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外伝 歌姫編8

「何を言っているの、エミリオ」


 クレオは、狭い路地裏の通りで座り込むと目の前の青年を見る。


 自分を護衛するセレスティア王国でも実力のある青年騎士は、右手にサーベルを握っていた。剣先から突き殺した女中――クレオの世話係――の血がしたたり落ちる。


 遠くで聞こえる喧騒も、クレオには聞こえていなかった。


 信じていた数年来の付き合いのある女中は、自分をずっとあざ笑っていた。


 信じていた騎士は、自分の目の前で手を差しのばして言う。


「クレオ、もういいんだ。もう、お前が犠牲になる必要なんかないんだ。ここから逃げよう。もう準備も整っている」


 エミリオがゆっくりと近づくと、左手を差しのばしてくる。その手とエミリオの顔へ、クレオは交互に視線を動かした。


「何を言っているの、エミリオ。私は明日には儀式を受けないと国が――」


 混乱するクレオは、状況を上手く整理できなかった。城下町の話や、平民たちの話を自分に聞かせてくれていた友人ともいえる女中に裏切られたのも大きい。だが、それ以上に儀式から逃げ出せ、というエミリオが信じられなかった。


 ――明日の儀式のために生きてきた――


 クレオにとって、それは自分が生きてきた意味でもある。死ぬと分かっていても、それが国のためになるなら、と考えていた。いや、教え込まれてきた。


 だが、差しのばされた左手は、クレオにとっても魅力的だった。


(エミリオについて行けば助かるの?)


 それは、彼女にとって悪魔の誘惑とでも言えば良いのだろう。誰も好きこのんで死にたくない。それに、クレオは先程の人形たちの襲撃を受けるまでは、楽しい時間を過ごしていた。それが余計に死にたくないと思わせる。


(私は生きたい。でも……)


 クレオは、エミリオの左手を右手で払う。


 目を見開いたエミリオを睨み付け、クレオは言う。


「下がりなさい! この身はセレスティアに捧げる身です。私は貴方にはついてなど……行きません」


 混乱するクレオが、なんとか誘惑に負けず踏みとどまる。すると、激怒するか、それとも呆れるのか、そう思っていたエミリオは、悲しそうな顔をして笑っていた。


「そうか。クレオは強くなったんだね。だが、俺にも意地があるんだよ」


 無理矢理クレオの腕を捕らえようと、エミリオが強引に左手を伸ばす。しかし、エミリオは咄嗟にクレオに背を向けるとサーベルを構えた。


 路地の奥には、いつの間にか三名のローブを着た者たちが立っている。近づいている気配など、クレオは一切気付かなかった。


 三人の中で一歩だけ前に出ている黒いローブの男は、くぐもった声をその場に響かせる。どこか低い声は、人の声とは思えなかった。生の声ではない。機械的な声のような無機質さがある。


 だが、どうにもクレオは好きになれそうにはない感情を、その声に抱くのだった。


「段取りが違いますね。こちらに姫君を渡してくれるのでは? ここは受け渡し場所ではありませんよ、セレスティアの裏切り者君」


 エミリオを裏切り者と言い切るローブの男は、棘のついたような剣をローブから取り出す。二刀流だ。二本の刺々しい剣は、薄暗い裏路地で紫色に見える。エミリオの持つ剣のように、鈍い光すら発していない。


「……道に迷ったんだよ。こちらにも手違いがあってね」


 サーベルを構えたまま、エミリオは警戒を解いてはいなかった。先程とは、言っていることが違う。クレオはそう思ったが、エミリオの声が緊張しているのが分かる。


「い、いったい何が――」


 絞り出したクレオの声に、二刀流の男の両脇に立ったローブ姿の男たちが飛び出してきた。素早く、まるで壁を走るように狭い路地でクレオへと目がけて飛び出してくる。


「この帝国の外道が!」


 手を組んでいたような発言をしていたエミリオは、その二人に対して剣を振るう。しかし、一人がエミリオの剣を受け止めた。すると、もう一人がクレオへとためらうことなく飛びかかる。


「逃げろ、クレオ!」


 大声でクレオの身を案じるエミリオだが、当の本人はその場から立ち上がる事もできずにいる。


「あ……」


 ローブのフードから、相手の顔を見る。丸い眼鏡のような物がついたマスクをしていた。それが赤い瞳に見え、薄暗い路地裏とあって不気味に見える。


 伸ばしてきた手も、先程のエミリオとは違ってゴムを乱雑に巻いたような服を着ていた。どこか、油のような臭いがするその手がクレオに伸びる。


 しかし――


「そこまでだ」


 ――路地裏に突風が吹いた。



 間一髪だった。


 複雑で迷路のような路地を走り回ったルーデルは、間に合った事に安堵する。見知らぬ場所での魔法を使用した高速移動は神経を使い、思うようにクレオたちを追うことができなかったのだ。


 見つけた瞬間にクレオの前に出たルーデルは、そのまま剣を振るう。


 不審者がクレオへと伸ばした腕を斬り裂いたルーデルは、クレオと不審者の間に入る。即座に不審者――ローブ姿を蹴り飛ばすが、違和感があった。


(油か? それに蹴った感触もおかしい)


 腕を斬ったはずだが、そこに血が噴き出しはしなかった。代わりに油と思われる液体が軽く噴き出しただけである。それに、斬った腕も肉を斬った感触ではなかった。


「ルーデル殿」


 クレオから声がかかるが、ルーデルは向き直ることはしなかった。そのまま剣を構えると、クレオに言う。


「俺の後ろにいてください。どうやら、危険な奴らのようです」


 蹴り飛ばした男が立ち上がる。斬り飛ばした左腕からは、やはり血ではなく油が地面にしたたり落ちていた。


 刺々しい剣を持ったローブ姿のリーダー格だろうか、その男がくぐもった機械的な笑い声を上げる。


「クククッ、まさかここで大物に出会えるとは思いませんでしたよ。初めましてドラグーン……いや、ルーデル・アルセス君」


 ルーデルは、警戒しながら相手の話に耳を傾ける。


「随分と俺の事を知っているな。他国の人間――いや、帝国の者に知って貰えて光栄だ」


 軽口を叩いていると、エミリオが敵から離れる。いや、互いに離れた感じだ。ルーデルの目の前にいた男もバックステップをしながら仲間の元へと戻る。その動きに、ルーデルは違和感の正体に気がついた。


(帝国の機械兵か?)


 機械兵――帝国で失った手足を、金属の手足で補った兵士たちのことだ。魔法で動かしているのは知っているが、王国にはない技術である。その不気味さから、忌み嫌われている者たちで、帝国の汚れ仕事を任されているのを学園で聞かされた。


「なるほど、俺もそれなりにマークされているという事か」


 ルーデルの言葉に、リーダー格の男が返す。


「ご謙遜を。我々からしたら眩しい存在ですよ。眩しすぎて羨ましく、それでいて許せない程に憎い存在だ。特に私は、ドラグーンにこの手足を持って行かれた身ですので」


 ドラグーンとの戦闘で、手足を失って機械兵となったのだろう。ローブの下は酷いことになっているに違いない。


「こちらは専守防衛だ。お前たちが進攻したのではないか?」


 クルトア王国は豊かな土地である。わざわざ、帝国に進攻することにメリットなどない。しかし、帝国にはドラグーンがいても進攻しなければいけない事情がある。


「若いですね。その若さも妬ましい」


 フードの中から、赤い光が三つ鈍く光った。ルーデルは、立ち上がったクレオを四人から守るような位置取りを取る。目の前のローブの集団に――エミリオだ。


 三人組を見当違いの方へと誘導し、自分だけ王女であるクレオを連れて路地裏へと逃げ込んだ。それが、ルーデルが警戒する理由の一つだった。最後の行動が駄目押しだったのだ。


 ルーデルは、エミリオを敵として見ている。エミリオもそれを理解しているようだが、ルーデルとローブの男たちに挟まれては、狭い路地裏では上手く立ち回れない。


「ここまで来て」


 悔しそうに――そして、顔を歪めて視線をルーデルとローブの男たちに向けるエミリオ。


「クククッ、随分とお粗末な騎士だ。セレスティアの底も知れていますね。こんな男がセレスティアを代表する騎士の一人とは……さて、こちらも仕事を再開させて頂きますよ。良い具合に時間も稼がせて頂きました」


 そう言うと、通路を形成する建物の屋根から二名のローブを着た男たちが飛び降りてくる。


 ルーデルはそのまま左腕でクレオを抱えて後ろに飛び退くと、周囲の状況を見て目を細めた。


「こんなに入り込まれていたのか」


 周囲の気配は、探れるだけでも十は超えている。セレスティアの警備に問題があるのか、それとも彼らが優秀なのか――両方かも知れない。


「不用心ですよ。敵が喋りだしたら時間を稼いでいると思わないと……もっとも、貴方たちに選択肢はそこまでありませんがね。ドラゴンのいないドラグーンなどただの騎士だ。殺せ」


 興味を失ったのか、三つ目の男が命令を感情のこもっていない声で部下へと指示を出す。しかし、ルーデルは少しだけ笑っていた。


「甘く見られたものだな」


 そう言うと、クレオを脇に抱えたままその場にしゃがみ込んだ。ルーデルの頭上の上を、三本の矢が通過すると、三つ目の男は両手の剣で矢を防いだ。


 ミリアだった。


 その背に魔力でできた羽を広げている。弓矢を構え、次の矢を放っては屋根にいたクロスボウを構えていたローブの男を地面へと落とす。


「ルーデル、一人で先行しすぎよ!」


「悪い。だが、悪くないタイミングだったぞ、ミリア」


 ルーデルにとって、この程度の数は対処できない数ではない。しかし、近くにクレオがいたのでは全力も出せなかった。ミリアが来たことで、ルーデルはこの場を切り抜ける不安要素が減ったことを確信する。


「クレオ!」


 エミリオが叫ぶと、斬りかかってきた三つ目の男の部下の相手をする。相手の剣を受け止めると、左手で懐からナイフを取り出し斬りつけた。だが、相手も精鋭なのか飛び退いて避ける。


 しかし、ローブの男はマスクの呼吸をするための穴から血を吹き出して倒れる。それを見ていた三つ目の男は舌打ちをする。


「エルフですか……それに、セレスティアの騎士もやるようだ。ま、それでも帝国では優秀止まりでしょうけどね。全員でかかれ」


 両手に持った剣を握りしめ、三つ目の男が部下に指示を出す。狭い路地で壁を蹴るようにして飛び回るミリアが、ローブの男たちへと矢を放つ。ただの矢が、壁や地面に深々と突き刺さるのだが、その中をローブの男たちは駆け抜けてルーデルへと迫ろうとしていた。


「――悪いがこれも仕事だ」


 そう言って、ルーデルは近くに来たミリアにクレオを託し、自分は斬りかかってくるローブの男たちを斬り捨てる。


 機械や肉を斬った感触は、ルーデルにとって今までにない経験だった。だが、動揺すること泣く対処していく。


 三つ目の男が走りながら指示を出す。


「ドラグーンは私が相手をする。お前たちは裏切り者と王女を――」


 そこまで言ったところで、今度は屋根に弓を持って待機していたローブの男たちが落ちてきた。地面にぶつかると、金属音が聞こえてくる。


 ルーデルは次の瞬間に飛び降りてきた二人組を見て、左手にため込んだ魔力を解いた。魔法で蹴散らそうと思ったが、どうやら飛び降りてきたのは味方のようだ。


「やれやれ、今日は王国と帝国の裏の顔によく会う(一人はアレイストだが、声をかけるのは不味いか)」


 お面をして、ローブを着ている二人組はルーデルの前に立つと一人が顔も向けないままに答えた。


「ここはお任せ頂けますか? 貴方の任務は王女様の護衛でしょうし、こちらは我々の任務ですので」


 ルーデルはエミリオへと視線を向けるが、優先順位で言えばクレオの護衛が優先だ。目の前の敵にこだわる必要性もない。それに、ミリアがこの場から離れている。他に敵が潜んでいても危険だった。


「ではここは任せます」


 そう言って、ルーデルは素早くその場から移動する。風が強く吹くと、次の瞬間にはルーデルはその場にいなかった。



「……噂以上の実力ですね。学園時代よりも厄介になりましたよ、先輩」


 ネイトが渡してきたローブと仮面をかぶり、周囲の状況を見ながらガクガクと震えているアレイスト。


 黒いローブに、フードから覗くのは赤く丸い眼鏡のようなものがついたマスクの男たち。


(これってどういう事……どういう事!)


 混乱しているのは、急に準備をしろ、と言われてネイトについて行く形で屋根の上を走り回っていたからだ。気がつけば、屋根の上で襲われてそのまま戦闘を繰り広げ、更にはルーデルの救援に駆けつけた状況だった。


「王国の犬ですか。いや、出来損ないと言った方が良いのかも知れませんね」


 三つの目を持つマスクをした男が、アレイストとネイトに語りかける。周囲にはエミリオとローブの男たちが警戒している状況だった。


 ――つまり、囲まれている状況である。


「さぁ、頑張ってください、先輩」


 少し可愛らしい声を出したネイトは、そのままアレイストに無茶振りをするのだった。何しろ、囲んでいる殺気だった集団の相手をしろと言うのだ。


「ちょっと待ってよ! この数を相手にするとか、いくら何でもおかしいよ! おかしいよね!」


「はいはい、もう冗談はいいですから。頑張ってくださいよ。私の護衛でもあるんですからね。手伝ってくれる、って言いましたよね?」


「いや、言ったけど! 言いましたけど! こんな状況になるとは思ってもいませんでしたけどね!」


「恰好いい先輩を見たいんですよ。言わせないでくださいよ、恥ずかしい」


「照れても可愛くないよ!」


 仮面をした集団のやり取りは、そこに第三者がいればきっと目を見開いて驚くだろう。いつまでも続くと思われた漫才だが、流石に呆れた三つ目の男が口を挟む。


「まったく緊張感のない人たちですね……では、二人を片付けて王女様をさらうとしましょうか」


 三つ目の男があごを軽く動かすと、近くにいた部下たちがアレイストたちに向かって飛びかかる。しかし――。


「――ッ! なんか斬った感触がおかしいんだけど!!」


 アレイストは自分の武器を引き抜くと同時に、飛びかかってきたローブの男たちを斬り裂いた。明らかに剣の間合いに入る前に斬っており、周囲の反応が一変する。


 三つ目の男が警戒した声を出す。


「同じ二刀流使いですか。それに腕も立つようだ。厄介ですね……実に厄介だ。ここで仕留めておくのが、帝国のためになるかも知れませんね」


 そう言って部下を下げた三つ目の男は、アレイストに飛びかかる。


 反対にネイトはアレイストから飛び退くと、そのまま言う。


「先輩頑張って! 私は先輩の後ろを守りますから」


「いや、一緒に戦ってよ! この人怖いんだよ!」


 叫びながらも、視線は飛びかかってきた三つ目の男から外さない。何故なら、それをすれば危険だと、アレイストは感覚的に理解していた。


アレイストの剣と、三つ目の男の剣がぶつかり合う。


 そして、アレイストは相手を近くでも見て何かを思い出そうとしていた。


(こいつ、まさか――)


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