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ヒッポグリフと影の騎士

 ベレッタの港町に知らせが来たのは、昼も過ぎた頃である。


 仕事をしていたドラグーンの騎士三名の元に、国境付近の村や町が襲撃を受けていると報告が来たのだ。知らせを届けたのは、伝令を主任務にする騎士だった。


 ヒッポグリフというグリフォンと馬のハーフを駆る騎士たちは、主に諜報活動を主任務にしている影の部隊である。表だって行動するしかないドラグーンとは違い、目立たず任務を遂行する。


 ヒッポグリフは馬に化け、何食わぬ顔で港町へと入り込むのだ。だが、ドラゴンよりも希少なヒッポグリフを駆る騎士たちは、王族直轄の騎士たちである。こんな所にいる事が不自然だった。


「出撃しろというのか?」


 ローブを着た騎士の顔は見えない。ローブの中が暗い事もあるが、面を着けている様子だった。


 一般人の格好でベネットたちの所へと足を運ぶと、関係者を集めた会議室で変装を解いたのである。


 その間、無理やりついて来たユニアスとアレイストは、ある意味で有名な騎士団を前に違った反応を見せている。


 ユニアスは初めて見た名も無い騎士団に興味津々であったが、アレイストはしきりに首をひねっていた。ヒッポグリフにしても、存在していること自体を知らない様子である。


 人が手なずける事が出来ないグリフォンが、馬に産ませたのがヒッポグリフであるが、グリフォンは馬を食べる。そのために生まれること自体が少ないのだ。


「はい。我々では食い止める事が出来ません。規模的に誘導して村や町を避けるという選択肢も難しいですから」


 くぐもった声でベネットに返す仮面をした騎士を前に、キースは無言だった。普段は騒ぎをおこすキースも、仕事となれば表情も変わる。


「規模は大きすぎるな。何があった?」


「詳しくは申し上げられません。……が、帝国側から流れてきたのは確かです。追加で来る事はないでしょう」


「小物も合わせれば千を超える規模か」


「遠目に見ましたが、食料を探している様子です。かなり危険な状態でしたね」


 ベネットは教えられた情報から作戦を立てる。だが、そこにアレイストが割って入る。聞いてしまった情報から、彼らが村の襲撃を見ていたのは事実である。


「お前ら、まさか見捨てたのかよ!」


 ローブを着た騎士に詰め寄ると、アレイストの肩をユニアスが掴む。アレイストが振り返ると、ユニアスは首を横に振った。


「こいつらはそういう部隊だ。騎士団かもしれないが、規模も素性も隠して王族のために働く連中だよ。知らせに来ただけでも奇跡だぜ」


 ユニアスは、視線をローブを着た騎士に向ける。男か女かも分からない騎士は微動だにしていない。アレイストが下を向くと、ベネットは通常の連絡手段も取れない状況なのだろうと判断する。


「キース、先行して襲撃された周辺の魔物を叩いておけ。私は到着次第地上戦に入る。その後は――」


「ぼ、僕も行く!」

「おい!」


 ベネットが指示を出していると、アレイストが自分も行くと声を出す。ユニアスは他の騎士団に関わるのは失礼だと思ったのだろう。アレイストを止めようとしている。だが、ベネットは了承した。


(丁度いいのかも知れない)


「ルーデル、今回は私のヘリーネに乗れ。それからそこの二人も乗りたければ乗るといい」


 ベネットが許可を出すと、キースが渋い顔をした。言いたい事は、無関係な人間を現場に連れて行く事への非難だろう。ベネットはキースが口を開く前に告げる。


「現地では私の指揮下に入って貰う。それにオマケが二人から四人に変わるだけだ」


 キースは頭をかくと、納得してはいないが命令ならば、と無言で部屋を飛び出していく。会議室から出た所で、キースのドラゴンが建物の外に舞い降りていた。上空で待機させていたのだろう。


 頼りになる部下だと思いながら、今度は直属の部下であるルーデルに体ごと向き直る。


「ルーデル、今回の任務にサクヤは連れて行かん」


「中隊長、サクヤもやれます。魔物くらい――」


「勘違いしているようだな。ここでハッキリ教えてやる。我々が求められているのは、完璧な任務遂行であって、頑張ったなどと言う努力など評価に値しない。お前のドラゴンでは任務遂行は不可能だと判断した。だから連れて行かない」


 口を開きかけたルーデルは、そのまま悔しそうに下を向いて了解とだけ口にする。ベネットも部下に対して励ましてやりたいが、今は時間がない。空の上でなら話す時間も出来るだろうと、準備に取り掛かる事にした。


「すぐに出撃する。それまでに準備しろ。お前たちも広場にいなければ置いて行くからな」


 アレイストとユニアスに声をかけたベネットは、そのまま自分も会議室を飛び出す。装備はドラゴンに鞄を取りつけるだけでいい。


 ルーデルの心の準備は、空の上でつけさせる。それだけ考えていればいいのに、余計な事も考えていた。


(サクヤちゃん、落ち込むだろうな)



 先行したキースに続いて出撃した一団だったが、ドラゴンの背中ではベネットが現地での指示を出していた。


「住人の警護ですか」


 イズミの質問に対して、ベネットは言う。


「そうだ。私とルーデルは入り込んだ魔物の掃討を行う。お前たちは避難した住人たちの護衛をして貰う。基本的に邪魔だからな」


 邪魔と言われてアレイストは腰を上げるが、ユニアスに止められた。普段のユニアスなら、自分と同じ行動をすると思っていただけに、アレイストも驚いている。


「僕たちだって戦える」


「分かっているって。戦えるから連れてきてくれたんだろうが。でも、これはルーデルたちの仕事だ。邪魔はするな」


 まるで子供に言い聞かせるように言われた事に腹が立ったが、アレイストは言い返さない。理解はしているのだ。連携が取れるとも思っていないが、助けたいという気持ちはあるのだ。


 それらが互いにアレイストの中で交じりあい、何とも言えない感情となる。


「アレイスト、俺と中隊長に任せておけ」


 ルーデルに言われては、アレイストも頷くしかなかった。


(ちくしょう。僕は強いんじゃないのかよ。強くなったはずなのに)


 役に立たない自分が悔しい。物語の主人公ならば、どんな時でも不可能を可能に出来るはずだ。そう思うが、実際の自分は違っていた。


 毎日のように掃除をして、まるで物語の主役とはかけ離れた存在だった。それでも、いつかは――そう信じていたが、自分の現実は甘くないと知るのだった。


 顔を上げると、黒い煙が立ち上る町が見えてきた。生活をしていれば煙も出るだろうが、それは黒く、生活感を全く感じない煙である。今にも人の悲鳴が聞こえてきそうな光景に、アレイストは息をのむ。


(怖い)


 戦うのが怖いのではない。無力な自分が怖かった。ドラゴンの背中で、アレイストは気を引き締める。もう、何も出来ない自分ではないと言い聞かせた所で、ベネットが――。


「町の広場で降りるが、着陸などしている暇がない。背面飛行をさせるから、そのまま飛び降りてくれ」


「はい! ……え?」


 ベネットは、ドラゴンの背に括りつけられた大きな鞄から、鉄でできたベネットの身長程もあるブーメランを取り出している。


 それも一枚や二枚ではない。数十枚と言うブーメランが鞄の中に詰め込まれていたのだ。


「中隊長、持ちましょうか?」


 ルーデルが心配になったのか声をかけるが、ベネットは尻尾を振りながら拒否する。


「馬鹿者! お前が持ってどうする。それからお前は私の戦い方を見ておけ。先行したキースが上手くやっていれば、今頃は――」


 すると、近付いた町の上空でウォータードラゴンが地上へ向けて攻撃を繰り返していた。町の周辺を攻撃しながら、空を飛ぶ魔物を排除している。ただ、ドラゴンの攻撃では町を破壊するので、町の外と上空という限定つきだった。


 器用にドラゴンを操っている姿を見て、全員がサクヤでは無理だろうと感想を抱いた。寧ろ、町を魔物ごと消してしまうかもしれない。


「……上手くやったようだな。ヘリーネ、このままスピニースと合流して周辺の魔物を叩いてくれ」


 ベネットが自分のドラゴンに声をかけると、ドラゴンは上空で一鳴きする。まるで指示を理解したと返事をしているようだった。ドラグーン以外から見たら、ドラゴンに語りかけているだけに見える光景である。


「では行くぞ」

「あ、ちょっとま――ぎゃぁぁぁ‼」


 急降下するヘリーネが、そのまま腹を上に向けた姿勢を取る。すると、今まで安定した飛び方から一転して、ジェットコースターを思わせる軌道に変わったのだ。アレイストは、ジェットコースターが苦手である。


「アレイスト、舌をかむぞ」

「まったくだ」


 ルーデルがアレイストを心配すると、ユニアスは呆れた顔をしている。イズミもミリアも、初の実戦とあって緊張していてアレイストを気に掛ける余裕が感じられない。ルーデルにいたっては、そんな二人に声をかけている。


 絶好の機会を逃した事を、アレイストは少しだけ後悔するのだった。


「では、行こうか」


 ベネットの後ろ姿を見ると、アレイストは驚く。大きなブーメランの束を掴み、そのまま投げるのだ。一度に投げた数は六枚。それらが勢いよく回転しながら飛んでいくと、地上にいた魔物たちを捕えていく。


 地面に突き刺さると同時に魔物を縫い付けていく。十八枚のブーメランを投げ終えると、ベネットは声を張り上げる。


「今だ、飛び降りろ!」


 全員が飛び降りると、少し遅れてアレイストも飛び降りた。タイミングが外れた事で、一人だけ町の広場にあった噴水に落ちてしまう。膝程の深さの噴水に体を水面で打ち付けてから装備の重さで沈んでしまったのだ。


「何してんのよ、アレイスト! 大丈夫よね? ね!」


「だ、大丈夫……」


 水の中から這い上がったアレイストは、ミリアに笑顔を向ける。だが、すぐにミリアは周囲の警戒を行っていた。


 ミリアに声をかけて貰ったが、それが怒鳴り声でも嬉しいアレイストだった。周りを見ると、ベネットとルーデルが行動を開始していた。


「南に集団で避難しているのを見た。お前たちはそのまま南に向かえ!」


 そう言うと、西側に向かって走り出す二人はすぐに見えなくなる。


「ベネットさん、目が良いんだな」


 場違いな感想を抱きながら、アレイストは気を引き締めると四人で住人を救うために走り出すのだった。



 互いに高速移動する手段は違うが、結果的にルーデルがベネットになんとか追いついている印象だった。


 高くても三階建ての建物があるだけの規模の小さい街で、二人は住宅が密集しているエリアで魔物の掃討を行っていたのだ。だが、ルーデルが一体の魔物を倒している間にも、ベネットは次々に魔物を倒して行く。


 移動しながら魔物を倒せば、すぐに次の標的を探していた。


(やはり、速い)


 瞬間的な加速ならルーデルも負けていない。寧ろ、スピードならルーデルの方が早いだろう。


 ベネットは路地裏に逃げ込もうとしたゴブリン二匹に向かってナイフを投げた。急所を的確に捕えたナイフは、二匹を即死させる。


 建物の間を縦横無尽に飛び回るベネットとルーデルだが、その二人の動きは違っていた。攻撃の手前でどうしてもルーデルは減速していたのだ。


 すると、悲鳴が聞こえる。


 減速してみれば、一体のオークが一組の家族へ木と石で出来た斧を振り下ろそうとしていた。魔物としては賢い部類に入るだろう。ルーデルは急いでオークの上空へと移動すると、そのまま地面へと加速しながら剣でオークを両断する。


 先程から、自分が何体の魔物を倒したかなど数えてもいない。


 縦に両断されたオークから血が噴き出すと、ルーデルにも返り血が振りかかった。その姿を見て、襲われていた家族は更に悲鳴を上げて逃げ出してしまう。


 助けようと思って伸ばした左腕を、いつの間にか近付いていたベネットが掴んでいた。


「何をしている。まだ掃討は終わっていない」


「ですが、助けないと」


「一組の家族を助けている間に、もっと多くの住人が死ぬぞ。それにあちらは私たちが掃討しながら進んだ道だ。生き残る確率は高い」


 聞く耳を持たずに走り去ってしまった家族は、すでに見えなくなっていた。


「町の外にいた魔物はキースとヘリーネに任せるが、入り込んだ魔物を相手にできるのは私だけだ。急げ」


 それだけ言うと移動を開始するベネットを見送ると、ルーデルは歯を食いしばる。頭では理解できている。だが、実際に目の前にすると、ためらいがあった。少し遅れて移動を開始すると、スピードを落としていたベネットに追いつく。


「迷えばそれだけ人が死ぬと思え。そして、それがお前の実力だ。救いたいなら、もっと強くなるんだな」


「……はい」


 追いついたルーデルにそれだけ言うと、ベネットは加速していく。それについて行くために、ルーデルもスピードを上げるのだった。ベネットに必死に追いすがりながら、その背中をルーデルは見ていた。


 背負っていたブーメランは既に使い切り、そして投げナイフも数は多くない。だが、倒すスピードは衰えない。それだけベネットが多彩だという事だ。


 同時に、無駄な力を使っていなかった。移動も攻撃も必要最低限と言う印象だった。それがルーデルには、プロの仕事に見えるのだった。


 対して、ルーデルの攻撃手段は限られている。町中ということで、魔法を使えないのである。移動しながらの攻撃では精度が落ちる。下手に強力であるルーデルの魔法が失敗すれば、町に被害を出してしまう。


 これがサクヤであれば、被害は甚大な物となるだろう。


(サクヤ、俺もお前も、まだまだだな)


 目の前で一体のオークをベネットが蹴り飛ばすと、数匹のゴブリンを巻き込んで倒れ込んでいた。急所に蹴りを入れたのか、オークも動く様子はない。投げナイフも使い切ったのか、ベネットは短剣を両手にそれぞれ持つ。短剣の二刀流に切り替えたのだ。


 すると、動きは更に鋭くなる。


 敵への接近が必要となった事で、その動きはより慎重を必要とするのに、だ。


「丁度いい。ルーデル、接近戦の見本を見せてやる。お前は見ておくといい」


 二人して建物の屋根に着地すると、ベネットはルーデルに見ておけと指示を出す。すると、ベネットは屋根から飛び降りた。魔物がベネットの先程の戦闘に怯えるが、姿を見て弱そうだと勘違いしたのか群がりだす。


 見た目は美少女でか弱く見える。多少は頭が良い奴もいるとは言え、程度は知れていた。襲い掛かる魔物に対して、ベネットは慌てる様子もない。


 次の瞬間、ルーデルはベネットが軽くその場でジャンプを二回するのを見た後に消えたように見える。


 ルーデルはすぐに魔眼を発動させると、その動きを見た。自分と変わらないスピードか、それ以下でありながら、緩急をつけてより動きが小さくなっていた。


 スピードがある分、どうしても動きが大きくなるルーデルとの差が、そこで出ていた。そして、一撃一撃に無駄がない。


 気が付けば、周囲の魔物は掃討されていた。



 一方、住人の保護を優先していたユニアスたちは、避難してくる住人たちを魔物から守っていた。


 街で一番大きな建物は、昔建てられた砦の跡であるらしい。


「ちくしょう、切りがないな」


 大剣で二匹の魔物を斬り捨てると、血だらけのユニアスは手に持った布で顔を拭く。今ので近付いていた魔物は最後だった。

 それでも、しばらくすれば魔物たちはまた襲ってくるのだ。


 周囲の建物の屋根に上り、ミリアが物音で魔物の接近を知らせてくれる。弓矢も扱えるので、そこから魔物を仕留められるのもありがたかった。


「ユニアス、僕が替わる」


「馬鹿、俺だと魔法が使えない。お前は入り口で、魔法で支援しろ」


 近付いてきたアレイストを元の位置に戻すと、ユニアスはミリアやイズミの様子を見る。アレイストに問題はない。住人が避難する建物の前には少し広い場所があった。そこで魔法を使わせれば、この程度の魔物なら防衛は簡単だったのだ。


「にしても、俺たちをあてに出来なかったら、あの可愛い隊長さんはどうしたのか……まぁ、ドラゴンが何とかするんだろうが」


 視線はイズミに向けられる。ミリアは周囲を警戒していた。特に問題ないようだが、イズミの消耗が激しそうだったのだ。


 戦闘以外にも、避難してくる住人の相手をして貰っていた。ユニアスでは対応が乱暴になり、ミリアでは種族的な事で問題があった。


 何より、この手の事ではアレイストは頼りにならない。結果、どうしてもイズミに負担がいっていたのだ。


 混乱する住人を落ち着かせながら、それでも襲い来る魔物の対処までさせている。数が多く、アレイストの魔法でも対処が完全ではなかった。


「上級騎士の制服は、効果があるな」


 イズミが上級騎士であるという事実が、多少の効果があった。もっとも、町の住人にしたら、イズミが上級騎士だと理解しているのではない。立派な騎士が言うのだからと、外見で判断されていた。


 アレイストもユニアスも私服であり、親衛隊の制服はどうしても他の騎士団と変わらないようにしか見えない。


 そんなイズミが説得しても、住人たちは混乱を続けるのだから性質が悪い。子供が取り残されているから助けに行けという商人風の男もいた。妻が死んだから、俺も死ぬと言って飛び出す男もいた。


 ユニアスはやり場のない怒りを感じながらも、目の前の仕事をこなす事を考えていた。


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