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外伝 歌姫編11

 ルーデルは白い全身鎧を身に纏い、アレイストは黒い全身鎧を身に纏う。


 白騎士と黒騎士が、セレスティア城の庭に並び立っていた。


 城下町では火の手が上がり、住人の避難が始まっている。


 イズミは周囲を見る。


「囲まれているな」


 ガイア帝国の機械化部隊。


 後ろ暗い任務に投入される精鋭部隊で、その体のほとんどが機械という者たちだ。


 そんな精鋭部隊を指揮する赤い三つ目の男は、両手に刺々しい剣を持っていた。


 ローブからは尻尾が出ている。それを自由に動かし、こちらを見て楽しんでいるようだ。


 ルーデルがマスク越しの声で、イズミに言う。


「ここは俺とアレイストで受け持つ。イズミはミリアと王女殿下をお守りしろ。そこのネ……仮面の女もだ」


 ルーデルもアレイストも、腰を落として武器を構えた。


 周囲が二人に警戒している。


 イズミはエミリオを警戒していると、仮面をかぶったネイトが説明する。


「大丈夫です。味方と思っていてください。クレオさんを守る限り、彼は私たちの味方です」


 アレイストも、ルーデルに言う。


「そういうことだから、色々とあるんだけど今は協力して貰わないと……数が多いから」


 周囲にはワラワラと敵の機械化部隊が集まってくる。


 どうしてこれだけ潜り込めたのか?


 そう思っていると、ルーデルが――。


「二人で戦うのはいつ以来だ?」


「サクヤの時かな? 凄く久しぶりな気がする……それまで殴り合った記憶しかないや」


 場違いな話を始める二人に、機械化部隊の数名が襲いかかった。


 それを声で制止したのは、三つ目の男である。


「止せ!」


 ルーデルが一人を盾で殴り飛ばし、アレイストは両手に持った柄が長めの剣で相手の攻撃を受け止める。


 そして、アレイストが攻撃を受け止めた敵にルーデルが斬りかかり、手の空いたアレイストがもう一人を左手に持った剣で突き刺した。


 赤黒い油が噴き出し、二人は敵の兵士を投げ飛ばす。


 ルーデルに殴り飛ばされた敵兵士は、壁に激突して動かなかった。


 ルーデルが言う。


「サクヤのところに向かえ。あいつが移動すると城が崩れるからな」


 サクヤが救助に来られないのは、未だに城の中で敵味方が戦っているからだ。下手に動けば味方を怪我させてしまう。


 ただ、サクヤのところまで行けば安全であった。


 アレイストは少し呆れたように言う。


「小回りが利かないのはこういう時に不便だよね」


 そして、ルーデルは。


「そこが可愛くもあるんだが」


 三つ目の男は部下たちに指示を出す。


「犠牲覚悟で斬りかかれ。白騎士と黒騎士――討ち取れば末代までの栄誉! クルトアに大打撃を与えられますよ!」


 周囲の兵士たちがルーデルたちに向かうと、イズミはクレオの手を取って走り出すのだった。


「二人とも、必ず生き残れよ!」


 敵に向かって駆け出す二人に、イズミの声は届くかどうか――。


 ミリアは後ろを警戒しながら走り、仮面をかぶったネイトとエミリオが前方を走る。



 ルーデルは兜の中で視線を動かしていた。


 右から槍を突き出してきた機械化兵の攻撃を下がって避けると、そのまま左手に持った盾で殴る。


 がら空きになった後ろに斬りかかろうとする敵には、ルーデルの影から黒い槍が何本も突き出て敵を串刺しにしていた。


 アレイストは両手に持った剣で敵を斬り伏せており、その背中には数名が襲いかかっている。


 意識を集中して盾を作り出すと、飛びかかっていた兵士たちが盾に激突して地面に落ちる。


 ルーデルは次々に襲いかかってくる敵に向け、兜の中で呟くのだった。


「面倒だな」


 周囲の敵を剣で斬り伏せ、アレイストと背中合わせに立つ。


 周囲には赤黒い油をまき散らした敵のおかげで、血の臭いよりも油の臭いがきつかった。


 アレイストが、少し息を乱しながら。


「数が多い。というか……」


「だな」


 二人が魔法の使用を制限しているのは、地面に広がっている油にある。


 周囲を見れば、三つ目の男の姿が見当たらなかった。


 アレイストは呆れながら。


「しばらくしたら火あぶり、かな?」


「あまり笑ってもいられないが、俺としてもそれは勘弁して欲しい」


 地面の油に引火しないか?


 それが二人の懸念だった。


 特に、ルーデルの魔法は威力が高い。燃え広がれば一気に二人は火の海の中で戦う事になるだろう。


「やりにくいんだけど……三つ目がいないんだよね」


 アレイストは斬りかかってきた敵を斬り捨てつつ、ルーデルに言う。


「どちらかが向かうべきだ」


 真剣なアレイストの声を聞き、ルーデルは少しだけ思案する。


(手練れだが、アレイストが警戒するとなると……イズミたちでは難しいのか?)


 ルーデルはイズミの実力を評価している。


 しかし、アレイストの判断を無視出来なかった。


「分かった。俺の方で何とかしよう。俺は目立つからな」


 白い鎧を着ているルーデルは、夜には凄く目立つ。


「ただ、この包囲を抜け出すのも面倒そうだよね。これ、絶対にセレスティアの王が絡んでいるよ。最後まで最悪だよ」


 周囲にはまだ多くの敵兵士が残っている。


(まったく、どこから入り込んだんだ。それはそうと、アレイストは何か知っているのか? だが、今は……)


 アレイストがこの場から抜け出すために、ルーデルは敵に斬り込む事にした。


「サクヤのところに到着したら空に逃げろ。そこまでは追ってこられないからな……行け!」


 違う方向に走り出した二人。


 ルーデルは、加速するとそのまま次々に敵兵士を斬り伏せていく。痛みがないのか、相手は恐れずに向かってくる。


(本当に厄介な相手だ!)


 風の魔法で加速するルーデルだが、油を巻き込んでベタベタだった。


 近くでは、ルーデルを監視するように壁の上から一人の兵士が見ていた。


(そろそろ使うか?)


 そう思っていると、その兵士は筒状の物を取りだして火を付ける動作をしていた。筒状の物から火が噴くと、そのままルーデルに投げつけてきた。



 王城の通路を走るイズミたちは、先回りをした三つ目の男に出くわしていた。


 前を走っていたエミリオが、相手を睨みつけていた。


「最短距離だぞ。なんでお前が!」


 笑う三つ目の男は、ローブを少し開けると足を見せる。小さな車輪が取り付けられており、スパイクが刺々しかった。


「遠回りしても、こちらの方が速ければ追いつけますよ。それに、そちらは大事な実験体を護衛しての移動ですから」


 エミリオがサーベルを構えると、ネイトもナイフを構える。


 ミリアが矢を放つと、三つ目の男の肩に突き刺さった。


「嘘………」


 ミリアが驚いている。


 三つ目の男はクツクツと笑い出し、そして矢を抜いて握りつぶしながら言う。


「白騎士と黒騎士には意味がないでしょうが、これでも体のほとんどは鉄の塊ですよ。少しばかり魔力がこもった矢など、意味はありません。さぁ、実験体を渡して貰いましょうか」


 古代兵器を操るのに必要なクレオを、三つ目の男は求めていた。


 イズミは前の二人に叫ぶ、クレオの手を離して柄を握り居合いの構えを取った。


「二人とも、左右に避けろ!」


 ネイトが素早く反応し、エミリオも若干遅れて通路を開ける。そして、イズミが刀を抜くと、斬撃が発生して三つ目の男を――。


 イズミはすぐに視線を天井に向けた。


 まるで爬虫類のように天井に両手両足で張り付いた三つ目の男は、そのまま尻尾を伸ばしてイズミを襲う。


 鞘で攻撃を弾いたイズミだが、尻尾はそのままクレオに巻き付いた。


「イ、イヤァァァ!!」


 叫ぶクレオが持ち上げられると、その尻尾をエミリオがサーベルで斬り割く。


 ミリアは落ちるクレオを抱きしめ、イズミはもう一撃を三つ目の男に叩き込んだ。


 集団の真ん中に着地すると、ネイトが斬りかかるが剣で押さえる。


「本当にクルトアの連中は……ドラゴンの影で震えていれば良いんですよ!」


 三つ目の男が切れた尻尾を破棄し、もう一本の尻尾がローブの中から飛び出して来た。


 クレオを捕えるのではなく、殺意のこもった一撃だった。


「クルトアに奪われるくらいなら」


 そう言って笑っていた三つ目の男だが、驚いて動けないクレオ。ミリアはそんなクレオを引っ張っている。


 イズミが刀で尻尾を斬ろうとするが――。


(間に合わない!)


 すると、尻尾の前に飛び出したエミリオがサーベルで斬ろうとする。しかし、サーベルは折れ、エミリオの体に深々と尻尾が突き刺さった。


「エミリオ……なんで」


 クレオが動けずにいると、三つ目の男が撤退をしようとする。


「この裏切り者がぁぁぁ!」


 しかし、ネイトが足払いをして三つ目の男を床に倒れさせると、そのままナイフで首の辺りを突き刺した。


 装甲版の繋ぎ目を狙った一撃は、相手の喉に深々と突き刺さる。


 赤黒い油を浴びたネイトは。


「……本当に最悪ですよ」


 相手に止めを刺すと立ち上がってエミリオに駆け寄る。


 イズミも唖然としていたが、すぐに周囲を警戒した。


 倒れたエミリオは、クレオに手を握られている。そして、エミリオは伝えたかったことをこの場でクレオに言うのだ。


「エミリオ……私はもうすぐ死ぬはずだったのに。なんで貴方が」


 言いたいことが沢山あるのか、クレオは言葉が出てこない様子だった。口から血を吐き出すエミリオは、少し笑っていた。


 そして口を開く。


 ミリアはそれを止める。


「喋らないで! すぐに治療を――」


 すると、ネイトはミリアを止めて首を横に振るのだった。


「最後です。兄妹で話す時間を与えてあげてください」


 すると、エミリオはネイトに感謝を伝える。


「あ、ありがとよ。クレオ……」


「はい」


「俺は……お前の実の兄だ。母さんが俺を連れてこの城を出たんだ」


 クレオは複雑な気持ちで聞いているのか、視線が動いていた。だが、エミリオは続ける。


「色々と大変だった。だけど、俺は母さんと一緒で楽しかった。妹がいるのも聞かされた……」


 エミリオが銀色の卵形の首飾りを服のポケットから取り出すと、クレオに預ける。そこには、王家の紋章が刻まれていた。


「これは」


「金色のペンダントは持っていたな? あれは叔母さんのものだ……。そいつは、アレイスト……黒騎士に手伝いの報酬で渡してくれ。代償石は二つもいらないから」


 代償石――古代兵器を動かしている動力部分であり、代償を与える事で相応の願いを叶える石とされている。


 もっとも、それが何を基準にしているのかは、エミリオにも分かっていないようだ。


「あ、あの……」


 エミリオは血を吐くと荒い呼吸をしながら言う。


「つ、伝えたかったのは沢山あるんだ。でも、時間がない。母さんはお前を愛していた。叔母さんもだ。あいつが……父親が母さんに死ねと言った時も、相当悩んでいた。逃げ出す時は、お前を連れて行きたかったけど――ゴフッ!」


 血を吐き出すエミリオを前に、クレオは涙を流すのだった。


「エミリオ……兄さん」


 兄さんと呼ばれ、エミリオは嬉しそうな顔をする。


「嬉しいね。これで母さんにちゃんと報告が出来る。いや、俺は地獄に行くから無理か?」


 笑うエミリオは、クレオの頬に手を当てた。


「クレオ……母さんも俺もお前を愛していた。母さんは、お前が次の生け贄に決まると泣いていたよ。病気で動けない体になっていたのに、何度も何度もお前に会いたい、って……謝りたかったんだ。だから、俺が言う。すまなかった。許して欲しい」


 すると、クレオは声が出ずに頷くのだった。何度も何度も頷いて、そしてエミリオは言う。


「……良かった。後の事はアレイストに……」


 そう言って事切れるエミリオの体に、クレオは覆い被さって涙を流すのだった。


 イズミは刀を構える。


「誰だ!」


 走ってくるのは黒い鎧を着たアレイストだった。


 そして、倒れているエミリオを見る。兜を取って、そのままエミリオのところに駆けつけた。


「な、なんで! どうして!」


 オロオロとするアレイストに、冷たく言うのはネイトだった。


「時間がありません。先輩、ルーデル先輩は?」


「足止めをして貰っている! すぐに医者を!」


「もう、間に合いません。終わったんです……さぁ、行きますよ。いつ敵が来るか分かりませんから」


 ネイトがクレオの手を取る。


 クレオは――。


「どうして……私が死ねば全部上手くいったのに」


 そう言うと、アレイストはクレオを平手で叩くのだった。床に倒れるクレオは、アレイストを不思議そうに見上げていた。


「あいつは! エミリオはあんたを助けたかったんだ! たった一人で戦い続けて! それで頑張って……死にたいとか言うなよ」


 泣き出すアレイストに、ネイトは言う。


「先輩。エミリオさんの意思を無駄にしないためにも、今は」


「分かってる!」


 涙を拭いて歩き出すアレイストの背中を、クレオは見ていた。


 イズミはクレオに手を伸ばす。ミリアもだ。


「……私はこんな時に何を言って良いのか分かりません。でも、この場にとどまるのをエミリオ殿も喜ばないはずです」


「さぁ、行きましょう」


 二人の手を取って立ち上がるクレオは、歩き出し、笑顔を浮かべたエミリオを何度も振り返るのだった。


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