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剣と魔法と

 ユニアスは馬に跨がり、引き連れた軍勢を指揮してバン将軍の軍勢へと向かっていた。


 両者とも、混乱する戦場で比較的統率は取れている。


 しかし、比較的、だ。


 陣形を気にしていられないのは、近くで黒い巨人――ゴーラが暴れ回っているせいである。


 ユニアスがそちらをチラリと見た。


「アレイストが引き付けている間に終わらせて、俺も加勢に行きたいが」


 空の上は無理でも、地上ならば助けに迎える。


 そうしたいユニアスだったが、事はそう簡単ではなかった。


 バン・ロシュアス将軍――帝国の中でも叩き上げの将軍であり、地上戦では強い相手だ。ドラグーンがいるために目立っていないだけで、ユニアスの父親も何度となく苦戦を強いられていた。


 勝ち負けがつく前にドラグーンが出てくるので、決着などつかない。


 どちらが強いのか、など両国にとってもどうでも良いことだ。


 しかし、ドラグーンの助けが借りられない戦場では、大きな意味を持つ。


 ユニアスの実家であるディアーデ家は、兵士の質が高い。


 だが、相手は帝国内でも指折りの軍勢だ。


 ユニアスが唇を舐めた。


「舐めた態度で挑めば、こっちが食われるな」


 そう言って敵の軍勢――前衛の兵士たちの顔が見えると、ユニアスは剣を抜いた。


「一気に押しつぶせ!」


 数は互角か向こうが若干多いくらいだろう。戦力の大半を帝国は魔物で補っていた。そのために、人間の軍勢は数が思ったほどに多くはない。


 ユニアスが率いる兵士たちが、声を張り上げ武器を握りしめ敵の軍勢とぶつかる。


 前方では兵士たちがぶつかり合い、金属のぶつかる音や叫び声が聞こえてきた。


 どちらも戦い慣れている事もあり、多少の被害では狼狽えない。


 しかし、相手側は時間がないのか強硬手段に出てくる。


 馬に乗った大柄の男が、戦斧を大きく振り回してユニアス側の兵士たちを斬り飛ばしていた。


 見ただけで豪腕と分かるような大きな斧を振り回し、ユニアスを目指して直進してくる。


 ユニアスの横にいた部下が叫ぶ。


「若! 奴は若を仕留め、そのまま我が軍を突き破るつもりです」


 ユニアスが小さく笑った。


「舐めてるいのか? それとも、向こうも時間がないのか……両方だな!」


 馬の腹を蹴り、前方にいた味方を下がらせるとユニアスはバン将軍率いる部隊に駆け出した。


 バン将軍がそれを見て、戦斧を大きく振り回してユニアスを斬り飛ばそうとしていた。


 だが、ユニアスはそれを大剣で受け止める。


 両者が跨がる馬が立ち止まり、地面を踏みしめていた。


 戦場で一際大きな金属音が鳴り響くと、二人の周囲から敵味方が距離を取り始める。


 バン将軍がユニアスを睨み付けた。


「若造、ディアーデの血縁か?」


 ユニアスが大剣を片手で持ち、剣先をバン将軍へと向け。


「嫡男だ。あんた、あのバン・ロシュアスだろ? 聞いてたんだよ。親父が仕留められない奴がいる、って言っていたからな」


 バン将軍は戦斧の柄を握りしめると、ミシミシという音が聞こえてきた。筋肉が膨らみ、そして音を立てている。


「抜かせ。ドラゴンに守られている卑怯者共が。ただ、ディアーデのガキなら少し話も違う。わしの軍勢の突撃を食い止められるのはお前たちくらいだからな」


 両者が得物を振り上げると、そこからは武器のぶつけ合いとなった。


 火花が飛び散る。


「だが、小僧……今は邪魔だ。貴様の親父は後で送ってやる。先に地獄へ行け」


 上段からの振り降ろしを、大剣を横にして受け止めたユニアスは歯を食いしばった。


(なんて重さだ。こいつ、本当に強いな)


 ユニアスは自分の馬が脚を震えさせているのを感じて、そのまま攻撃を受け流そうとするが、バン将軍は無理やりにユニアスを馬上から吹き飛ばした。


「若をお守りしろ!」


 前に出た騎士がバン将軍に斬り伏せられる。


 ユニアスは地面を転がり、すぐに立ち上がると叫ぶ。


「邪魔をするな! こいつは俺がやる」


 馬上でユニアスを見下ろすバン将軍は、ユニアスの言葉を聞いて鼻で笑った。


「少しは出来るようだが、その程度の腕でわしの前に出るか。自惚れているな」


 ただ、ユニアスは相手の力量を見切っていた。


「そうかよ。だけど、今ので理解できたぜ。全盛期の爺さんと戦っておきたかったな」


 それは、歳を取ったバン将軍では物足りないという挑発だった。


「……小僧、その軽口だけは褒めてやる!」


 バン将軍が馬を走らせ、斧を振り上げユニアスを斬り伏せようと向かってきた。ユニアスは腰を落としてその動きを見る。


(確かに強いぜ、爺さん。けどな……俺はもっと強い。そして、もっと強い奴らを知っている!)


 相手の動きを見るユニアスは、まるで時間がゆっくり流れているような感覚だった。集中し、バン将軍の動きに合わせて大剣を振るう。


 大剣が光を帯び、そしてその光が強くなると剣の間合いに入る前に振り抜く。


「馬鹿が。焦って間合いを――ぬうっ!!」


 バン将軍が口から血を吐いた。そして口元を押さえ、馬の背から落ちると斧を地面に突き刺して膝をついた。


 胸に大きな傷が一つ。


 ユニアスの魔法剣がバン将軍に傷を負わせたのだ。


 それを見て、バン将軍は口を拭い立ち上がり戦斧を構えた。


「おいおい、結構な手応えがあったぞ」


 ユニアスは手応えがあったのだが、どうやら想像以上にバン将軍がタフだったらしい。


 バン将軍が笑う。


「ガハハハ! 小僧、これでも貴様が生まれる前から戦ってきたのだ。この程度で易々と死んでいられるものかよ。だが……お前が口だけではないのは認めてやろう」


 バン将軍の周りに部下たちが集まると、バン将軍は下がらせた。


「……最後の相手に不足はない。いや、わしが不足か。確かに、貴様とはもう十年。いや、二十年は早く戦っておきたかった」


 ユニアスが笑う。


「馬鹿言うな。俺が生まれたばかりだ」


 二人が笑うと、次第に真剣な顔つきになりそして周囲の空気が張り詰めた。周囲では敵味方が戦い合い、両者の決闘に注意を払っている。


 そして、二人が踏み込みすれ違った。


 一瞬の出来事。


 ユニアスの腕に大きな傷が入り、血が噴き出る。


 だが、バン将軍の方はそのまま倒れ伏した。


 地面にはバン将軍の大量の血が流れている。


「……小僧。名前は?」


「ユニアス。ユニアス・ディアーデ」


「そうか。良い名だ。先に地獄で待っている。また勝負を……」


 バン将軍が力尽きると、周囲の帝国兵士たちが次々に武器を下ろした。ユニアスはソレを見て、叫ぶ。


「降伏した奴は殺すな。帝国兵士に告げる……バン・ロシュアスはこのユニアス・ディアーデが討ち取った! 抵抗を止めよ!」


 すると、部下がユニアスに駆け寄ってくる。


「若! 空が!」


 部下の指を差した方向を見ると、そこにはゴーラが消えて黒い煙が空に上って行く光景が見えるのだった。


「なんか嫌な気分だな。……ルーデル、さっさと終わらせやがれ」



 一方。


 リュークの方では軍勢が密集していた。


 リュークの近くにいるバーガスが叫ぶ。


「密集隊形を維持! 絶対にバラバラに動くなよ!」


 魔法陣が刻まれた盾を持つ騎士たちが、決められた位置に立ち盾を掲げた。ソレを見て、リュークは魔法を使用する。


 緑色の淡い光が周囲に発生し、空から降り注いだ雷撃を周囲へと拡散させた。周囲では激しい音と爆発が起き、土が抉れている。


「地面が湿っていて助かった。そうでなければ土煙が酷かったな」


 リュークの言葉に、バーガスが叫んだ。


「どうでもいいけどさぁ、若旦那! なんとかしてくれよ。このままだと魔法が降り注いでまったく近づけないだろうが」


 敵は小高い丘に配置しており、そこに魔法陣を用意して魔法を放ってくる。それだけなら問題ないのだが、魔法の威力が高すぎた。


 一撃でも受ければ、リュークの率いる軍勢に大打撃を与えてしまう程だったのだ。


 その攻撃を、魔法盾を利用し大規模な魔法を使用して防いでいるのだ。


 リュークはアゴに手を当てた。


「しかし気になるな。遠目に見てあの規模なら、もっと威力があるはずだ。こちらはそのつもりで防いでいるんだが……まだ完成していないのか? 準備中か?」


 魔法を使用する者として純粋な興味があった。


 だが、バーガスがすがるように言うのだ。


「気になってないでなんとかしてくれよ。完成すると俺たちが危険だろうが!」


 リュークは少し残念に思う。


(これがルーデルたちと関係なく、祖国の危機でなければ完成を待ってもいいのだが……むしろ、完成を待ってから攻め込み、魔法陣を徹底的に調べるか。いや、今はそんな暇はない。……惜しいな。レナがいなければもう少し様子を見るのだが)


 そんな自分の興味を優先してしまいそうなリュークだが、同時に攻め込む手立ても考えていた。


「……バーガス。相手は私たちを侮っている。もしくは、魔法陣の準備が整っていないためこんな半端な攻撃をしている。一番あって欲しくない理由は、あれだけ用意周到ながらこの程度の魔法しか放てないという事だ」


 バーガスが溜息を漏らした。


 その瞬間にも、空から雷撃が降り注ぎリュークが魔法でそれを防いでいる。


「俺としては見かけ倒しがどれだけありがたいか」


 リュークは無視をして説明するのだ。


「簡易な魔法盾を使用したこの魔法陣と同等か、それより少し上だな。ならば簡単だ。我々はこの陣形を維持して敵へと突撃する」


 それを聞いたバーガスが口を開けた。


「え?」


「突撃する。突撃だ」


 リュークの言葉に周囲もためらいを隠せなかった。まさか、ハルバデス家の跡取りが、突撃を口にするなど思っていなかったのだ。


 いや、普通に突撃もする。


 しかし、それは相手をどうにかしてからであって、ディアーデ家のように力で食い破るような突撃ではなかった。


「……どうやって?」


 バーガスが周囲の意見を代弁すると、リュークは溜息を吐いた。


「馬鹿め。このままシールドを張りつつ移動すればいい。相手が魔法の属性を変更すれば、こちらもすぐに対応すればいいだけだ。お前たちはそういった訓練もしている。簡単だろ?」


 バーガスは涙目だった。


「してきたけどさ! そういうの、家風と違うだろ! 若旦那はもっとこう……頭脳派だと思っていたよ!」


「バーガス……ルーデルたちと一緒の脳筋にするな。私は頭脳派だ。勝利するためにそれが最善と言うだけだ。まぁ、魔法で相手に勝てないのは悔しいがな」


 勝つために突撃を選んだ、というリュークの目は別に焦っている様子もない。初陣で考えなしに突撃を選択したわけではないと知り、バーガスは反論しなかった。


 ただ……。


「よし、それぞれしっかり役目を果たせ。移動しながら陣形を素早く変える。全員の連携が鍵となる」


 バーガスは叫んだ。


「移動しながら陣形を維持!? 普通の陣形じゃないんだぞ、若旦那! 魔法陣を盾騎士の位置で再現しているようなものであって、移動しながらそんな事は――」


 リュークは首を横に振り、バーガスの肩に手を置いた。


「やれ。これは命令だ、バーガス」


 笑顔で言われたバーガスは「はい」と返事をするしかなかった。


 そして移動するハルバデス家の軍勢は、密集隊形を少し緩めて広がった。


 そしてリュークを中心に移動を開始する。


 繊細な位置取りをしなければならず、リュークは馬に乗っているが盾騎士たちは馬から下りて歩きだった。


 リュークの位置を確認しながら移動を開始する。


 すると、今度は大きな火球が山なりに敵陣から放たれてくる。その数も多いが、速度もあって火球が降り注ぐ中をリュークたちは移動するのだった。


「陣形を変えろ。水だ」


 リュークの言葉に従い、盾騎士たちが慌ただしく移動して陣形を整えると青白い光に周囲が包まれた。


 直撃した火球が消え去る。外れた火球により、地面に火が燃えさかっている部分は、青白い光が触れると火が消えていく。


 リュークは相手の反応を見ていた。


(さて、こちらが接近しているのを見てどう判断するか……来たか)


 見れば、待機していた護衛と思われる兵士たちが、武器を手にとってリュークたちへと移動を開始していた。


 帝国の兵士たちが近付くと、バーガスたちは武器を抜いて構える。


 しかし、帝国兵の数が少ない。


 リュークは顔をしかめた。


「……囮か」


 一時的に敵陣からの魔法は止んだが、問題は相手側が魔法を放とうとしていることだ。


「バーガス、盾騎士は陣形の維持を最優先だ。他の者たちは盾騎士を守れ」


 サーベルを鞘から抜き、リュークは軍勢の指揮を始める。


 バーガスが叫んだ。


「普通は逆なんですけど! 俺たちが若旦那とか、味方を守るんですけど!」


 リュークは言い放つ。


「五月蝿い! いいからやれ! お前たちが下手に動くと敵の魔法が防げないだろうが!」


 言っている傍から、敵陣から魔法が放たれようとしていた。


「次、土!」


 リュークの指示で盾騎士たちが陣形を変えると、他の者たちがそれをサポートしていた。帝国の兵士たちは数が少なく、必死に戦っているが次々に討ち取られている。


(味方もろとも、か。好きではないな。だが、急がせて貰う)


「来るぞ!」


 陣形の外にいた敵兵士たちが竜巻に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。それを見て、帝国の兵士たちが抵抗を止めた。


「武器を捨てて投降させろ。我々は速度を上げて敵陣へと向かう」


 バーガスがリュークにたずねる。


「敵が待ってくれるのか? もう移動をして――」


 しかし、リュークは言い切る。


「いる。そして動かないはずだ。魔法にこだわり過ぎているからな」


 そう言って前進を続けるハルバデス家の軍勢。


 敵陣近くまで到着した彼らが見たものは、まだその場に残っている魔法使いたちだった。


 混乱し、そして護衛の騎士や兵士たちに見捨てられ取り残されていた。


 魔法陣の中央で一人の不健康そうなローブの男が声を張り上げている。かすれ、そして不気味な声を聞きリュークは馬を走らせた。


「こ、この大馬鹿者が! 魔法陣の中に獣を入れるな! そこを踏むな! この芸術的な魔法陣をなんだと――」


 叫ぶ男――レオールをリュークは見下ろした。


「確かに芸術的だ。この配置、そして魔法陣の美しさ……並の者では想像すら出来ないだろうな」


 リュークの言葉に、レオールは同類だと思ったのか明るい表情をした。


「わ、分かるか。まさかクルトアにこの魔法陣を理解できる者がいようとは――」


 しかし、リュークはサーベルをレオールの胸に突き刺す。その光景を見て、魔法使いたち――レオールの助手たちが叫び声を上げた。


 助手たちは次々に捕えられ、そして拘束されている。


 リュークはサーベルを引き抜いた。


「な、何故? 私が生きていれば、お前はこの魔法陣の秘密を……」


 魔法陣の一部は未完成。


 加えて敵であるリュークたちが来たので消されている部分もあった。


「そうだな。確かに残念ではあるが……私はこれでもクルトアの貴族であり騎士だ。魔法にばかりこだわっていられない。それに、いずれこの魔法陣の秘密も解き明かしてみせる」


 自信に満ちたリュークの言葉を聞いて、レオールは薄らと笑みを浮かべた。


「無理だ。お前になど……私は天才……」


 息絶えるレオールを確認して、リュークはバーガスに指示を出した。


「バーガス、知識のある者に魔法陣を確実に写させておけ。祭具などの配置も同様だ。全てを書き写した後、ここにあるものは大事に保管を――」


 しかし、言い終わる前にリュークは空を見上げた。


 そこには黒い煙が空へと上っていく光景が見えた。


 リュークが目を細める。


「若旦那?」


 バーガスの心配そうな声に、リュークが首を横に振った。


「バーガス、全軍を率いて移動だ」


「いいのか? ここの魔法陣、凄いんだろ?」


 リュークはすぐに馬に乗り、移動を開始する。


「それよりも大事な用事がある」


 空を見上げたリュークは呟いた。


「ルーデル、空の上までは流石に手を貸せないぞ」


 すると、バーガスが言う。


「こいつで空に攻撃とか出来ると楽なんだけどな」


 リュークはすぐに魔法陣を見た。完成している部分は六割だろう。一部が消されているが、それでも見ている限りでは再利用が可能だ。


 馬から下りる。


「バーガス!」


「は、はい!?」


「……よく言った。それとすぐに盾騎士たちを集めろ。こいつを利用する」



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