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魔王

 砦の高い場所に立つルーデルは、サクヤが遠ざかるのを見送っていた。


 壁をよじ登り、ルーデルに迫ってきたオーガを剣で斬り裂くと呟いた。


「生きろよ、クルスト」


 砦にいた騎士や兵士、そして避難してきた民を乗せたサクヤ。


 ルーデルの傍を離れるのを嫌がった。だが、無理やりサクヤを使って全員を避難させたのだ。


 おかげで、砦は破壊されつつある。魔物が外壁をよじ登り、空にはワイヴァーンが旋回していた。


 サクヤに向かってワイヴァーンが三騎向かうと、ルーデルは深く屈んだ後に大きく跳ぶ。空へと舞い上がったルーデルは、そのまま三騎のワイヴァーンに向かって左手を伸ばした。


「つれないな。お前たちの相手はこの俺がしてやる……分かったらかかってこい!」


 ルーデルの周囲に光がいくつも発生し、剣を形作った。黄金に輝く光の剣は、その場で回転し始める。


 周囲を見渡したルーデルは、四方へ光の剣を飛ばした。サクヤを追いかけるワイヴァーンに、空で旋回しているワイヴァーン。地上の魔物に帝国の軍勢。


 光の剣が飛んで行くと、ワイヴァーンたちが避けるために方向転換をする。


「逃がすか」


 ルーデルが左手を握りしめると、放たれた剣は敵を追尾しそのまま突き刺さった。刺さった場所が爆発し、そして空も地上も爆発が四方で起きる。


 地上へと落下しながら、ルーデルは周囲から飛んでくるワイヴァーンのブレス、そして魔法に矢……それらを回避しながら砦の外へと着地した。


 周囲にはルーデルよりも背の高いオーガたちが、武装して待ち構えていた。指揮官らしき帝国の騎士が、ルーデルに向かって右手を向けた。


「馬鹿め! 地上に降りたドラグーンなどただの騎士に過ぎない! 全員で囲んで叩け!」


 指揮官がそう言うと、魔物たちが一斉にルーデルへと襲いかかってきた。


 剣を構え、そして魔力を流し込むとルーデルはその場で回転するように剣を振るう。


「なっ!」


 周囲のオーガたちが吹き飛び、そして切断されていた。


 剣を構え、恐れを知らない魔物たち――いや、ただ命令に従って動く魔物たちが、ルーデルへと次々に襲いかかってきた。


 それらを全て、ルーデルは右手に持った剣で斬り伏せていく。


「ただの騎士とは失礼な。まぁ、相棒がいないドラグーンなどしまらないのは事実だな」


 そう言って笑みを作ったルーデルに対し、敵の指揮官は馬に乗ってその場を逃げ出した。


「次々にかかれ! ドラゴンがいない内に、なんとしても殺すんだ!」


 砦を守っていたサクヤがいなくなった事で、敵は油断していた。


 まさか、ルーデルが一人で残っているなどと思ってもいなかったのだろう。


 ルーデルは周囲から迫る魔物たちを前に笑っていた。


「悪いが指揮官を逃がすつもりはない」


 そう言って、風の魔法を使った移動術でその場から消えると、周囲の魔物たちが一瞬で斬り裂かれていく。


 血飛沫が舞い上がり、時に吹き飛ぶ魔物たち。


 指揮官が悲鳴を上げた。


「なんなんだ。なんなんだ、お前はぁぁぁ!!」


 想定していた以上の強さに、指揮官は絶叫した。直後、ルーデルによって苑からだが斬り裂かれた。



 ガイア帝国の本陣では、アスクウェルが副官たちと共に戦況を確認していた。


 腕を組んだアスクウェルが小さく笑った。


「ほう、ドラゴンがいなくとも粘るか。このままあの砦を囮に敵を誘い込んで叩こうとも思ったが……上手くいかないものだ」


 副官の一人であるミースは、アスクウェルに進言する。


「【バン・ロシュアス】【レオール】の両名は既に配置についていますが……呼び戻させますか?」


 二人の名を聞いて、アスクウェルは少しだけ考えるとミースに「いや、いい」と言って椅子から立ち上がる。


「噂通り、いや……噂以上だったな。クルトアの白騎士。だが、多勢に無勢でどこまでやれるか」


 副官の一人が、冷や汗を流していた。


「もはや同じ人間とは思えません。せっかく揃えた魔物の軍勢をここまで失う事になろうとは……アスクウェル様、ここはロシュアス将軍か、レオール殿に頼んで早々に白騎士を倒すべきでは?」


 すると、アスクウェルが真剣な表情になる。


「無用だ。多すぎる魔物の軍勢――元から数を減らすつもりだった。この程度の損害など想定内だ」


 ミースはアスクウェルの言葉に小さく頷く。


(そう。想定内。どの道、これだけの数を維持するなんて帝国には無理。ここですり潰さないと、豊かな土地を得られても意味がない)


 魔物の大軍勢を維持するのは、帝国でも非常に負担が大きかった。


 元からすり潰すための軍勢だ。人でないなら心も痛まない。


(……でも、ここまでよく耐えるわね、あの白騎士)


 想定内であっても、たった一人に対して損害にしては大きすぎる。数日で随分とすり潰されてしまった。


 しかし――。


「どれだけ被害が出ようと、我々の本隊は未だに損害は軽微。問題はない」


 アスクウェルの言葉に、副官たちが頷いた。


 そう。人間で編成された本隊は、魔物の軍勢の後ろで控えている。


 それも、たいした損害を受けていない軍勢が、だ。


 アスクウェルがアゴに手を当てる。


「だが、そろそろクルトアの援軍が来てもいいかも知れないな。その前に白騎士の首をとっておくのも悪くない」


 ミースが首を傾げた。


「クルトアとは取引が成立しているのでは?」


 アスクウェルが笑った。


「そうであれば苦労はしない。まぁ、来なければ来ないで問題ないが……もうしばらく魔物たちをぶつける。その後――俺自ら奴の首をとる」


 ガイア帝国の英雄であり、勇者であるアスクウェルの言葉に副官たちは多少の問題もあったが頷くのだった。


 ミースは思う。


(まぁ、アスクウェル様が負けるわけもないか。相手は白騎士でも、限界まで疲れさせればいいだろうし。士気の高揚にも繋がるわね)



 いったい何百、いや何千体目の魔物を屠ったのか。


 ルーデルは荒い呼吸をしながら右手に持った剣を地面に突き刺し、周囲を見渡した。


 地面には魔物死体が所狭し、と敷き詰められ、中には折り重なっている場所もあった。そんな魔物の死体を踏みつけルーデルに迫ってくる魔物たち。


 肩で呼吸をしながら、ルーデルは空を見上げた。


 分厚い雲に太陽は遮られ、今がいったい何時なのか分からない。


「……雨が降りそうだな」


 迫ってくる魔物の軍勢を迎え撃つために、体を無理に立たせると地面から剣を抜いた。


「まったく、相棒のいないドラグーンなどただの騎士……か」


 敵指揮官の言葉を思い出し、確かに間違いではないと思いルーデルは自嘲気味に笑った。


 本来なら、サクヤと共に戦いたかった。


 だが、砦に騎士や兵士、そして避難してきた民を残しては満足に戦えなかった。


 見捨てればなんとかなったのかも知れないが……それをしてしまえば、ルーデルはきっとここまで自分を助けてくれた皆に顔向けが出来ないと思っていた。


 動きの鈍くなった体を動かし、敵を斬り裂きながら歩く。


 無駄に力が入っていないルーデルの動きは、既に体に染みついたものが勝手にでているだけに近かった。


 無駄がなく、そしてゆっくりと歩きながら敵を斬り裂くルーデル。


 魔物たちの後ろから指示を出している指揮官たちが、そんなルーデルを見て恐れていた。


「ば、化け物め――」

「なんて奴だ」

「たった一人にこんな……やっぱり、ドラグーンは化け物だ」


 それを聞いて、ルーデルが笑みを作った。


 笑っているルーデルを見て、ガイア帝国の騎士たちが更に恐れる。


「どうした……怖がっていないでかかってこい。戦争をするために来たのだろう? たった一人で申し訳ないが、このルーデル・アルセスが貴様らの相手をしてやる。一人たりともここから先は通すつもりもないが」


 そう言うと、恐怖に駆られた帝国の騎士たちが叫び声を上げた。悲鳴にも似たその声で、魔物たちに突撃を命じる。


「か、かかれっ!」

「奴を殺せ。殺すんだ!」

「増援はまだ来ないのか!」


 当初よりも敵の数が減っていた。


 周囲を埋めつくさん数の軍勢が、今ではまばらになっていた。密度が薄くなった……それだけの数をルーデルが屠ったのだ。


(もう、一踏ん張りだろうな)


 動かすのも億劫な体を無理に動かし、剣を構えたルーデルは近付く魔物を全て斬り伏せる。


 その姿は、白い鎧を纏いながら別の何かに見える程だった。


 嬉々として敵を倒していくその姿に、戦場から逃げ出す騎士まで出始める。


 そんな時だ――。


「これ以上は士気に関わる。見過ごしてもおけないか」


 戦場に存在感のある声が響いた。どこか力強いその声を聞いて、怯えていた騎士たちは安心していた。


 ルーデルが声のした方を見ると、そこには軍勢を引き連れた敵の姿がある。せっかく減らした敵の数が、またしても元に戻ってしまった。


 敵は地面を見て、そしてルーデルへと視線を向けた。


「これ程までよく倒せたものだ。素直に褒め称えようじゃないか、白騎士」


 ルーデルは剣を肩に担いだ。


「ドラグーン、もしくは白竜騎士と呼べ。大切な人が付けてくれた名だ。俺は気に入っている」


 金髪を後ろに流し、鎧を纏った背の高い男は少し驚くが大きく笑った。


「白竜騎士か! なる程、白騎士でドラグーンだから白竜騎士。いいじゃないか」


 笑っている敵の指揮官――。


(雰囲気が他とは違うな。将軍クラスか?)


 ルーデルが警戒していると、相手が名を名乗った。


「俺がこの軍勢を指揮するアスクウェル・ガイアだ。白竜騎士……たしか、ルーデル・アルセスと言ったな? 貴様の首をこれから来るクルトアの軍勢の前に晒してやる」


 笑みを消したアスクウェルの表情は、無表情だった。どこまでも冷たく、ルーデルに対して慈悲などない事を物語っていた。


 ルーデルは逆に笑う。


「それがどうした? 互いに敵であれば当然だろう。もっとも、俺は戦士に対して一定の礼儀は必要だと思うがな。お前たちのようなやり方は好きではない」


 敵の死体をわざと相手に見せつけるやり方を、ルーデルは好んでいなかった。


 もっとも、それが効果的であるのは知っている。敵の戦意を削ぐという意味合いでは、正しい行動だ。


「……戦士、か。戦場においてそのような高潔さなど無意味だ」


 アスクウェルの言葉に、ルーデルもう同意した。


「そうだな。だからお前たちに強制するつもりはない。この首、とったのなら好きにすればいいだろう。まぁ、とれれば、だが」


 挑発するルーデルに、アスクウェルは最後の強がりと思ったのか動じた様子がなかった。


「恐れを知らないか。蛮勇だな」


「蛮勇? 俺が蛮勇なら、お前たちは鬼畜だよ。羞恥心もなければ誇りもない。人の形をした化け物だ」


 魔物の軍勢を先兵に、クルトア領内で暴れ回った。


 人を減らし、そして魔物すら道具として扱うアスクウェルに思うところがあったのか。


「……豊かである貴様らには理解できないだろうな。帝国がどれだけ苦しみ、そして飢えているかを」


 アスクウェルが帝国の現状をどうにかしようとしているのは、ルーデルにも分かっていた。


 帝国がクルトア王国を狙うのは、王国の領地が帝国と違ってとても豊かだからだ。


 自分たちは貧しいのに、近くに豊かな土地があれば欲しくなる。


「どれだけ憎まれようと。どれだけ蔑まれようと、俺にはなすべき事が――」


 アスクウェルがそこまで言うと、ルーデルが肩から剣を下ろした。


 そしてアスクウェルを――その後ろにいる軍勢を睨み付けた。


「ガタガタ五月蝿い。侵略しに来たのだろう? 今更やるべきことがあるなどと、懺悔でもするつもりか? 攻め込んで来た自分たちに事情があるので許してください、とでも言うつもりか?」


 ルーデルの放った言葉に、帝国の軍勢が怒気を放つが――。


「国境を越えた時点で戦争は始まっているんだよ。そういう泣き言は外交でも何でもして同情を誘うんだな。……既にここは戦場。互いに持っている武器で、命懸けで語り合うのが流儀。さぁ……殺し合おうか」


 ――笑っているルーデルの雰囲気に全員が息をのむ。


 まるで、鬼や修羅……いや、魔王という雰囲気を出していた。



 ベネットは、自分のドラゴンであるヘリーネの背にイズミやアレイストとそのハーレムメンバーを乗せ、戦場を目指していた。


「もう少しで到着する。だが、正直に言ってこの数では増援として心許ないな」


 クルトアを守ってきたドラグーンだが、ベネット一騎と十数名では増援としては心許ない。


 イズミが沈痛な面持ちで俯いていた。


「……それでも、間に合えば少しでも助けになります」


 イズミの言葉に、ベネットも小さく頷く。


「まぁ、状況は随分と酷いが、オルダート団長なら増援を送ってくれるだろう。それに、大公家も動いてくれれば持ちこたえればなんとか――」


 そこまで言うと、アレイストが叫んだ。


「ベネットさん! 前!」


 前を見ると、そこには白く巨大なドラゴン――サクヤが背に人を沢山乗せて飛んでいた。


 イズミが立ち上がる。


「サクヤ!」


 きっとルーデルも乗っている。そう思ったのだろうが、サクヤの様子がどうにもおかしかった。


 ベネットは、サクヤの背に乗っている人々を見て――。


(騎士や兵士以外に住人まで? まさか、逃げ遅れたのか?)


 すると、サクヤが悲しそうに咆吼する。声を聞いたのか、イズミが両手で口元を押さえた。


「そんな……」


「ど、どうしたの? 声が聞こえたんだよね? なにがあったの!」


 ドラゴンは気を許した者と念話が出来る。そのため、イズミはサクヤの声を聞いている可能性が高かった。


 それはつまり、国境で何が起きているのかを知ることが出来たと言うことだ。


 ベネットは、サクヤの話をヘリーネ経由で聞くのだった。


『まずいわよ。ルーデルの奴、たった一人で砦に残ったみたい。逃げ遅れた連中を逃がすために、サクヤに運んで貰ったみたいね』


 ベネットの表情が歪んだ。


「あの馬鹿!」


 だが、逃げられないルーデルからしてみれば、他を生き残らせるにはこの方法しかなかったのだろう。


「もっと賢いやり方があるだろうに」


 ベネットがそう呟くと、言葉から状況を察したアレイストの顔色が悪くなるのだった。


「……ルーデル」


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