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フィナの反撃

 竜騎兵団の本部では、出撃のために準備が進められていた。


 団長であるオルダートは、普段の不真面目さとは違い真剣な表情で周囲に指示を出している。


 飛び立つ前のドラゴンが整列し、相棒であるドラグーンをその背に乗せて待機している姿は壮観だ。


 それが百近い数が並んでいるとなる。誰もが、今回も勝利すると確信しても不思議ではない光景が広がっている。


「帝国さんも懲りないね。ま、何か勝算があるんだろうが……」


 オルダートは、帝国も馬鹿ではないと思いながら唸ると、副団長であるアレハンドが冷や汗をかきながら歩いてきていた。


 その後ろにはこの場にいてはいけない人間が付いてきている。


(アレハンドの奴、相変わらず肝が小さい)


 後ろの付いてきているのは、亜人の騎士たちに囲まれたフィナであった。周囲ではドラグーンたちがざわめいている。


「オルダート、王女殿下がお呼びだ」


 焦っているアレハンドに対して、オルダートは両手を広げて笑顔を浮かべた。


「これは第二王女殿下。どうしてこのようなむさ苦しいところに?」


 王宮内での慌ただしさ。加えて理不尽な命令に、どうにも怪しいアイリーンたちの動き――オルダートは、王宮内で何か起きていると感付いていた。


 そして、フィナがこちらに来たのも、何かしら意味があると当たりを付けている。


 フィナは無表情で、オルダートに言うのだ。


「少しばかりドラグーンを貸して頂けないでしょうか、オルダート殿」


 表情の出ないフィナを前に、オルダートはやり難いと思いながら髪をかいた。


「いやはや、どういう事でしょうかね? 今が危機的状況だと気が付いているはずですが?」


 フィナは小さく頷き、右手を胸に当てた。


「えぇ、知っています。だからこそ、とでも言うべきでしょうか。私は先程まで姉上――アイリーンに囚われていました」


 アレハンドが嫌そうな顔をしているのを見て、オルダートは腕を組む。


「王宮内のゴタゴタをドラグーンに持ち込みますか。よろしいので? 我ら竜騎兵……その力は防衛にのみ発揮されるべきと愚考しますが?」


 自分たちを巻き込むと、取り返しが付かなくなるという意味を含める。それでもフィナは動じていない。


 いや、表情が出ないので何を考えているのか分からなかった。


「ドラゴンが三騎、アイリーン側に与しています。三騎ほど、別行動をしている者たちがいませんか? もしくは……辺境に配置された者たちです」


 オルダートは舌打ちをしたくなった。我慢しつつ、笑顔を作る。


(本部の連中じゃないな。辺境送りにあった連中が、出世を餌に協力したか……)


「それは失礼しました。すぐに捕まえて牢屋にでもぶち込んで――」


 フィナは、オルダートに最後まで言わせなかった。


「――牢屋にぶち込むのは、竜騎兵だけではありません。姉上も一緒です。まぁ、私の願いとしては」


 フィナはオルダートに計画を話すのだった。それを聞いたアレハンドは青い表情をし、オルダートも引きつった笑みを作る。


「姉妹で骨肉の争いをしますか」


 オルダートの言葉に、フィナは即答する。


「王族では珍しいことでもありませんよ。それと、師匠……ルーデル様へ増援を派遣して頂けますか。なるべく目立たない数を。そして、少数精鋭でお願いします」


 オルダートも既に考えていた事だ。


「少数で宜しいので?」


「あまり数が違いすぎては、感付かれる恐れがあります。ついでに、帝国の二正面作戦はどちらも本気でしょうからね。あまり数を割けません。それに……師匠なら大丈夫でしょう」


 フィナがそう言って、オルダートに協力を取り付けるとその場を去って行く。オルダートはそんなフィナの背中を見ながら。


「……師匠ってなんだよ」


 ルーデルのことが更に理解できなくなるオルダートだった。



 竜騎兵団が出撃した後。


 王都からは、数万を超える軍勢が外壁の門をくぐって出陣した。


 フリッツも豪勢な鎧を着て出撃しており、王都にある王宮は多くの者が出払い普段よりも人が少ない。


 アイリーンは、謁見の間に入ると玉座に腰を下ろした。


 周囲に騎士や貴族たちが勧めたためだ。


「お似合いですよ、アイリーン王女殿下。いえ、アイリーン女王陛下」


 貴族たちがアイリーンを持ち上げる言葉を次々に口にしていた。


「しかし、帝国も愚かですな」

「確かに。ドラゴンには勝てないというのに」

「まぁ、奪われた土地もすぐにドラゴンが取り戻しますよ」


 楽観視しているのは、それだけドラゴンが強力だからだ。実際、そうやって何百年とクルトア王国は守られてきた。


 アイリーンが小さく溜息を吐く。


「取り戻さずとも良い。帝国も豊かな土地が手に入れば、落ち着いて戦争を仕掛けてこなくなるでしょう」


 それを聞いて、周囲の騎士や貴族たちが少し狼狽えた。


「いえ、アイリーン様、流石に放置も出来ません。帝国のことですから、一度勝てばまた侵略の準備を――」


「互いに話し合えば良いのです。それに、私たちは多くの豊かな土地を持っています。それの何が不満なのですか」


 周囲が困ったような顔をしていた。


 ただ、それでもアイリーンを担ぐことを決めた者たちだ。これからいくらでもアイリーンを言いくるめられる。そう思っていた。


 実際、それは可能だろう。


 しかし――。


「た、大変です!」


 謁見の間に近衛隊の騎士が飛び込んでくる。大きなドアを乱暴に開け放ち、息を切らして大慌てだった。


「フィナ王女殿下が――親衛隊を引き連れ反乱を起こしました!」


 謁見の間に緊張が走る。


 アイリーンは椅子から立ち上がり、口元を両手で押さえた。


「フィナが……そんな……」


 すると、近くにいた護衛の騎士たちが指示を出す。


「すぐに鎮圧せよ。それと、フィナ王女殿下には傷をつけるなよ」


 二人しかいない正統な血筋を引く者であり、利用価値は高い。即座に、反乱を鎮圧して責任は他の者に取らせるつもりだった。


 だが、フィナの反乱は想像以上であった。


「む、無理です! 既に武装した親衛隊が五百を超えています。それに、民衆も加わり王宮の外は包囲されています!」


 騎士や貴族たちが目を見開く中、王宮の外で激しく戦う音が聞こえてきた。


「すぐに増援を――」


 伝令の騎士がそう言うと、貴族の一人が声を張り上げた。


「落ち着け。こちらにも辺境から呼び寄せたドラグーンが――」


 切り札であるドラグーンの存在を思い出し、その場の騎士や貴族たちが落ち着きを取り戻す。


 ただ、騎士は口を大きく開き。


「無理です。あちらにもドラグーンが……既にこちらのドラグーン三騎は囚われています!」



 六騎のドラグーンにより、アイリーン側のドラグーンが押さえつけられていた。


 王宮の門をぶち破り、中に入ったフィナは周囲を虎賊の騎士たちに囲まれている。


 ただ、王宮内にある扉を抜けずにいた。


「敵の侵入を想定したのはいいけど、厄介よね」


 古くに用意されていたため、動くかどうかも分からない扉が閉められている。アイリーンたちは籠城を行い、出撃した軍勢の帰還まで耐えるつもりのようだ。


 歴史あるクルトア王国の王宮だけあり、防衛に関しては一筋縄ではいかない。


 上級騎士であるソフィーナが指揮を執り、王宮内部ではアイリーン派の騎士や兵士たちと親衛隊が激しく戦っている。


「攻城兵器の解体急げ!」


 アレイストの友人たちも参加しており、攻城兵器を王宮内で使用するために組み立てていた。だが、元々室内で使用するように出来ていない。


「無理ですよ! 大体、運び込むにしても廊下が狭すぎて」


 十分に広いが、持ってきた攻城兵器を再利用するには小型にしなければいけなかった。だが、そうすると威力が落ちてしまう。


 下手をすればまともに動かない。


「もう、グダグダね。ドラゴンに外からブレスで吹き飛ばして貰おうかしら」


 フィナがそんな事を口走ると、後ろから声が聞こえてきた。


「王女殿下……いえ、フィナ様、それは困りますね。王宮内にある貴重な資料、そして芸術品の数々まで吹き飛ばされてしまっては後々困ると思いますが?」


 フィナは振り返ると、内心で凄く嫌そうな顔をした。


(くそっ、もう来やがったよ)


 そこにはリュークの父であるハルバデス大公が、自分の兵を連れてフィナの元にはせ参じていた。


「御身が即位、もしくは王妃となられた時に困りますぞ」


 大公に対して、フィナは無表情だが……内心はイライラしながらたずねる。


「ハルバデス大公。今は緊急時です。私の前に出て来てそのような発言をしたという事は……」


 フィナの周りにいる騎士たちが、武器を構えフィナとハルバデス大公の前に出る。ハルバデス大公は気にした様子もない。


「ハルバデス家はフィナ様にご助力しましょう。なに、我々が協力すれば勝利は確実。フィナ様をクルトア王国の女王にも、王妃にもしてご覧に入れます」


 フィナは無表情で周囲の騎士たちを下がらせる。


「期待しますよ、ハルバデス大公」


(くそっ! くそっ! さっさと王宮を制圧して、貴族の大粛正とこいつら大公家の力を削ぎたかったのに! 私の改革に支障が……)


 すると、王宮内の廊下から敵の騎士たちが突撃を行ってきた。攻城兵器の破壊を行うようだ。


 ただ、廊下にある大きな窓ガラスが割れ、そして荒々しい騎士や兵士たちが乗り込んでくると敵の騎士や兵士たちを即座に血祭りに上げた。


 廊下に真っ赤な血が広がり、そしてディアーデ家の当主であるディアーデ大公が自慢の戦鎚を持って登場する。


 床に戦鎚を置くと、重そうな音がした。


「フィナ様! ディアーデ家が来たからにはもう安心です」


 粗暴なディアーデ大公が大笑いで味方をすると宣言すると、フィナは内心で乾いた笑い声を上げるのだった。


(アハ、アハハハ……なんでこいつらがこんなに早く王宮に来るのよ! もっと時間がかかるはずだったのに! おかしいわ。おかしいじゃないの!)


 当初は大きく他の貴族たちの力を削ぐつもりだったフィナだが、大公家が二家も協力を申し出てきてしまった。


 日和見をすると考え、しかも大公家の領地から王都に兵士を連れてくるまでもっと時間がかかるはずだ。


 フィナの計画は多いに狂い始めた。


「……ディアーデ大公のご助力、大変嬉しく思います」


 全てが終わった後に乗り込んでくれば、嫌味の一つでも言って大公家の力を削ぐために行動を起こすつもりだったフィナ。


 それを知っていたのか、ハルバデス大公はフィナを褒め称える。


「しかしお見事でしたな、フィナ様。既に前々から準備を整えていたご様子。王都の住民まで味方に付けているとは」


 ミィーや他の亜人、そして多くの末端騎士たちに噂を流させていた。そして、軍勢が出撃した後に、一部の領地が見捨てられたという噂を流したのだ。


 基本、貴族たちが悪いという事にしてある。


「ここに来るまで、住民たちの視線は非常に厳しいものでした。まるで我々までも敵であるかのような扱い。いや、フィナ様がやった事ではありませんでしたな」


 ディアーデ大公に嫌味を言われ、フィナは内心で冷や汗をかいていた。


(……くそっ、計画の見直しをしないと。でも、これで勝ちは確実ね)


 意識を切り替え、今はアイリーンに勝つことを優先するフィナであった。ただ、一つだけ気になる事があった。


「それよりお二人とも、随分と早い到着でしたね」


 フィナの問いかけに、二人の大公は少し困った顔をしていた。そして、ディアーデ太閤が口を開く。


「まぁ、アレですな。この歳でまさかドラゴンの背中に乗るとは思っていませんでした」



 王都での出来事。


 それは、ルーデルが戦場に到着してから数日の間に起きていた出来事だ。


 そして――。


「もういい。もういいんだよ、兄さん!」


 ボロボロのルーデルは、砦でから出ようとしていた。もう何日も戦い、そして数時間だけ休むと出撃というのを繰り返していた。


 武具に酷い傷はない。


 ただ、ルーデルの体力や魔力が限界に来ている。それを、砦の責任者であり、ルーデルの弟であるクルストは感じ取っていた。


「……クルスト」


 ルーデルがクルストを見て、少し笑っていた。


「悪いな。これが俺の仕事だ。前に上司に言われて気に入った台詞がある。仕事とは生き方らしい。俺は、最後まで守るために戦うよ」


 守るのは砦内部にいるこの周囲に住んでいた者たちだ。ただ、彼らは避難をしろという命令に従わなかった者たちでもある。


「……兄さん、もういいんだ。住人を連れて逃げてくれ」


 クルストは俯き、拳を握りしめていた。


「クルスト、お前……」


 クルストは、泣き出しそうな顔をしていた。


「ここはなんとか耐えてみせるから。だから……兄さんは逃げてくれ。分かるんだよ。俺が生きていても意味がない。俺は既に見捨てられた人間だ。でも、兄さんは違う」


 クルストは、いかにルーデルの存在が大事かを語る。


「アルセス家の立て直しには兄さんの力がいる。俺じゃ駄目なんだ。それに、王国でも同じだ。兄さんがいないといけないんだ。俺は……俺とは違うんだ」


 ルーデルは、クルストに言う。


「ここを放棄は出来ない。俺に命じられたのは砦の死守だ」


 クルストは笑っていた。


「俺がやる。俺がやるから……兄さんは生きてくれよ」


 すると、ルーデルは微笑んだ。


「クルスト、お前……変わったな。学生の頃とは大違いだ」


 そして、ルーデルはそのままクルストを殴り飛ばした。クルストが唖然とし、そして意識が消えかかるとルーデルの声が聞こえてきた。


「……悪いな、クルスト。これは俺の戦いだ」



 クルストは、目が覚めると空の上にいた。


 大きな白い背中の上に寝そべっており、周囲を見渡すと自分の部下たちがいた。


「兄さん!」


 慌てて起き上がったクルストに、部下である騎士が申し訳なさそうにしていた。


「隊長……悪い。あんたの兄貴は」


 白い巨大なドラゴンが悲しそうに咆吼すると、クルストは小さくなる砦を見ていた。黒い魔物の軍勢に取り付かれ、抵抗をしない砦がのみ込まれていく。


「……なんで。なんでだよぉぉぉ!!」


 クルストの叫び声が空に響いた。


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