少年とナデナデ
誰もいない学園の学食で、ミリアは久しぶりに姉であるリリムと会っていた。昼しかやっていない学園の学食で、自分達でお茶を用意して話しているのだ。
リリムが王女の件で学園に顔を出したついでに、妹であるミリアと楽しく話していた。だが、ミリアが突然ルーデルの事を聞いてしまう。
「姉さん、ルーデルってどうなるの?」
「……継承権のはく奪は決まっているわね。それ以外は、学園と王宮……これはアルセス家との間で揉めていて、未だに決まらないわ」
暗い顔をする妹の顔を、薄らと瞼を開いて確認するリリム。
「王宮でも判断に困っているわね。問題児なのか優等生なのか……王様は、意外にもルーデル様に期待していたわよ。面白い少年だって」
そんな話をしながら、リリムは今回の件でカトレアの異常な行動を考え始めた。カトレアのルーデルに対する憎しみは異常なのだ。報告書から報告に、どれにも私見が混じっていて判断に困った。だからリリムがカトレアと代わって学園との連絡役を言い渡されたのだ。
下手にドラグーンとして関わったために、その後の処理まで……リリムも大変だった。
こうしてドラグーンと上級騎士の二名が調査に乗り出す。
◇
アレイストは事件から一転して学園の英雄となる。いくつかの思惑が重なった結果が、アレイストの人気につながった。そんなアレイストを利用したカトレアに、ルーデルに罪をなすりつけたクルスト。そんな事を知らないまま、アレイストは状況を楽しむ。
「アレイスト先輩好きです!」
「付き合って下さい!」
「好きです! ……男として」
アレイストの望んだこの状況は少し予定と違ったが、そんな事を気にしないアレイストは下級生や上級生と楽しく遊び回る。それまで出席していた授業も出なくなり、アレイストの成績は人気に反比例して下がっていくのだ。
「これだよ! この状況を待っていたんだ!」
自室でノートを取り出して読み始める。線が引かれた名前も多いが、それでも今後の事を確認する。
「この後は、最後の基礎学年トーナメントで優勝して、第一王女に会えるんだよな! こんなに展開が変わっているなら、この段階で『王女アイリーン』と……よっし! やる気でてきたから、明日から頑張ろう!」
名前が出てきた『アイリーン王女』は、フィナの姉に当たる。大国なのに王子のいないクルトアと言う設定の中に置いて、王女という価値は高いのだ。結婚すれば、クルストの言う通り王の地位に近付く。
そんなアイリーン王女は、この世界の中で『正ヒロイン』と言われる位置づけだ。妹以上に美しい金髪碧眼の誰にでも優しく平和を愛する女性であり、その微笑みに心奪われない男はいないと言われる。小さい頃から周りから可愛がられ育ってきたためか、世間知らずのお姫様といった立ち位置だ。
しかし、アレイストは気付かないし、気付けない。そんな完璧な設定であるヒロインのアイリーンは、その優しさは『人間限定』であり、平和を愛するあまりに行きすぎた思想を持った女性に育っているという事に……妹と違い表情豊かで表裏がないのは確かなのだが……
「待ってろよ俺のハーレム! ここからが、俺の時代の始まりだ! 次のトーナメントが楽しみで仕方ないな!」
そんな王女に憧れるアレイストは、人間でありこれといった思想を持ち合わせていない。だから王女の異常さにも気づけない。
◇
独自の調査を開始したソフィーナは、現在は三公の嫡男たちが入院している保健室と言う名の病院に来ていた。その中でも特に豪華な部屋が、三人の病室になる。そこに来る前にも事件に関わったクラスからの聞き込みや、ルーデルと言う人物について聞いて回ったのだが……
ハッキリ言って、彼女の中でのルーデルの評価は最低だった! 基礎課程一年生時にはナンパを繰り返して謹慎処分! 上級生に対しての反抗(試合の申し込み)! 上げればきりがない。ただ、身近な者はルーデルの事を褒めはしても貶しはしなかった。
そこだけが気になるソフィーナだが、圧倒的に悪い噂の方が多いのも事実。
「ろくでもない人間なのは確かね。成績もトーナメントの結果からして怪しいし、何より騎士を目指す者がこんな……な、ナンパ! なんてして!!!」
妙にナンパの辺りで顔を赤くしたソフィーナが、三人の部屋に入る。そこで見たのは……
「だからなんで、そんな高度な理論を撫でると言う行為にしか使わないんだ! もっと色々と役に立つ筈だろう!」
「なぁ、こんな感じで振り下ろせばよく斬れると思わないか? そんな技術を撫でる事以外に使わないっておかしいだろ? 可笑しいよなルーデル!」
ドラゴンの撫で方と言う本に関して熱く語り合う三人の姿が確認できた。それに対してルーデルも反論する。
「その本は昔から存在しているし、利用しなかった事を俺に言われても困る! 大体何でもっと評価されていないのか、俺自身も不思議なんだ……ドラゴンを撫でて喜ばせるんだぞ! 最高じゃないか!!!」
「そこじゃない! それに評価されないのは題名が悪過ぎる! 誰がこの本の題名を聞いて、その価値に気付く? 私でも中を見る前に興味を無くすぞ!」
リュークの感情的な反論に、ルーデルも感情的になって反論しようとした時にソフィーナの事に気が付いた。ユニアスやリュークも病室に入ってきた騎士を見て嫌な顔をするが、上級騎士だと分かると渋々と質問する。
「上級騎士が黙って入室するとはな……何のようだ?」
ユニアスの嫌味に対して、ソフィーナも反論する。
「大変失礼しました。外の護衛にも話は通してありますし、入室の許可も取ろうとしたら騒いでいましたから」
お辞儀をして答える仕草は完璧で、流石は上級騎士と思わせた。
「ルーデル殿に、王女様の件でお話があります。少し話を聞かせて貰えますか?」
そんなソフィーナの質問に対して、少し感情的になっていたルーデルが思いついた。ここで二人にドラゴンの撫で方を読んで会得した物を見て貰えれば、きっとその価値に気付いて貰えるだろうと!
「その前に少しだけいいですか? 是非ともあなたに協力して貰いたい!」
「は、はぁ? まぁ、私に出来る事でしたら構いませんよ。その後に話は聞かせてもらいますがね」
ルーデルの申し出に曖昧に応えてしまったソフィーナ。その事を彼女は一生後悔する。近付いてきたルーデルに警戒しつつも、襲ってきても返り討ちにして罪を重くしてやると思っていたら。
「撫でさせて下さい!」
「え?」
……その数十分後には、半泣きでフラフラの状態で保健室から逃げていく上級騎士の姿が目撃された。顔を赤くして妙に色っぽい仕草の女性騎士ソフィーナが、三人の部屋から出ていった後で
「どうだ! 未だに完璧ではないけど、これだけ凄いと……どこに行くんだ二人とも? あ、あれ? 話を聞いてくれよ!」
「……」
無視して部屋を出るリュークに対しユニアスは
「……トイレだ」
その一言で部屋から出ていってしばらく帰ってこなかった。その事をルーデルは
「これでも全然駄目なのか? ならもっと上手くならないとな! ドラゴンに出会うまでにマスターしないと!」
決意を新たにするのだった。
◇
泣きながら王女の部屋に駆け込んできたソフィーナに、ミィーとのモフモフタイムを邪魔されたフィナは怒り心頭だった……無表情だけど。
「どうしました? 何か情報でも手に入りましたか?」
(本当に空気の読めない騎士ね! 私のモフモフのひと時をなんだと……それにしても顔は赤いし、妙にモジモジト言うかフラフラしているのは何で? はぁ、その状態で猫耳と尻尾さえあれば萌えるのに)
「あ、あの、その……ルーデル殿は思っていた以上の方でした。きっと報告書の間違いかと……この事を王宮に報告しますので、し、失礼いたします!」
(ぜ、絶対に許さないわよ……ルーデル・アルセス!!!)
そのまま逃げるように部屋から出ていったソフィーナを見て、成功した事を確信したフィナ。失敗したとも知らずに、最後の準備をする。机に向かって手紙をしたためるフィナ。
「どうしたんですか姫様? お手紙を書いたりして」
そんなフィナの行動に、モフモフから解放されたミィーが近付く。床をトテトテと音を手て近づくミィーに、萌え死にそうになるフィナ。
「何でもないのよミィー。必要ないかも知れないけど、最後まで手を抜けない事があってね……」
そう言ってミィーの頭を撫でるフィナ。ミィーも気持ちよさそうだ。だが!
(ハァハァ……待っていてね子猫ちゃん! すぐに師匠からテクニックを伝授して貰ったら満足させてあげるから!!!)
テンションはヤバいくらいに高かった。