少年とイベント
学園の校舎屋上で囲まれたルーデルとイズミ。二人は、ルーデルの弟であるクルストの取り巻きに囲まれたが、その全員が基礎課の下級生……まだ入学して基本も習っていない生徒達だ。その中に何人の実力者がいるのだろうか……
「ルーデル……貴様のせいで僕の計画は台無しだ。家も継ぐ資格のない僕にとって、王女は最後の希望だったのに! お前が!!!」
ルーデルにクルストの気持ちは分からない。ルーデルにとって家を継ぐ事に興味はない。あるのはドラグーン……竜騎士になる意志だけだ。他は余計なのだ。
「家を継ぐのは嫡男の義務だ。だが俺は確かに相応しくないな……なら、お前が家を継げばいい」
「フザケルナ! あんな領地は僕に相応しくない! 僕にはもっと相応しい地位と名誉……王にだってなれたかも知れないのに!」
その言葉を聞いてルーデルは呆れた。第二王女に取り入って、上手く結婚しても王にはなれない。大公家は、元は王族の血筋だ……何か事があれば、王になる事もあるかも知れない。それでも……クルストは王の器ではないとルーデルは思っていた。
「お前は……夢ばかり見てないで現実を見たらどうだ? そのままなら父から領地を与えられるか、他家に出されるのが普通だ。自分を磨いておく方が後々の為に……」
ルーデルの言葉は、クルストが前々からルーデルに対して思っている事だった。兄を憎み、今の自分の現状を兄のせいで評価されないと思い込んでいるクルスト。
「貴様がソレを言うのか……なれもしないドラグーンを目指す貴様なんかが!!! もういい……お前らやるぞ!」
クルストの命令で向かってくる取り巻き達……その時ルーデルは判断する。話しても無駄だし、ここで問題も起こせない……なら、逃げようと……
「る、ルーデル何を!」
取り巻き達相手に構えるイズミを脇に抱え、ルーデルは屋上から……飛び降りた。
「ば、馬鹿かあいつ!」
そんな取り巻きの声を聴きながら、ルーデルは学園の校舎から飛び降りて着地……すぐに走り出した。逃げるが勝ち! と言わんばかりにそのまま全速力で走り去るルーデルに、クルストたちは唖然とする。そして一人が……
「に、逃げやがった。やっぱり出来の悪い奴ですねクルスト様」
そう言って引きつった笑みを向ける取り巻きに、クルストも逃げ出したルーデルを馬鹿にする発言をする。
「無能が……何時までも逃げられると思うなよ」
だがルーデルは逃げただけではなかった。学園内での問題は、教師に報告する事になっている。平民が貴族にイジメられていた場合は、さほど効果はないが……
◇
後日、クルストを含めた取り巻きの生徒達は、謹慎処分となる。……学園内で武器を所持しての行動は、原則として禁止されていたし、何より暴行事件を起こそうとしたなら大問題だ。それに相手が、次期大公のルーデル……学園も気兼ねなく処分できた。
アルセス家の家庭内問題でもある事から、処分としては軽くされた。だが、これでアルセス家の評判は更に悪くなる。兄弟そろって問題児扱いだ。
「クルストは馬鹿な事をしたな」
張り出された謹慎処分の書類を見て、ルーデルはそんな事を言う。何人か同じように見ていた生徒達は
(お前が言うな!)
内心でそう思っていた。
「これで良かったのかな? ルーデルの弟だろう……家庭の問題でもあるだろうが、君の立場が……」
イズミは、ルーデルが両親や屋敷の使用人達から嫌われている事を聞かされている。だから余計に、今回の出来事でルーデルの立場が悪くならないか気になっていた。
「いいさ、これで……クルストも頭を冷やせばいい。それに、俺にとって立場はあまり関係ないしね」
「……あまり評判が悪いと、ドラグーンになる時に困るんじゃないか? 何と言うか……内面的に問題ありと判断されるとか、実家から邪魔されるとか……」
そのイズミの言葉に、ルーデルははじめて気づいた! といった顔をした。確かに問題児をドラグーンにする事に抵抗を持つ者もいるだろう。実家の状況から、腹いせにルーデルの邪魔をする事も考えられた。クルストは両親に愛されているから……
「不味い事になった!」
「ああ、そうだな……気づいてくれて何よりだよ」
◇
二年生になったルーデル達は、基礎学年での厳しい訓練が開始された。一年間の基礎中の基礎を学び、今度はそれの応用になる。学園はクルトア王国の武官や文官を排出する場所だ。貴族の子弟には、王国共通の知識を学ばせて、有事の際には貴族の私兵と連携が取れるようにする目的もある。
平民にとっては、学園を出て兵士やその上の騎士に……後は、文官になり出世を目指すといった感じである。身分の低い者でも通えるのは、クルトア王国の有事の際に強制的に徴兵される事を同意するからだ。軍事的な側面を持つ学園……それは建前だ。
そんな重たい設定を持っているが、この物語は主人公であるアレイストにとって『恋愛をテーマにしたRPG』である。美人や可愛い女の子たちに囲まれて、ちやほやされて国の危機を救う英雄となる主人公……それが本来のこの世界の姿だ。
王女から平民まで通うのは、それだけ幅広いキャラクターを登場させるためである。
そんな事を思い出し、今の現状を考えるアレイスト。彼は自室で、自分が書いたノートを見ながらイズミの名前に線を入れていた。多くのキャラクターが登場するゲームである。一人や二人は例外もあるだろうと……アレイストは考えた。
「問題はルーデルだよな。フィナに手を出さないし、問題を起こしたのは弟のクルストになっている。あのクールなフィナを、何とかデレさせたいのに……イベントが起きないと手も出せないなんて……」
王女であるフィナには、学園内でも中々手が出せない。護衛の同級生たちに加えて、教師も目を光らせているからだ。男子が近付くには厳しい状態だ……例外は、地位の高い貴族の子弟だろう。だが、アレイストの家であるハーディ家は、成り上がりと言われている歴史の浅い家柄だ。
中々近づけていないのだ。それと同時に、アレイストはフィナの内面を理解していない。無表情だが、内心はアレである。
「このままだと、二年目なのに誰一人仲間にできないよ……戦争開始は、卒業後すぐだから、今のうちにメンバーの強化をしておかないと不味いのに!」
一人考えるアレイスト。彼の言う戦争とは、クルトアに匹敵する大国が……『ガイア帝国』が攻めてくる事を言っているのだ。彼らの設定はあまりない。というか、ゲームの最後の敵である意外の詳しい設定などないのだ。
学園三年目で、多少の出来事とガイアの軍人との恋愛イベントが、主人公に用意されているだけだ。
だが、ガイア帝国は存在するし、クルトアとも隣接している。
「ミリアのお姉さんも、見た目はいい感じなのに……確かドラグーンだから『あんまり役に立たない』けどさ。見た目だけなら合格なんだよなぁ……今年にイベントがあるから確保しとくか?」
アレイストの言う『ドラグーンは使えない』……これには理由がある。ドラゴンから降りて、騎士としてだけ見たドラグーンは、中・長距離の魔法戦に特化している。近距離での戦闘に特化した敵に弱いというアレイストのイメージだ。
実際にゲームでは、微妙な職扱いを受けている。そこそこ高いステータスを所持するドラグーン……しかし中身は近接系のスキルがない決定力に欠ける職業。
「カトレアはルーデルの『婚約者』になるから、出会うのは当分後なんだよな……」
カトレア・ニアニス……彼女はルーデルが学園を追い出された後に、アルセス家に嫁ぐ事が決まる。これはルーデルが不祥事を起こして家に戻ると同時に婚約が決まるのだ。アルセス家がニアニス家に圧力をかけ、ドラグーンであり王族の信頼の厚いカトレアを手に入れたかったのが理由である。
しかし、ルーデルは問題を起こさないし、学園から追い出されない。それでもイベントは起こるのだ。