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外伝 歌姫編6

 全員を外へと追い出す事が出来たエミリオは、クレオに仕える女中と廊下ですれ違う。


 誰もいない廊下ですれ違ったエミリオは、互いにすれ顔が見えない状態。背を向けた状態で声をかけた。


「上手くやったものだな」


「あら、声は変えていたはずですが?」


 女中がクスクスと笑うと、エミリオは不快な気持ちになる。返答した声は、暗い部屋で情報を渡してきた女の声であった。あの部屋にいた連絡要員が、クレオの傍にいた女中であったのだ。


「今頃は、邪魔者たちは空の上――ドラグーンの強力な相棒も城から離れる。上はさぞ大喜びだろう」


 エミリオは、連絡要員が誰の命令で動いているのかを知らない。だが、女中も教える気などないのは知っていた。


「どうでしょう。一度失敗されていますからね」


「棘のある言葉だ。昼過ぎには計画通りに動いて貰うぞ」


「貴方の方こそ頑張ってください。以前はガイアの手の者に邪魔をされたようですから……それに、結構な手練れも紛れ込んだ様子です」


 エミリオは、それを聞くと目を細めた。声に感情がこもらないように自分を戒める。胸にしまった卵形のペンダントを服の上から触っていた。大事な母の形見である。


「それにしても、随分と王女は民の暮らしに憧れているようだ。お前の差し金か?」


「はい。私がお仕えするようになってからは、民の暮らしに憧れを持つように話しをしました。限りある命では経験できない――王女には憧れても届かない夢を与えてやれと言われましたので。でも、まさかここで役に立つとは思ってもいませんでした。ナンパで顔を赤くする王女様は――」


 エミリオは女中が何を言うのか、大体理解していた。クレオは周囲の悪意などに疎い。自分から見て態度の悪い周囲を普通だと思っている所があった。


(不自然とは思わないんだろうな。本当に哀れな――)


 思考の続きを、女中が引き継ぐかのように続けた。


「――本当に哀れな女ですね。何の役にも立たないままに命を奪われ、何も果たせずに一生を終えるのですから」


 女中の声は笑っていた。それも、楽しくてしょうがないといったような声である。


「確かに、な。全員が戻ってきた所で、俺も合流して外に出る。場所は――」


「中央広場に来ていただければ、後はこちらで対応しますよ」

 女中が歩きだした。すると、廊下の奥から人が歩いて来ている。エミリオも何事も無かったかのように歩き出した。


(そうさ、今度こそ成功させて見せる)


 ペンダントから手を離すと、力強く廊下を歩くのだった。その表情には、決意がにじみ出ていた。


(何としても、クレオを――)



 王城の広場から飛び立ったサクヤの背には、ルーデルとイズミ、そしてミリアとクレオに三人組が乗り込んでいた。


「あ、兄貴ぃ! 空恐いって!」

「もっと地面の近くを飛びましょうよ!」

「高いんだな! 落ちたら死ぬんだな!」


「低空で飛べば被害が出る。我慢しろ」


 三人組がサクヤの背中の上で四つん這いになりながら、下を見ないように顔を青くして震えていた。ルーデルは、そんな三人の申し出を即答で却下する。


 対して、クレオは――。


「凄いですね。これが空なんですね! ドラグーンが手に入れる空なんですね!」

 大喜びである。


「そうです! ドラグーンしか得る事が出来ない空なんです! 俺はこれを得るために幼い頃から頑張ってきました!」


 クレオが大喜びをする度に、ルーデルも喜ぶ。まるで、理解者を得たかのように、ルーデルとクレオははしゃいでいた。


 クレオがサクヤの背から落ちないように、ハラハラして見守るイズミとミリアにしてみればその光景は少し微妙である。


「ルーデル、もっと安全に飛べないか? クレオ様も座って手すりにおつかまり下さい」


 サクヤの背には馬のように、人が乗るための装備が取り付けられている。荷物を運ぶために大きな鞄も取り付けられ、そうした装備には手すりなども取り付けられていた。人を輸送する際には必要だからだ。


 特にガイア種は輸送を考えた際に移動速度は遅いが、大量の物資を運べるとあって竜騎兵団でも後方支援として重宝されている。


 戦闘面では移動速度が遅く巨体で狙われやすいと嫌われているが、それでも並の攻撃は寄せ付けない皮膚と鱗に、ドラゴンでも一番の破壊力を持つのがガイアドラゴンであった。その亜種であるサクヤは、その背に七人乗せようと関係ない。


「大体、なんで許可が下りるのよ。普通は駄目でしょ……あ、そういえばクルトアの第二王女様も学園に通っていたわね」


 ミリアがピンクの髪をした無表情の姫の話しをすると、クレオがそちらにも興味を示す。ただ、第二王女であるフィナよりも、学園に興味があったようだ。


「学園ですか。王家の者も通える学園とは素晴らしいですね」


「素晴らしいです! 特に学生同士で戦う基礎課程のクラス対抗戦や、上級生の個人戦は俺も楽しかったです」


 基本的に戦闘が主であるかのようなルーデルの発言に、イズミもミリアも飽きれてしまっていた。


「いや、ルーデルが特殊なだけよ」


 ルーデルがアレイストやユニアス、そしてリュークと戦った日々を思い出していると、ミリアが水を差した。


「何故だ! ミリアも五年生の時には試合に出たじゃないか! アレイストが公開告白をしたせいで実力を出せなかったと思うが、あれもよく考えれば立派な戦術であって――」


 五年生の時の個人トーナメントを思い出し、ミリアは耳を赤くして叫んだ。


「あの時の話をするな!!」


 思い出したくないのか、ミリアは下を向いてしまった。


 しかし、クレオは逆に興味を持ってしまったらしい。


「凄いんですね、クルトアの学園は――我が国にはそうした教育機関はありませんから、羨ましく思います」


「そうでしょう! 虎族の男子と殴り合った時は――」


「ルーデル、その話はいいじゃないか。学園に変なイメージを持たれるから止めてくれ」


 イズミがルーデルを止めた。


 サクヤの背の上で、ルーデルたちは笑っていた。


(少しは気も紛れればいいんだが)


 ルーデルは、エミリオに貰った地図を見ながらそんな事を思っていた。そして、クレオがイズミたちと女子の会話を始めると、自身は地図を見て思案する。


(……王城から少し距離がありすぎるな。何かあればサクヤを呼び戻しても時間がかかる。失敗だったかもしれないな)


 今更撤回しても、エミリオに対しても失礼になる。しかし、クレオの護衛を考えれば、サクヤが近くにいた方が抑止力にはなるとルーデルは考えていた。あくまでも、抑止力である。


(いや、サクヤが王城で戦闘をする事を恐れたか? まぁ、護衛となればサクヤには井戸手段となって貰うだけなんだが)


 サクヤが王城や城下町で戦闘でも起こせば、すぐに周辺が瓦礫の山になる。力加減に未だに心配があるために、ルーデルはその辺りは慎重であった。敵が襲撃した際には、クレオを乗せて空を飛んで貰う。


 これだけで敵は手が出せなくなる。そう考えており、戦闘に参加させる事は考えていないのだ。


(守る気があるのか不安ではあるな。まぁ、俺が申し出た事なんだが……少しは警戒するべきか?)


 他国の内情に詳しくないルーデルだが、自国が一枚岩ではない事がここにきて幸いしたのだろう。セレスティア内で別の動きをする勢力がいるのではないかと、気付き始める。


 当初からおかしかったのだ。


 他国に護衛を頼って騎士団の不満を買い、更には戦力をあまり回さない。


 ルーデルは青い顔をしている三人組を見た。


(忠誠心は兎も角、あれだけ使えないとなると一般的な訓練も受けていないようだな)


 彼らが別勢力の回し者――そう考えたが、あまりにも頼りない。実力を隠していると考えもしたが、戦った限りではそれもなさそうであった。それに、心からクレオに仕えている気がする。


(俺の周りには……いなかったタイプだな)


 三人組のようなタイプの家来は、ルーデルの知る限り実家の屋敷にはいなかった。その反対――自分を馬鹿にし、利用しようとする者たちは呆れるほどに見て来た。そのせいか、少しだけクレオが羨ましくなる。


(とはいえ、流石に限界だろうな。王女の体力も考えれば、一度降りるか)


 空を飛ぶだけだが、慣れない者にとってみれば体力の消耗は激しい。ルーデルは地上へと降りて休憩する事にした。


「サクヤ、指定された場所はここのようだ」

『うわぁ、温かそうな場所だね』


 温かそうな場所、というのはルーデルに理解できない。近くには山があり、煙が上がっていた。


「この辺りは大丈夫なのか? 噴火なんかしたら大変だな」


 近くに村があるのを見かけていただけに、ルーデルは不安になる。噴火でもすれば、周辺の被害は甚大な物になるであろう。しかし、火山周辺にはそれなりに年月を経た森もあった。


「あぁ、大丈夫ですよ。他国の方がよく言われるような噴火は、セレスティアでは起きないんです」


 クレオが説明してくると、ルーデルはサクヤに高度を下げさせながら耳を傾けた。


「守り神様がこことは違う火山――あそこに見える火山の祠にいるんですけど、守り神様のおかげで噴火は起きていないんです。セレスティアが記録を開始してからですから……最低でも二百年は噴火などしていませんね」


 クレオが言うと、イズミが少し驚いていた。


「数百年に一度で、大きな噴火を起こす事はないのですか?」


 クレオは首を横に振る。


「それはありません。だから、守り神様なんです」


 少し、いや――悲しそうな顔をしてクレオは俯いた。その様子を場所的に見えなかった三人組が、地面が近付いた事で元気を取り戻したのかクレオの説明に興奮する。


「神様凄いな! 姫様も凄いな!」

「神様だからね! 姫様も流石!」

「神様も凄いけど、姫様は頭がいいんだな!」


 三人組の反応に、クレオはクスクスと笑っていた。


「そうですね。これでも一応は勉強してきました。でも、頭が良いと言われたのは初めてです」


 お世辞でも嬉しいと言いながら、クレオは三人組に微笑んでいた。三人組はとても嬉しそうである。


 ルーデルは、その光景を見てフッと自分の幼い頃の光景が浮かんだ。


(……今は、関係ないか)


 サクヤに指示を出し、着陸させるために全員に言う。


「手すりにつかまって下さい。着陸させます」



『サクヤのお家を作りましょう~』


 サクヤは、歌を歌いながらその強大な腕で穴を掘り始めていた。そこから離れた場所で、ルーデルたちは山が削られている光景を見ていた。


 どの場所が良いのか、サクヤなりの基準があるので調べているらしいのだ。ルーデルたちは、休憩もかねてその光景を見ている。


「……岩や土が空を跳んでやがる」


 ベンが、空に放物線を描く岩や土を見ながら呟いていた。


「いつ見てもサクヤの穴掘りは豪快だな」


 ルーデルがそれを見て何度も頷く。


「凄いですね。これだけの力があれば、ドラゴンさんは他にも仕事ができるのでは?」


 クレオが問うと、イズミが答えていた。


「輸送や開拓にも使用されますね。器用なドラゴンであれば、色々出来ますよ」


 イズミの返答を聞きながら、クレオが興味津々にしている。ルーデルは、赴任先であったベレッタの港町を思い出す。港町ではあるが、畑がない訳ではない。そうした畑を用意していたのは、キース――部下のいない小隊長であるキースのウォー

タードラゴンのスピニースの役割であった。


 ベネットのドラゴン程に力はないが、器用で作業などをやらせるととても上手いのだ。コツコツするような事が好きと、ドラゴンとは思えない発言をしている。


「まぁ、ドラゴンも個性がありますから」


 個性で済む話ではないと、クルトアの上層部が聞けば掴みかかりそうな発言をするルーデル。


 サクヤが気持ちよく歌を歌っていた。


 すると、人が聞けばドラゴンの唸り声にしか聞こえないその歌に合わせ、クレオが鼻歌を歌いだす。そして、徐々にリズムを取りだした。


 三人組はそのクレオの様子に感激したような顔をしている。


「どうした?」


 ベンがルーデルに説明する。


「どうしたって――あ、兄貴は知らないのか。姫様は凄く歌が上手いんだ。いつだったか、俺たちがまだ仕事も無くてフラフラしていた時に広場で歌を歌ったんだ。俺たちはその歌を聞いて感激してよ」


 ベンが涙を流し始めた。


 ルーデルが理由を聞けば、三人は元々村を出て仕事にもありつけず、そしてセレスティアの城下町に入ると路地裏でゴミを漁って生活していたらしい。食うに困り、本当に悪事に手を出す所だったようだ。


 だが、その時に広場から聞こえた歌を聞き、路地裏から顔を出してクレオの歌を聞いたらしい。


 透き通るような声と、人の心に響く何かがあったようだ。三人組が悪事に手を染めなかったのは、クレオのおかげだったらしい。


 その歌声を聞き、自分たちを見つめ直したそうだ。


「凄く綺麗な歌でさ。俺たちは元気づけられちまったんだ。馬鹿らしくなってよ。安くても良いから働けるところを探して、もうほとんど使われてない門の番人になったんだ。周りには馬鹿にされるが、俺たちはそれでも良かったと思ってる。まっとうに働いて金を貰って――こんな幸せな事はないって気付かせてくれたんだ」


 ベンがクレオの歌を聞きながらルーデルに語る。ポノがベンに続く。


「頼み込んで見習いから始めた時は、掃除と雑用ばかりでしたよね。いやぁ、頑張れば俺たちも出来るもんですね、兄貴」


 パサンは徐々に鼻歌から気分の良くなったクレオが、歌を口ずさむと目を閉じて聞いていた。ルーデルも耳を傾ける。


(なるほど、この三人は王女に恩義を感じているのか。歌で立ち直るとなると、元から善人だったのかも知れないな。だが……)


 三人組が食うに困りゴミ漁りをし、最終的に悪さを働こうとしている。それまでも機会はあったはずだが、根は善良だったのだろうとルーデルは結論付けた。そして、歌は切っ掛けに過ぎないとも考えている。


 だが――。


(うん、良い声だな。疎い俺でも心地よく感じる。才能という奴かも知れないな)


 クレオの歌声に、ルーデルもその心に響く何かを感じ取る。貴族として、一通りの教育を受けている。音楽も同じだ。だが、ルーデルは芸術部門。特に音楽に才能を示していなかった。


 寧ろ、ユニアスやリュークは、音楽や芸術に関して成績が良い。


 ――アレイストは論外であった。


 ただ、リューク曰く、生まれる時代を間違ったのかも知れない。と、いうことらしい。アレイストは、色んな意味で未来に生き過ぎていた。


 ルーデルたちがクレオの歌声に耳を傾けていると、サクヤが叫ぶ。


『ヒギャァァァ!!』

「サ、サクヤァァァ!!」


 叫び声に反応してルーデルが飛び出すと、サクヤが調子に乗って掘り進めた穴から湯気と共に水が噴き出していた。


 ルーデルがサクヤの傍に駆けつけると、湯気の熱気やお湯の熱さに驚く。


「これは温泉なのか?」


 何とかお湯に浮かぶサクヤの頭部に飛びつくルーデルは、サクヤに声をかける。


「大丈夫か、サクヤ! 火傷はしてないか?」


 心配するルーデルだったが、そこでイズミが声をかけてきた。


「いや、ルーデル……サクヤはドラゴンだから」


 そう。サクヤは間違いなくドラゴンである。そして、当のサクヤはお湯に浮かびながら言う。


『はぁぁぁ、気持ちいいなぁぁぁ』


 自分が掘り当てた温泉にご満悦であった。源泉とでも言えばいいのか、お湯の温度は人間ではとても入れない温度である。しかし、ドラゴンにとってはそんな事は関係ない。


(くっ、温泉に入るサクヤ……可愛いじゃないか)


 ルーデルは、サクヤの頭部で自分のドラゴンを眺めてご満悦であった。



 王城に戻ったルーデルたちは、エミリオに報告をしていた。


 上着を脱ぎ、濡れた後であるルーデルを前にエミリオは言う。


「……それで体勢を変えたドラゴンのせいでお湯に落ちたと? 火傷は大丈夫なんでしょうね?」


「大丈夫です。申し訳ない」


 帰ってきたルーデルたちだったが、その後にルーデルは温泉に落ちてしまった。理由は、エミリオに話しをした通りである。呆れたエミリオは、ルーデルを見ながら女中に服を持って来て貰う事にした。


「ルーデル殿に替えの服をお願いします」


 クレオの女中が頷いて部屋を出ていく。


「ならば、ルーデル殿が着替えたら出発いたしましょう。時間は限られていますからね」


 頭を抱えたくなったエミリオは、ルーデルを見る。


(勘弁してくれよ、ドラグーン。お前には働いて貰わないといけないんだからな)


 計画は大きく狂っていた。


 そして、エミリオはそれら狂った計画を繋ぎ合わせ、自分の望む形に持っていくために思考を続けている。


 クレオが、濡れたルーデルにタオルを差し出していた。ルーデルが持っていたタオルは、既に濡れていたからだ。


 ルーデルもイズミたちも恐縮している。


(いや、お前がそんな事をしたら駄目だろ)


 エミリオは、クレオの対応に困ってしまった。


「姫様、女中が戻ってくればルーデル殿の事は任せます。さぁ、出かける準備を――」


 そこまで言って、エミリオは自分の失敗に気が付いた。


(あ、クレオの女中は一人しかいなかった。準備する奴がいない?)


 なんともグダグダのままに、ルーデル一行は城下町へと繰り出そうとしていた。


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