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ドラゴンとワイヴァーン

 魔人化したアスクウェルに吹き飛ばされたルーデルは、口の中を切っていた。


 口の中の血を吐き出すと、向かってくるアスクウェルを見ながら立ち上がる。


「本当に厄介だな」


 吹き飛ばされた場所は、帝国軍の兵士たちが密集している場所だった。


 そのため、衝撃で周囲の兵士たちが吹き飛ばされている。周りではルーデルを逃がさないように兵士たちが囲んでいるのだが……アスクウェルに困惑している様子が見て取れた。


 自分の部下たちの制止を振り切り、吹き飛ばしていたのだ。


「意識はありそうなんだが」


 アスクウェルの目を見れば、そこにはルーデルに向けて殺意以外にも意識のようなものがありそうに見えた。


「まぁ、やってみれば分かるか」


 武器を構え、アスクウェルへと斬りかかる。


 先程とは違い、アスクウェルは槍を乱暴に振るってルーデルを弾き飛ばした。


 力押しでは白騎士の力を使用しても負けると判断してルーデルは、アスクウェルの後ろへと回り込む。


 瞬きをする瞬間には、後ろに回り込めるルーデルだ。アスクウェルの後ろを容易にとる事は出来たのだが……。


「これは――」


 金属のぶつかる音が聞こえた。


 ただ、ルーデルは狙った場所に確実に剣を振り下ろしていた。


 そこは首筋である。


 すぐに後ろへと飛び退くと、アスクウェルが槍を振り向きざまに振るった。その衝撃でアスクウェルの周囲にいた兵士たちにまで被害が出る。


 硬化した皮膚のような鎧は、まるで金属のようだ。それでいて、アスクウェルの動きを阻害しているようには見えない。


 アスクウェルがルーデルを見ながら、ゆっくりと口を開く。


「その程度か。だが、これならすぐにでもお前を殺して進軍できる。この力があればここら一帯だけではない。クルトア王国に深く切り込める。王都まで攻め落とせそうだ」


 進軍を続け、このまま王都まで向かうと言って笑うアスクウェル。


(正常な判断は出来ていない、か)


 ルーデルがそうやって判断を下すと、アスクウェルは槍を構えた。


「先程までの威勢はどこにいった、ドラグーン!」


 地面を蹴り、ルーデルに迫るアスクウェル。


 ルーデルはそんなアスクウェルに向かって光弾を放った。着弾し、爆発するがアスクウェルの突撃にはなんの効果もない。


「魔法すら効果がないのは厄介だな」


 白騎士の力を発揮しているというのに、ルーデルは力負けをしていた。次元の違う力を持つアスクウェルを相手に、ルーデルは対処方法を考えるのだった。


(さて、こいつを野放しにも出来ないが……)


 ただ、どこかで学生時代を思い出していた。


 当初、アレイストという次元の違う相手と戦うために、色々と無茶をしてきたと思いだす。


(……あの時に比べれば、余裕だな)


 今では自分のできることも増えた。


 向かってくるアスクウェルに対して、ルーデルは目を閉じる。構えを解き、そして無抵抗になるとアスクウェルの槍の穂先が顔へと迫っていた。


「諦めたか!」


 アスクウェルの声には、少しだけ怒気があった。ここまで来て諦めるルーデルに、落胆したのかも知れない。


 ただ、ルーデルは目を見開く。


「悪いが……これでも諦めは悪い方でね」


 目を開くと瞳が青から赤に変わっていた。魔眼の使用である。


 ルーデルの持つ武具は黒い猪が。


 ルーデルの魔眼は狂鳥が。


 運命と戦うために残してくれた。


 そのままゆっくりと時が流れるのを感じながら、ルーデルは槍の穂先を紙一重で避けると武器を手放し、アスクウェルの槍を掴んで投げ飛ばす。


 アスクウェルの勢いを利用したのだ。


 吹き飛ぶアスクウェルは、地面へと叩き付けられる。しかし、すぐに起き上がってきた。


 剣と盾を地面に突き刺し、ルーデルは丸腰でアスクウェルと向かい合う。


「馬鹿にしているのか?」


 アスクウェルは侮られていると思ったのだろう。実際、武器を捨てるなどこの状況では論外だ。


 ただ、ルーデルは本気だった。


「俺はいつでも本気だよ。お前に勝つためにはこちらの方が最適だっただけだ」


 ルーデルは笑う。


「修行不足でね。武器を持っていると使えない技も多い。まぁ、侮っているように見えるのなら、その件に関しては謝罪しよう」


 本気でアスクウェルを倒しにかかるルーデルは、侮ってなどいない。しかし、アスクウェルから見れば別だ。


 武器を捨てて素手で勝てると言われたのだから。


「それが馬鹿にしていると――」


 直後、ルーデルがアスクウェルの目の前に出現する。


 拳を振り上げているルーデルは、そのままアスクウェルへと振り下ろした。


 アスクウェルは、そんなルーデルの一撃を侮って――。


「ぐはっ!」


 ――大きく吹き飛ぶのだった。


 ルーデルは吹き飛んだアスクウェルを見ながら、右手を少し振っていた。


「硬いな。まぁ、貫けないほどでもないが」


 アスクウェルは、殴られた頬に手を触れた。外傷はない。そもそも、魔人化した事で皮膚です傷つけるのは難しくなっている。


 ただ、威力が中身に貫通すれば別問題だ。


「な、何をした」


 口から血を流すアスクウェルに向かって、ルーデルは拳を握る。


「威力を貫通させた」


 それだけ言うと、アスクウェルは槍を構えルーデルに攻撃を仕掛ける。踏み込んで上段からの振り降ろしだ。


 その速度――常人には振り上げた瞬間には、もう振り下ろされているような一撃だ。


 有り得ない威力と速度に、並の人間なら攻撃されても死んだ事も理解できないだろう。


 そんな一撃を避けたルーデルは、魔眼を赤く光らせ笑っていた。


「遅いっ!」


 渾身の左ストレートがアスクウェルのボディーにめり込むと、そのまま衝撃が背中から抜けてアスクウェルを貫いた。


 口から血を吐くアスクウェル。


「ぐっ、貴様ぁぁぁ!!」


 アスクウェルの余裕がなくなっていくのを見て、ルーデルは少し残念そうにする。


「これならまだ前の方が強かったな」


 力に振り回されているアスクウェルを見て、ルーデルは蹴り飛ばした。


 深く呼吸をして、ルーデルが構えるとアスクウェルが立ち上がり槍を振るおうと――。


「だから……遅いと言っている」


 ――次の瞬間には、ルーデルがアスクウェルの顔面を右手で掴みそのまま地面に叩き付ける。


 直後。


「終わりだ」


 そう言うと、アスクウェルを中心に大きな衝撃が発生した。地面に大きくめり込み、クレーターが出来る。


 周囲にいた帝国の兵士たちも吹き飛ばされ、アスクウェルが白目をむいていた。


 ルーデルがゆっくりと立ち上がる。


 動かなくなったアスクウェルに止め――首をとろうと近付くと、違和感に気が付いた。



 一方。


 フリッツが総大将として指揮をする軍勢は、半ば崩壊の危機にあった。


「ドラグーンは何をしている!」

「空にワイヴァーンの軍勢が――」

「敵の数は三百騎を超えて――」


 軍勢が到着すると動き出した帝国軍。ここまではシナリオ通りだったのだ。しかし、動き出した帝国軍はドラグーン対策のためにワイヴァーン隊を設立していた。


 三百騎ものワイヴァーンに騎乗した騎士たちが、ドラグーンと空の上で戦いを繰り広げていた。


 空を見れば、多勢に無勢であった。


 フリッツの下には次々に報告と指示を求める部下たちが詰め寄ってくる。


「帝国軍の軍勢が国境を越えて我が軍と交戦を開始しました! ですが、数は向こうが上。援軍を――」

「それよりも下がるべきだ。地上での戦力は帝国が三倍もあるのだぞ!」


 援軍を求められても回せるだけの余力がなかった。


 ドラグーンに頼り切ったクルトア王国は、地上戦力では帝国に及ばない。それに、帝国は質の面でもクルトア王国を凌駕していた。


 ドラゴンに苦しめられ、磨き上げてきた武器。


 それがクルトア王国の騎士や兵士たちを苦しめていた。


 フリッツは予想外の事態に狼狽していた。


 元々、指揮官としてお飾りなのだ。それなのに、今更色々と求められてもどうしようもなかった。


 周りの者たちも、フリッツを責めるような目で見ている。


「す、すぐに援軍を――」


 援軍を送るように命令しようとしても、部下がそれを拒否した。


「どこにそんな余裕があると言うのですか!」


 軍勢の状況把握すらしていないフリッツには、どこにどれだけの部隊がいるのか理解できていなかった。


(どうして……いったい何があったんだ)


 フリッツは拳を握りしめ、そして次に天幕に駆け込んできた伝令の言葉を聞いて顔を青ざめさせるのだった。


「た、大変です! 王都でフィナ王女殿下が反乱を起こしました! ディアーデ大公、ハルバデス大公も敵方に回り、王都ではアイリーン王女殿下が苦境に立たされております!」


 戦場だけではなく、王都での混乱も起きてその場にいた多くの者たちが顔を青くさせた。


 ここにいるのはアイリーンに与する者たちだ。


 もしもアイリーンが失脚でもしようものなら――。


「撤退だ。すぐに王宮へと駆けつけ、反乱軍の討伐を――」

「敵がいるのに撤退など出来るか! 追撃され我が軍は崩壊するぞ!」


 帝国と戦っても勝ち目が薄いように見えていた。


 だが、王都に戻らなければこのままでは自分たちのみが危ない。


 そんな中、フリッツは天幕を抜け出した。


 自分のドラゴンの下へ走ったのだ。


(アイリーン!)


 アイリーンを心配しての行動だ。自分が駆けつければ間に合うと思ったのだ。



 オルダートは空中で部下たちに指示を出していた。


「一人三騎は片付けろ。そうすればこちらの勝利だ」


 隣を飛んでいるウインドドラゴン――その背に乗るアレハンドが呆れていた。


 周囲から迫るワイヴァーンのブレスを避けながら、オルダートに怒鳴る。


「そんな事はどうでもいい。もっと細かな指示を出せ!」


 笑うオルダートは、ワイヴァーンの軍勢を地上から引き離しつつ地上を見ていた。


「まぁ、この辺だろうな」


 下手に下で両軍が戦えば、ドラグーンも心置きなく空戦が出来ない。何しろ、地上に向けてブレスが放てないからだ。


 友軍に誤射などすれば、ドラグーンが責められる。


「では諸君――空中戦がいかに難しいかを帝国の騎士に教えてあげようではないか。命懸けでね」


 そう言って獰猛な笑みを浮かべると、ドラグーンたちの動きが変化する。


 逃げ回っていたドラグーンが一転して攻勢に出たのだ。


 アレハンドのウインドドラゴンは速度を上げると、そのままワイヴァーンの後ろに回り込みウインドドラゴンがワイヴァーンの首元に襲いかかった。


 オルダートの灰色ドラゴンは、迫り来る三騎のワイヴァーンに向き直り後ろ向きに跳びながらブレスで次々に撃ち落としていく。


 オルダートは自分の武器を抜くと、そのまま真下に来たワイヴァーンに飛び移った。


 乗っていた帝国の騎士が、飛び移ってきたオルダートに驚く。


「き、貴様!」


 帝国の騎士が武器を抜くが、空の上での戦いになれた様子がない。


「腰が引けているじゃないか。それでは満足に武器も触れないぞ」


 敵の騎士を蹴り飛ばすと、騎士は悲鳴を上げて落ちていく。そのままワイヴァーンの背中に剣を突き刺すと、ワイヴァーンが暴れ出した。


 オルダートはワイヴァーンから飛び降り、距離をとると自分のドラゴンが回収しに来る。


 とても高い連携に帝国のワイヴァーン隊が驚いていた。


 そして、次々にワイヴァーン隊が落とされていく。


「悪いけどね。こっちも数百年蓄積したノウハウがあるんだよ。ポッと出の騎士団に負けるほど柔じゃ――なんだ?」


 灰色ドラゴンの背に乗りながら、周囲を見渡すオルダート。


 ワイヴァーンたちが次々に黒い煙になり消えていくと、煙は遠くへと飛んで行く。それは地上からも吹き上がっていた。


 連れてきた魔物の軍勢が、黒い煙となってどこかへ向かって行く。


 空では放り出された帝国の騎士たちが落下しており、その内の一人をオルダートは回収した。


「おい、何が起きている?」


 武器を奪って捨てると、ナイフを首筋に突き立て帝国の騎士から事情を聞こうとした。


「し、知らない! お、俺たちはなにも――」


 本当に怯えた目をしており、オルダートは舌打ちをする。


(嘘を言っているというか、最初から知らされてなかったみたいだな。煙が流れている方角は……まさか、ルーデルのいる場所か?)


 もう一つの戦場へと煙が流れている。


 それを知り、オルダートは嫌な予感がしていた。


 そして、アレハンドがオルダートの下に駆けつけてきた。


「オルダート! 総大将が逃亡した。地上の部隊も逃げ出して敗走しているぞ!」


 オルダートが地上を見る。


 逃げ惑うクルトアの軍勢。そして、ワイヴァーン隊が消えたことで地上の帝国軍が浮き足立っていた。


「……撤退だ。五十騎は残して残りはあの煙を追うぞ」


 オルダートは空に一筋の線を作った黒い煙を見ながらそう言うのだった。


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