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光と二人

『サクヤだって出来るもん!』

「絶対に駄目だ!」


 珍しく言い争いをしているのは、サクヤとルーデルである。傍から見れば、ドラゴンを怒らせているようにしか見えない光景も、声を聞けるイズミからすれば微笑ましい物である。


 事の発端は、ベネットがルーデルのサクヤの扱いを見て――


「サクヤをお使いに行かせろ……一人で」

「無理です」


 笑顔で拒否したルーデルに、尻尾がかなり可哀想な事になっていたのをイズミは思い出す。


「いいか、サクヤ。外は危険が多いんだぞ」


(いや、でも陸上最強のドラゴンだよね)


『うぅぅ、でもお使いできるもん!』


(う~ん……お使いというか、荷運びだよね)


 二人が言い争う姿を眺めているイズミは、どこかズレた会話をしているルーデルとサクヤを見ながらノンビリとお茶をすすっていた。今は休憩中という事もあり、ベネットも隣に座って言い争いを聞いている。


 時折、何を言っているのかと、イズミに通訳を頼んできていた。


「はぁ、あいつは自分の相棒を何だと思っているのか」


 ため息交じりに呆れているベネットに同意するイズミだが、事情を知っているだけにルーデルに強くいう事も無かった。


 だが、ベネットにはどうしても行き過ぎに見えているようだ。


「あれではドラゴンが育たない。もっと自信を持たせる必要がある時に、過保護すぎる」


「そうでしょうか? サクヤも一応は竜舎のボスになったようですが?」


 サクヤが竜舎のボスになった事を聞かされた時にベネットの様子は、あまり良い物では無かった。ウォータードラゴンという希少なドラゴンを駆るだけあり、竜舎に長くいた事はないようだ。


 歪な環境をなんとかしたいと思ったのだろう。


 お使いをさせるのは、教育の一環だったのかもしれない。


「生まれてから数年であれだけの力を持つと、今後が少し心配だな。今はルーデルがいるから問題ないが、これが百年後になって手綱を握る者がいなくなる方が怖い。下手をすれば国が亡ぶ」


 まさかそこまでは、と思うイズミだが、色々と問題のあるルーデルとサクヤを見ていると、不安になってきた。


「年上のドラゴンに面倒を見て貰っていると……」


「ドラゴンの価値観は人とは違う。だからドラグーンは存在している。人の価値観に従ってくれるなら、我々はただの騎士であればいい」


 ベネットは、そのままイズミを見つめる。何か思いついたのか、尻尾が横に振られていた。


「な、何か?」


「うむ。イズミ特別監視官、そろそろ王宮に報告に行く時期ではないかな?」


「え? えぇ、王宮へ近況報告に向かう時期に来ています。ミリアに任せようかと――」

「いや、特別監視官殿が行くべきだ。ついでに足を用意してやろう。これなら時間短縮も出来る」


 ベネットがサクヤを見ているので、イズミは薄々感づいている。サクヤに送り迎えをさせるつもりなのだ。


 しかし、イズミはここを離れられない理由があった。


 ――キースからルーデルを守らなくてはいけない。


「理由は分かっていますけど、私がここを離れる訳には――」

「エルロンも買い出しに行かせるが?」


「……行きます」


 キースが離れる事を知ると、サクヤと共に王都へと向かう事を決意するイズミだった。そして、ベネットからは団長であるオルダート宛ての手紙を預かる。



 落ち込んだルーデルに見送られたイズミは、王都に到着すると指定された場所でサクヤに着陸して貰う。


「すぐに報告を済ませてくるから、大人しく待っているんだよ」


『穴掘って良い?』


「それも駄目。帰ったらベネット中隊長に新しい場所を聞いておくから」


『……早く帰ってきてね』


 周りが騒がしくなってきたので、イズミは書類を持って王宮へと向かう事にした。上級騎士団の団長に書類と近況報告をするのだが、今回はタイミングが悪く団長や上司が王宮から出ていた。


 王宮の廊下で困っていると、普段清掃をしているアレイストたちも見かけない。


(前はこの時間だと廊下の掃除をしていたんだが……他の任務を与えられたのか?)


 これでは今日中に帰れないと困っていると、廊下の向こう側から竜騎兵団の団長と副団長がこちらを見て手を上げて近付いてきていた。


 団長であるオルダートは、笑顔で右手を上げて挨拶をしてくるが、副団長のアレハンドは困った顔をしている。


「やぁ、御嬢さん。元気だったかね」


「はい。お久しぶりですね、竜騎兵団団長殿」


「堅いなぁ。それはいいんだが、サクヤちゃんが来ていただろ? 次期大公様を見かけないんだが、どこに行ったのかな?」


 ルーデルを探していたのかと思い、イズミは普通に告げる。


「いえ、今回は私とサクヤだけで来ました。ルーデルはお留守番ですよ」


 冗談交じりだったイズミの返答に、どうにも副団長が右手で顔を覆った。何か不味かったのかと思ったイズミの顔を見て、オルダートは気が付いていないイズミに理由を教えた。


「気が付いてないのかい? ドラゴンが相棒である契約者以外に従っている姿というのは、どうにも不味いんだよね。誰の判断かな?」


「……も、申し訳ありません」


「その様子だと御嬢さんじゃないね。と、なると……ルーデルは無いから、ベネットちゃん辺りかな」


 オルダートがベネットを、ちゃん付けして呼ぶ。すると、アレハンドが嫌そうに呟いた。


「だからベネットには預けたくないと言ったのだ」


「今更そんな事を言ってもどうしようもないだろう。それにベネットちゃん以外に任せる人材がいないって話し合った時に、お前は何も言っていないで頷いていただけだからな」


 竜騎兵団のトップが言い争う光景に、イズミは困ってしまう。自分がたいした事はないと思っていた行動が、大問題に発展するのではないかと、不安になっていた。しかし、オルダートは苦笑いをしてイズミを安心させる。


「あぁ、心配ないから。不味いってだけで、この手の事は結構あるんだよ。ただ、毎回の様にドラゴンを飼い慣らしたい連中が騒ぐのさ」


 オルダートとは違い、アレハンドは疲れた顔をしている。


「その対処をするのが我々なのだ」


 厄介な連中だよと言いながら、オルダートはイズミが持っている書類に目を向ける。それが報告書だと知ると、自分たちが預かろうと申し出てくれた。上司以外に見せるのもどうかと思ったが、自分の上司が長期で出張をしていると知ると頼む事にする。


 元からオルダートたちも目を通すべき資料であったので、その辺りの事情説明はこちらで行うと言って貰った。


 安心するイズミは、二人にベレッタの港町に配属されているドラグーンについて聞く事にする。


「ベネットちゃんとキースについて?」


「はい。私はあまりというか、お二人の事を知らない者ですから」


 顔を見合わせたオルダートとアレハンドは、どう話すべきかと言った顔をしている。イズミも気になっている様子だったので、オルダートは王宮にある執務室に案内する事にした。



 王宮内の自室にイズミとアレハンドを案内したオルダートは、部下にお茶の準備を頼むとソファーにイズミを座らせる。


「二人について話をするのは簡単だが、その前に聞こうかな。御嬢さんは二人をどう見る?」


 目の前のイズミを試すようなオルダートに、アレハンドは特に反応を示さない。王宮内の使用人が運んできたお茶と菓子に手を伸ばしていた。


「ベネット中隊長は、その……しっかりした方です。ただエルロン小隊長は」


 自分が予想した答えに近いので、オルダートは大笑いする。確かに二人の評価に間違いはない。二人とも個性的すぎて、誰しもがベネットとキースの評価を見誤る事は前からのお決まりである。


「可愛らしい隊長さんと、男好きの危険な奴って印象だろう? 間違いじゃないから心配しなくていいよ」


「は、はぁ」


 からかわれていると思ったのか、イズミが警戒していると感じたのでオルダートは本題に入る。


「まぁ、今回は丁度良かった。事情を知っている人間が欲しかったからな」


「いいのか?」


 アレハンドが会話に入ってくると、オルダートは頷くだけだ。


 ルーデルとサクヤが心を許しているのなら、問題ないとオルダートは判断する。それに、ルーデルとイズミの事は調べていた。


 今日のサクヤの様子を見た事で、オルダートは話す事を決めていたのだ。


「これは本人たちにも知らせてない事だが、最近は国境付近が騒がしいのは知っているかい?」


「い、いえ」


 急に話が変わった事で驚くイズミを見て、オルダートは話を続ける。


「どうにも警戒されている方がいてね。それでこちらも回せる戦力の中で、もっとも強力な手札を配置する事にしたのさ。ただ、国境付近に大量に配置しようとすると、五月蝿い連中がでてくるんだ。だから、我々は空と陸でもっとも強いドラグーンをベレッタの港町に配置する事にした」


「それがお二人ですか?」


「そう見えないだろ。だけど本当にうちの切り札なんだよ」


 オルダートが大笑いすると、アレハンドは渋い顔をしている。認めたくないのだろうが、実力は確かなのだ。


 資料に手を伸ばして読みながら説明する。内容は、(オオム)ねオルダートが予想した通りに進んでいた。ルーデルを鍛えるために、中途半端に教官職の人間を付けるよりも、現役最強のドラグーンを付ける事にしたのだ。


 その機会が巡ってきたのは、まさに幸運だったと思っている。希少種であるウォータードラゴンを駆る二人は、非常に忙しい。任務地はどうしても辺境が多くなり、王都に帰ってくる事は少ない。


 キースには戻ってきて欲しくないという、個人的な思惑もある。


 現役を退いた元団長と元副団長では、ルーデルの様な規格外を鍛え上げる体力が残っていなかった。それに、二人には目をかけている団員の教育を行って貰っている。これ以上は独自で鍛えさせるしかないと思っていたのだ。


 そこに現役ドラグーンの中で、地上戦最強のベネットと、空中戦最強のキースが揃ったのである。辺境にルーデルを送る事になった時は、オルダートは運命すら感じていた。


「ベネットちゃんは面倒見も良いから、何かあれば御嬢さんも聞くと言い。キースに聞く事は避けた方がいいけどな」


 笑うオルダートだが、アレハンドは顔を逸らしていた。何があったのかを知っているオルダートは、副団長の名誉と心の安寧のために古傷を触らない事にしている。


「そんなに強いのですか? お二人ともそんな事は一度も言っておられないのですが?」


「強いって言うか、別次元だね。ベネットちゃんに喧嘩を売る奴は……いないな。外見がアレだから、兎に角可愛がられる。売ろうものなら、親衛隊が飛んでいくよ。あ、親衛隊は正式な方でなくて、ドラグーン内のベネットちゃん親衛隊ね。本気で飛んでいくから気を付けてね」


「笑い話ではないぞ。全く……あんな集団をいつまでも放置するお前の気がしれん」


「いや、ベネットちゃんは元部下だし、それにいい娘だよ。外見で損はしてないけど、かなり悩んでいて可愛いからな。どこかのブーメラン娘にも見習って欲しいくらいだ」


 因みに、親衛隊の隊長は、オルダートである。陰ながらベネットを見守る会を立ち上げた、張本人であった。


「そんなにお強いとは気が付きませんでした」


「まぁ、亜人って事でどうしても、な。本来ならカトレアよりも目立っていてもおかしくないが、運が良いのか悪いのか……本人にドラゴンを駆る才能が無くてね」


 地上戦特化型になったベネットは、ドラゴンを駆る才能に乏しかった。逆にキースはドラゴンを駆る才能に長けていた。


 それでもウォータードラゴンと契約したのだ。才能が無いからと言っていられない状況で、ベネットは自分の形を選んだ。


「カトレアが空けちまった中隊長の枠に入れたけど、悩んでいるなら考えた方がいいかも知れないな」


 お茶を飲み終わったアレハンドは、オルダートに忠告する。


「どちらにしろ、元から決まっていた事だ。希少なドラゴンを得たんだ。中隊長として頑張って貰わなければ困る」


 報告書を見るに、どうにも悩んでいる気配を感じたオルダートは唸ってしまう。このままでもいいが、早い内にベネットに部下を用意しなくてはいけない。


 ルーデルを鍛えさせた後にでも、新人を下につけるかと思案する。


「あの、お二人が強いとルーデルは……」


「あいつ? あいつ知ってたよ。まぁ、実力云々は知らなかったようだけど、逆にこっちが驚いたっての」


 内心で、何で知ってるのかと思ったが、確か少し調べればあいつの地位なら調べられると思い、気持ち悪かったという言葉を飲み込んだ。


 アレハンドは、殴られた腹いせか、それとも娘がルーデルを好きになったのが許せないのか、或いは両方の理由から嫌味を言う。


「ふん。少しは現実を教えた方がいい。世の中、上には上がいるという事を、な」


「まぁ、うちは二人で頭打ちなんだがな」


 冗談を言いながら笑うオルダートを前に、イズミは何か考え込んでいる様子だった。



 ベレッタの港町に戻る途中、イズミは空を見ながらサクヤに語りかける。


「なぁ、サクヤ。私はルーデルに肩を並べる程の資格があるだろうか?」


『よく分かんないけど、イズミはルーデルと一緒だよ。サクヤとも一緒!』


 そうだね、と呟く。


 イズミはオレンジ色に染まりだした空を見ながら、今の自分を考える事にした。


(周りはどんどん先に行くのに、私はこのままでいいのだろうか? 私も自分なりの形を……)


 そこまで考えた時に、ふと思い浮かぶのはルーデルの背中である。学生時代から追いかけてきたルーデルの背中が、また遠くへと行ってしまう焦燥感がイズミを襲った。


 届くわけがないのにと、自分の右手を見るイズミは悲しそうな顔をする。


(せめて、隣に立てるくらいの実力が欲しい)


 願ってはいけない場所がある。それはルーデルの隣だった。ただ、せめて仕事では、任務では肩を並べたいと思うのだ。


 そのためには実力が必要だ。


 イズミは帰ったらベネットに相談する事にした。

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