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イベントの終わり

エイプリルフールネタを考えているだけで、一日が終わってしまった……。

 ルーデルは自分の胸を見ていた。


 白い鎧は泥にまみれ、大小様々な傷を負っている。それは、ここまでルーデルを守ってきた証でもあった。


 ただ、今は黒く捻れた棒のような物に貫かれている。


 同じような棒はルーデルを中心に数千と地面に突き刺さり、まるでルーデルを閉じ込める牢屋のようだった。


 空から降り注いだ黒い槍を吹き飛ばそうとした。実際、いくつも弾き飛ばしていたのだが……。


「……限界か」


 右手に握っていた剣を手放した。仰け反った状態で地面に縫い付けられたルーデルは、口から血を吐き出す。


 心臓を一突き。


 致命傷である。


「まいったな。流石に動けない」


 自分を見下ろしているのは、先程三本の腕を吹き飛ばしたゴーラだ。腕は徐々に再生され、今は動かずにルーデルを見下ろしていた。


 邪竜も同じだった。


 自分たちの役目は終わったと言わんばかりに、今はただルーデルを見下ろしていた。


 足音が聞こえてくる。


 帝国の騎士と兵士たちだ。


 ゴーラとドラゴンを警戒しているが、動きを見せないために近づいて来ていた。もっとも、それはルーデルが憎いからだ。


 たった一人で大規模な損害を出させ、そしてこの現状を作り出してしまったルーデルに歩み寄ってくる。


「ふざけやがって」

「クルトアの卑怯者が」

「兄貴をよくも……」


 仲間、そして血縁者。それらをルーデルによって殺された者たちが、手に武器を持って近づいて来ていた。


 統率されている動きには見えず、独断で動いていた。


 ルーデルは笑う。


「指揮系統は潰せたか?」


 これで退いてくれればいいのだが、などと思いながら空を見上げた。


 空は曇っており、どうにも気分が重い。そんな空で羽ばたき、ルーデルを見下ろしている邪竜は既に興味が薄れている様子だった。


 これで満足という雰囲気を出している。


「……やっぱり、俺にはサクヤが一番だな」


 空で羽ばたいている邪竜を見ながら、最後にそう呟くとルーデルは目を閉じて深く呼吸をした。


 聞こえてくるのは武器を手にルーデルに群がる帝国の兵士たち。


「俺は……抗えたか」


 誰に向かっての言葉かルーデルにも分からなかった。サクヤかも知れないし、友人たちかも知れない。信頼する上司や同僚――そして、泉の顔が思い浮かんできた。


 すると、空から咆吼と共に邪竜へ向かってブレスが放たれた。


 風が吹き荒れ、巨体同士がぶつかるような音と震動にルーデルが目を開ける。


 そこには、サクヤの姿があった。


 大きな両腕を振り上げ、ゴーラに向かって殴りかかっている。その姿を見て、ルーデルは小さく笑うと……体の力が抜けるのだった。



 ヘリーネの背中から飛び降りたイズミは、着地後すぐに刀を抜く。


 ベネットがブーメランを次々に投擲し、ルーデルに近付く騎士や兵士を排除していた。


 イズミはルーデルに辿り着くため、的を無視して突き進んだ。


 地面に突き刺さる多くの黒い棒を斬り裂き全力で走ると、その中に胸を貫かれたルーデルを見つけるのだった。


「ルーデル!」


 叫んだイズミは、周囲の黒い棒を斬りながら前進する。すると、集まってきた帝国軍の兵士たちがイズミたちへ武器を向けた。


「王国の卑怯者共がぁ!」


 ルーデルに近付こうと黒い棒を撤去していた者たちは、数にして数百は存在している。


 そんな敵を前に、イズミは目を細めた。


「邪魔だぁぁぁ!!」


 刀を一閃。


 斬撃が飛び、黒い棒を切断しながら数名の敵兵士を斬ると黒い棒の合間を縫うように走ってきたアレイストが目の前の敵を黒い棒ごと吹き飛ばす。


「ルーデル!」


 二人が大急ぎでルーデルの下へと駆けつけると、ルーデルは既に事切れていた。


 イズミはすぐにルーデルを突き刺している黒い棒を切断し、縫い付けられた状態から解放するのだった。


「す、すぐに治療を――」


 動揺して手が震えているイズミは、ルーデルの治療に取りかかろうとした。そこへ、ブーメランを使いきり、両手に短剣を持ったベネットが駆けつける。


「何をしている。今すぐに回収して逃げるんだ」


 チラリと空を見たベネットは、集まってくる帝国の兵士たちを見て短剣を構えた。


「ヘリーネでもアレには勝てない。それに、向こうはもうやる気が見られ――」


 ルーデルが死んだのを確認し、やる気がなくなっていた黒いゴーラと邪竜。しかし、その二体は――ルーデルに駆け寄るアレイストを見ると咆吼した。


「な、なに!?」


 帝国の兵士たちも動揺していた。


 逃げ出している者までいるのを見て、ベネットが舌打ちをする。


「あいつら、制御できないのか」


 しかし、イズミはルーデルを抱きしめていた。涙を流している。


「ベネット隊長。ルーデルの脈がなくて……それに。それに、なんの反応も示さなくて」


 震える声のイズミ。


 アレイストはルーデルを見て呆然としていた。握っていた双剣を手放し、その場で立ち尽くしてしまう。


「お前たち、いい加減に――」


 そこで、アレイストのハーレムメンバーが駆けつけると叫ぶ。


「まずいよ、みんな! 今まで動かなかった両翼の軍勢がこっちに向かっているわ」


 本隊を今まで無視していた軍勢がここで動き出したと聞き、ベネットは空を見上げた。空では相棒であるヘリーネの攻撃などなんともないようにしている邪竜の姿があった。


 しかし、自分たちを見下ろし戦闘態勢を整えていた。


 イズミが強くルーデルを抱きしめる。


「こんな、こんなの……」


 絶望的な状況で一人戦わされていたルーデルに、複雑な感情を抱いたイズミはルーデルを抱きしめた。


 サクヤが戦っているゴーラも強い。サクヤが押し巻けているようにイズミには見えた。そんな相手にこれまで一人で戦ってきていたルーデル。


 ベネットが覚悟を決める。


「私が殿だ。全員、すぐに撤退を――」


 すると、アレイストが武器を拾って叫んだ。


「ふざけんな……ふざけるなぁぁぁ!!」


 アレイストが駆け出し、そのままゴーラへと向かう。双剣を手に持ち、全力で斬りかかる。


 刃には黒い魔力が宿り、それが炎のように揺らめきながら大きくなりゴーラをのみ込もうとする。


 サクヤが飛び退くとアレイストの渾身の一撃がゴーラへと浴びせられた。


 周囲に突風が吹くほどの衝撃が発生し、煙が立ちこめる。


 アレイストが肩で息をしていた。そんな背中を見るイズミ。


「アレイスト、お前……」


 肩で息をし、そして小刻みに震え始めた。


「ふざけんなよ。大事な友達なんだよ。返せよ。お前ら――」


 しかし、邪竜が空で羽ばたくと煙が晴れる。


 そこには、表面が焦げたゴーラが立っていた。しかし、その下からすぐに新しい皮膚が再生し、黒く炭化した皮膚がボロボロと落ちて無傷の状態に戻った。


 ゴーラから声が聞こえる。


 しかし、それはゴーラの口からではない。額に埋まっているアスクウェルの口から聞こえるものだった。


『この時をずっと待っていた』


 イズミは立ち上がり、ルーデルを抱えると聞こえる声に耳を傾けていた。


 アレイストは少し動揺しているように見える。


『全ては今日、この時のために……。そして、お前を殺すために』


 お前と言ってゴーラや邪竜が睨んでいたのは、間違いなくアレイストだった。


「ど、どういう事だ」


 イズミがアレイストを見る。ただ、どこかアレイストは受け入れているようにも見えた。



 アレイストは、ゴーラから聞こえる声に心臓を鷲掴みにされた気持ちだった。


『お前という存在のために生み出された。それが我々の存在意義……だが、そんなものは糞食らえ、だ』


 ゴーラはアレイストを指差し、そして邪竜も口を開く。


『最初は本当に小さな歪みだった。全ては十五年以上も前の事だ。お前が興味本位で屋敷へ呼んだドラゴンが元凶だ』


 サクヤが地面に着地し、アレイストの後ろにいるイズミたちを守るように構える。ヘリーネも空の上から邪竜の動きを見張っていた。


 帝国の兵士たちは逃げていたが、すぐに軍勢を再編して押し寄せてきそうな勢いだった。


「あの時? まさか、誕生日にドラゴンが見たいって」


 アレイストが思い出したのは、誕生日にドラゴンが見たいと両親にねだった日の記憶だった。


 剣と魔法のファンタジー世界。


 ドラゴンを見てみたいと思ったアレイストの何気ない行動により、全てが始まったのだ。


『小さな歪は徐々に大きくなっていった。それがルーデルだ。お前の行動のせいで、そいつはドラグーンを目指した』


 アレイストが振り返り、イズミに抱えられたルーデルを見た。


 全員がアレイストを見ている。


 邪竜は続ける。


『その歪を正すために我々は生み出された。何故だと思う? それがお前の望んだことだから』


 まるでアレイストと目の前の化け物たちに関係があるような物言いに、イズミの表情が少し険しくなる。


 アレイストは首を横に振った。


「例えそうでも! ルーデルを殺したんだろうが!」


 ゴーラが淡々と告げる。


『そうだ。だが、お前が何もしなければそれで全てが終わった。全ての元凶はお前だ。お前のために全ての場を整え、そしてこの日を迎えた』


 邪竜が大きな口を開けた。


 魔力が光の粒となり、口に集まり禍々しい黒と赤の光になる。


『今日、この日をどれだけ待ち望んだ事か……後はお前を消して全てが終わる』


 アレイストは武器を構える。


 だが、地上と空――しかも、ルーデルでも敵わなかった相手を前に勝敗は最初から決まっているようなものだ。


 それに、アレイストには負い目があった。


(僕が望んだからなのか? 僕がゲームの世界を望んだからこんな事に――僕さえ消えてしまえば)


 転生者であるアレイストの負い目。


 自分が望んだ世界によって友人が死に、そして自分も死のうとしていた。


(これが転生の結果なのかよ)


 全てを手に入れたと思っていた。だが、本当に欲しい物はチートでは手に入らなかったのだ。


(僕はなんて馬鹿だったんだ)


 諦め始めるアレイスト。


(本当に欲しいものをようやく手に入れたのに。こんなところで死ぬなんて)


 四本の腕を大きく振り上げるゴーラと、空からはブレスを放とうとする邪竜。


 そんな二体の前にアレイストは自棄になり駆け出す。


「こんなところでぇぇぇ!!」


 叫ぶアレイスト。


 だが、その声はすぐに爆音で聞こえなくなる。


 サクヤはイズミたちを守るように屈み、そしてヘリーネはこの場からは離れていた。


 邪竜やゴーラに向かい降り注ぐのは、何十、何百という魔法にブレスである。


「ちょ、ぎゃぁぁぁ!!」


 アレイストが違った意味で叫び、突風と煙が吹き荒れるその場に身を屈めた。自分を無視した攻撃に大急ぎで影に潜りやり過ごし、爆音が聞こえなくなると顔を出す。


「な、なにが……」


 周囲を見渡し、そして顔を上げるとそこには数百というドラゴンたちが空を飛んでいた。


 中心的存在なのか、一体のウォータードラゴンには人が乗っている姿が見えた。


 そのウォータードラゴンの前には、レッドドラゴンとウインドドラゴンが付き従っている。


 鞄を装備しており、両脇の二体はドラグーンの相棒であるのは理解できた。


 ただ、ウォータードラゴンの背中に乗っているのは……。


「え? なんで!」


 アレイストが驚いて影から飛び出すと、そこにはサイドポニーを風に揺らす槍を持った少女――ルーデルの妹の姿があった。


「主役は遅れて登場するものだけど……流石にちょっと遅れすぎたかな」


 そう言って笑うレナを見上げるアレイストは、数多くの野生のドラゴンを前に呆然とするのだった。



 空の上。


 ミスティスの頭部に乗ったレナは、地上でイズミに抱えられたルーデルを見た。


「兄ちゃん……」


『間に合わなかったわね』


 すると、レナはポニーテールを横に揺らし、そして目の前のゴーラとドラゴンを見るのだった。


「いや、まだだ。兄ちゃんはこんなところで終わらない。何しろ、私が認めた男なんだから」


 ミスティスが笑う。


『いいわね。落ち込んだらあの黒いのに投げつけるところだったわよ』


 ミスティスの両脇にいるのは、カトレアとリリムだ。援軍として駆けつける途中で、ミスティスに掴まったのである。


 カトレアはチラチラとレナを見ながら。


「なんで中央で堂々と胸を張っているのかしら?」


 リリムも困惑していた。


「というか、学園に入学もしていないのにまさかミスティスと契約するなんて……アルセス家、実は凄かったのかしら?」


 二人は地上を見る。


「にしても、もうこれは……」


 カトレアもリリムも、ルーデルが命懸けで戦線を支えたと思い表情が暗くなった。すると、目の前の邪竜が無傷で攻撃により発生した煙の中から姿を現した。


『またも歪か。貴様も排除してやろう。アレイストと同じように――』


 すると、レナが槍を肩に担ぐ。


「色々五月蝿いなぁ。ようは……腹が立つからぶっ倒したいんだよね? 私もそうだよ。私も兄ちゃんをやったお前たちをぶっ飛ばしたい」


 ミスティスは苛立ちながら咆吼する。


『てめぇ、そこの黒いの! 生まれたばかりのガキが調子に乗ってんじゃねーぞ!』


 次々にドラゴンたちが咆吼し、現在のリーダーであるミスティスに従っていた。


 邪竜は目を細める。


『トカゲ共が。本物のドラゴンというものを教えてやろう。ゴーラ、貴様はアレイストを消せ』


 カトレアとリリムも戦闘態勢に入る。


「というか、あれだけの攻撃を浴びて無傷とか戦いたくない相手ですね」


 リリムも同感なのか、溜息を吐く。


「そうね。勝ち方が見えないわ」


 ミスティスが自分の左手の平に右拳をぶつけ、低い声で言うのだ。


『そんなの簡単じゃない。囲んでボコボコにしてやるわ。トカゲ呼ばわりした代償を払わしてあげる』


 レナも同じように腹立たしいようだ。


「腹立つよね。私も兄ちゃんもドラゴンが大好きなのにさ。まぁ、小難しいことはいいんだよ。……ぶっつぶす」


 邪竜は笑う。


『馬鹿め。だからお前たちはトカゲなのだ! ……いつから私が一体だけだと思った?』


 次々に邪竜の体からわいて出てくるのは、ワイヴァーンたちだった。その姿は禍々しく邪竜と似ている。


 強化型ワイヴァーンよりも大きく、凶悪そうだった。それが次々に出てくる。


 レナが笑みを浮かべた。


「上等だよ」


 カトレアとリリムは、レナの姿を見て。


「この子、絶対にルーデルの妹ですよね」


「そうね。色んな意味でソックリよ」


 空の上ではドラゴンたちによる空中戦が始まろうとしていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 泉の顔が思い浮かんできた。とかサクヤ押し巻けて、とか特徴的な誤字が目立ちますが物語はクライマックス リメイク云々の話が実現した際は読むのを楽しみにしてます!
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