られ、ふさぎ込んでいたアイリーンが初恋の相手の死を知ったのは、それから当分後である。誰かを憎まねばやっていられないが、根はやさしい女の子であったアイリーン。
彼女が歪んできたのも、その頃からだった。治安を乱す亜人は滅ぼせばいい……そうしたら、人間だけの平和な世界が実現する。……本気で信じているアイリーン。
「落ち着きなさいアイリーン……フィナを見なさい。いつも冷静で動じない。王族として見習わないといかんぞ」
興奮するアイリーンをなだめる王。当の比較された本人は、ルーデルが大将戦で相手を秒殺するのを見て
(流石師匠!!! 少しだけジュン! ときた! でも、モフモフの時は手加減してね!)
どこまでも無表情で、どこまでも自由なフィナだった。
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