三馬鹿とモフモフ
森の中で囮役を買って出た四人……彼らは激しい戦闘を……しないまま逃げ回っていた。正確には、攻撃して逃げては隠れるを繰り返す。四人で連携して逃げ回っていたのだ。
「何だあの鳥は! 魔法は効いているのか分からない上に、近づくのは危険……どうする事も出来ない」
リュークが決定力に欠けている事に気付くが、そこにアレイストが意見する。
「ダウンだ! ステータスダウン系のスキルが効果を発揮しているんだよ!」
アレイストは持っているゲームの知識を披露する。思い出したのは、状態異常とステータス低下の魔法や特殊技だ。それらはゲームではあまり役に立たなかった。
「ダウン系? 何だそれ?」
しかし、ユニアスもリュークも分からない、といった感じだ。アレイストの言うダウン系とは、ゲーム内ではあまり役に立たなかった相手のステータスを下げる魔法なり特殊行動……
「それを防ぐ手段は?」
ルーデルは、アレイストに敵の知識があると思って聞いてみる。しかし……
「回復アイテムとか、ダウンする確率もそう高くないから……」
「回復アイテムって……薬か? そんな特殊な効果を打ち消す薬があるのか? そんな物を戦闘中に使用しながら戦えるか?」
考え込んだリュークに対してユニアスが溜息を吐く。
「そんな物があれば、護衛たちがもっている筈だ。……まとめると運次第って事だろう。なら、一撃で決めればいい」
ユニアスの考えに、頭を抱えるアレイスト。
「ボスが一撃とか考えられないな……」
逃げ回り、ボロボロの四人は最後の行動に出る。リュークは魔法を……ユニアスは大剣に魔力を流し込む……アレイストは自慢の魔法剣の用意を……ルーデルは、両手に魔法を用意する。
最初に行動に出るリュークが、凶鳥が空からこちらに気付いて降りてくる所を狙って合図を出す。
「今だ! 全員でかかるぞ!!!」
リュークの魔法が、凶鳥に特大の魔法を放つ……その攻撃に凶鳥が落ちてくると、今度はユニアスが大剣で斬りかかり、ルーデルが突撃する。ユニアスの攻撃は凶鳥の翼を斬り裂き、ルーデルの必殺技はそのまま凶鳥を吹き飛ばした。……そして一人余る。
「こ、これで倒せただろう……って!」
リュークが息を切らせながら呟いた一言に、凶鳥は血を体中から流しながら立ち上がる事で応える。ユニアスは剣を構えなおすが、ルーデルは立ち上がる事も出来なかった。魔力の異常使用……その反動で体に負荷がかかる。そしてなお悪いのが、凶鳥の能力だ。
「ちっ! こんなに動き難くなるとは思わなかったな。……リュークは……立てないか」
「馬鹿にするなユニアス! 立てないのではない! 立ち上がりたくないだけだ……」
ユニアスの言葉に、意地で反論するリューク。三人を凶鳥の能力が襲う中で、アレイストだけは無事だった。しかし、当の本人は凶鳥の禍々しい姿に斬りかかるのをためらっている。
「何してんだハーディ! すぐに斬りかかれ! 今ならまだ間に合う」
ユニアスの声に動き出したアレイストだが、その時……そらから炎が降ってきて、凶鳥を消し炭にしてしまう……その光景は、まるで火柱に焼かれているような光景だった。
その火柱が収まり、森が静かになった時……丁度日が昇って辺りが明るくなりだした。その光を浴びて舞い降りたのは、レッドドラゴンに跨ったカトレアだった。
カトレアはドラゴンから降りて周りを見渡す。そんな姿に、ルーデルはボロボロでも興奮せずにはいられなかった。しかし、カトレアは状況を見て、自分なりに判断した結果……
「最後の一人が頑張ったみたいね。流石はハーディ君って言った所かな? それに引き替え……ルーデル、あなたはボロボロで立ち上がれもしない。本当に無様よね」
カトレアは、立ち向かった四人の内、アレイストだけが立っている状況を自分の感情もあってどうしてもルーデルも頑張ったと思えなかった。いや、思わなかった。ルーデルの実力から、戦闘に貢献している事も想像できたのに……
立っているカトレアが、倒れているルーデルを見下す。その言葉にルーデルは、去年と全然変わらないこの状況に恥ずかしくなった。鍛えてきた……学んできた……それでもルーデルは、助けられてしまった。
そんな光景の中、アレイストは……
「え? ……なんなのこの状況? それにカトレアさんとの出会いはまだ先じゃ……あれ!?」
◇
森での出来事は、学園内でも大きな話題になった。それは「アレイストが王女を救うために囮役を買って出た!」この話で、アレイストは学園の人気者になっていく……しかし、三公……ルーデル達の評価はいまいちだ。
ユニアスにリュークは、流石は三公の家の出! と言われて褒められたが、ルーデルだけは責任問題にまで発展した。囮役を買って出た事が非難されたのだ。自分の立場が分かっていない……護衛たちの報告に、何時の間にか逃げ出していたクルストが、自分への非難の矛先を変えるために嘘まで広めた結果……
『ルーデルは、場を乱して周りに迷惑をかけた上に、戦闘では役にも立たなかった』
命懸けで王女を救った事は伝わらず、この件に関してルーデルは酷く非難されたのだ。学園側も噂を否定したが、それがかえって生徒達には「金で口を封じている?」とか「真実だから隠そうとしている!」などといった考えに至らせた。
そんなルーデルは、ボロボロの体を癒すために保健室で入院していた。指定席となりつつある窓際のベッドに横になり、空ばかり見ていた。そしてその傍でイズミが果物を剥くのも何時もの事だ。
「ドラゴン見えないかな……飛んで来ないかな……」
つまらない入院中の生活を満喫していた。そんなベッドの横には、仲良くリュークやユニアスも大事を取って入院している。二人は、ボロボロのルーデルと違って軽めの怪我で済んでいる。
「お前はいつもこうなのか?」
リュークの問いに、イズミが苦笑いで応える。
「俺達はいいけどよ……ルーデル、お前はのほほんとしていられねーだろ?」
そう、ルーデルだけは不味い状況だ。
「すまない。クラス全員で説明したんだが、学園は今回の件をもみ消す方向らしい。正確には責任のなすりつけ合いだな……ルーデルが問題を起こした事にして、処分をうやむやにする。最悪……退学、いや、強制的に卒業させる話も出ているんだ」
その言葉にルーデルも反応する。真剣な表情で……
「イズミ……俺の必殺技の名前は何がいい? いつも掛け声だけじゃ流石に辛い。格好いいがゴテゴテしてなくて、言いやすい物がいいんだが?」
「おい、退学になるかも知れないんだぞ? それなのに必殺技って!」
リュークの信じられないと言った顔になる。
「二年課程でも騎士になれる。そこからでも俺はドラグーンを目指すから……特に興味がない。いや、学園で学べる環境を失うのは惜しいけどな」
全く応えていないルーデル。その発言にイズミは俯いて暗い顔になる。イズミはクルストに腹を立てていた。クルストと逃げ出した下級生達が、自分達の失態を隠すためにルーデルに罪をなすりつけるように動き回ったのだ。
実家の力も利用して……だが、おかしいのだ。いくらなんでも、ルーデルにここまで罪を着せる事など普通ではないし、無理にもほどがある。ルーデルの行動は責められるかもしれない。だが、ルーデルにも言い分はあるのだ。
あの凶鳥の異常な能力には、相手を好戦的にする、または興奮させるものもあったのだ。それにかかっていたルーデルに、まともな判断が出来なかった。それも医者が証明しても学園やその上は、ルーデルに責任を押し付ける。
イズミにも段々と、ルーデルには何か大きな流れの中にあるような……運命めいたものがあるように感じていた。そんな流れに逆流するようなルーデルの激しく抗っている姿は、命を削っているように見えた。
◇
その頃の姫様であるフィナは、自室で療養をしていた。今回の件での事情聴取で、連日の疲れをいやすために……
(モフモフフィバー!!! 今日もミィーを撫でまわして揉みまくるぜぇぇぇ!!!)
「逃げないでミィー」
……自室に友人であるミィーを連れ込んでいた。今回は危険な目にあった事もあり、実家から騎士達も駆けつけている。実際に、自室の扉の向こうには屈強な女性騎士達がいるのだ。部屋で騒げば外にも聞こえる。
クルトアは亜人に対して、未だに見下している。それを気にして、今までは大人しくしていたフィナ。しかし
「ひ、姫様! そんなに撫でまわさないで……何で胸を揉むんですか!」
ベッドの上で逃げるミィーを追い詰めて撫でまわし、揉みまくるフィナ。無表情な顔で、ひたすらにモフモフを繰り返すのだ。
「撫でていたいのよ」
(たまんねーな! こんな子猫ちゃんのモフモフを味わったら……もう私は、モフモフなしでは生きていけない!!! もう我慢なんかしない! いつ死ぬか分からないのに我慢なんか……あ! 師匠にテクニックを教わらないと!)
そして、この事がルーデルを救う事になる。