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外伝 歌姫編7

 賑わうセレスティアの中央広場には、建国の祖である女王の銅像が建てられている。


 昼を少し過ぎた時間でもあり、出店からは美味しそうな匂いがしてくる。


 蒸し料理が一般的なのか、野菜を蒸したものに肉やタレをかけて食事をしている人々が多い。


 後は、白い生地に包まれた肉汁のでる料理を、食べながら歩く人々が目立っている。茶色の包み紙を持ちながら、口元で熱いのか湯気を出して食べている姿が印象的だった。


 クルトアとは少し違うだけに、ルーデルはその光景を面白そうに見ている。


 というのも、ルーデルたちは変装をして観光客を演じているからだった。


「クルトアの物とは違うのか? お菓子だろ?」


 感想を口にしたルーデルに、町娘の格好をしたクレオも同じように不思議がっていた。クレオも住人たちが食べているものを知らないのだ。


「私は、あれがお菓子とはちょっと思えませんけど……」


 湯気が出て、中身は肉が入っている。


 お菓子とは思えないと言うと、護衛の一人であるパサンが説明する。


「ルーデルの兄貴が言っているのは饅頭なんだな。こっちは生地に肉を包んで蒸したものだから、ちゃんとした料理でお菓子ではないんだな」


「そうなのか? パサンは意外に物知りだな」


 ルーデルが納得していると、クレオは何やら人形を売っている出店が気になっているようだ。


 すると、ポノがクレオに注意をする。


「姫――じゃなかった! お嬢様、それは駄目です。壊れやすい品で、手に取った観光客に買わせるような土産の品ですから」


 クレオが手を出そうとして引っ込める。


 出店の親父は、それを見て渋い顔をした。


「別に壊れやすくしているわけじゃねーよ。ただ、どうしても加工がなぁ。土で作れば壊れやすくもなるっての」


 土産屋の親父の言葉を聞き、ルーデルは単純に――。


(なら、なんとかしろよ)


 と、客目線で思ってしまった。事実、手にとって壊れでもしたら買わせるのだろう。クレオと同じように手を伸ばしていたミリアが、今はホッとしている様子だった。


「大体、守り神様なんだから大事に扱うもんだ。壊す方が悪いんだよ」


 親父の意見にその姿を見るが、無骨すぎて形が曖昧にしか分からない。楕円形の体に四本の太い足が取り付けられ、そして目のような赤い点だけ色つきという人形だ。


 粗悪品にしか見えなかった。


(作りが悪すぎるのか、それとも元がこうなのか……壊れやすく作って売る方が悪い気もするぞ)


 ルーデルはイズミを横目で見る。


 人通りの多い周囲を警戒していた。そして、護衛として着ているローブの下では刀に手をかけている。


 ルーデルも周囲に気を配る。


 すると、エミリオが土人形を手に取って持ち上げていた。


 部下であるベンが、そんなエミリオに壊れやすいから注意してくれと言うと、笑って元の場所に戻した。


 だが、その目は酷く冷たい。


「さ、この辺りの名物である粗悪な人形も見たことですし、次に行きましょう。お嬢様、少し遅れましたが昼食などいかがです?」


 エミリオがクレオに昼食を進める。


 クレオも気になっていたのか、視線が屋台へと向いていた。食べたいものがあったのだろうが、言い出せずにいたのだろう。


 ルーデルは、パサンに声をかける。懐から財布を取り出すと、交換したセレスティアの通貨を手渡す。


「パサン、これで何か買ってくるといい。お嬢様は屋台の料理が気になるようだ」


「こ、こんなにはいらないんだな!」


 パサンが大金は受け取れないと拒否すると、ルーデルは無理矢理握らせた。エミリオを見れば、反対する気もないのか頷いていた。


「いいから、全員分を買ってこい。ポノも連れて行くといい」


 そう言って、ルーデルはイズミとはクレオを挟んで反対側に立つ。


「あ、あの、迷惑ならその――」


 クレオが申し訳なさそうにしていると、ルーデルは首を横に振る。


「いえ、俺も食べてみたかったので大丈夫ですよ。付き合わせて申し訳ありません」


 王女であるクレオに気を使った言い回しをすると、イズミやミリアは呆れた顔をしていた。


 ミリアなど、露骨に睨んでいる。


「……なんだ?」


「別に。ただ、随分と気にかけていると思っただけよ」


 ミリアが髪をかき上げながら言うと、雰囲気を察したのかパサンとポノが出店へと買い出しに行く。そして、その姿をベンが羨ましそうに見送ったのだった。


 相変わらずクレオが申し訳なさそうにするので、エミリオがフォローする。


「痴話喧嘩は国に戻った時にやっていただきたい。今はお嬢様の時間ですので」


 お嬢様――王女である事を隠すためにそう呼んでいる。


 ミリアはクレオに謝る。


「申し訳ありません、お嬢様」


 それを聞き、クレオは少し寂しそうに笑うのだった。


「いえ、大丈夫です」


 そこに、両手一杯に屋台の料理を買い込んだパサンとポノが戻ってくる。


「買ってきたんだな!」


「パサン、買いすぎだろうが」


 ベンが呆れている。そして、エミリオはそのまま自然な感じで広場に椅子やテーブルを出す場所へと歩みを進める。


「では、食事にしましょう。こちらです」


(随分となれているな。ということは、騎士はこの辺で食事を? それにしては見かけないが――)


 ルーデルは、周囲で食事をしている騎士を見かけなかった。


 見回りをしている兵士の姿はよく見かける。それに、食事をしている兵士の姿も見た。だが、騎士の姿は見かけない。


(時間帯の問題か?)


 ルーデルはクレオが席に座るのを見て、パサンに声をかける。


「パサン、この辺は騎士も食事に来るのか?」


 フードまでかぶっているエミリオを横目で見ながら、ルーデルは確認を取った。エミリオの方は、クレオに屋台の料理の食べ方を説明している。


 ベンやポノは、目の前の料理に目を輝かせていた。


 パサンも、ルーデルに話しかけられると、困ったようにルーデルと料理を交互に見ている。


「来るわけがないんだな。騎士様は見回りをしても城で食事が出るし、屋台なんかに顔を出すなんて聞いたことがないんだな」


「観光地なのだろう? この辺に足を伸ばして屋台の料理を食べることはないのか?」


「う~ん、言い方は悪いんだけど、騎士様たちはちゃんとして店で食べるんだな。ここには金を持たない兵士たちが、腹を満たすのに丁度いいし……金のない俺たちにはありがたいけど、騎士様たちくらいになると見下すというか――」


 言いがたそうにしている事を見るに、騎士は屋台で食事をするのを避けているのだろう。


(庶民の食べ物と見下す、か? 意外と美味い物の方が多いんだがな。だが――)


 ルーデルは一気にエミリオへの警戒を引き上げる。しかし、現状では証拠がない。疑ったところで、言い訳されればその程度だろう。


 疑わしい、と言うだけだった。


「パサン、俺のもやろう。俺は一つだけ食えればいい」


 そう言って、肉まん一つを手に取ると、ルーデルはすぐに食事を済ませる。喜んだパサンは、それをベンとポノにも持って行った。


「兄貴、ルーデルの兄貴から貰ったんだな!」

「ありがてぇ。今日はご馳走じゃねーか!」

「ありがとございます!」


 嬉しそうな三人組に苦笑いをするルーデルは、そのままイズミの元へ行き隣に座る。周囲を警戒しながら、エミリオの方は向かないようにする。


 ミリアがそんな二人を見て睨んでくるが、今は無視した。


「何かあったのか?」


 イズミが小声で聞いてくると、確証はない、と前置きをして小声で話す。ルーデル自身も、軽く違和感を覚えた程度だ。


「エミリオの事だ。どうにも違和感がある」


「……そうか」


 イズミは視線を動かすことなく、ルーデルの話に耳を傾けた。


「単純な依頼ではないかも知れない。そのつもりでいてくれ」


 そう言って立ち上がったルーデルは、クレオの護衛に戻るために適度な席へと座り直した。


 ベンたちは、仕事中だが美味しそうに食事をしている。クレオはそれを見て楽しそうにしている。


 庶民的な――もっと言えば、立場の違うものに憧れを持つクレオ。


 ルーデルも気持ちが分からないわけではない。


(どこの王家も複雑だとは思うが)


 今回の一件は、ルーデルにしても不思議な部分が多い。ルーデルたちが呼ばれた理由は、自国の騎士が信じられなかったため、だとは正直に思えなかった。


(深く考えても無駄だな。そういうのは俺の仕事じゃない)


 ルーデルは、今は任務のことだけを考えるべく気持ちを切り替えようとした。しかし、無邪気に笑ってベンたちの話を聞くクレオが、少しだけ気になった。


 視線をエミリオに向けると、ルーデルは気がつく。


(笑っている?)



 アレイストは、中央広場が見渡せる建物の屋根へと上っていた。


 正確には、ネイトに連れてこられた。


 お互いにローブを着て、武器を所持して待機している。


 体を低くし、ネイトは望遠鏡で周囲の確認をしていた。太陽も高い位置にあるのに、彼らが目立たないのはそういった魔法をネイトが使用しているからだ。


 アレイストは、ゲームでは使用しなかった魔法やスキルを思い出す。


(使えないと思っていた魔法やスキルに、こんな便利な使用方法があるとはね。それにしても、ネイトは何をしているのかな)


 ネイトがセレスティアに来た理由は、未だに聞かされていない。だが、護衛としてクルトアから連れてこられたアレイストだ。


 ガイア帝国の兵士と思われる者たちとの戦闘もあった。


(厄介ごとなのは間違いないけど、何を見ているのかな)


 ネイトは、望遠鏡を覗きながらアレイストに声をかけた。まるで、アレイストが何を考えているのか手に取るように分かるみたいだ。


「私のことが気になります、先輩?」


 ――が、思い違いだったらしい。ネイトは、アレイストの気持ちを理解しているわけではなかった。


(ま、気づいてくれたら追い回さないよね)


 苦笑いしながら、アレイストはネイトに訂正する。


「気になるというか、なんで外国まで来てこんな事をしているのか、とは思うね。大体、変な連中から逃げ回ったのも未だに説明されてないし」


 アレイストの意見を聞くが、ネイトは望遠鏡でどこかを監視したままだった。賑わっている表通りの、中央広場と思われる場所を見続けている。


 監視対象でもいるのか、そこから視線を外していない。


「今更聞きます? もっと早くに聞くか、それとも黙って私のことを守ってやるストイックさを見せて欲しいですね」


「そんなキャラじゃないんだよ。嫌なら早く恋人見つけて、卒業と同時に結婚しなよ」


「うわぁ……先輩酷い。私にあんな事をしたくせに」


 あんな事、とは、アレイストがネイトに押し倒されたことだ。学園時代だった。卒業生のパーティーに顔を出したアレイストは、そこで飲み物を配るネイトにぶつかって押し倒されたのだ。


「あれは僕が被害者だったよね? あの時は本当に大変だったよ」


 学園時代を思い出したアレイストは、ため息を吐きながら落ち込んでしまう。


「先輩、言っちゃ悪いですけど、先輩ほど学園時代を楽しんだ生徒もそうはいませんよ。可愛い子に囲まれて、友達がいてライバルがいて……最高じゃないですか。ため息はいていると罰が当たりますからね」


 ネイトの言葉も、アレイストには十分に理解できた。


 実際に楽しかったのは事実である。充実していた。


 しかし――。


「好きな人に告白して返事もされてないけどね。いや、もうアレはなんというか、駄目だったけど、でもほら――」


「はぁ、私みたいな可愛い子がいて、そんなに不満ですか?」


 ネイトが自分を可愛いと言うと、アレイストは視線をそらして呟いた。


「自分で言う所が駄目だと思うけどね。自意識過剰?」


 ネイトは、望遠鏡をそのまま振り上げて、アレイストの頭にたたきつけた。高価な品である望遠鏡を、そのような使い方をして良いのかと、アレイストは頭を押さえながら思った。


「自分でも恥ずかしいですよ。こう、もっと乙女心に気をつけて欲しいですね。二人っきりなんだから、少しは良い雰囲気になっても良いじゃないですか。ほら、私が自分の事を可愛いって言ったら『確かにネイトは可愛いね』くらい言ってくださいよ」


 ネイトが頬を染めて恥ずかしそうにしているが――。


「面倒だし」


 アレイストは、面倒だとハッキリ言うとまた望遠鏡で殴られるのだった。頬を染めたまま無言で殴ってくるネイトを見て、アレイストは――。


(あ、ちょっと照れてるネイトは可愛いかも)


 少しだけネイトにも可愛いところがあるのだと思ってしまう。暴力を振るうハーレム要因が多いだけに、殴られても可愛いと感じてしまうアレイストだった。



 中央広場で過ごしていたルーデル一行は、城へと戻る時間が迫っていた。


 人の流れも変わり始めたのか、周囲は先ほどと違って人通りが少なくなる。


 だが、そこでエミリオが動いた。


「お嬢様、セレスティアの名所を最後に見ていきませんか? 中央広場から少し離れた場所にありますから、まだ間に合いますよ」


「名所ですか? 私は聞いたことがありませんけど」


 クレオがベンたちを見るが、三人組は首をかしげていた。


「名所なんかありましたかね? この辺だと中央広場が名所と言えなくもないですけど……」


 ポノが腕を組んで考え込むと、エミリオは少し強引に説得に入る。


「知る人ぞ知る、という所だ。ま、お前たちみたいに、恋人がいない連中には関係のない場所だよ」


 恋人と言われて、三人組も納得した。


「デートスポットという奴ですかね? 確かに、それなら俺たちが知らなくても不思議じゃない!」


 ベンが大笑いする中で、パサンはまだ首をかしげていた。


 ルーデルは、パサンに近づくと何が気になるのか聞いてみることにする。


「何か引っかかるのか?」


「ルーデルの兄貴は知らないと思うけど、この辺は中央広場で名所だから兵士もいるんだな。でも、少し離れると治安だって良くないし、デートスポットと言われても俺には……まぁ、彼女もいないから俺が知らないだけかもしれないんだな」


 クレオを連れ出そうとするエミリオを見ると、デートスポットという単語に少し顔を赤くしていた。


 ルーデルをチラチラと見るクレオに、エミリオは有効な説得を開始する。


「お嬢様もルーデル殿と最後に訪れたらいかがです?」


 ルーデルの名前を出すと、クレオは少し考えたが頷く。


「そうですね。すぐに戻れるのなら、最後くらい――」


 少しだけ。そう言って納得したクレオを、エミリオは誘導した。だが、その時だった。


「キャァァァ!!」


 女性の叫び声と共に、建物や出店などが破壊される音が聞こえる。吹き飛ばされた屋台の一部がルーデルたちにも飛んでくる。


「下がれ!」


 そう言うと、ルーデルは剣を抜いて吹き飛ばされてきた物を斬って落とした。


 イズミとミリアがクレオの側に駆け寄り、三人組は慌てているのか咄嗟に行動が取れていなかった。


 すると、エミリオが三人組に指示を出す。


「ベン、お前たちは中央広場から離れた場所を確認してこい。このまま真っ直ぐ行って、そこに“敵”がいないか見てくるんだ」


「え、あ、はい!」


 ベンがすぐに走り出すと、ルーデルはすぐにエミリオへと詰め寄った。


 すでに、違和感は勘違いとは思えなかったのだ。


「待て、どうして敵だと分かった?」


 剣を抜いているルーデルは、迷いなくエミリオに剣先を向ける。


 確かに騒ぎは起きた。だが、未だに何が起こったかはルーデルたちには分かっていない。それなのに、エミリオは敵だと断定したのだ。


 イズミもミリアも、すぐにクレオとエミリオの間に割って入ると武器を構えようとする。だが、逃げ惑う人の波にのまれた。


「姫様!」


 イズミがクレオに駆け寄ると、上空から大きな物体が降下してくる。それも一つや二つではない。イズミが上空へと視線を向けた隙に、エミリオは動いた。


(不味い!)


 ルーデルはイズミにエミリオが斬りかかると思った。上空から来た何者かも、エミリオの仲間だと判断する。


 だが、エミリオはイズミを無視する。


「ちょっと!」


 住人たちの人の波にのまれて、ミリアはクレオに近づけない。


「エミリオ、どうしてこんなことを!」


「黙ってついてこい!」


 強引に手を取るエミリオに、クレオは睨み付けて抵抗する。だが、力の差は大きく抵抗はむなしく終わる。


 周囲の住人たちが逃げ惑い、そして身動きが取れるようになると落ちてきた物体がルーデルたちを囲んでいた。


 丸っこいその体は、球体を平たく潰した胴体に太い四本の足が取り付けられている。赤い一つ目が光を放ち、土色の表面――。


「どういうことかは知らないが……守り神ではないようだな」


 土産屋で売られていた守り神の置物と似た、二メートルを超える物体たちがルーデルたちを取り囲んで一つ目で睨み付けてくる。


 そんな中で、クレオの手を取ったエミリオだけは見逃されるように走り去っていった。


 ミリアは弓矢を構えるが、守るように移動した物体に射線を防がれてしまう。


「こいつら、エミリオの奴の仲間みたいね」


 悔しそうにするミリアに、イズミも刀を抜いて構えた。


「すぐに追いたいが……」


 通す気のない物体たちは、まるで人形のようであった。ルーデルたち三人を取り囲み、そして今にも襲いかかろうとしている。


 一歩――踏み込んだイズミが、刀で人形へと斬撃を飛ばす。周囲に人影はなく、力を出し切れると判断したのだろう。


 そして、少し動いた人形は、胴体と足を切断された。


 綺麗な断面には、まるで売り物の人形のように中が空洞であった。


「なんなのよ、こいつら……」


 ミリアが中身のない人形たちを不気味に思っていると、魔法で作り出したゴーレムかと思い周囲を見る。元から目の良いミリアだが、周囲に操っている魔法使いは見当たらなかった。


 土でできた人形にしては、表面がまるで焼き物のようだ。切断した部分も、割れている部分が見られる。


 しかし、強くはない。全部斬り伏せれば良いと思ったルーデルだが、斬られた人形の切断面がそのまま元通りに接着し、また動き出した。


「厄介だな」


 ルーデルは剣を構えてそう言うと、イズミは斬撃を飛ばして道を作った。振り返って、ルーデルに言う。


 ポニーテイルが揺れ、振り返るイズミは絵になる姿だった。


「先に行け、二人とも。任務を果たせないではクルトアの面子に関わる」


「さらわれた時点で面子もないが。ま、それなら俺は先に行かせて貰おう」


「え、一人残していいの! ちょっと、ルーデル!」


 ミリアがイズミだけを残すことを反対だと告げる。


 だが、ルーデルはすぐに判断すると、再生を開始した人形たちを無視してクレオたちを追いかけるのだった。


「あぁぁぁ、もう!」


 ミリアもそれに続いて背中に魔力の羽を出すと、ルーデルを追いかけてくる。


 人形が追いかけてこようとすれば、後ろから斬撃が飛んで粉々になっていく。だが、それが無意味であるかのように次々に再生していった。


 しかし、ルーデルはそれでもイズミたちに任せる。


(さて、俺とミリアでエミリオの相手をすることになるが、相手が一人だと思うのは都合が良すぎるな)

 表通りから路地裏に入ったエミリオを追いかける二人は、待ち伏せも考慮しながら進むのだった。



「さて」


 ルーデルたちを先に行かせたイズミは、二人の背中が見えなくなると刀を鞘にしまう。


 戦闘の意志がないわけではない。ただ、斬るでは時間がかかってしょうがないと判断したのだ。


 腰のベルトから鞘を結んだ紐を解く。そして、鞘を手に持ったイズミは、そのまま二人を追うために移動しようとした人形の真上に跳んだ。


「逃がしはしない」


 そのまま刀を人形と垂直にして半分だけ鞘から抜くと、鞘を敵に当てた瞬間に勢いよく刀を収めた。


 すると、地面へと叩き付けられた人形は、再生不可能な程に粉々になる。粉々になった人形の上から飛び退き、イズミは敵の様子を観察した。


「ここまで破壊すれば流石に再生もしない、か。では、全部破壊させて貰おう」


 イズミがそのまま人形たちへと走り出すと、まるで心でもあるのか人形たちが後退りし始めた。


 しかし、動きからそこまでのスピードが出ない事を知ったイズミが、人形たちを逃がすわけもない。


 また跳んでもう一体の人形を破壊してしまう。


 叩き付けられた場所が、衝撃で少し凹んでいた。


(ベネット隊長に色々と教えて貰ったが、どうやら一つくらいは物にできたようだな)


 斬撃が効かない。もしくは有効でない敵と戦うために教えて貰った技である。


 先を行くルーデルたちに、少しでも追いつきたいとイズミも学んでいたのだ。


「実戦で使うのは初めてだが、良い機会だ」


 そう呟いたイズミは、次々に中央広場に集まった人形たちを破壊していくのだった。



 路地裏へと逃げ込んだエミリオは、立ち止まった。


 迷路のような裏路地を、迷うことなく走りきると左腕に抱えたクレオを丁寧に下ろす。途中で暴れ回っていたが、今は抵抗せずにうつむいていた。


 座り込もうとするクレオに、エミリオは言う。


「まだ動く。座っては服が汚れるぞ」


「……どうして裏切ったのですか」


 か細い声だが、裏路地には響いて聞こえた。遠くで戦闘音が聞こえるが、それだけだった。


 すると、女性の声が聞こえてくる。


「困りますね、エミリオ殿。余計なことをされては困ります」


 顔を上げたクレオが見たのは、自分のみの周りの世話をする女中だった。メイド服姿だが、今までとは雰囲気が違う。


「あ、貴方がどうしてここに――」


 クレオは、信じたくなかった。何しろ、エミリオと親しげに会話をしているのだ。それはつまり――。


「鈍い女ですね。ま、餌はその程度で問題ないでしょうから、文句もありませんけどね。貴方が私を友達だと思っている姿は笑わせて貰いましたし、哀れな境遇は見ていて面白かったので許してあげますね」


 笑顔でそんなことを告げてくる女中に、クレオは考えが追いつかなかった。


 ただ、思い返すのは自分の話を親身になって聞いてくれた、目の前の彼女の顔である。


「複雑な表情なんかしなくていいんですよ。貴方はただの餌ですから。さて、上は待たされてお怒りですよ。さっさと連れて行きましょうか、エミリオ殿」


 笑顔から、薄気味悪く笑うようになった女中を見て、クレオはもう何を信じて良いのか分からなくなった。


「わ、私は明日には――」


「知っていますよ。そのための餌ですものね。餌の世話をした私に少しは感謝してくれてもいいんじゃないですか?」


 クレオの涙が頬を伝う。


 すると、エミリオが女中へと近づいた。


「エミリオ殿、手を離して餌が逃げ――え?」


 逃げる途中、剣を抜いていたエミリオは、右手にサーベルを握ったままである。そして大きく踏み込むとそのまま右上から左下に向かってサーベルを振るった。


 驚いた女中だが、何かしらの武芸を会得しているのかすぐに飛び退いた。そして、憤慨してエミリオを睨み付けていた。


 そこには、クレオに庶民の話をしてくれた優しい女中の姿はない。


「何しやがる、この腐れ騎士がぁぁぁ!!」


 隠していたナイフをスカートから引き抜くと、今度は女中がエミリオに飛びかかろうとした。しかし――。


「あ、あれ……」


 踏み込んだ瞬間に、彼女の“右肩部分から左腰に向けて”血が噴き出す。まるで斬られてしまったように――。


「俺がどうやって騎士団の中で成り上がったか忘れたのか?」


「て、てめぇ……。成り上がりの屑騎士が。このままで済むと思ってんのか!」


 口から血を吐き出しながら、女中は大声を上げる。


「思っていないさ。だがね、お前らには反吐が出るんだよ。もう消えろ」


 エミリオが、今までの口調が消えて少々荒い言葉遣いになる。そして、女中へとサーベルを突き刺してとどめを刺す。


「エミリオ、貴方――」


 クレオがそう言うと、振り返ったエミリオは悲しそうな顔をする。だが、同時に少し嬉しそうで……その表情は、クレオに何かを伝えようとしていた。


 先ほどまで荒々しかったエミリオだが、クレオに対する口調は優しかった。


「さぁ、もうすぐ自由になれるぞ、クレオ」


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