番外編 ユニアスとアレイスト 前篇
木々の生い茂る山を登るのは、ユニアスと護衛であるアレイスト率いる親衛隊だった。
未だ目的地の半分にも到達していないのは、生い茂る木々以外にも多くの問題があるからである。
それは――
「お前らどうしてそんなに遅いんだよ! 俺だって訓練不足なのに、それ以上に遅いとかふざけてるのか?」
「ち、違うよ! ただ、毎日のように掃除しかしていないから……」
目的地である洞窟は、山の中腹に入り口がある。そこを目指しているのだが、アレイストの小隊の足が遅い。
綺麗所を揃えたアレイストの小隊は、実力よりも外見重視だった。更に言えば、亜人率が異様に高い。
「勘弁してくれよ。早く聖剣とやらを拝みに行きたいのに……おっと、来たな」
ユニアス自身、聖剣の話は信じてはいない。だが、聖剣があるとされる場所には、どういう訳か強力な魔物たちが住み着いていた。
オーガなど可愛い物で、他には大型の猿に似た魔物、いくつもの動物が交じりあった魔物、などが徘徊している。ユニアスにとっては、聖剣よりもまるで守護しているかのような魔物たちがお目当てである。
業物である大剣を構えると、出てきた魔物に剣先を向ける。
足場は悪く、それでいて部隊の動きも悪い。幸いな事と言えば、現れた敵が一匹であるという事だろう。
「聖剣の噂は信じてないが、こういう連中がウヨウヨしているのはいいな。こいつも楽しめそうだ」
「これだからバトルジャンキーは……みんな、僕の後ろに下がって」
アレイストは小隊の部下を自分の後ろに下げると、腰に装備してある二本の剣を引き抜いて構える。どちらも片手剣だが、柄の方は少しばかり長めである。刃の部分がその分だけ短くなっているようだ。
「なんで二刀なんだよ」
「こっちの方が手数は増えるんだよ。ルーデルやリュークみたいに魔法単体ってのが、どうにも合わないの」
互いに顔を向けずに会話をすると、目の前の大型の猿が雄叫びを上げながら飛び掛かってくる。その跳躍力で一気にアレイストの後方にいた女性陣へと飛び掛かったのだが、途中で近場の木の枝に手を伸ばすとそのまま木にしがみ付く。
情けない姿を見せた敵だが、次の瞬間にはアレイストの影から槍が猿の通過する場所へと何十本も現れていた。
飛び込んでいれば、串刺しになっていただろう。
「へぇ、こいつは賢いな。さっきの奴よりも強い……アレイスト、手を出すなよ」
ユニアスは敵の動きを見ると、先程倒した同族の魔物を思い出す。力も速さも同じくらいだが、今目の前にいる敵は賢いと感じたのだ。
顔が獰猛な笑顔に変わると、ユニアスは木の上にいる魔物向かって魔法剣で斬りかかった。しなる魔法剣が魔物に襲い掛かるが、猿の魔物は器用に木々を飛び回り避けていた。地の利は相手側にある。
「ここら辺を吹き飛ばしてもいいけど、それだと面白くないな」
「面白くないって理由で吹き飛ばさないの? いや、吹き飛ばすのもどうかと思うけどね」
「……お前が言うな。基礎課程の野外訓練で、魔法を使って吹き飛ばしながら道を作ったのは、後にも先にもお前だけだからな」
「やめて! あの時の事は言わないで!」
恥ずかしがるアレイストを放置して、ユニアスは上空から襲ってきた魔物を切り払う。長い手足と強靭な肉体は、単純に人間と比べるのもバカらしい。
体毛はまるで魔物の鎧のようだ。魔法剣で斬りつけながら、腕を切断するどころか、傷付ける事しか出来ていない。先程の魔物よりも毛が長いのが原因か、それとも上位種なのか――
ユニアスは後ろに飛んで距離を取ると、構えを変えて斬撃から突きに特化した構えを取る。
顔は真剣そのものであり、魔物もそれ感じ取ったのか威嚇をするが不用意に近付いてこなかった。
数秒――
互いに睨み合っていると、先に動いたのは魔物だった。その長い手足で一度大きく屈むと、反動を利用してユニアスへと飛び掛かった。ほとんど水平に飛び出した魔物を見て、ユニアスの口元は笑っている。
「やっぱりお前もさっきのと同じだ。少し硬くて少しだけ賢いだけ、だったな」
ユニアスも踏み込んで魔物に合わせて姿勢を低くすると、剣が届かぬ距離で剣先を突きだした。
鋭く螺旋を描いて突き出された魔法剣は、そのまま魔物を巻き込んで回転しながら胸に大きな風穴を空ける。魔物の後方にあった大木にぶつかり魔物が落ちると、ユニアスは自身の大剣をその背にしまう。
「よし……次にいくぞ、次!」
アレイストは剣をしまうと影を元に戻して部下を呼び出していた。その姿は、少しばかりユニアスにも頼もしく見える。
(しっかり隊長をやってるな、アレイストの奴。ただ……)
アレイストが下心もなく、素でやっている行動の数々だが、それは部下である女性陣にどう見えるのかをユニアスは理解している。
戦った自分よりも好意的な視線を向けられているアレイストは、その事に気が付いていない。
(――面白いから黙っておくか。あいつらへの土産話になるからな)
ユニアスは、アレイストが自分の部下たちの好感度を無自覚に上げている事を告げずに、次の目標を探すのだった。
◇
聖剣があると言われている場所はいくつか存在する。
だが、埋蔵金などと同じ扱いで、この世界の人々は信用していなかった。実際に有力とされたいくつかの場所は、聖剣発掘のために数代前の国王が人を派遣している。しかし、結果は散々だったのだ。
聖剣は見付からない。多くの人材を投入し、資金を投入してその様だ。故に、聖剣の存在は、おとぎ話と思われているのである。
だが、そこはゲームの知識を所持するアレイストである。どこに聖剣と呼ばれる物があるかを、彼は知っていた。知っていて、ユニアスをその場に案内したのだ。
「それにしても、こんな山奥に聖剣があるって誰が思ったんだろうな」
「だから山奥に隠したんじゃない?」
ユニアスが短刀で生い茂る草や木々の枝を払いながら道を作っている。アレイストも、同じように片手剣を使用して行っていた。二人の後を、荷物を持った女性陣が歩いてついてくる。
だが、重い荷物はアレイストが担いでいた。ユニアスは戦闘をするために、荷物のほとんどを持っていない。
寧ろ、ユニアスに荷物持ちをさせる訳にもいかないのだが。
「大事な物は宝物庫にでもしまっておけばいいんだよ」
「悪用されたくなかった、からかな? それにしても、ユニアスが聖剣を欲しがるとは思わなかったよ」
正直な話、アレイストは聖剣を欲していなかった。事実を知っているアレイストは、聖剣がどんな物かを知っている。
既に役目を終えたのか、その姿は形を保つだけの代物だったのだ。錆びて柄の部分は既に朽ちていた。そんな光景をゲームで見た事がある。それはとてもではないが、武器になりえる代物ではない。
経験値稼ぎが出来る場所程度にしか、アレイストは思っていなかった。
(ユニアスも事情を知れば納得するだろうし、僕も早い所自分の装備を揃えないと)
アレイストは自分の知識の中から、必要と思われる武器を思い出そうとする。しかし、最近では微妙に感じられていた。
今手にしている武器もそうだが、持ったからといってすぐに使えるようにならない。強力であれば、それだけ扱いにも注意が必要である。ゲームとは違うという認識を持ち始めたアレイストには、自分が使い慣れた武器がもっとも相応しいのではないかと思えていた。
「今日はここら辺で野宿だな」
ユニアスは空を見上げて太陽の位置を確認すると、これ以上は危険と判断したのか休める場所を探す事にする。
「水があると助かるけど……」
そう言って部下の一人に視線を向けると、獣人の女性騎士が笑顔でアレイストに水の匂いがする方向を教えてくれた。
「隊長、あちらに池が存在します!」
喜びながら告げる部下にお礼を言うと、アレイストたちはそちらに向けて移動を開始した。本来ならこんな危険な場所で野宿など御免である。しかし、こんな機会が何度もあるとは思えない。
少しは強くなろうと思うアレイストには、丁度良い機会だった。ミリアがいなくなった事で、気落ちしている自分をユニアスが気遣ってくれているようにすら思える。
しかし、池に近付くと部下の様子がおかしくなる。
「あ、あれ?」
「どうしたの?」
急に自信を無くしたのか、オロオロとする部下にアレイストは声をかけた。すると、部下が少し気になる事を呟く。
「水辺に誰かいます。いえ、人ではないのですが……あれ? 人と魔物? それにしては周りもざわついていないし」
困惑する部下を前に、アレイストはユニアスに事情を説明する。
「何かいるみたいだよ。もしかしたら人が襲われているかもしれない」
「マジかよ。なら俺が……は、無理だな。となると、お前が適任か?」
「任せてよ」
ユニアスは護衛対象である。そして、隠密を得意としていない。だが、アレイストなら多少の敵がいても問題ない上に、自身の特性である影を使えばある程度の困難は乗り越えられる。
流石に全員での偵察は危険と判断し、先行してアレイストが偵察する事にした。アレイストの部下たちでは、この場所で単独行動は危険だったのも理由の一つである。
走り出したアレイストは、自身の影に道を作らせて山道を無視して部下に聞いた場所へと向かう。
暗くなってきた事が返ってアレイストに有利に働くと、影に消えるようにして目的地へと接近した。そこには、池の辺りで水を飲む強大なドラゴンの姿が確認できる。
青い滑らかな鱗を持つドラゴンは、その美しい羽を畳んで池の水を飲んでいる。背中に騎乗用の道具や鞄が付けられている事から、ドラグーン所有のドラゴンだという事が理解できた。
アレイストが周囲を確認すると、一人の青年が水浴びをしている。美しい青い髪をした青年は、裸になり水浴びをしていた。その姿は、アレイストが見ても格好いいと言わざるをえなかった。
――だが、アレイストはここで相手が誰であるかを思い出す。
「まさか……キースさん?」
口にしてしまった呟きは、相手に悟られてしまった。ドラゴンの眼光がアレイストを睨みつけると、キースの声が森に響く。
「そこにいるのは誰だい」
姿を現し、抵抗する意思が無い事を示すために両手を上げる。アレイストは、まさかこんな所でキースに出会えるとは思っていなかった。
恋愛物のゲームであるために男性キャラが少ないのだが、キースは紛れもなく重要人物だったのだ。戦闘に参加するタイプではなく、それこそ後半に各地を移動するための手段。
主人公たちを目的地まで送り届ける役割を持った人物。
それがキース・エルロンだ。
そして、キースは主人公に優しく、女性陣にも全く手を出さないイケメンキャラだった。平民出の主人公に優しく、お願いすれば自分たちを目的地に送り届けてくれる。ゲーム的仕様だったとしても、アレイストには敵対する理由も無い。
「す、すいません。親衛隊のアレイスト・ハーディです。今は護衛任務でこの場所に来ており、水辺付近を偵察に来ていました」
「ハーディ家のアレイスト……。初めまして、僕はキース・エルロンだ。ごめん、ごめん。少し驚かせちゃったね」
笑顔で池から出てきたキースは裸だが、気にした様子が無い。それどころか、脅かした事を謝罪してくる。少し変わっていると思ったが、やはり優しいお兄さん的なキャラのままだと安心するアレイストは事情を説明した。
自分たちがユニアスの護衛でここまで来ている事を話し、その後はベレッタの港町に行く事まで説明すると、キースは下着とズボンを履くと上着は着ないで提案してきた。
「だったら僕も参加しよう。少し早めに任務が終わってね。それに、ベレッタは僕の任務地で滞在しているんだ。ここでの用事が済んだら、そのまま送る事も可能だよ」
「助かります」
近くまでは馬車を利用していたが、帰りは危険な場所という事もあり徒歩で近くの街まで戻る事になっていた。
キースの申し出は、アレイストにとって幸運だったのだ。
「いやいや、困った時はお互い様だよ。気軽にキースって呼んでね」
握手をし、肩に手を置いてくるキースに、アレイストは笑顔で応えるのだった。
◇
「――と、言う訳です」
「よろしく頼む」
ユニアスは、水辺でドラゴンとキースをアレイストから紹介される。
周りもドラグーンの参加に安心しているようだが、どうにもキースの目が気になった。
顔も良い。家柄も良い。しかし、どうしても不安だったのだ。アレイストとも上手くやっているのだが、先程から女性陣を一切見ていない。
ユニアスですら羨ましいと思えたアレイスト小隊を目の前にして、特に反応を示していないのだ。
(男として、アレイストを妬むとかはないのか? まぁ、伯爵家の出だから、婚約者でもいてルーデルみたいに一途とか?)
それにしても本当に楽しそうだな、などと思っていた。
「こう見えて戦闘は不得手でね。ドラゴンを操る事に関しては、多少は自信があるんだ。まぁ、ドラゴンがいればある程度の魔物は逃げ出すから問題ないよ。全員『ゆっくり』休むといい」
なれない森の中での移動は、それだけで大変だ。学生時代の野外訓練を行ったとはいえ、ユニアスも疲れていない訳ではない。それに、森に入ってからは、それなりに戦闘をこなしていたのだ。
ドラゴンが見張りをしてくれるならありがたいと、キースの言葉に甘える事にする。だが――
「……スピニース、そんなに僕が信用できないのか?」
「……分かっている。僕だって狼ではないんだ。そんな事はしない」
「あぁ、もっとお互いを知らないと、ね」
「ルーデルで見なれているけど、やっぱり独り言を呟いているだけにしか見えないね」
アレイストが、ドラゴンを見ながら喋り出すキースを見て苦笑いする。ルーデルを思い出したアレイストが、懐かしそうにしていた。
「…………いや、なんか俺は不安になってきた」
言葉に出来ない不安を感じたユニアスは、何故かこいつは危険だと野生の勘が告げていたのだ。ユニアス自身、自分の勘は信じる事にしている。
敵意は感じない。しかし、どうしても危険を感じていた。
(それにしてもエルロン……どこかで聞いた事があるような気がする)
「おや、ルーデルを知っているのかい? 彼も僕と同じ場所に派遣されている。良ければ昔話を聞かせてくれないかな?」
アレイストがルーデルの話を出すと、キースが食いついて来た。だが、ここにきてキースがアレイストの肩に手を乗せる。その光景を見た女性陣が、何かを感じ取ったようだ。亜人よりも、人間の騎士たちが反応している。
「ア、アレイスト隊長、今日はもう遅いのですぐに休んで明日に備えないと――」
「え? あぁ、そうだね。キースさん、すいません」
「……あぁ、問題ないよ」
部下の一人に諭されて、もう休む事なった。だが、ユニアスは見逃さなかった。キースが、アレイストに進言した女性騎士に見えないように舌打ちをしていた姿を。
女性騎士を殺気のこもった目で、一瞬睨みつけていた。
(あ、こいつ危険だ)
ユニアスは、アレイストに告げるかどうか悩んだ挙句――
(面白いから放置でいいか)
そのまま見守る事にした。




