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逃げられない人々

 帝国軍の将であるバン・ロシュアスは、本隊からの要請を受けて進軍を開始していた。


 人間だけで軍勢を編成しており、その理由は魔物の軍勢を信用できないからに他ならない。


 事実、本隊は暴走、魔物の軍勢も消え去ったかと思えば暴走していた。


「ドラゴンが数百存在する空の下、この俺に敵陣へ攻撃を仕掛けろとは……」


 帝国の人間にとってドラゴンとは恐怖の対象でしかない。


 クルトアの人間を卑怯者と呼ぶのは、ドラゴンに守られているからだ。


 強化型の魔物が生み出され、ようやくクルトアとまともに戦える段階まで来たと思えば、制御不能となっている。


「アスクウェル殿下をお救いした後は後退する。最早、この戦に勝利はない」


 本隊はまだ戦おうとしている。いや、統制が取れていないのをバンは見逃さなかった。


 だが、そんなバンたちに、クルトアの軍勢が迫る。


「ロシュアス将軍! 敵の軍勢がこちらに向かってきています! あの旗は……ディアーデです!」


 バンは苦虫を噛み潰した表情になった。


「このタイミングでディアーデの奴が出てくるか」


 クルトアの地上軍で最強とも言われるディアーデ家。


 バンも何度も戦い、そしてその度に決着が付かなかった。決着が付く前にドラグーンが来て撤退するしかなかったからだ。


 しかし、今回は撤退できない。


「食い破って味方を救出する。まだ戦う気でいる本隊の馬鹿共を連れて後退だ!」


 バンがそう言うと、鍛え上げた軍勢が一斉に指示通りに動き出すのだった。



 特別に用意された馬車に乗り、レオールは憤慨していた。


「どいつもこいつも魔法を理解しない屑共が! アレほど、私がドラゴンをおびき出せと言ったのに聞き入れないばかりか援軍を寄越せなどと……実験の生け贄にしてやる」


 ブツブツと文句を言う肌の色が不健康なレオールは、ローブを着用しており鎧など着ていなかった。


 魔法使いとしてのプライドもあり、武具など不要と考えているからだ。


 馬車に近付く部下が、レオールに魔法陣の状況を説明する。


「レオール様、魔法陣の準備は七割まで整いました。ですが、こちらに向かってくる軍勢がいます」


 完成しない魔法陣では本来の威力を発揮できない。だが、レオールは笑う。


「丁度いい。完成していないとはいえ、対ドラゴン用の魔法陣……人間の軍勢など吹き飛ばしてやろう。そうだ。最初から私の指示に従えば良かったのだ。魔物を強化して浮かれている殿下も、その側近にも見せてやる。私の魔法がいかに素晴らしいかを!」


 馬車から降りるレオールは、部下を従えて魔法陣の中央へと向かった。


 アスクウェルの救出など眼中になく、いかに自分が優れているのかを見せようと躍起になっている。


「帝国は知るだろう。魔物に頼るよりも、私を頼るべきだったと……アハハハ!」


 そう言うレオールだが、両肩を部下に支えられていた。長年に及ぶ研究と実験の繰り返しで、体は酷く細かった。


 体力的にかなりの問題を抱えている。



 アスクウェルが率いた本隊では、ミースが指示を出していた。


 ただ、他のアスクウェルの部下たちの暴走が酷い。


「ミース将軍、両翼の軍勢が救援に駆けつけてくれました!」


「このまま一気にクルトアの軍勢を叩けます!」


 そう言って喜んでいる騎士や兵士たちを見て、ミースが混乱する。


「なにを言っているの。こんな状況で戦えるわけがないじゃない。撤退よ。撤退するの! もう制御なんか出来ないのよ!」


 一人の騎士が言う。


 その表情はどこか怪しかった。目が赤く光っている気がする。


「大丈夫ですよ、ミース将軍。近付いた者たちにゴーラに取り付いたアスクウェル殿下は攻撃を仕掛けませんでした。これは好機です。我々がクルトアに勝つ好機なのです!」


 アスクウェルはゴーラに取り込まれた。


 それを逆に取り込んだと言い、周囲に期待を抱かせる副将の一人。


 混乱するミースは、その騎士が普段と違う事に気がつかなかった。


「すぐに両翼も下がらせて! 早く撤退しないと大変な事に……空の上はドラゴンだらけなのよ!」


 帝国の騎士や兵士にとってドラゴンは死神だ。ただ、この状況下では恐怖よりも渇望する勝利を騎士や兵士たちが求めた。


「このまま引き下がること出来ないのです! もし後退すれば、我々はたった一人の騎士に敗北したことになる。ドラグーンではなく、たった一人の騎士に敗れた……戻っても待っているのは地獄です」


 冷静そうな騎士がそう言うと、周りも頷く。


 ルーデル一人に対して時間をかけすぎた。それが仇となり、帝国軍――と言うよりも、実際に戦っていた者たちは、引くに引けない状況に追い込まれていた。


 ミースは頭を抱え、そして叫ぶ。


「総員撤退準備! このままだと本当に――え?」


 数名の騎士や兵士たちが、ミースに武器を向けた。


「しばらく大人しくして頂く。我々はもう後に引けない。それを理解していないのですか? これだけの軍勢を準備して成果がないなど……許されないのですよ」


 魔物の軍勢を用意するだけで帝国はかなりの無理をした。


 万を超える軍勢を二つ用意し、二正面作戦も行っている。


 これが失敗すれば帝国は崩壊の危機だった。


「奪った土地を奪い返されるようなことになれば、帝国は崩壊するだけなのですよ。それを理解して頂きたい」


 ミースが想像していた以上に自体は切迫していた。


 その場に座り込み俯くと兵士たちがミースを連れて行く。


 最後に騎士が、


「すぐに部隊の再編を急がせろ! このままクルトアの卑怯者共に、帝国の恨みを思い知らせてやるのだ!」


 熱狂、そして後がない死兵のような帝国の騎士や兵士たちを見て、ミースは最後にアスクウェルを取り込んだゴーラを見るのだった。


(もう、誰に求められない……)



 愛馬であるヒースに乗ったアレイストは、片手に剣を持って握りしめていた。


 今までのように無尽蔵の魔力はない。才能もない。魅力だってなくなった。


 そんな自分が向かってくるゴーラと戦えるのだろうか?


 そういった疑問や恐怖に竦んでいると、後ろに弓を持ったミリアが来る。ヒースに二人乗りをしている状態だった。


 ハーレムメンバーの一人が、ミリアを指差す。


「あの女!」


 ミリアがハーレムメンバーに向かって吠えた。


「黙りなさい! あんたたちだと喧嘩するから私が後ろに乗ったのよ。いいから、さっさと戦う準備!」


 ミリアに叱り飛ばされ、ハーレムメンバーが渋々従い向かってくるゴーラと戦う準備に入っていた。


 その後ろにはクルストの指示でアレイストの援護をする部隊が整列している。


 クルストが泣きそうになりながら指示を出し、帝国軍への備えに入っていた。


 アレイストはソレを見て少しだけ落ち着く。


「アレイスト、あんた大丈夫なのよね?」


 ミリアの心配そうな声に、アレイストは少しだけ悩んで頷いた。


「大丈夫。でも、正直アレに勝てるかどうか……」


 すると、ヒースが首を振って一鳴きする。まるで頑張れと言っているようだった。


 空の上では二体のウォータードラゴンが、ゴーラと戦うためにアレイストの指示を待っている。


 ミリアが溜息を吐く。


「自信を持ちなさいよ。ルーデルはアレとずっと戦っていたのよ。そんなルーデルと殴り合えるあんたがそう簡単に負けるわけないわ」


 殴り合った試合をアレイストは思い出す。


 ルーデルとの試合は、最終的に武器の方が先に根を上げ駄目になる。そうなると、残っているのは拳による殴り合いだった。


「好きで殴り合っていた訳じゃないのに」


 アレイストとしても、もっとスマートな試合をしたかった。だが、いつもギリギリの試合で、そうした余裕などなかったように思う。


 ただ、周囲を見る。


「まぁ、僕以外が頼りになりそうで助かるよ」


 ハーレムメンバーは、ゲーム的に言えば優秀な駒だ。そして上空にはアレイストを支援してくれるドラゴンが二体。ドラグーンという騎士が二名もいる。


 ゲーム的に言えば充実した戦力というか、編成できる以上の数が揃っていた。


 アレイストはヒースの腹を軽く蹴った。


 それだけで、ヒースは駆け出してゴーラへと向かう。


 ミリアは弓を構えていた。


「アレイスト、頼りにしているわよ」


「あぁ、たぶん大丈夫」


 どこか頼りないアレイストの返事を聞いて、ミリアは笑っていた。馬上で立つとそのまま矢を手にとって構え、放つ。


 ゴーラに取り込まれたアスクウェルを狙ったのだが、矢はゴーラの太い指に弾かれた。掌を広げただけのゴーラにより、アスクウェルは完全に守られる。


「守ったという事はやっぱり急所なのか。でも、ルーデルが狙えなかったとなると、守る理は硬いかな?」


 ヒースが徐々にスピードを上げると、ゴーラがアレイストたちに向かってその四本ある内の二本の腕を振り下ろしてきた。


 ヒースは振り下ろされる拳に向かって走り、駆け抜けるとミリアがゴーラの股下から矢を放つ。


「あら、腰蓑だけじゃなかったのね」


 しっかりとパンツまではいているゴーラを見て、ミリアは淡々と告げて矢を放った。


 アレイストが「ヒッ!」と小さな悲鳴を口にする。


 ただ、大きすぎるゴーラには利いているようには見えない。


「問答無用で股間を射るとか怖いよ!」


 アレイストがミリアにそう言うと、ミリアは鼻で笑う。


「急所には変わりがないでしょ」


 そう言って今度は矢を複数取り出すと、ゴーラに向かって放つのだった。それらは先程よりも威力があり、睾丸の部分に突き刺さっていた。


 ゴーラが叫ぶ。


「よしっ!」


 ミリアがガッツポーズをするのを見て、アレイストはゴーラが憐れに思えてきた。


 片腕に持った剣を握りしめ、そのままゴーラの足首を狙って剣を振るう。


 黒い魔力の炎が剣に纏わり付き、そして放たれるとゴーラの足首を切り飛ばした。


(まだ僕は戦える)


 失ったものは大きいが、それ以上に積み上げてきたものがアレイストをゴーラと戦わせていた。


 ゴーラが股下に入り込んだアレイストたちに対応しようとすると、空かはドラゴンのブレスによる攻撃で吹き飛ばされる。


 ヒースはゴーラに巻き込まれないように移動し、ミリアは周囲を見ていた。アレイストたちに向かって、帝国の騎士や兵士たちが迫ってくる。


「この化け物相手で忙しい時に!」


 アレイストが左手にも剣を持ち、馬上で振るって騎士や兵士たちを斬り裂いた。


 人馬一体。


 というよりも、アレイストに合わせてヒースが動いている。ミリアもアレイストの後ろから矢を放つと、鉄の鎧を着た騎士や兵士たちが矢で射貫かれていた。


 すると、アレイストのハーレムメンバーが集まる騎士や兵士たちを相手に戦う。


「邪魔です!」


 セリが剣術で全てを斬り裂き、


「邪魔!」


 ジュジュが迫る騎士や兵士たちを投げ飛ばし、殴り、蹴り飛ばす。


 アレイストはそれを確認してゴーラへと向き直る。


「すぐに回復して削りきれないな」


 傷を負ってもすぐに回復するゴーラを前に、アレイストはどうすればいいのか考える。考えるが、そもそもそんなに頭が良くない。


 そうなると、使い古された手段が真っ先に浮んでくる。


「なら、再生が追いつかないペースで攻撃を加えるか、一撃で葬るしか……でも、ルーデルみたいに派手な攻撃手段がないからなぁ」


 立ち上がろうとするゴーラの腕を斬り飛ばしながら、アレイストは考えていた。


 周囲では敵と味方が入り乱れ始め、早くも戦うのが難しくなってくる。


 すると、ゴーラがその背中の翼を広げ空へと舞い上がった。


「空に逃げられるわけには――ベネットさん、キースさん!」


 アレイストが叫ぶと、ドラゴン二体がゴーラを空へと上げないように攻撃する。翼をもぎ、拳で叩き付けて空へ逃がさないようにしていた。


 ヒースの背から跳び上がり、アレイストはゴーラへと飛び移ると斬り裂きながら駆け上がる。


 大きな掌がアレイストを捕えようとするが、その掌も両手に持つ双剣で斬り裂いて取り込まれたアスクウェルを目指した。


「見えた」


 巨大なゴーラの足から頭部に駆け上がり、見えてきたアスクウェルへと剣を振るおうとするアレイスト。


 弱点があればそこだと思ったのだが、ゴーラはアレイストを睨み付けるとその大きな口を開けた。


 ルーデルを貫いた黒い槍を大量に吐き出すつもりのようだ。


 口の中に鋭く捻れた槍の穂先が大量に見える。


 すると、アレイストの影から布のような黒い物体が出現してアレイストを守るように広がった。


 それらは槍が貫こうとしても絡まり、そして受け止め全てを防ぐ。


 そうして黒い布が消えるとアレイストが飛び出し、アスクウェルへと剣を向けるのだった。


「終わりだぁ!」


 ただ、肩の辺りまで埋まったアスクウェルが目を覚まし、そして腕を上げてアレイストの一撃を受け止める。


 指先で剣を掴み、そしてアレイストを見た。


「……そうか、全ての元凶はお前か」


 アスクウェルが意識を取り戻すと、ゴーラから這い上がりそしてアレイストを見て言うのだ。


「お前という存在のために、我々が苦しむ……私はお前を許さない!」


 黒い煙がアスクウェルからあふれ出し、そしてゴーラが消え去る。球に足場を失ったアレイストが自由落下に身を任せつつ上を見た。


 アスクウェルは空中で立った姿で浮んでいた。


「まだ終わらないのかよ」


 アレイストは魔力の翼を出したミリアに抱きしめられ回収されると、上空へと舞い上がる黒い煙とアスクウェルを見上げるのだった。


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