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アレイストハーレム

 アレイストは、ベネッタの港町から国境近くの街へと旅をしていた。


 商人の護衛を引きうけながら、目的を目指している。時間的な余裕はあまりないのだが、それでも必要だと思っての行動だった。


 自分の小隊は女性騎士で編成されているが、全員が戦闘向きではない。後方支援。特に、考古学に興味のある【パセット・ユリネリア】が良い例だろう。どちらかと言えば、盗賊の技能を多く所持している。


 罠の回避に始まり、鍵の解除も得意だ。大好きな考古学の道を目指す過程で身に着けた技能であり、彼女が盗賊を志した訳ではない。ただ、技能は確実に盗賊寄りである。


 緑色の上着に、革製の装備品には武器よりもそうした道具が多く収納されていた。本が大好きで、そのまま外に飛び出した行動力のある女性騎士である。


 揺れる荷馬車の上で、手に入れた英雄の日記の解読を進めていた。時間があれば、毎日のように日記を見ている。


 そんなパセットは、アレイストの正面に座っている。アレイストは日記を何度も読み返すパセットに声をかけた。


「その日記に何か書いてあるの?」


 ゲームではただのアイテムの一つですらない日記だが、パセットは日記から顔を上げるとアレイストの顔を見て頬を染める。自分に向けられた好意には気が付いているが、アレイストは気付かないふりをしていた。


「え、え~と……面白い、ですよ?」

「なんで疑問形?」


 パセットが頬を染めたかと思えば、困った顔をする。


「あんまり理解されませんから。他の子にも他人の日記を読んで楽しいのか、って言われました」


 苦笑いするパセットに、アレイストは「そうか」と呟く事しか出来ない。女同士の事には口を出さないようにしている。言い方は悪いが、度が過ぎなければアレイストは放置しているのだ。


 薄情なのではなく、介入する事で問題が生じてしまう。助けた方が周囲の敵として認識されかねない。


(女の子って怖いよね。派閥とか出来てるし……あれ? 女の子、っていうか、もう大人だよね?)


 アレイストが日記を見ていると、パセットが口を開いた。


「クルトア王国が出来る前は、小国が入り乱れる時代で小競り合いも多かったです。でも、この日記はその少し前の時代の物ですね。まだ【ゴーラ】がクルトアでも猛威を振るっている様子が書かれていますから」


 ゴーラと聞いて、アレイストは首をかしげる。すると、慌ててパセットが説明した。


「ゴーラは帝国にいる狂暴な魔物です。その大きさは山のようだと伝承があって、四つの腕を持ち、当時はクルトアにもいたんです」

「今はいないよね? (そ、そんな怖い魔物がいたのかよ!)」


 ゴーラを知らないアレイストは、少し怯えていたが平静を装う。頷くパセットは、大丈夫ですと言いながら話を続ける。


「ドラグーンが登場してからはクルトア側では駆逐されました。帝国にいるゴーラは、ドラゴンがいるのでクルトア王国側に来ないんです。だから、結構賢いのではないかって、偉い人が言っていますね」

「そ、そう(良かった! 本当に良かった!!)」

「当時は共通言語なんてありませんから、解読は完全に出来ないんです。入り混じった言葉というか、同じ文章や単語でも意味が違いますから。この日記の人物が、いったいどこの出身か分かると楽なんですけど。今でも南部と北部で微妙な違いとかありますよね。方言がもっと強くなったような物で、やっぱり現地で地元の人と話しをしないと分からない事もあって」


 楽しそうに語るパセットを見ていたアレイストは、前世の自分を思い出す。自分の好きな事が、他の人に馬鹿にされる経験を思い出したのだ。


「……すいません。面白くないですよね、こんな話」


 ゲームが大好きで、特にファンタジー系は楽しくプレイしていた。そんな時に、クラスメイトに「キモい」と言われたのは、転生しても思い出す心の傷である。自分を否定された気分だった。


 同じ趣味を持つ友人がいれば良かったが、生憎と進学校でゲームをする友人を見つける事が出来なかったのだ。


「いや、僕は分からないけど、凄く好きなんだって事は理解出来たよ。それに、昔の事を調べるなんてロマンあるし」

「ロマンですか? そんな事を言ったのは、隊長が初めてですよ」


 クスクスと笑うパセットは、茶色の髪をポニーテイルにしている。髪がそんなに長くないため、尻尾の部分が短い。笑うと、子供のようだとアレイストは率直な感想を持った。


 その後も見張りの交代時間まで、アレイストはパセットと話をするのだった。


 そして思う――。


(あぁ、やっぱりみんな生きてるんだな)

「どうしました、隊長?」

「何でもないよ」


 かつては視界に入っていても、モブという認識だったゲームに登場しない人物たちが、こうして生きている事を実感する。学園という環境の外で改めて実感したアレイストは、今まで出会ってきた人たちの過去にも興味が出てきた。


(ベネットさんもそうだ。それに、ルーデルの腹違いの妹――レナも。僕は周りを見ていなかったんだな)


 学園に入学する前から、視野が狭かったのだと反省する。そして、交代の時間までアレイストはパセットと話をするのだった。



 目的地にたどり着いた時には、日が暮れていた。


 アレイスト一行が護衛を引きうけた荷馬車は、目的地である国境近くの街につく。アレイストの知識では、国境が近く、辺境であるという事で武器関係が充実していた。武器探しを始めるにしても、先ずはその他の装備も大事である。


 基本的に、クルトアの騎士は支給される武具を使用するが、個人所有の武具の使用が認められていた。


 観光には不向きな武骨な印象を受ける街で、アレイストは宿を探す事にする。


「とりあえず、教えて貰った宿を探そう。部屋が無いなら、少し高い宿を探せば安全だって言うし」


 女性騎士たちが、上司であるアレイストの指示に従う。全員が自分の荷物を持ち、護衛を引きうけた商人から教えて貰った場所へと向かう。


 目立つ格好をしていると思ったが、そうでもない。旅人は多く、それでいて同じような格好をした者たちも大勢いた。


「この辺は旅人が多いのかな?」


 疑問を持ったアレイストに、すぐ後ろを歩くパセットが答える。


「ここは武具関係の職人も多いですからね。買い付けにくる商人や、日用品を売りに来る商人が多いんです」


 つまり、それに伴う護衛の者がいるという事だ。規模の大きな店を持つ商人なら、お抱えの護衛を持っていてもおかしくない。


 アレイストがパセットの説明に頷いていると、目的の宿屋が見えてきた。ドアの近くにある看板には、空き部屋ありますと書かれていた。近付けば、値段や宿泊すると出される食事の内容まで書かれている。


「へぇ……朝食はサービスで、夕食は一階のレストランを使うのか。それに綺麗な所だね」


 アレイスト的にも綺麗でサービスの良い宿が良い。貴族でのお坊ちゃまであるアレイストだが、前世が現代日本の高校生だ。安宿では耐える事など不可能に近い。それに、彼女の部下は全員が女性である。


 なるべくなら彼女たちの不満が出ない宿が良い。


 不満の矛先が隊の雰囲気に直結するという事を、最近になってアレイストは学んだのだ。


 ユニアスが同行している時は、仮にも三公の出だ。ユニアスが気にしないで安宿に泊まると言えば、口には出さないが従っていた。だが、これが隊長であるアレイストだと違ってくる。


「いいですね。お風呂もあるなら、私は賛成です」

「食事も出るなら、私は文句ないかな」

「少し高いですけど、野宿も多かったからフカフカのベッドで眠りたいですね」


 貴族、そして平民に亜人――それらの女性陣が、自分の価値観で目の前の宿を好意的な印象を持っていた。若干、平民出の騎士が値段を気にしているだけである。


「よ、よかった。ならここにしよう(探し回らなくて、本当に良かった)」


 気に入らなければ、アレイストに文句は出なくても隊の雰囲気が悪くなる。ゲームでは資金不足で安宿も利用していたが、こうした現実を見るとアレイストはゲームと同じようにはいかないと思い知る。


 取りあえず、暗くなる前に宿を見つけられた事に感謝しつつ宿へと一行は入るのだった。


 ドアを開けると、一階は食堂なのか食べ物の良い匂いがしてくる。肉の焼ける匂いや、スープの香――旅をして疲れた一行には、とても魅力的である。


「いらっしゃいませ! 食事ですか、それともお泊りですか」


 元気な看板娘らしき少女が一行へと近付くと、アレイストはそのまま部屋が人数分空いているかを確認する。


「団体さんですね! 空いていますけど、個室は流石に……二人部屋に泊まって頂けるなら問題ないと思います」


 振り返って部下の顔を見ると、全員が頷いていた。空腹と疲れで、個室が良いなどと文句が出てこない。内心で喜んだアレイストは、少女にそれでいいと言って金額の確認をする事にした。


「できれば数日。三日泊まれるか?」


「大丈夫ですよ。長期なら個室が開いたら部屋を替えてもらって構いません」


 長期――という事は、三日では駄目だという事だろう。苦笑いしたアレイストは、取りあえず三日間泊まる事を告げて料金の支払いをする事にした。


 入り口からカウンターへと移動すると、少女がカウンターにいる男性に声をかける。


「団体さんです。三日間のお泊りで、部屋は――」


 男性は名前を書くように記帳をアレイストに渡してくる。全員の名前を記入するアレイストの手つきはなれた物だった。ユニアスがこうした事を丸投げにするので、自然と慣れてきたのだ。部下に任せてもいいのだが、どうにも価値観が違い過ぎて宿を決めるにも揉めてしまう。


 アレイストが仕方なくこうした事を引きうけているのだ。


「では、私が部屋まで案内しますね」


 部屋の鍵を受け取った少女が、アレイスト一行を部屋まで案内する。客が多い事から商売は上手くいっているらしい。違う階にバラバラに案内されると、アレイストは五階の個室へと最後に案内された。


「この部屋は、白騎士様がお泊りになったんですよ」


「白騎士? って、ルーデルが?」


「あれ、お知り合いでした? 数年前にこの街に来たんです。あの時はドラゴンもたくさん来て、街中大騒ぎでした。私はお手伝いで白騎士様の部屋に入ったんですけど、優しくて格好良かったんですから」


 思い出話をしてくる少女に、白騎士様に出会ったのは私の自慢ですと言われた。少し複雑なアレイストは、苦笑いをするのだった。



 次の日。


 朝食を済ませたアレイストたちは、自由行動としてその日を休日にした。

 今まで休みがなかったので、丁度良いとアレイストは一人で街を歩く事にする。脇に布でくるまれた聖剣を持ち、自分の鎧を作成した東方の職人たちを探す事にしたのだ。


「これ使えるのかな?」


 素材として使えた記憶はあるのだが、効果は微妙だったと覚えている。だから、アイテム欄を埋めるだけの意味のない聖剣という認識だった。しかし、ガイア帝国という脅威を前には、少しでも優秀な武具が欲しい。


 アレイストだけが持つのではなく、パーティーメンバー全員の武具を揃える必要があった。


 技量を磨くつもりもあるが、それだけでは周囲の様子から足りないのではないかと思っている。特にルーデルにユニアス、そしてリュークの三名は規格外だった。何が起こったのか、三人ともそれぞれの道を突き進んで、そして突き抜けている。


 そうした状況下で敵が弱いままと思う程、今のアレイストも馬鹿ではない。


「せめて少しは効果があれば……」


 贅沢を言うなら、自分のパーティーメンバー以外にも武器を回したい。それだけでも効果があるはずだ。そんな事を思案しながら歩いていると、目的地である鍛冶屋を見つける事が出来た。


 東方の人間が経営している鍛冶屋と言えば、街では有名なのかすぐに判明する。誰もが知っているという事は、有名なのだろう。


 ――良い意味か、悪い意味かは別だが。


「よく来たな、小僧!」

「鎧の調子はどうだ。パネェだろ!」


 着物を着た寡黙な職人風な男たちが、アレイスト見ると風貌とは違和感のある言葉使いで接してくる。不良を思わせる言葉は、アレイストは苦手であった。


「きょ、今日はお願いが――」

「あぁ?」


 きっと相手は普通なのだろうが、元はこの街に流れてスラムで生活していたらしい。そこで覚えた言葉なので、どうしても言葉が荒くなっている。そしてそれが通じてしまうので、職人たちも言葉使いを直す機会を失っていた。


「い、いえ……あの、これを」


 布にくるまった聖剣を職人へと差出した。だが、アレイストの腰は引けている。強面の職人が、丁寧な手つきで聖剣だった物を受け取る。だが、布から聖剣を取り出すとその目が見開かれた。


「朽ちてるじゃねーか、馬鹿野郎ぅ!」

「テメェ、いったいどうしてここまで放置してやがった!」

「す、すいませんでしたぁぁぁ!」


 その後、聖剣は探し出した物だと伝えるまでに、かなりの時間を費やすのだった。



 鍛冶屋の中へと案内されたアレイストは、ゾウケンと向かい合って座っている。


 職人たちが騒いでいる所に、戻ってきたゾウケンが対応する事になったのだ。ゾウケンが刀鍛冶であり、こうした武器には詳しいからでもある。


 そして、アレイストから事情を聞くと困った顔で笑っていた。


「それは済まない事をした。連中も悪気はないんだが、どうしても言葉を覚えた場所がな……わしは表にでて商売をしていたが、連中はスラムで日雇いの仕事をしていた」


 苦しい時期にゾウケンが刀を売りに出かけ、他の職人たちはスラムで日雇いの仕事をして食いつないでいたのだ。今では協力して作業場を借り、商品を作り出している。


「はぁ。それにしても、結構色んな物を作ってますね」


 部屋の中には、作られた武具が飾られていた。それらを見渡しながら、アレイストは独特な武具に興味が出てきた。自分の鎧もそうだが、どこか和風の作りをしているそれらの武具に、親近感がわくのだろう。


「注文を貰えているからな。食うに困る事はない」


 錆び付き、朽ちた聖剣を手にしたゾウケンは鑑定しながらアレイストと会話をする。ゾウケンたちの事もそうだが、アレイストには気になる事があった。それは、彼が所持していた名刀である。


 名刀の銘は【ヤクモ】――刀の系統であれば、最強クラスの性能を持っている。アレイストには使えないが、きっとイズミになら役に立つと思って話を聞く事にしたのだ。


「すいません。もしかしてヤクモを所持していませんか?」


 高額な刀で、序盤はおろか中盤も中々手が出せない代物だ。しかし、今のアレイストには少々余裕があった。これでも伯爵家の嫡子である。旅に出る時はそれなりの資金を持っていた。


「ヤクモを知っているのか? 残念だが売ってしまった。わしとしても恩人でな。買い戻すのは忍びないのだが」


「あ、買われたんならしょうがないですね。知り合いに東方の女性がいて、その人が刀を使うものですから」


 アレイストがイズミの事を思いだす。そう言えば、彼女はルーデルから刀を送られていた。安物だと聞いていたが、その喜び方は凄かったと記憶している。


「女性への贈り物に刀か……流行っているのか?」

「いや、流行ではないです」


 二人でたわいもない会話をしていると、ゾウケンの表情が困惑し始める。手に持った聖剣を見ては、しきりに首をひねりだすのだ。


「どうしました?」


 聖剣の鑑定を終えたゾウケンは、床の上に布を敷き、その上に丁寧に聖剣を置いた。そして、いくつか気になった点を述べる。


「これは本当に昔の物なのか? いや、確かにこの朽ち方は年季ものだが……どうにも作りが、な」


 アレイストは手に入れた状況を説明し、そして日記の年代を大体だが告げる。そこから考えるに、確かに数百年単位も昔であった。ゾウケンは納得していないが、話しを続ける。


「信じていない訳ではないが、これの作りは新し過ぎる」

「新しい?」


 アレイストが床に置かれた聖剣へと視線を向けると、ゾウケンがアレイストにも分かりやすく説明する。


「技法が、というか製法だな。今の流行より進んだ作りをしている。何かしらの魔力的な素材を練り込んだ金属に、この刃に埋め込まれた石だ。こいつは魔力を封じた魔石の一種だな。最近になって王都の鍛冶屋でこれと似た剣が作られたと聞く。話に聞くよりも、こちらの方が完成度は高そうだが……」


 何とも言い難いゾウケンは、少し悩んでそれらしい仮説を立てた。そして、無理やり納得する事にする。


「まぁ、昔に開発された製法が失われ、それが今になって甦ったのかもしれないな。そう思うと、昔の職人は大分進んでいたんだな。同じ職人として悔しい思いだが」


 アレイストもゾウケンの言葉に納得する。そして、話しを再開した。


「それで、こいつを素材に出来ますか?」

「できる。というか、素材としては最高だな。見た限りではだいぶ使い込まれている」


 アレイストは使えるという事で安心すると、武器の作成を依頼する事にした。だが、ここでゾウケンが勘違いをする。


「得物と手を見せてくれ」

「はい?」


 言われた通りに二本の剣と自分の手を見せた。すると、ゾウケンはフムフムと頷きながら、メモし始める。


「この二本の剣に加える形でいいかな? 期間は少しかかるが……半年。いや、三ヶ月貰えればなんとか仕上げて見せる」

「いや、あの……」


 アレイストは、ゾウケンが聖剣を素材にして自分の剣を打ち直そうとしていると気が付いた。そこで否定しようとしたのだが、ゾウケンは笑顔だった。


「これだけの剣士の武器を作るとなると、わしも腕が鳴る。すぐに職人仲間にも声をかけて、最高の剣を用意しよう」


 凄く嬉しそうな笑顔である。そして、アレイストは――。


「お、お願いします」


 勘違いだと言う事が出来なかった。

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