少年と凶鳥
基礎課程の生徒達が森に入ってから、すでに四日目になろうとしていた。敵から逃げ出してから数時間……森の中で息を潜め、ルーデル達のクラスや凶鳥から助けた下級生のクラスと護衛達を治療しながら付近を警戒する。
その中で、ルーデルは自分の装備を確認しながら空を見上げていた。……その姿に、イズミは違和感を感じている。何時ものルーデルではない……まるで興奮しているような……戦いたがっているような感じを受けていた。
周りでは、動けなくなって護衛や生徒達をルーデルのクラスの護衛達が治療するのだが……原因が分からず、治療しきれていなかった。
「毒でもなければ、催眠でもない……いったい何をされたらこうなる?」
腕利きの護衛たちも、身体が自由に動かない者達を見て首をひねる。そんな中、動けなくなった護衛のリーダーが、指示を出す。だが、その指示を受ける護衛たちも違和感を感じていた。
「俺達はいいから、無事な連中だけで早く王女様をこの森から脱出させろ……このままここに居るのは不味過ぎる」
(この人こんなに熱く語る人だったかな? 下手に騒いで、周りを刺激しないでほしいのに……)
そうしたいのだが……凶鳥が空を飛んでこちらを探している中で、脱出できるかが問題だった。それと凶鳥の情報を知らせないと、このままでは最悪な事になる。
王女が襲われた時に、森の外……学園関係者にも報告に行かせたのだ。だが、凶鳥の能力を知らせていない! そんな状態ではミイラ取りがミイラ……被害が増すだけだ。そして学園生徒たちが大勢入り込んだこの森……何から何まで最悪と言っていい。
「そこの白猫のお嬢ちゃんのクラスは助けられたが……被害が大きくなるのは時間の問題だな」
ミィーのクラスも、この場で息を潜めている。その中には、エルフの少女……ミリアの姿も確認できる。
「最悪だな」
動ける護衛たちは、森の中で最善の策を思いつく。そして、その結果で王女を助けたとしても自分達は非難されるし、命を落とす危険もある。……そう思って呟いた一言だった。
◇
「囮を使う? ……それで助かるのか?」
護衛の中の一人が、代表してルーデルに説明してくる。ルーデルと王女にその護衛数名を動ける護衛を付けて森の外に脱出させると説明してきたのだ。
「……必ず助けて見せます」
どうにも護衛たちの顔が暗い、というか緊張している。隠している事がある、と確信したルーデルは、護衛に質問する。
「それは全員が助かる、という事か?」
その言葉に、息を潜める全員の視線が集まった。護衛たちは俯き、生徒達はその様子から全員は助からないと感じてしまう。すすり泣く生徒まで出始めた。
「足の速い者達で森の外までお連れします。それに早く情報を知らせたい。もう夜中ですから、敵に発見される確率も少ないと思います」
護衛は自分の言っている事が嘘ばかりで情けなくなってきた。敵が夜でも目が見える魔物だったら完全に見つかるし、夜中での移動は非常に困難……それでも急がなければならない理由は、フィナがこの国の王女だからだ。
「私の事は気にしないで下さい……皆が生き残れる道を探しましょう」
(私に、私の子猫ちゃんを見捨てろと言うの! 無理! 絶対に無理! それにクラスメイト見捨てるとか人としてどうよ? 王族だから仕方ないとか……心の中では思ってもいない癖に! どうせ、この後の処分とかが怖いんでしょう?)
「分かった……囮役は俺がやる」
「なっ!」
驚く護衛に、イズミやフィナも反応する。まるで普段のルーデルとは違う感じに、イズミの違和感は決定的となった。
「ルーデル何を言っているんだ!」
(ああ……師匠は馬鹿だったのね。勉強はできるけど、賢くないタイプ……モフモフを撫でる技術は天才的なのに……)
そんな暗い雰囲気の中、ルーデルはとんでもない発言に場の雰囲気は変わる。
「今の話を聞いてたんですか! それに、あなたは護衛対象として優先順位も高い! そんな人物を囮に使う? ふざけないで頂きたい! 囮役は護衛の中から選ばせて頂く……他の生徒達には申し訳ないが、自力で脱出して貰うしか……」
そう、この計画は逃げ惑う生徒達も利用して王女だけは絶対に救出すると言う計画だ。護衛たちがやられても、逃げ惑う生徒に魔物の注意が向けばそれでいい……そんな計画だった。
そしてその場に、新たなクラスが護衛たちに案内されながら現れる。護衛たちが何としても命を守らなければならない生徒たち……三公のリュークとユニアスだった。
貴族の生徒達は、状況を理解できずに大声を出して「説明をしろ!」と、叫んだりしてしまう。そんな生徒達をその場にいた全員が口を抑え込んだり、小声で説明するのだが……理解できなかった。と言うよりも、信じなかったのだ。
学園が行事で使うような森に、危険すぎる魔物が存在する訳がない……これが彼らの言い分だ。
「静かに! これ以上騒げば敵に見付かる……王女もいるんですから、ここは指示に従って下さい」
護衛のリーダー格が小声で必死に説明し、王女の事まで持ち出す。そうすると流石に黙るしかない貴族の子弟たち……そんな状況でリュークとユニアスは
「本当にそんな魔物が居るなら、それは危険すぎるな……騎士団を要請するレベルの問題だ」
冷静なリュークに対し、ユニアスの反応は好戦的だ。
「そんな弱腰でどうする? ここは名を上げるチャンスだ……それに王女を守ったなら、これはちょっとした英雄譚になるぜ」
背に担いでいる大剣の柄を握りながらそう呟く……そこでルーデルが口をはさむ。
「なら三人で囮役だな。幸いな事に二人とも実力は申し分ない。ユニアスは前衛で、リュークが後衛かな? 俺は何処でもいいけど……」
「ちょっと待てアルセス! なんでこの私まで、囮役などと言う物に参加する事になっているんだ!」
小声だが、少し怒り気味になりその声は徐々に大きくなっていくリュークに対し、ルーデルの反応は当然のように
「貴族が王族を守護するのは当然だ。何時も義務とか責任の事を言っていたのに、逃げるのか?」
「……専門家が居て、何で素人の俺達が動く必要が……」
「確実に王女様に逃げて貰うためには、護衛の数を減らしたくない。それに……」
ルーデルの強引な説得に、周りは不安になる。自分の立場を考えない行動は、ルーデルの得意とするところだが……これは酷過ぎた。
そこでまた新たに登場するクラス……アレイストのクラスだった。酷く疲れ切っており、アレイスト以外は役に立ちそうもない……その場にいた全員が、足手まといもいい所に感じた。
「話は来る途中に聞いた……ようやく俺にも、活躍のチャンスが回ってきたな!」
唯一元気なアレイストが、王女を見ながら自信満々に答えた。……しかし、その服や装備はボロボロで、いまいち信じきれないフィナ。
「ハーディ家の方ですか? お噂はかねがね……」
(ああ、あれだ、アレ! 何か化け物みたいに強いし、格好いいけど、何でか彼女も作らない先輩だ。……人の趣味には口は出せないけど、男同士の何が良いんだ? 普通はモフモフを選ぶだろ!)
アレイストの事を勘違いしているフィナ。そうとは知らずにアレイストも
(何だよ! 白猫ミィーまで一緒じゃないか! この二人は、身分を超えた友人だったよな? ここで活躍したら二人から……どんな魔物でもかかってこい!)
そんな緊張感に欠ける場の雰囲気の中、ルーデルだけは真剣に装備の確認やクラスメイトに指示を出していく。そして空を見上げると……
「それならアレイストも参加して、四人で囮になろう……他は全員で森の外を目指して貰う。イズミは王女以外の生徒達を誘導してくれ」
イズミがそれでもルーデルを止めようとする。
「いい加減に諦めろ! こんな事をルーデルがする必要は無いじゃないか!」
未だに囮役を譲らないルーデルに、護衛が頭に来て詰め寄ろうとした時だ。
「ギャキャァァァ!!!」
不気味な声と共に舞い降りる凶鳥……その場にいる全員が凍りつく中、右腕に剣を装備し、左手には魔力を集めたルーデルが全速力で突撃する!
凶鳥が、そのスピードに反応できずにルーデルに斬られ、魔法で吹き飛ばされる……それでもすぐに起き上り、怒り狂ったように体をばたつかせた。……完全にルーデルを狙いだす。
「行け!!! ……それから囮役に誘った三人は、残るか逃げるかすぐに決めてくれ……俺だけだと倒せるかどうか微妙だ」
「なっ! 倒す気なのか!? この化け物を?」
驚くリューク。そしてアレイストは呆然としていた。ルーデルの大声に反応して動き出した全員が、その場から動けない者を担いで逃げ出したり、慌ててやみくもに逃げ出したり……それでも凶鳥の沢山の目は、ルーデルに向けられていた。
「私も残る」
イズミが囮役に参加しようとするが、ルーデルはそれを拒否する。
「それではクラスが困る。夜目の利くイズミがいれば、もしもの時には逃げ切れる確率が上がる……早く行け!」
「くっ! 絶体に生きて帰れよルーデル!」
イズミも動けない生徒に肩を貸して走り出した。最後までルーデルの事を気にする。そして残った四人の中で、ユニアスは大声で笑いながら大剣を構える。
「いいね……凄くいいぜルーデル! お前は最高だよ……こんな魔物に挑む度胸は認めてやる! リューク! アレイスト! 逃げるなら早くしな」
「ふ、ふざけるな! この程度の魔物に、私が恐れる訳がないだろう! 私の魔法で吹き飛ばしてやるから見ているといい……ルーデル、貴様も見ておけ! これが私の実力だと……」
リュークも早速、自慢の魔法の準備を始める。そんなリュークの長話は、戦闘が開始されたので当然のごとく無視されていた。しかしアレイストは……
「な、何で三公が仲良く戦うんだよ……お前らは『憎みあっている筈だろう』? それなのになんで共同で戦う事に……」
独り言を呟いていて、未だに戦闘の準備ができていなかった。