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少年とチャンス

 リリムが学園に報告しに来たついでに、ルーデルの事や事件の調査を行った。カトレアや調査隊の報告以外にも気になる事について調査していた。それは噂の真相なのだが……これは本人にとっては意外にも早く片が付いた。


 妹のミリアがほとんどを知っていたのだから……


「アレイストは特に知りませんけど、かなり強くて学年最強だって皆が言ってます。ただ、ルーデルは……頑張っているのに空回りしたり、方向性が間違っていたりするけどいい人だよ」


 王宮での噂の確認を取るために、噂の真相を聞くと


「クルストが姫様を助けた? それはないわよ姉さん。だって彼は、逃げ出してその場にはいなかったし、何よりルーデルが居なかったら私達は犠牲になって……」


 食い違う内容に、リリムは報告書の改ざんを疑った。聞けば聞くほどに、リリムの疑問は解消していく。


(やはりカトレアが……憎いからと言って、ここまでするなんて!)


 しかし、そんな二人がお茶をしていた学園の学食から見える廊下を、一人の上級騎士が半泣きでフラフラと横切った。……それはソフィーナだった。


 そんなソフィーナに声をかけようとしたリリム。しかし、気付いたソフィーナは逆に走り去ってしまう。不審に思い、彼女の来た道を見ると


「この先は保健室よね? なんでそんな所から泣き崩れた上級騎士が?」


 しばらく考えたリリムは、妹のミリアに別れの挨拶をして保健室に向かう。病院と同じような設備を保有する保健室で、看護師を適当に捕まえて話を聞くと


「三公の嫡男である三人の部屋から、泣きながら出てきたというの!」


 驚いた。上級騎士と言えばかなりの腕を持ち、誇り高い王宮の盾……そんな騎士が泣きながら出て来れば、リリムも嫌な想像をするしかない。子供とは言え、若い男が三人……同じ女性騎士として怒りを覚えて三公の嫡男たちのいる部屋を目指した。


「失礼します!」


 扉の前の護衛たちを、怒りのオーラで黙らせて強引に入室したら、そこにはルーデルだけが真剣な表情で立ちながら何か考えていた。その姿はリリムが思った卑猥な事をした後とは思えない。思い過ごしかと思っていた所で……


「あ! り、リリムさん? ど、どうしてこんな所に……」


 気付いたルーデルは、何だか気まずそうにリリムに挨拶をする。それに挨拶を返してリリムも気まずくなる。自分の勘違いで部屋に乗り込んだなんて言える訳がない。だから話をそらすために


「いえ、それよりも何かお悩みですか?」


 聞いてはいけない事を聞いてしまった。


「じ、実は、自分の未熟のせいで、知り合いたちにこの本の素晴らしさを理解して貰えなくて……」


 差し出した本は、無論『ドラゴンの撫で方』……本を見て、リリムも苦笑いをする。題名で読む気を無くすその本に、何と言っていいのか分からなかった。そんなリリムの見たルーデルは


「あ、あの! 少しだけ……撫でさせてくれませんか? 絶対に凄い本なんです! それを証明したいんです!」


 勘違いで部屋に入ったリリムも、その程度なら聞いてもいいかと安易に考えた。その結果は、ソフィーナと同じように半泣きで、エルフ特有の長い耳を真っ赤にして逃げるように保健室から出ていった。そしてまた一人取り残されたルーデルは


「やっぱり駄目なのか? もっと練習が必要なのかな?」



 そんな出来事から数日すると、王宮から学園に対して意外な提案がされた。その対応で朝早くから会議室にて教師たちは会議をする事に……その内容は


「基礎課程のトーナメントに王族が来るだと! 何の準備もしていないんだぞ!」

「何でも姫を救ったアレイストやクルスト様の実力を見たいとか……それにして急すぎる」

「優勝者には、王直々に褒美を授けると言ってきていますよ」


 学園の職員を集めた会議で、それはまた面倒な事を……と話し合いがされていた。学園長はその内容を少し考えた。この時期にわざわざ王族が事件後に学園に来るのは異例だ。何か気になる事でもあるのだろうか?


 いくつか思い浮かぶ候補には、ふと、ルーデルの事が思い浮かんだ。


「ふむ、では三学期までは学園は忙しいままだな。トーナメントの準備に怠りが無いように皆も頑張って欲しい……では解散しよう」


 意外なほどに反応の薄い学園長に、周りの教師たちが不思議がる。だが、王族が来るのだからトーナメントは何としても成功させないといけない。そうすると、今から急いで準備をしなければならない。忙しそうに席から立ち上がり会議室から出ていく教師たち……


 そんな会議室で一人残った学園長は


「これは彼にとってチャンスか、はたまたピンチか……もしも、彼のクラスが勝ち上がるのなら、きっと望みに近付くのだろうな」


 学園長は、ルーデルの夢であるドラグーンになると言う話を聞いた時に、若い内はこれくらいの夢を持つ方がいいと思っていた。それが叶わなくて挫折しても、まだ若いならやり直しがきくし、成長する……そう思っていたが、今は違う。


「彼の夢は叶って欲しいな。純粋過ぎる彼の夢が潰えたら、立ち上がるよりも崩れ去ってしまう。何より、こんなにも周りを巻き込んでおいて、なれませんでしたは済まされんよ」


 笑いながら資料に目を通す学園長。


 こうして、三学期の基礎課程の学年トーナメントは例年にない物となっていく。王、自らが出てくるのだ。この機に色々と思う者達が実力を示そうと力を出す。そんな中で、ルーデルがどこまでやれるのかを学園長は楽しみにした。



「聞いたかルーデル! 今年の学年トーナメントは王族が来るらしい……しかも! そこで優勝したら褒美が貰えるらしいんだ。クラスでも話したが、ここはルーデルの卒業をなしにして貰う事を望む事にしたぞ!」


 保健室のルーデルの部屋に駆け込んだイズミが、ルーデルにいち早くこの情報を告げるために来たのだが……そこにはすでにバジルの姿があって、イズミの伝える内容を伝えていた。


 部屋にはすでにリュークやユニアスが退院した後で、今はルーデルしかいなかったのに、バジルに先を越されたイズミ。


「あら、ごめんなさい。もう教えてしまったわ」


「……そ、そうですか」


 少し悔しがるイズミだが、ルーデルの反応を見ると笑顔になる。


「まだ、チャンスがあるんだな……俺はまだこの学園で学びたい! アレイストとも競いたいし、もっと強い上級生達とだって、何より……クラスのみんなと、俺の為に動いてくれたみんなと一緒にいれるなら……優勝を目指す」


 真剣な表情でベッドから立ち上がるルーデル。体に巻かれた包帯を取り、そのまま自分の服を取り出して病室から出ようとして……イズミは慌てて止めに入る。


「な、何をしているんだ! 今は身体を休めないと!」


「問題ない! ここ数日は身体を動かしていたが大丈夫だった。それにここで休んで、後で後悔はしたくないんだ」


 そんなルーデルを見て、バジルは


「流石はルーデル様! ……でも、無理をして体を壊したらトーナメントにも出られません。だから、無理のないように、先ずは体力作りで体操から始めましょう」


 にこやかに釘をさす。ルーデルも二人から言われたら流石に無理はできない。……筈。


「基礎は大事だな……もう一度鍛えなおすか? それとも何か新しい必殺技を覚えるか?」


 そんな考え込むルーデルに、バジルは告げる。


「ルーデル様、今度の長期休暇にお時間を作って頂けますか? そうすれば、このバジルが最高の修行を付けて差し上げられます」


 イズミはなんだかそんな事を言うバジルが怪しかったが、本人はルーデルの不利になる事をするとも思えなかったから黙っていた。ルーデルの返答次第では、自分もそれに参加するつもりだったのだ。


「本当か! 任せる」


 元気に返答するルーデル。そして三人は堂々と保健室から出ようとして、医者や看護師に止められた。

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