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中隊長とアレイスト

 ベレッタの港町に帰ってきたルーデルは、落ち込んだサクヤをイズミと共に慰めつつ日々を過ごしていた。


 そんな中で、ルーデルは右手に小さな光の盾を作って考え込んでいる。大きさにすれば、十センチもない盾は、手の平の上をクルクルと回っていた。


 座り込んでそんな盾を眺めているルーデルは、サクヤの巣の前で休憩時間を使って毎日のように繰り返していた。今では足の先からでも光の盾などを発生させる事が出来る。


 ベネットに言われて試みたが、意外なほどに簡単だった。寧ろ、何故に左手にこだわっていたのか不思議でならなかった。


「それにしても、手数が欲しいな」


 ベネットの戦い方もそうだが、キースの操縦技術もルーデルは獲得したかった。そうなると、自分に足りない物が見えてくる。剣と魔法だけでは足りない。そう思えて仕方がない。


 ベネットが狼族という亜人であり、魔力が少ないという不利を手数の多さで補っているのは知っていた。


 ブーメランも試してみたが、どうにもしっくりこなかった。ベネットに憧れていただけに、少し悔しかったりもする。


「やはり投げナイフか?」


 そこまで考えた所で、いつものようにイズミが両手に鞄に持って現れた。中には昼食と飲み物が入っている。



「また考え事か? 必殺技でも編み出すつもりなら、できれば止めて欲しいんだが」


 苦笑いのイズミに顔を向けると、何故反対するのか理解できないルーデルだった。だが、今は必殺技など考えていないので、取りあえずは頷く事にする。


「問題ない。今は手数の事を考えていた。中隊長のように中距離の攻撃手段を、魔法以外にも欲しいと思っていた」


 イズミはルーデルの目の前にある岩に籠から出した食べ物を並べながら話を聞く。


「ルーデルの魔力なら問題ないはずだが? アレイスト並とはいかなくても、確実に多い方だろう」


「確かに多いが……」


 言葉を濁すルーデルは、目の前にある料理に手を伸ばす。すると、以前よりもイズミの料理の腕が上がっているように感じた。


「美味いな。腕が上がったんじゃないのか?」


「ありがとう。ベネットさんのおかげだよ。あの人は何でも出来るからな」


 基本的に家事は万能であり、騎士としてもドラグーンとして一流である。ルーデルにしても、イズミにしても憧れる人物だ。


「辺境に来てよかった。上司は二人とも優秀で憧れる人だからな」


 ルーデルが満足そうに言うと、イズミは力なく頷くのだった。


「うん。そうだな。ベネットさんは良い人だよ。うん。ただ……」


 どうしてもキースを認められないイズミに、ルーデルは不思議そうな顔を向ける。特に問題があるとは思えないからだ。ルーデルにとって、二人は尊敬できる上司である。


「それより! 仕上がりの方はどうなんだ。少しは成長したって、ベネットさんも喜んでいたぞ」


 話しを切り替えたイズミに合わせて、ルーデルは口に入れたサンドイッチをお茶で流し込んでから話す。


「まだまだ、だな。もう少し小回りが利かないと。それに移動中に魔法を使うのがまだ……ならば移動をする前に魔法を展開すればどうだ。常に一定の位置に配置するようにして」


 急に何かをひらめいたルーデルは、そのまま思考の海へと沈んでいく。そんなルーデルを、イズミは微笑みながら見守るのだった。



 キースが王宮へと送る面子の中に、アレイストたちは入っていない。


「本当に帰らないのか?」


「うん。少し行く所があるから」


 言葉を濁すアレイストは、連日のルーデルの特訓する様子を見て、そして今回の魔物の襲撃を受けて考えたのだ。


 結果、しばらくの間、旅をする事にした。


「隊長には私たちが付いているので、大丈夫ですよ」


 アレイストの小隊メンバーが大きく頷いているのを、本人は溜息を吐いて見ているしか出来なかった。本当なら断る所だったのだが、彼女たちはついて行くと聞かなかったのだ。


「まぁ、俺は帰るからいいけどよ。お前の上司に手紙は渡してやるが、この後はどうするつもりだ」


 ユニアスは心配していないようだが、できれば一緒に帰りたいと呟いていた。何故か、キースを見て嫌そうな顔をしている。キースは逆に嬉しそうだった。


「フフフ、ユニアス君と二人っきりで空の旅だね」

「止めてくれよ。お前は、アレイスト狙いだろうが」

「楽しそうだね。二人とも」


 アレイストが言うと、ユニアスは本当に理解できないという顔をする。アレイストにしてみれば、ゲームでもこの世界でも変わらない良い人という印象が強かった。自分を狙うなど、想像すらしないのだろう。


「さぁ、二人で空の旅を楽しもう!」


「おい、それ以上近付いたら斬るからな! 本気だからな!」


「ほ、本気だって……なんて熱烈なプロポーズなんだ。僕もそんな熱い気持ちに答えるよ!」

「ギャァァァ! こっちに来るなぁ!」


 ウォータードラゴンのスピニースが、その大きな翼を広げると空へと舞いあがる。その姿は、実に美しい。


 騒ぎながら飛んでいくドラゴンを見送ると、アレイストは振り返って部下である女性騎士たちを見る。これからの予定を告げるためだ。


「近くに大きな街があるから、そこに行こうと思う。手に入れた聖剣を見て貰うためでもあるし、何よりもしばらくはそこで活動するから」


 国境付近で、魔物退治の仕事が多い事に加え、装備関係も充実している。自分の鎧も、そこの職人に仕上げて貰っていた。


 どうしてアレイストがユニアスと共に戻らないのか? それは、アレイストが自分の強さについて自分なりの答えを出したからだ。


アレイストは自分の強さについて考えていた。ルーデルたちと同じやり方では、追いつけないと実感していたのだ。


 ルーデルたち程に狂人という訳でもなければ、技術が高い訳でもない。使いこなせない魔力や才能では、付け焼刃にもならないと感じていた。


 だが――出来る事はある。


(ゲームではないけど、僕にはこれ以外の方法が思いつかない。力は力だ。僕に出来る事はしておかないと……)


 思い出すのは、ベネットとの会話である。アレイストがベレッタの港町に戻ってきた時に、ルーデルから恐ろしく強いと話しを聞いたのだ。そんなに強いならば、とユニアスと共に話しを聞いてみた。



「強くなるにはどうすればいいか、だと?」


「は、はい」


 背は低く、まるで少女の様なベネットを前にアレイストは困っていた。どうしても、背伸びをしている女の子に見えて、顔が緩みそうだったのだ。なんとか我慢して耐えるが、ユニアスなど諦めてベネットちゃんと呼んでいた。


 本人は気にした様子はないのだが、尻尾は力なく垂れている。気にしているようだが、それすら可愛く見えるのだ。


「そんな物が確立されれば苦労はない。仮にあったとしても、私とお前たちとでは前提条件が違い過ぎる。私が知っている事も絶対ではないからな」


 ベネットが言うには、アドバイスは出来るが責任は取れないらしい。自分が面倒を見ているルーデルも、毎日のように付き合って成果を確認している状態だという。アレイストも確かに話を聞けば強くなるとは思えないが、今は少しでもルーデルたちに追いつきたかった。


 リュークやユニアスが、自分の得意分野で成長しているのに対して、自分がしてきた事は掃除である。焦り出していた。


 そんなアレイストの焦りを感じたのか、ベネットはアレイストの相談に乗る事にする。詰所の空いている部屋を借りて、二人で話をしたのだ。


「私はお前の上司でもない。細かな指示も出来ない上に、責任もとれない。これは頭に入れておくといい」


「は、はぁ」


 曖昧な返事をするアレイストに、飲み物を差し出すベネットは対面に座って話を聞く。アレイストは、自身の焦りや不安を出来るだけ伝わるように話した。


 ゲーム的な単語は避け、ベネットに分かるように話したのだ。だが、ベネットは不思議そうな顔をする。


「何を悩む必要がある?」


「え、でも……」


「強くなる方法が分かっていて、それを利用しないのは何故だ?」


「いえ……ないと思います。ただ、ちょっと卑怯というか、僕の中で認められないというか。魔物を倒すほどに強くなると言っても、なんか違う気がしません?」


 ゲーム的に言えば、魔物を倒して経験値を得てレベルアップを果たす事だ。だが、自分のステータスなど見えはしない。


 アレイストは、自分が何故か恥ずかしくなってきた。顔の赤くなるアレイストを見ても、ベネットは笑わない。


「……魔物を倒せば強くなるという話は、どこにでもある。私の生まれた場所でも、男の成人の儀式は魔物狩りだからな。倒せば魔物の力を奪えるという迷信だが、確かに強くなる気もする。あながち嘘でもないが」


 ベネットは、魔物を倒せば強くなるというよりも、どこか倒す事で経験や度胸のような物がつくという考えだった。


 ゲーム知識に頼り、失敗したアレイストは、一度は決別した。だが、周囲が強くなり、自分がいなくてもクルトアは安全ではないか? そう思い込もうとしていた。しかし、どこかに置いて行かれる自分が情けなかったのだ。同時に、ルーデルたちに肩を並べたいと思うようになる。


 だが、そうした時に自分は何も持っていない事に気が付いたのだ。欲したのは、尽きない魔力と社会的な地位である。どちらもアレイストには力になったが、自分の物ではない。だからこそ、自分の力で這い上がる友人たちが、眩しく見えたのだろう。


「言い方は悪いが、力は所詮力でしかない。私がお前なら、迷わず力を求めるだろうな。別にやり方に問題がある訳でもない。なんの問題も無いな。いや、騎士として上司に報告はしないと不味いか」


「あ、そっちもありましたね。最近は掃除ばかりで、自分が騎士だと思えなくなってきちゃって」


 アレイストは力なく笑って俯くが、ベネットは優しく語りかける。


「黒騎士なのだ。堂々とすればいい」


「そ、そうですよね」


「お前の事はルーデルから聞いている。悪い奴ではない事も分かるが、悩み過ぎだ。簡単に考えろ……力は持っているだけでは意味がない。どう使うかが問題だ。何かを成したいなら、力を得る事だ」


 自分がしたい事を考えた時、アレイストは確実に今以上の力が必要になると結論に至っている。周りが強くなったから、任せればいいとは思わなくなっていた。


「僕にできますかね?」


 しかし、ベネットは出来るとは言わない。


「さぁ?」


 ベネットはアレイストを見ながら、それはお前が決める事だと言う。


「力は使いこなして初めて自身の力となる。それに、力に溺れる事を恐れているなら大丈夫だろう。何故なら――」



 ベネットからの言葉を思い出すアレイストは、歩き始める。


 だが、一度だけ港町を振り返ると、ルーデルが羨ましくなった。親衛隊に配属になってから、教えられたのは掃除だけである。自分とルーデルの環境の違いは、周りから見れば自分が優遇されているように見えるかも知れない。


 しかし、自身の成長を考えるなら、ルーデルの方が環境は整っていた。


「僕もあんな上司が欲しかったな……」


 ついでにミリアの事も心残りではあるのだが、特に進展はなかった。声をかけてみたが、どうしても上手く行かない。周りにいる部下たちが、自分に惚れている事が本当に信じられないくらいだ。


「もしも力に溺れたら、ルーデルたちが止めてくれる、か……友達っていいな」


 ベネットが最後に言った言葉は、アレイストが道を踏み外しそうになれば、友人たちが止めるというものだった。確かに、ルーデルに、ユニアス……そしてリュークも止めてくれそうだ。


 他の学園時代の友人たちも、何かと今まで助けてくれた。自分が一人でないと思えるのは、アレイストにとって幸福だろう。


 だが、力に溺れた自分に、友人たちが嬉々として向かって来るかも知れないと思うと軽く震えがくる。戦闘狂であるルーデルとユニアスが笑いながら剣を振り回し、リュークは自分相手に実験と称して魔法を撃ち込んでくる様子がリアルに想像できる。


「どうしたんですか、アレイスト隊長?」


 部下の一人が心配そうに声をかけてくると、アレイストは無理に笑顔を作って大丈夫だと告げる。


 ゲーム式の強化方法を行うために、アレイストもまた歩き始める。絶対に力に溺れないと誓いながら――。



 アルセス家の屋敷では、エルセリカが慌てていた。


 兄であるクルストから手紙が来たのだが、使用人がそれを捨てていたのだ。偶然発見したレナが、エルセリカの部屋まで届けに来なければ気が付かなかった。


 部屋の扉前で広げた手紙の内容に、エルセリカの表情は暗くなる。


「これ……でも、そんな」


 兄からの手紙には、現在の王宮の事や貴族間の関係についての細かな情報が欲しいと書かれている。どうやら深刻な状況らしいのだが、エルセリカには兄の期待に応えられるほどの情報が無かった。


 クルストが辺境に飛ばされ、アルセス家の状況も悪くなっていた。


 長兄であるルーデルのおかげで、パーティーに呼ばれる事はあるのだが、当初は両親も自分も避けていた。今は両親が顔を出しているが、エルセリカは金持ちの貴族か商人に嫁ぐ事を考えているために、表に出されない。


 有力な貴族たちは、アルセス家を様子見している状況だ。ルーデルが大公位を継げば近付くだろうが、両親との不仲説は急激に広がりを見せている。騎士任命式での父親の態度が、ここに来て自分たちを苦しめていた。


 おかげで、エルセリカも現在の状況を正確に把握しているとは言えない状況である。


「何が書いてあるの?」


 陽気なレナに厳しい視線を向けるエルセリカは、自室にレナを引きずりこんだ。


 扉を閉めて鍵をかけると、そこはレナやルーデルの部屋とは違い、大公の息女らしい豪華な部屋が広がっている。


「……他の手紙はないの?」


「見つけたのはそれだけかな。いやぁ、火で芋でも焼こうかと思ったら、手紙が入ってて」


 頭をかきながら笑うレナを見て、エルセリカはイライラしていた。レナに悪気はないだろうが、手紙の内容から前から手紙を出している事がうかがえたのだ。つまり、使用人たちがクルストの手紙を握り潰しているという事だ。


 内容も細かくは触れていないが、急を要する物なのは確かだ。エルセリカは、深呼吸をすると、レナに願い出る。


「頼みがあるの」


「何?」


「これから使用人たちがクルスト兄様の手紙を捨てているなら、私に届けて欲しいのよ」


「別に構わないけど」


 レナはエルセリカの願いを聞くのだが、問題はそこで終わらない事だろう。エルセリカに、クルストの要望に応えられるだけの人脈はない。そして、手紙は受け取れても、出す事が難しいのだ。


「それよりも、何とかして調べないと……でも」


 調べようにも、手紙の内容から人に簡単に話しては不味い内容だと理解する。それに、手紙が届けられないという事は、最悪の事が想像できた。屋敷内に、クルストの手紙がエルセリカに渡る事を危惧している人物がいるという事だ。


 ただのクルスト潰しなら問題ない。エルセリカ的には大問題だが、問題はクルストの行動が筒抜けになっていた場合である。


 部屋にこもっていたエルセリカには、何も出来ない状況だったのだ。すると、レナは混乱して落とした手紙の内容を見る。


「貴族の関係? 詳しい人なら知り合いにいるよ」

「だ、誰よ!」


 レナの急な発言に、エルセリカは飛びついてしまう。背の高いレナにすがっているような感じだった。


「いや、リュークさんに聞けば大体分かるよ。物知りだし」


「……そりゃあ、知っているでしょうけど」


 ハルバデス家のリュークの事は、エルセリカも知っている。対立するディアーデ家のユニアスと、婚約話も出ていたのだ。だが、基本的に三公は対立関係にある。出来れば避けたい相手だった。何よりも、ルーデルと親交のある人物というのが、心情的に許せなかったのである。


「今度聞いてあげるよ。最近は手紙とかよく来るし」


「アンタ、まさか文通してるの?」


「違うよ。向こうから来るから、十通に一回だけ返してるんだ。私、手紙苦手でさ。返事を書いている間に次が来るから」


 笑っているレナを見て、エルセリカは何と言っていいか分からなくなった。レナにも問題はあるだろうが、リュークにも問題があるように感じたのだ。


 物語は、止まる事無く進み続ける。


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