外伝 歌姫編9
アレイストは転生者である。
恋愛をテーマにしたゲーム世界に転生し、ゲーム知識を持つ存在だ。
そんなアレイストには、セレスティアという国がゲームに登場した記憶がない。設定だけが存在する、などという事もなかった。
裏路地で同じようにローブを着て、仮面をつける集団と戦いながら、アレイストは考える。
(他の国に来るとは思わなかった。でも、どうしてこんな場所でこいつと戦うんだ)
アレイストのいう『こいつ』とは、目の前で二本の刺々しい剣を持つ男だった。
自分と同じ二刀流を使用する男を、アレイストは知っている。
(ガイアの暗殺部隊だったっけ? いや、特殊部隊なんだろうけど……)
互いに二本の剣を駆使し、手数で勝負する。
周囲では敵の部下らしき男たちが、アレイストを囲んでいた。
(こっちはセレスティアの騎士も入れて三人なのに!)
圧倒的に不利な状況をルーデルから引き継いだアレイストだが、目の前の相手に気が抜けなかった。
何せ、目の前の三つ目の男は、ゲームに登場する人物だ。
ガイアの特殊部隊を率いる機械化部隊を率いる、名前のないキャラクターである。イベントの戦闘で何度か登場したのを記憶している。
その特徴は、機械化した事で特殊な攻撃手段がある事だろう。
「これは厄介ですね」
くぐもった声で、アレイストを厄介という三つめの男は、いったん距離を取るためか後ろへと飛び退いた。
アレイストは、それを見てゾクリと背筋に寒気が走る。
すぐに魔法を使用しつつ飛び退いた。
(まずい!)
地面から黒い槍が数十本飛び出ると、数本が割れてしまった。
アレイストが剣を交差させ、相手の攻撃を受け止める。
「止めた? 初見でこれを止めたのは、あなたが二人目ですよ。誇って良いですよ……黒騎士殿」
クククッ、などと笑い出した目の前の三つ目の男。
彼のローブの背中側はめくれ上がり、そこから一本の尻尾の先には鋭い剣が仕込まれていた。
金属のワイヤーを巻いた尻尾を、アレイストは即座に厄介と判断して剣で破壊する。
しかし、相手は余裕を見せていた。
「実に良い気分だ。必殺の一撃を止めるとは……黒騎士殿は、私のリストに加えておきましょう」
「リスト? なんのリストだよ」
アレイストは、三つ目の男が言う『リスト』が気になって聞き返す。だが、すぐに後悔する事になる。
「私がとどめを刺したい人物のリストです! 誇ってください。貴方は二番目に記入しておきますよ。アハハハ――」
そう言って飛び上がった三つ目の男。
敵の部下たちも続くように、壁を駆け上がっていく。
黒いローブをまとった集団が、壁を駆け上がり、飛び上がる。……見ていて気持ちのいい物ではない。
「……結構危ない奴なのか?」
アレイストが、頬を引きつらせて相手が退いた事にホッとしていると、後ろから声がかかる。
ネイトだ。
「先輩、とんでもない奴に好かれましたね。あいつ、アレでも帝国の機械化部隊の実働部隊トップですよ」
「アレが! というか、そんな奴だったの!」
ゲームでは肩書きなども登場せず、厄介な相手としか認識していなかった。
アレイストは、そんな人物に二番目に殺したい相手、と認識されたのだ。
(一番目は誰だよ……というか……)
チラリと視線を向けた先には、ネイトが短剣を向けている緑色の髪をした男がいた。セレスティアの騎士らしき男を前に、アレイストはどうしていいのか悩む。
ネイトが警戒をしながら、騎士に言う。
「さて、説明して頂けますよね、エミリオ殿。クルトアにも声をかけておいて、まさかガイアまで呼び出しているとは思いませんでしたよ」
ネイトの声はいつもより低く、それでいて相手を威圧するものだった。
エミリオという騎士に対し、アレイストも警戒する。
だが、相手は抵抗するそぶりを見せない。それどころか、剣をその場に投げ捨てると、座り込んでしまう。
路地裏の地面は汚いのに……と、アレイストが考えていると、エミリオが口を開いた。
「上手くいくなんて思ってなかったさ。ただ、可能性があるならそれにすがるしかなかった。そうしないとクレオは……妹は……」
右手で顔を隠したエミリオは、歯を食いしばっていた。
「妹? クレオってこの国のお姫様だよね?」
アレイストが不思議そうに首をかしげる。
ネイトは、どうやら相手が抵抗する意志を見せないので短剣をしまう。そして、エミリオに事情を聞く事にした。
「場合によってはここで始末するのが私の役目なんですけど。少し事情がありそうですね……話して貰いますよ」
エミリオは、溜息を吐いた後に言う。
「好きにしろ、とも言えないな。悪いが足掻かせて貰う」
すると、ネイトは交渉する。
「場合によっては、ですよ。こちらだって利益があるのなら、あなたに協力してもいい訳ですから」
すると、エミリオは淡々と現在のセレスティアの裏を語るのだった。
「出せる物なら情報だろうがなんだろうが出すさ。ただ、俺はクレオさえ救えればいいんだ。それが母さんの願いでもある」
アレイストは、セレスティアの事実を知る事になる。
◇
クレオを救出し、城へと戻ったルーデルたちは王の部屋へと呼び出されていた。
今回の一件に関し、事情聴取を王自ら行なうと言い出したためだ。
腑に落ちない点も多いが、他国の事なのでルーデルはあまり気にせず、事実を語る。
襲撃を受けた事、ガイア帝国の部隊とも戦闘をした事、そしてエミリオが裏切った事を、だ。
ただし、アレイストの一件は伏せておく事にした。
それらを聞き、王は表情を変えずに言う。
「エミリオが敵の間者だった、か……まったく、不甲斐ない事だ」
自国で指折りの騎士が、敵と内通していたなど笑えないだろう。
(それにしても、どうにも焦った様子が見られないな? 王女を守れたからか?)
ルーデルは内心で王の態度に違和感を覚えるが、今後の予定を確認する。
「我々の任務に変更はあるのでしょうか?」
すると、王はルーデルに視線を向けないままに言う。
「ない。予定通りに明日出発すればいい。それ以外の事など気にする必要はない。クレオにも予定通りと伝えてある」
とても今生の別れをする親子の対応ではない。
目の前の王は、他国の王である。
ルーデルは、他国の事に口を出す立場でもない。
だが――。
「側にいた自分付きの者に裏切られたのです。聞いた話では、協力者もいたようですが? 王女の気持ちの問題も――」
「死ぬ人間には関係ない。言いたい事はそれだけかね?」
意見など聞いていないという王が、ルーデルを睨み付けてくる。
怖くはない。ただ、父親の対応としては悲しいものだと、ルーデルは内心で思うのだった。
(ここまで子に冷たくなれるのか?)
◇
クレオは、自室でベッドに腰掛けていた。
ボンヤリと窓の外を見ながら、自分を騙していた友人とも言える使用人の言葉を思い出す。
『鈍い女ですね。ま、餌はその程度で問題ないでしょうから、文句もありませんけどね。貴方が私を友達だと思っている姿は笑わせて貰いましたし、哀れな境遇は見ていて面白かったので許してあげますね』
狭い自分の世界で、彼女が自分に外の世界を教えてくれた。
それは、クレオにとって楽しい時間であったのだ。屋台の食べ物や、城下町での出来事など、憧れたのはそれが原因である。
「私、友達なんかいなかったんだ……」
悲しい気持ちになるが、クレオは逆に思うのだ。
「私がいなくなっても、悲しむ人は少ないからいいよね」
少し悲しいが、それでも自分には役目がある。それを果たせば、きっと多くの人々の笑顔を守れるのだ。
自分にそう言い聞かせ、クレオは涙を流す。
◇
ルーデルは、イズミとミリアの二人に護衛を任せ明日の準備に取りかかっていた。
王城の中庭にサクヤを呼び出すと、クレオを目的地まで連れて行く準備をする。
気乗りのしないルーデルに、サクヤが声をかけてきた。声といっても、ルーデルに聞こえるテレパシーのようなものだ。
端から見れば、ルーデルが独り言を言っているように見える。
『悩んでいるの、ルーデル?』
「うん? あぁ……そうなんだろうな」
ルーデルは、クルトアの騎士として任務に当たっている。個人の感情以上に、上の命令で任務を達成するためにこの場にいるのだ。
納得は出来ないが、命令では仕方がない。
「上からの命令は、セレスティアの国王の依頼を達成する事だ。俺はクレオを目的地まで連れて行く。明日はサクヤにも期待しているぞ」
期待していると言うルーデルだが、表情は曇っていた。
自分でも分かっている。
(クレオを連れて行けば、そこで死ぬ、か)
どんな言い方をしても、クレオはセレスティアを守るための生け贄である。それがこの国の風習であり、長年続いてきた事だ。
ルーデルが文句を言っても始まらないだろう。
『嫌なら止めちゃえばいいのに』
サクヤは幼い精神の持ち主だ。嫌ならしなければいいと、単純な答えをルーデルに告げる。
苦笑いをしながら、ルーデルはそれに返す。
「それが出来たら楽なんだけどな。俺は任務を優先するよ」
『クレオ、死んじゃうよ』
サクヤは、クレオが気に入ったようだ。
綺麗な歌声を、クレオはサクヤに聞かせてくれた。それは、クレオが天から貰った才能であろう。
(王族に生まれなければ……いや、もしもの事を考えても意味はない)
ルーデルも、その歌声には感心している。
「……任務だからな。明日は、クレオを目的地まで護衛する」
◇
アレイストは、ネイトと供に宿屋でエミリオの話を聞いていた。
「なんだよ……なんだよ、ソレ!」
椅子に座っていたアレイストは、立ち上がると大声を出す。それだけ、エミリオから聞かされた内容が酷いものであったのだ。
「先輩、落ち着きましょうよ」
「落ち着いていられるか! 個人の復讐で国ごと滅ぼすなんておかしいよ!」
怒鳴り散らすアレイストに驚いているのは、エミリオであった。
ネイトにしても、あまりいい顔はしていない。だが、そこまで怒っているわけでもなかった。
エミリオが語った事実とは、十数年前の事件が発端であった。
「好きな人が生け贄になった? クレオの母さんが原因だから、城の中で惨めな生活を送らせた? 自分の子供じゃないか!」
アレイストが知った事実とは、クレオの実母は王妃ではなかったという事だった。そして、エミリオの正体は、この国の王子である。
今は死んだ事になっているが、それでも王の血を引いた男子だった。
もっとも、当のエミリオはスラム育ちをしており、素の状態は品が良いとはとても言えない。
「そんなに怒るとは、ね。これで分かっただろう? クレオを祭壇に連れて行くわけにはいかないんだ。古代兵器とやらの束縛は弱まっている。連れて行けば、あのクソ野郎は確実に動かして古代兵器でこの国を滅ぼすぜ。それだけじゃない……制御を失えば、そのまま他国にだって向かう」
古代兵器、それが守り神の正体である。
誰がなんの目的で作り出したのか? それは、今となっては王家ですら知らない事実であるとエミリオは言う。
ただ、火山のエネルギーに形を持たせ、拘束して兵器として運用するもののようだ。
「兵器としての価値なんて知らない。昔にドラグーンを退けたとは言っているが、戦争をしかけなかった事を見るに制限でもあるんだろうな。セレスティアで重要なのは、火山をコントロールできるっていう副産物の方だ」
古代兵器の価値とは、火山のエネルギーを蓄積させ噴火を防いでいる事だった。火山の近くに都市が存在しているのも、恩恵を受けるためだという。
だが、火山付近に住むという事は、それだけのリスクも抱え込む事を意味していた。そこに、火山をコントロールできる方法があれば?
答えは簡単だ。
セレスティアの王家は、それを管理下に置くために生け贄を差し出している。
「王家の女、というか青い髪の女が必要だ。制御するためにその青い髪の女を差し出し、古代兵器をコントロールしているのがこの国だ」
アレイストは、そこで疑問に思った。
エミリオに尋ねる。
「ちょっと待ってくれ。制御下に置くだけの技術がこの国にあるのか? それに、どうして青い髪の女性なんだよ」
しかし、エミリオの答えは――。
「知るかよ。昔からそうなんだ。試した記録だってあるが、昔からこの辺に住んでいる青い髪の一族が必要なんだ。クレオもその一族で、王族が血を取り込んで差し出して義務を果たしているように見せているのさ。……こんな国は滅べばいい」
エミリオの言葉に、アレイストはどう言うべきか悩む。
(どうなっているんだ? それに、生け贄を出せば古代兵器をコントロールできる? 訳が分からないよ)
悩むアレイストに代わり、今度はネイトが尋ねる。
「それで、クルトアとガイアを手引きして混乱を生み出し、その後は妹さんを連れ出して国外逃亡ですか? 随分と計画がガバガバですね」
呆れた様子のネイトに、エミリオは怒鳴りつける。
「時間がなかったんだ! こっちは騎士になるにも苦労して、ようやく側に近づけばクレオが生け贄にされるところだぞ! こっちだって藁にもすがる気持ちだったんだよ!」
何とか救出するために騎士になったエミリオだが、今度はクレオが生け贄にされる時間が迫っていた。
時間のない中で、彼は自分ができる事を全てしたのだろう。もっとも、それは失敗に終わっている。
「……あのさ、そのクレオさん? を、救出した後ってどうするつもりだったのさ? 下手をすればコントロールできない古代兵器が暴れる、とか?」
アレイストの問いに、エミリオは悪びれる様子もない。
「さぁ? そんな事は知ったことかよ。生け贄を肯定して、自分たちのために俺たち一族を殺してきた連中の事なんか知らないね」
アレイストは、そのままエミリオの胸倉を掴んで持ち上げる。
「お前は!」
すると、ネイトが溜息を吐いて仲裁し、二人を座らせた。
「いい加減にしてくださいよ。話が進みませんから。先輩も我慢ですよ。それから、エミリオ殿はこちらを煽らないでください。時間は限られているんですよ」
ネイトの言葉に、エミリオは腰を上げる。
「クレオを助けてくれるのか!」
だが、ネイトは首を振る。
「助ける訳ではありません。クルトアはセレスティアに国境を接しています。それに、ガイアの特殊部隊も動いていますからね。情報を渡したくないんですよ。まったく、こちらだけ呼んでくれればもっと簡単に済んだでしょうに」
文句を言うネイトに、エミリオは視線を逸らした。
計画性のなさを、少し恥じているようでもある。
「それで、先輩はどうします? ここからは私だけで進めますから、参加は自由ですよ。あ、でも! 助けてくれると私の好感度が上がります!」
ネイトが頬に手を当て、ポーズを取るとアレイストに視線を送る。だが、アレイストはネイトを軽くあしらうとエミリオを見る。
「……なんだよ」
「条件がある。僕は被害を出したくない。王女を救って、その後に誰も死ななくて良いようにしたい。それならいくらでも手助けをするさ」
アレイストの出した条件に、エミリオは呆れた顔をする。
「馬鹿が。そんな事が出来るなら、誰かがしている、っての」
「先輩は甘いですね。ただ、そういうところは好きですよ」
ネイトの発言を無視し、アレイストはエミリオを見る。視線は真剣で、エミリオが自分の頭を乱暴にかく。
「ちっ、住人を避難させる。古代兵器は止められるか分からないからな。というか、生け贄を出さないとどうなるかなんて、俺も知らん」
「身勝手すぎるだろう! 王女がいなくなった後、誰かが代わりになるんだぞ!」
アレイストが言うと、エミリオは真剣な表情になる。
「……生け贄に選ばれるのは、年頃の女だ。若すぎても、年を取り過ぎても駄目なんだよ。今は……生け贄の候補はクレオしかいない」
エミリオは、何か言いにくそうにしている。それを聞いて、ネイトはどこか暗い表情をしていた。
口を開くと、思わせぶりな事を言う。
「生け贄の確保もできない国の体制が悪いんでしょうが、個人的には少し思うところもありますね」
アレイストは、表通りで青い髪のネイトが関係者に間違われた事を思い出していた。本人は否定していたが、もしかしたら関係があるのではないか?
そう思えたのだ。
「と、とにかく! 手伝う条件は被害を出さないようにする事だから! これは譲れないからな!」
アレイストの言葉に、エミリオが嫌みを言う。
「ガイアの連中や、邪魔をする連中も、か? 被害を出さないなんてあり得ねーよ」
「そ、それは……」
勢いをなくすアレイストは、エミリオの表情を見る。
(笑った?)
それは、少し悲しそうな。だが、嬉しそうにも見える笑みだった。
「ま、黒騎士だっけ? 手を借りたいから被害は極力出さないようにしてやるよ。おっと、そうだ……三人組だけ心当たりがある」
「三人組?」
アレイストは、首をかしげる。
今年ももうすぐ終りですね。
更新速度がかなり落ちましたが、しばらくは更新を頑張ろうと思います。
外伝が終わればいよいよドラグーンも最終章です。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。




