外伝 歌姫編13
マグマが人の形を形作り、翼を持った怪物が暗い空で追いかけてくる。
魔力の壁では抑えきれない風を受けながら、ルーデルは後ろを見ていた。
「サクヤ、そろそろだ。ついでに上昇!」
ルーデルの作戦は簡単だ。
相手がマグマの化け物なら、水のある場所で戦えば良いという結論だった。
夜の空で怪物を引き連れ、セレスティアから遠く離れているのはそのためだ。
サクヤは四枚の翼を大きく動かした。
上昇し、その真下を大きな火球が通り過ぎる。
怪物が大きな口を閉じると、ルーデルは相手の大きな一つ目を見た。
瞳は縦に割れたようなまぶたから、まるで肉で出来た瞳……生物の目を持っている。
体はマグマで出来ているのに、どうして燃えないのかと疑問に思っていた。
『あいつしつこいよ!』
サクヤが追いかけてくる相手に、文句を言う。
ルーデルは、真剣な表情で相手を見ていた。
(一撃で仕留めるにしても、接近戦で海に叩き落とす必要がある。どうやって叩き落とすか……爆発させても体の一部が吹き飛ぶだけだからな)
マグマの化け物を見ながら、何とか接近戦が出来ないかルーデルは考えていた。
サクヤが拳を叩き込んでも、相手はマグマである。
拳は怪物の体を突き抜け、サクヤが火傷してしまうのだ。
その程度で済む辺り、ドラゴンはやはり強いのだろう。
サクヤが雲の中に入る。
ルーデルは、一気に視界が悪くなった事でサクヤに指示を出す。
「サクヤ、雲から離脱しろ!」
『うん』
サクヤが雲の中から飛び出す。
だが、そこには怪物が待ち受けていた。
『こいつ嫌いぃぃぃ!!』
サクヤの方向転換に、ルーデルは屈んで手すりに掴まって投げ出されないようにしがみつく。
周囲の光景が目まぐるしく変わる中で、ルーデルは深呼吸をして目を閉じた。
「少しでいい。サクヤ、任せるぞ……海に向かってくれ」
『サクヤ一人で!』
泣きそうな声を聞いて、目を開けてやりたくなるがルーデルは我慢する。
ルーデルの目は魔眼である。
目を閉じると次第に目に熱が発生する。
魔力が目に流れ込んで、ルーデルの目を魔眼にするのだ。
サクヤが逃げ惑っている中で、ルーデルは準備が整うのを待つ。
急上昇、急旋回。
投げ出されないようにしがみつくのも大変だ。
(ベルトをしておけば良かった)
目を閉じる前の行動を反省しつつ、準備が整うと目を開ける。
赤い光が瞳に宿り、ルーデルは怪物を見つめた。
「くっ!」
目を細め、マグマで出来た怪物の真の姿を見てしまう。
「なんだ……何百、何千の人間が叫んでいる?」
何百という人の魂が、囚われてもがいていた。
怪物の胸元にある石に囚われており、マグマの中でもがいていた。
(生け贄にされた人間? 石の中に誰かいるのか)
女性の姿をしているその魂は、石の中からルーデルを見ていた。
魔眼がその姿を鮮明に見せてくると、ルーデルは――。
「クレオに似ている……いや、逆か」
王の部屋にあった絵を思い出した。
不自然な空間が出来ていた絵を思い出した。そして、王妃の絵も思い出す。
「前の生け贄は王妃だったな。ということは」
もがいている囚われた魂たちは、全部が王家の関係者と言うことだ。
死んでも逃れることが出来ない魂の牢獄。
怪物は一種の檻である。
ルーデルは深呼吸をした。
「……サクヤ、お前には見えるか?」
『ルーデルが見えているなら、繋がっているサクヤも見えるんだよ』
自慢してくるサクヤに、ルーデルは。
「そうか。なら言いたいことも分るな。任務のついでに……アレは破壊させて貰おう」、
ルーデルは、サクヤの体に両の掌で触れる。
サクヤの鼓動を感じると、それを操るために自分の魔力を使うのだった。
まだなれていないため、不完全だが使用をためらってはいられなかった。
怪物を睨みつけるルーデルは――。
「今、解放してやる」
口にすると、サクヤの体に黄金色の模様が浮かび上がる。
サクヤの中に流れる魔力を、ルーデルが自身の魔力で操作しているのだ。四枚の翼の下に、黄金色に輝く小さな翼が誕生する。
六枚羽になったサクヤの尻尾には、鋭い剣の刃がいくつも飛び出していた。
拳にはまるで金色の籠手をしているような魔力の塊が出現する。
『サクヤの本気を見せてやるんだからぁぁぁ!!』
サクヤが、怪物を迎え撃つために空中で待機する。
大きな両腕を構え、ファイティングポーズを取るのだった。
怪物がその大きな口を開けて火球を作り出すと、サクヤも口を開ける。普段はブレスや岩を作り出して放つのだが、今回は違った。
水球が口の周りにいくつも出来て、そのまま怪物に向かって放たれた。
火球を放った怪物に、水球が次々に襲いかかる。
火球に水球がぶつかると、水蒸気を発生させて周囲は何も見えなくなる。
「さっきまでとは違うんだ」
ルーデルはそう言うと、サクヤに。
「行け!」
『うん!』
今まで逃げ回っていたサクヤが、怪物に直進する。
ルーデルの魔眼は、禍々しい怪物をとらえていた。
そんなルーデルの視界を共有するサクヤは、拳を怪物に叩き付ける。
水球が当たり、固まっていた部分に直撃する。黒い塊となった表面は割れるのだが、金色の籠手はマグマを貫かずに怪物をとらえていた。
吹き飛ぶ怪物が、体勢を立て直してサクヤを探すために一つ目をギョロギョロと動かしている。
急降下、そして怪物の真下に回り込んだサクヤは、そのまま急上昇をして――。
『ミスティス直伝のぉぉぉ……なんだっけ?』
技名を忘れたサクヤは、しまらないまま相手のボディーにその大きな拳をぶち当てる。
くの字に曲がった怪物の体は、その衝撃を受けて上空に飛んでいく。
そして、今まで以上の速度でサクヤもそれを追いかけると、両の拳を組んで大きく振り上げ、怪物の真上に来ると振り下ろす。
地面に急降下する怪物を見て、ルーデルは言う。
「……止めだ。今、解放してやる」
サクヤの拳の籠手が消え、口を大きく開いた。
そこに大きな魔力の塊が発生すると、ルーデルは圧縮する。無理矢理圧縮された魔力の塊が、また膨らむと更に圧縮する。
ドラゴンの力――いや、サクヤの本来持っている力を引き出すのが、ルーデルの仕事である。
そんな魔力の塊を、サクヤは海に落ちた怪物に向ける。
周囲には水蒸気が発生し、もがく怪物は姿を維持出来ていない。
大きく広がり、どんどんと広がっていく。
まるで、一つの小さな島であるようだった。
何本もの手が生え、大きな口を開けて叫んでいるようであった。
水が大きな目からこぼれ、まるで泣いているようにも見える。
「いつまでも閉じ込められているのも、閉じ込めているのも嫌だろう……これで終わりだ」
サクヤが圧縮された魔力の塊を放つ。
サクヤ自身も反動で後ろに下がり、そして小さな光が怪物の開けた大きな口に吸い込まれていった。
その場から離れるサクヤの体には、金色の模様が消えている。
ルーデルの瞳の色も、普段の青色に戻っていた。
急いでベルトを装着すると、ルーデルは手すりに掴まる。
「全力で試したのは、今回が初めてだな」
『サクヤも頑張ったよ~』
疲れたサクヤの声を聞いて、口を開こうとしたルーデルは大きな光の柱を見た。
怪物の開けた大きな口から、マグマが空に向かって噴出している。
まるでマグマの柱であった。
衝撃がサクヤを襲うと、まともに飛ぶのが難しく、吹き飛ばされてしまう。
「威力が強すぎるな」
二度と使わない方が良いかも知れない。
そう思うルーデルだった。
柱が次第に小さくなっていく時には、サクヤも普段通りに飛べるようになっていた。体勢を立て直し、その場でホバリングを行なって怪物が落ちた場所を見ている。
『どんどん広がるね』
「そうだな」
怪物が落ちた場所には、黒い島が誕生していた。
見る見る広がっていく光景は、あまり見られるものではないだろう。
すると、ルーデルは右手を顔の前まで上げる。
朝日だ。
「もう朝になったのか」
『サクヤは疲れたよ。温泉に入りたいよ』
疲れたというサクヤに、ルーデルも同意する。
「そうだな。今回は俺も疲れたよ」
太陽を見た後に、広がり続ける島を見るルーデル。
すると、そこには大きな人の形をした青い光が手を振っていた。その下には何千という人たちがサクヤに向かって手を振っている。
ルーデルは、目をこすってもう一度島を見る。
「……見えない。魔眼の効果でも続いていたのか?」
幻覚でも見たのかと思っていると、ルーデルは剣を抜いて後ろを振り返った。
構えた先には、一人の女性が昇る太陽を見ている。
目を閉じた青い髪をした女性は、太陽の光を浴びるように手を広げていた。
そして――。
『感謝します。異国の騎士』
微笑む相手を見て、ルーデルは王の執務室にあった絵の王妃だと気がつく。
そして、剣を鞘にしまいながら。
「ドラグーンです。クルトアのドラグーン」
『え? 騎士、ですよね?』
「はい。でも、ドラグーンですから。そこは譲れません」
相手が困惑しているが、ルーデルが譲らないのでコホンと可愛らしく咳払いをしてからやり直す。
ルーデルも満足した表情をしていた。
『感謝します、クルトアのドラグーン』
「命令のついでです。それに」
『それに?』
「これでドラグーンが最強であると示せました。俺が勝ったので、以前の引き分けは最終的にドラグーンの勝ちということで!」
嬉しそうなルーデルを、ポカーンと見ていた全身が透けている女性は笑い始めた。
笑った笑顔は、クレオに似ている。
『面白い人ですね。守り神を倒しておいて』
「怪物に見えましたけどね」
ルーデルが島をサクヤの背中から見下ろすと、女性は屈んで同じように見ていた。
足が見えない。
『……長い歴史の中で、歪められていったんです。最初は本当に国を豊かにするためでした。それが戦争に利用され、力を示してからは戦いの道具に』
ルーデルは女性を見て。
「クレオのお母様ですよね?」
すると、女性は笑顔で首を横に振った。
『叔母にあたります。あの子の母は、私と双子だったので……そうですか、クレオは無事でしたか。本当に良かった』
嬉しそうな女性を見て、ルーデルは王の執務室にあった不自然な絵を思い出す。その場所にいるべき相手が、きっとクレオの母だったのだろう。
(……どこの王家も複雑なんだな)
女性が立ち上がってルーデルを見る。
『ありがとう、ドラグーン。これでセレスティアの守り神も解放され、私たちも魂の流れに戻ることが出来ます』
「素直にお礼は受け取っておきます。もっとも、セレスティアにしてみれば、俺は悪党かも知れませんが」
『大きすぎる力を持つべきではなかったのです。今なら分かります。不自然で歪な国ですからね。それでも、私や姉の故郷ですから立ち直れると思っていますよ』
段々と薄れていく女性に、ルーデルは。
「クレオや他の王族に伝えておきたいことはありますか?」
女性は首を横に振るのだった。
『個別にはなにも……ただ、見守っていると伝えてください』
「分かりました」
『それと』
真剣な表情になる女性は、ルーデルを見て言う。
『……今の私には分かります。貴方も近い内にこちら側に来るでしょう』
「……そうですか」
それだけを言うルーデルに、女性は祈るような仕草で。
『ただ、忘れないでください。貴方は一人ではないと……』
最後に笑顔をルーデルに向ける女性は、そのまま太陽の光が強くなると溶けるように消えていくのだった。
サクヤの声がする。
『ルーデル、誰と話していたの?』
ルーデルは説明しようと口を開いて、途中で閉じると笑いながら首を横に振る。
「いや、なんでもないよ。さて、戻ったら忙しくなるぞ」
サクヤに戻るように言うルーデルは、広がり続ける島を一度だけ振り返った。
 




