少年と再挑戦
長期休暇を終えたルーデルは、重い気持ちのまま学園に戻ってきた。思い出すのは、現役のドラグーンから諦めろと言われた事ばかり……暗くなるばかりのルーデル。現在は男子寮の食堂でなく、休暇中も開いている校舎にある学食で考え込んでいた。
そんなルーデルを心配したのはイズミとバジルだ。イズミは純粋に……バジルは、婚約の話を聞いて早く愛人の地位でも手に入れてしまえば今後が楽に? という不純な動機で……
だがルーデルは……
「ああ、カトレア様やリリム様に嫌われているのかな俺?」
悩んでいるポイントが微妙にズレていた。そう、ルーデルは……カトレアやリリムの態度と言動から
『こっちくんな!』
的な発言だと思い込んでいた。ルーデルからしたら、好きなアイドルグループ全員に嫌われたに等しい……
「ドラグーンになったら、なんて言って顔を合わせればいいんだよ!」
そんなルーデルを心配そうに見つめる二人……
◇
そんな事で悩んでいても、当然のごとく二学期は始まる訳で……
「これより今回の行事の対策会議を行う!」
元気に去年目標に掲げた一位通過のための対策会議を、放課後の教室で行うルーデル。
「前回同様に、スタート地点は一緒だが、コースがクラスごとに違っている。そして基礎学年の一年生も参加する訳だが……今回は一年生に優秀な者が多い! 加えて王女のクラスには、幼い時から鍛え上げられた護衛たちがついている! この状況で一位通過は難しいと言わざるを得ない」
全員に行き渡った資料からは、ルーデルがバジルに調査させたクラスの総合評価が書かれていた。それに加えて森で行動する時に必要な物、不必要な物……事細かに書かれている。
「そして今回気を付けるのは、アレイストのクラスだ。前回、アレイストのクラスは一年生でありながら上位に食い込んでいる……それを考えて一日の平均移動は……」
説明が進む中、皆がそれを真剣に聞いている。全員が去年感じた屈辱を晴らしたい……そう思っているのだ。その事に関しては、ルーデルはアレイストのクラスが挑発してきた事を感謝していた。勝ちたい相手がいるというのはいい目標だ。
荷物を減らし、去年は用意しなかった道具を揃え、コースを全員で確認し……ルーデルのクラスは着々と準備を整えていく。
◇
アレイストのクラスは、前回が上位でのゴールだった事もあり楽観視していた。上級生が居ないのなら今回は一位通過も当然とすら思っている者もいた。
リューク・ハルバデス、ユニアス・ディアーデのいるクラスは、貴族で固められているために不利……ルーデルのクラスは去年は棄権していて問題外! だが、アレイストのクラスは、アレイストの無尽蔵ともいえる魔法で苦労なく攻略できる。
始まる前から勝負は見えていた。
「なぁ、アレイスト……今回も楽勝だな!」
クラスメイトの一人が、そう言ってアレイストの肩を叩く。何かにつけてアレイストとの仲を強調してくる奴で、アレイスト自身は知り合いくらいにしか思っていなかった。
「ああ、そうだな。気になるのは王女様のクラスかな?」
「何でだよ? 王女様のクラスも貴族で固められているから不利だろう?」
「……王女様には、クラスメイトとして護衛がついている。それも凄腕だ……そんな連中が、王女様に恥をかかせる順位にさせると思うか?」
少し考えたクラスメイトは、単純に
「学園が裏で手を回すとかか?」
呆れるアレイスト……そんな事をしたら、王女様に不快感を持つ連中も出てくるから不味いだろうと……しかし、あながち間違いではない。王族を怒らせることは絶対にできない学園で、この行事は王女の無事が第一だ。少しくらい卑怯でも安全だけは確保する。
「そんな事をしなくても上位に食い込むさ」
そのまま話を終えるアレイスト……しかし、アレイストは最近になり焦っていた。イベントが思うように起きない事もそうだが、ルーデルが異常なほどに優秀過ぎる。
その事を、自分が本来の主人公よりも強過ぎるせいで、ルーデルにも影響が出たと考え出したのだ。だが、それではあの性格は説明できない。弟のクルストはまともだった筈なのに、一学期は謹慎処分を受けていた。
本来ならルーデルが問題を起こす予定なのに……
アレイストの中で、物語が自分の思い通りに動かない事が、不安になりつつあるのだ。今の時期なら、本来なら恋愛イベントが発生して自分は忙しい筈! ……そう考えていた。
ミリアにイズミに王女フィナ……数多くのキャラクターを想うアレイスト……
◇
そこは去年も学園の行事で使用された森……そこには何十名もの専門家たちが調査を行っていた。去年は大公の息子がここであり得ない魔物に襲撃されているのだ。
今回は王女が参加する事もあり、最終的な判断を出すために調査させていた。その結果は、問題なし……専門家たちは調査結果から特に問題なしと決めていた。
「にしても……本当に報告にあった魔物が居たのかね? 少しばかり魔物が騒がしい気がするが……これでは判断できんしな」
一人の専門家が不思議そうにする中で、口の悪い専門家は
「大方、大公のバカ息子のいい訳だろう……いい迷惑だな。金を出せば、口裏を合わせる護衛も多いからな。魔物が騒がしいのも、去年に何処かの馬鹿貴族が森を荒らすからだ!」
そうした会話をしながら森を出ていく調査隊。調査報告書には、『危険なし』と記載され、森での注意事項を徹底させろと嫌味まで記されていた。
しかし……
「ギャァァァ!!!」
黒い身体に白い模様の入った大きな鳥が森に降り立つ。その姿は異形……目は幾つも存在し、羽は四枚に足も四本……最早、鳥と言えないその姿。しかし、飛べばまるで鳥のようなシルエットとなる。これを見て専門家たちも何も不思議に思わなかった。
そしてそのくちばしには、森で捕まえたのか……大きな鹿に似た魔物がくわえられている。それを黒い異形の魔物は自分の真上に放り投げ、鹿が空を舞う。
……そしてそのまま落ちてきた魔物を一飲みで飲み込むが、口の中では噛んでもいないのに噛み砕くのか、切り刻むような音が森に響いていた。
◇
二度目の挑戦を前に、準備を終えたルーデルやクラスメイト達は、学園のグラウンドで最終確認をしていた。荷物に薬に武器……少しだけ周りとの温度差を感じつつ、それでもクラスは今回の目標を達成する事だけを考える。
「今年は無事に終わるといいなルーデル」
イズミの問いかけに、ルーデルは少しだけ間をおいて答えた。
「……そうだな」
曖昧な返事に不思議がるイズミは、ルーデルの視線の先を見る。そこには集合場所に、だらだらと入ってくる貴族のクラス……そしてそこには、アレイストのクラスも確認できる。しかし、その恰好は去年と同じか、それよりも劣る装備だった。
ルーデルは、本気を出さないアレイストに少しだけ怒りを覚えた。だが、自分達が……自分が、眼中に無いのだと考えて気持ちを切り替える。今は目標の事だけを考えようと……
そんな急に真剣になるルーデルを見つめるイズミ……と、もう一人。憧れの視線を無表情で向けてくるのは、第二王女フィナだった。
(師匠なんだかカッケ~!! その勢いで、森のモフモフを捕まえてくれないかな……キラーラビットととか超可愛いのに!!! 護衛の空気を読まない連中が、即殺そうとする! ……はぁ、モフモフ補充したいな)
そのまま王女が周りを見渡すと、平民で集められたクラスにミィーがいた。控えめに手を振るミィーを見て、王女は……
(私の子猫ちゃん!!! ハァハァ……今日も可愛いな……学園に帰ってきたら、逃がさないぞ!)
無表情でミィーに手を振りかえすのだった。