港町と帝国
港町であるベレッタでは、合流したユニアスとアレイストがルーデルと共にキースの授業を受けていた。
ドラグーンであるキースの授業に、遠征組が興味を示したのだ。
監視役であるイズミとミリアも、青空の下、波風を受けながら黒板を持ち出したキースの前に座っている。ベネットは、ルーデルの隣に座って授業を受けるつもりだ。
イズミは気にしないのだが、ミリアがチラチラと見ている。イズミにすれば、もっとキースを警戒して欲しかったが、そうも言えずに困っている。知識のないミリアとベネットに、一から説明するのは、イズミにも抵抗がある。
アレイストたちの部下も、イズミたちの後ろで話を聞いていた。一見して華やかな集団だが、講師のキースは不満げそうだ。
「なんで女がこんなにいるんだよ。邪魔なんだよ」
「小隊長、今日の講義はなんですか!」
「良い質問だね、ルーデル。今日はドラグーンとドラゴンの関係について、座学で学んでもらう。実技で教えてもいいが、先ずは知識があった方が良いからね」
ルーデルが手を上げて質問すれば、一瞬にして笑顔を作るキースは、相変わらずブレていない。いつでも刀が抜けるようにと、左手で愛用の刀の鞘を握っているイズミは、一瞬も気が抜けなかった。
「先ずは現在と過去の関係だね。昔は主にドラゴンの背を守る戦いが多かったんだ。これは今も変わらないけど、基本的にドラゴンの鱗に傷をつける魔物には人間は無力です!」
いきなりドラグーンのあり方を否定するキースに、ルーデルは真剣な眼差しを向けていた。それに頬を染めるキースは、続きを説明する。
「中距離や遠距離の攻撃手段を持つくらいなら、ドラゴンの力を引き出そうというのが僕の考えだよ」
黒板には、ドラゴン背で魔法を放つ騎士に、キースがバツ印をつけていた。確かにキースは弱いが、騎士としては一般的な水準には達していた。そんなキースが、ドラグーンのあり方について解説する。
「ドラゴンの背を守るというのが、過去の話。そして現在はドラゴンを操る方向にシフトしている訳だけど――これって意味が無いんだよね。だって、ドラゴンの背中を守る、と言う事を省いただけだから」
「だが、中距離の攻撃手だ――」
「意味ないって言ってんだろ、チンチクリン」
ベネットの異論を、キースは切り捨てる。すると、横にいたルーデルが慰めていた。
「大丈夫です、中隊長! 俺も中距離の攻撃手段が大事だと思っていましたから」
「う、うむ」
そんな二人の姿を、ミリアとキースはイライラしながら見ている。イズミは、尻尾を嬉しそうに振り回すベネットが可愛かった。咳払いをして、キースはどうして不要なのかを説明する。
きっと、ルーデルが中距離の攻撃手段を重要視していたからだろう。ベネットの意見なら、切り捨てていたはずだ。
「牽制するくらいなら、ドラゴンに指示を出す事に集中すべき。これは正しい。だけど、そこから一歩進んだのが、僕の考えだね。『ドラゴンの力を引き出す』って事を頭に入れておいてほしい」
「力を引き出す?」
イズミが声を出すと、舌打ちをするキースはそうだよ、と呟いた。ルーデルもベネットも考え込んでいる。
「実力を引き出すとは、どういう意味だ?」
ベネットの質問は、今までどおり指示を優先すればドラゴンが動いてくれる。何をするのか意味が分からない、という物だ。背を守るために中距離の攻撃手段を得たベネットらしい質問だった。
「それは指示をしているだけ、ですから。僕が言いたいのは、能力を引き出すって事ですよ。そうですね……力を上乗せする、という意味ではないです。大事なのはコントロールですよ。ドラゴンの力を操作してやるんです。僕の『レインボーミラージュ』という技がありますが、あれはまさにソレです!」
自信満々に技の名前を披露するが、周りは何の事だか理解できていない。ルーデルが困っていると、イズミが助け舟を出す。
「ルーデル、ほら……あの分身の事だよ。多分」
「あの分身ですか、小隊長!」
目を輝かせるルーデルに、キースは戸惑っていた。イズミが普段の仕返しが出来たと笑みを浮かべると、悔しそうな顔をしながらキースは『レインボーミラージュ』から『分身』へと技名を変更する。
水で作り出した分身は、ルーデルも見た事がある。技名は知らなかったのだろうが、イズミはなんとなくそうだと気が付いたのだろう。理解できた事に、不愉快な気分になる。
「ドラゴンの潜在能力は高いからね。それを僕たちドラグーンがコントロールするには、意思の疎通以上に互いの事を知らなければいけない。ただ……ルーデルの場合、ドラゴンが亜種だから厳しいね」
「厳しいのか?」
ベネットの質問に、キースは資料が全くない事を告げる。無い物は引き出せない。かつての資料に、自分たちの持つドラゴンがどんな事をしたのか知る事から始める。それがキースのやり方だった。
しかし、ルーデルのドラゴンであるサクヤは、ガイアの亜種である。しかも姿形に共通点はあっても別種という方がいいだろう。
「この場合、ドラゴン自身が自分の特性に気が付いていない事が問題ですね。まだ若い。いや、若すぎるんですよ」
真剣に悩むキースを見て、ユニアスは驚いていた。隣に座るアレイストに、話しかける。
「意外とまともだな。もっと駄目な奴かと思ってたぜ」
「はぁ? キースさんはまともだろ」
「……その信用がどこから来るのか、今度教えてくれよ」
イズミもユニアスの意見に賛同しつつ、アレイストの貞操を心配した。しかし、イズミにとって優先順位はルーデルの方が高い。つまり、アレイストがキースに襲われても放置する方向だ。
見捨てたのではない。イズミが手を出せば、明らかに不味い状況になると理解しているからだ。アレイストの貞操も大事だが、アレイストを守った事で彼のハーレムが勘違いをしないとも限らない。
現に、ミリアは未だにキースを警戒していないのだ。イズミからすれば、無害なベネットを警戒しており、何とも無駄な努力と感じていた。
「ドラグーンの力を平均で一とした時、ドラゴンは個体差もあるが百倍以上の能力差があるんだよね。基本的に人間がドラゴンに勝つとか無理だし」
黒板に人がドラゴンに勝てないと書いて行くと、ではどうするのかと全員がキースへと視線を向けていた。
「力を上乗せしても微々たる物だし、背中を守るくらいならドラゴンを強化すべきだね。だから、僕はドラゴンの力を引き出す事にした。分身もその一つだよ。水でドラゴンの形を作り、そして表面を似せるんだ」
「そんな事が可能なのですか? 魔力的にあれだけの魔法はそう何度も使えませんよね」
ルーデルが首をかしげる。すると、キースは笑いながら言う。
「ハハハ、僕は単独で分身を出来ないよ。そんな魔力も無いし、コントロールも出来ない。だから、自分のドラゴンにさせるのさ。ドラゴンの特性を理解し、そして明確なイメージを伝え、細かな所をサポートする。それだけでドラゴンは飛躍的に強くなるよ。長・中距離の魔法なんかいらないから。寧ろ、これだけ出来ればドラグーンとして正しいと思っているよ」
キースを見る目が以外にも肯定的になる中で、ベネットは水を差す。
「お前……それでは空中戦以外は、切り捨てているような物じゃないか」
「それが何か? 地上で戦うなんて野蛮なやり方は、僕には似合わないんですよ。カトレアのゴリラにでもやらせておけばいい」
カトレアと何かあったのか? そう思ったイズミだが、キースの授業は終了した。片付けをアレイストが手伝っていると、ユニアスはルーデルへと近付く。
「おい、ルーデル」
「何だ? これから小隊長を手伝うんだが?」
「久しぶりに勝負しようぜ。こっちは肩透かしばっかりでつまらないんだよ。お前も、どらくらい強くなったか気になるだろう?」
「……ユニアス」
少し呆れた顔をしたルーデルだが、イズミには理解できていた。アレは、勝負を挑んだユニアスに呆れているのではない。
「後悔するなよ」
「全く。お前たちはいつまでも男の子だな」
戦闘狂とも言えるルーデルの笑みは、凄味が出ていた。その表情を見て、ユニアスも獰猛な笑みへと変貌していく。
ベネットが呆れた様子で二人を見ていたが、少しだけ楽しそうだった。
だが――。
「もう耐えられない」
ついにミリアが、そんなルーデルとベネットを見て爆発してしまった。
◇
「だから、絶対に中隊長の方が危険なのよ!」
「お、落ち着いてくれ。中隊長は危険じゃない。寧ろ、あそこの馬鹿が――」
「男同士でしょ? 何を言っているのよ、イズミ!」
「……なぁ?」
「何だ?」
言い争うミリアとイズミを見ながら、ユニアスはルーデルに説明を求めていた。
どうやらミリアは、ルーデルの近くにいる狼族の女性騎士を気にしているようだった。仲が良いとは思うが、ユニアスは上司と部下の関係だと思っている。友人であるルーデルの事を知っていたし、ベネットの対応も男と女という物ではない。
なのに、ミリアはベネットを警戒していた。警戒されていたベネットも、今は毅然としているが尻尾や犬耳が大変な事になっている。
「何で怒ってんだよ、あの女」
「ミリアの事か? 最近はイズミと意見が合わないようだ。どうにもここに来てから、いや……イズミはキース小隊長に攻撃的で、ミリアはベネット中隊長を警戒しているんだ。俺にも理由が分からなくてな」
「あぁ、そうか。そうだよな、お前もそういう奴だったな」
ルーデルがキースを警戒していない事を思いだし、友人の貞操が守られているのがイズミのおかげだとユニアスは確信した。不意に、アレイストは大丈夫だろうかと思ったが、ハーレム要員が数名ついていったので問題ないだろうと気持ちを切り替える。
理解できていないルーデルに、キースが同性にこそ危険な存在だと教えるべきか悩んでいた。実際の所、二人が貞操を奪われても笑い話になるという思惑もある。
心配してはいるが、どっちに転んでも楽しめるのだ。キースもアレイストやルーデルに夢中で、自分へ被害が及ばない事も計算しての事だ。
それよりも――。
(試合する雰囲気でもないよな)
ルーデルと戦えない事が、ユニアスには不満だった。どうにも、ミリアとイズミに流れを持っていかれた。
女同士の言い争いは、徐々に激化していく。最初はキースとベネットのどちらが危険かを言い争い、徐々に過去の話へとシフトしていく。恨みをいつまでも忘れない女を、ユニアスは怖いと思うのだった。
「アンタ、学園で私を虫呼ばわりしたでしょ!」
「あ、あれは試合の時に思い浮かんだだけで……い、今は関係ない!」
アレイストのハーレム要員が二人をなだめるが、全く効果が無いのも問題だ。終わらない女同士の言い争いの中、ベネットがルーデルの袖を引く。
「わ、私に何か問題でもあったのだろうか?」
気丈に振る舞っているが、声は震えている。目も泳いでいた。そんな上司に、ルーデルは優しく言う。
「そんな事ありませんよ! 中隊長は理想の上司です。俺は、貴方の部下で良かったと誇りに思っています」
「そ、そうか」
顔を逸らしたベネットの尻尾が、嬉しそうに振り回されている。その姿は、まるで犬が主人に褒められて喜んでいる姿を想像させられる。
しかし、声が聞こえなくなったのを不思議に思い、ユニアスがミリアとイズミを見るとしまった! と、後悔する。
「見なさいよ! あの女、どれだけ尻尾を振り回しているのよ! 確実にルーデル狙いじゃない!」
「アレはそういう物じゃないと言っているんだ! いい加減にしてくれないか」
ルーデルとベネットのやり取りを見ていた二人が、更にヒートアップしていた。周囲のアレイストのハーレム要員たちは、既に説得を諦めていた。
(こいつら使えねー!)
今日はルーデルと戦えないだろうと、ユニアスは何となく自身の勘がそう告げるのだった。
◇
「……思っていた以上に根が深いわね」
「そのようです」
フィナの学園での自室は、既に執務室にベッドがある様な状態だった。最高学年になったフィナも、あと数ヶ月で卒業である。
ソフィーナは、モフモフと仕事で終わる学園生活が間違っていると思っていたが、口には出さなかった。無駄に有能なフィナがいなければ、ここまで来る事も出来なかっただろう。
アイリーンに繋がる貴族や関係者に加え、近衛隊の戦力増強――。
全てが揃いつつある。
「こちらの準備は国境と王宮で二つあると言うのに、向こうは王宮だけを気にすればいいのだから、余裕よね」
「最悪、王宮だけに絞りませんか? それならば、戦力も集中できます」
「……駄目よ」
両者が繋がっている事を知らないフィナだが、それぞれが呼応して動いている事は疑問に思っていた。
こちらに隙が出来たから動いているのだろうが、まるでタイミングが分かっているような動きを敵国が見せている。危険な状況ではあるが、ソフィーナは最悪の場合を考えて王宮に戦力を集中させたかった。
どちらも得ようとするよりも、確実に王宮で起きるアイリーンの暴挙を止めたかったのだ。
しかし、フィナの意見は違う。
「もしも帝国が王国に対抗する手段を得ていた場合、私たちは王宮だけを押さえても意味が無いわ。大量の土地を奪われれば、それだけ帝国は力を付ける。王国の上層部は混乱から立ち直るために時間を要するけど、その間に帝国は戦力を揃えるはずよ。どちらも押さえないと生き残れないわ」
帝国の王国嫌いは、王国の民にしてみれば言いがかりに近い物だ。豊かな土地に住んでいるのだから、我々にも寄越せと言っている。それが帝国に対する認識だった。
ソフィーナも、帝国の領土は貧しい事を知っている。そして、彼らにクルトアを攻めて土地を奪う事がどれだけ重要かも理解していた。
「領土を奪われれば、裏切る貴族も出てくるわ。それに、姉上を逃せば確実に反乱を起こす貴族たちも出てくる。私たちは、どちらも勝たなくてはいけないのよ」
数枚の書類をフィナから受け取ると、ソフィーナは渋い顔をする。アイリーンに与すると目された貴族たちだ。ガイア帝国にも、アイリーンにも負けられない状況へとクルトア王国――フィナの勢力は追い込まれていた。
いや、追い込まれたのではないだろう。フィナは不利を承知で勝負を挑んだのだ。
時が経つ程に厳しくなる現状の中で、フィナは対応できる状況を作り上げようとしていた。ソフィーナも、そんなフィナに力を貸すために動いている。
「……姫様が学園に通ったのは幸運でしたね。敵が動く前にこうして独自の勢力を持てましたから。王宮にいたらここまで動けませんでしたよ」
ソフィーナの意見は間違っていない。王宮では、これだけの人脈を作る事が出来なかったのだ。同時に、アイリーンに隠れて動く事が出来る。まさに、幸運と呼べた。
「でしょ! 私は愛されているから! モフ天に愛された巫女だから! モフ巫女と呼んでも……やっぱり違うなぁ。巫女は流石に違う気がするわ。私、清い体のままでいられないし」
急にテンションの上がるフィナを見て、ソフィーナは集中が切れる頃だと気が付いた。ミィーにお茶を用意させると、フィナは椅子から飛び出してミィーの元へと向かう。
「これさえなければ、完璧なのに……」
ソフィーナは溜息を吐きながら、無表情でミィーをモフモフするフィナを眺めていた。
◇
「実験体の結果は?」
ミース・リコリスは、白衣をまとっていた。
研究所では、彼女の部下たちが黒い魔物の入ったケージで忙しく記録を取っている。ガイア帝国の研究所では、強化型である魔物の最終調整が行われていたのだ。
オーガにオーク、そしてワイヴァーンと多岐にわたる魔物のコントロールは順調と言える。
「問題ありません。既に帝国領内で魔物相手に高い評価を得ています」
部下の渡してきた資料を受け取るミースは、新設された部隊の報告書を読む。魔物を操作し、統率が可能となれば専用の部隊が必要になったのだ。そのために、帝国領内で魔物相手に実験を繰り返していた。
全く問題なしと報告された書類を見て、部下は自信ありげだった。しかし、ミースは少しだけ恐ろしくなっていた。
「ここまで成功し続けると、何か気味が悪いわね。それよりも、一部がクルトアに逃げ出したとあるけど、大丈夫なの?」
「問題ありません。よくある事ですよ。通常の魔物が山を追い出されただけですから」
特に気にした様子が無い部下に、気を緩めるなとミースは注意する。彼女にとっても、この研究は大事な意味を持つ。
「昨年から無理をし過ぎたわ。上からも侵攻前にあまり騒ぐなと言われているから、今後は気を付けて」
「は、はい」
部下の男がその場から去ると、ミースは一番大きなケージの前に向かう。試作されたゴーラと呼ばれる魔物は、その獰猛な表情をしたまま静かに座っていた。口からはみ出した牙に加え、強化型になり黒く染まった皮膚や毛皮も実に禍々しい。
何故か入る白い刺青に加え、その背中には大きなコウモリの翼がある。ミースをみるゴーラの瞳は細くなると、笑っているように見えた。
「……化け物め」
背筋に冷たい汗が流れると、ミースはその場を後にした。




