少年と弟
倒れるルーデルに、イズミとバジルが駆け寄ってくる。目には涙をためて、ルーデルの身を案じるのだ。審判は、アレイストを勝者として判断。だが、ルーデルは立ち上がろうとする。
「まだだ、まだ負けてない。俺はまだ立てる!」
「ルーデル……もういいから、負けても悔いはないって、言ってたじゃないか!」
「悔いを残したくないから! だから……まだ……」
そんなやり取りを見たアレイストは、いよいよイズミとのイベントが始まると笑顔になる。ここで、ルーデルがイズミに自分を……アレイストを斬れと命じるのだ。
(そこで俺は、イズミに言うんだ……家がなんだ! 自分の信じた事をしろ! ってさ。家の命令でルーデルに近付いたイズミを解放するイベントの始まりだ!!!)
だが、イズミはルーデルから離れないし、ルーデルもそんな命令を下さない。それどころか……
「見苦しいですよルーデル様、あなたは負けました……これ以上は無様です」
「……そ、うか……無様か……確かにな。それでは相手にも失礼だな。……負け、を……認める……」
アレイストには状況が飲み込めなかった。だが、ルーデルは軽く微笑んで、そのまま意識を失ってしまう。そのまま救護班がルーデルを運び出して……アレイストに、イズミのイベントは起きなかった。
◇
学園トーナメントは、基礎課程一年の部でアレイスト達のクラスが優勝した。ユニアス、リュークのクラスは、準決勝で当たってしまい……引き分けというか、続行不可能と判断されたらしい。そこまでお互いに良くやるよ……
ルーデルは全治二週間の重傷……そのまま保健室へ運ばれ、イズミとバジルに看病されて過ごす……もげてしまえ!
そして、基礎学年二年生としてルーデルの新しい学園生活が始まるのだった。
◇
「クルスト? 確かに弟だが……何か気になるのか?」
基礎課程の二年間、それはクラス替えなど行われない。三年からは選択制の授業となり、クラス自体が存在しないのが学園だ。だから当然、イズミとも同じクラスのままである。
「いや……何と言うか雰囲気が違うと思ってね。君を知っている連中からすれば、意外とまともという意見と、貴族らしい弟という意見が聞こえてきたのさ」
貴族らしいというのは、皮肉であろう。ルーデルにもそれくらいは分かった。弟は両親から愛され、大事にされている。そんなクルストも、両親に近い貴族になってきたのであろう……当然悪い方の貴族だ。
「俺は貴族らしくないか? それはいいが、弟はそんなに有名なのか……」
「成績も優秀、そして今年では二番目に地位が高いしな……でも一番は、第二王女様だろうね」
ルーデルは、第二王女フィナの事をあまり知らない。社交界に出ていなかったのも大きいが、それ以上に興味がないのが大きいだろう。
「どんな子なんだ?」
「……難しいな。可愛いといえば可愛いし、美しいといえば美しい……君の弟君は、フィナ様に夢中みたいだけどね。金髪碧眼の一般的なクルトア人の特徴で、確か……『人形姫』と言われていたな」
そう、ルーデルと違い、クルストは社交界に出ていた。だから、家の格に合わせて王女様とも交流があるのだ。それよりも『人形姫』……これは褒め言葉なのか? ルーデルはそこが気になっていた。
「クルストにもチャンスはあるのだろうが……難しいと思うな」
ルーデルは、クルストとその第二王女様が結ばれる事は無いと思っていた。落ちぶれる家に、大事な王女を……しかも次男にやるなど考えられない。それこそ、クルストが優秀過ぎるか、アルセス家を継ぐくらいでなくては無理だろう、と……
「興味なしか、いつも通りで安心したよ。そんなルーデルの今年の目標は何なんだい?」
イズミは少しだけ上機嫌になり、ルーデルに新学期の目標を聞いてみた。ルーデルの最終目標は変わらないから……
「実戦経験を積みたいってのと、前回の行事で言った通り一番でゴールする事を目指している。あとは……トーナメントで強い奴と戦う事かな?」
ルーデルは、アレイストに負けてから自分の戦闘スタイルについて考えていた。アレイストの魔法剣を学ぼうとも考えたのだが……自分に可能かというより、自分に合っているかを考えて断念した。
ドラグーンに必要なのは、ドラゴンと言う大火力を持つ空を飛ぶ乗り物のの死角を補う事が求められる。要は、背中を守るのだ。そんなドラグーンに、魔法剣は合わないと本に書かれていた。理由は、背中で剣を振り回すよりも、中、長距離の連続した攻撃手段が重要と書かれていたからだ。
「それだけかい? ルーデルに寄ってくる女性は寂しいだろうね」
悪戯っぽく、イズミがルーデルを肘で突く。ルーデルは成績優秀で、三公の家柄……モテない訳がないのだ!
「それは非常に難しい問題だ。父のように、複数の女性と付き合う事も考えたが……」
「そんな事を考えていたのか!」
イズミの目がいつも以上に真剣になり、語尾が強くなっていた。心なしかルーデルにも怒っているように見えている。
「俺には、無理だと判断した。時間もない、何をしていいかも分からない……それを複数同時など、考えられん」
「そ、そうだな……少しズレているが、ルーデルだし問題ないな……てっ! そんな訳あるか! もっと気持ちの問題とかあるだろう? 好きとか嫌いとか?」
ルーデルにも確かに好き嫌いはある。しかし……
「俺の地位に、好き嫌いで判断する自由はないね。親の決めた結婚相手と結ばれるのが普通だし、それこそ愛する人がいるなら妾になって貰う必要がある。……それは、あまり誉められた関係でもないし」
愛する人を日陰者にするのか? という意味だ。クルトアでも、愛人や妾といった女性に偏見がある。だから余計に愛する人とは結ばれないのが、クルトアの貴族事情だ。
「そうだったな……すまない」
「別に気にする必要は無い。親の用意した結婚相手を愛せれば問題ないしね。……できれば、だけどさ」
冗談をいう風に、ルーデルがイズミに説明する。そんなルーデルだが、女性の体に興味はあっても今まで恋した記憶がない。というか……恋した事がない。
それはとても『不自然』で、何か『作為的な物』を感じる。
◇
クルストは、学園に来てから兄であるルーデルに悩まされていた。問題行動の多いルーデルの弟として、教師からも警戒される。その上、兄の成績の事だ……自分よりも全てにおいて優秀であり、完璧だった。だが、実技では成績の結果が良くない。
これは、口の悪い連中に言わせると「成績を金で買っている」という事になる。クルスト自身も、その噂を信じていたし、兄の事など関係ないと思っていた。だが、兄がしていて、弟がしないかと言われたら……ほとんどが、弟も成績を金で買うだろう、と思うのが人間だろう。
そのせいでクルストは、自分が正当に評価されていないと思うようになる。家にいた時よりもさらに兄を憎む……そしてそれは、ルーデルにとってさらなる問題となっていく。
それは、クルストの周りへの態度がルーデルの悪評になっていくからだ。クルストは、アルセス家での生活と同じように、平民や異種族を見下す。それは、ルーデルを憎むようになってさらに激しくなる。
クルストの地位に引き寄せられて集まった者達と共に、学園で暴れ回るのだ。
『そしてそれは、本来のルーデルがしていた行動そのものだった』
◇
二年目のルーデルは、ドラグーンに憧れていなければ最低の男だった。授業には出ない、周りには迷惑をかける、金で部屋にはいつも女がいる……ガラの悪い生徒を引き連れ、学園で暴れる存在だった。
それも、主人公にトーナメントで負けて、腹いせにイズミに主人公に斬りかかれと命令したが、拒まれたのが原因で……屑である。そしてこれが、イベントへの引き金となる。
『人形姫』と言われるフィナに、その行動をとがめられ……逆上して姫に手を出してしまう。その結果、ルーデルは学園で腫物扱いとなり、五年課程から二年課程に変更して、ひっそりと学園を去る事になるのだ。
面目の為に、一応騎士の資格が与えられ、その後は戦争編で再登場するのが、本来のルーデルという登場人物だ。