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壁と光

 ベレッタの港町では、ボロボロになったルーデルが海から這い上がっていた。


 息を切らし、体は重く動くのも辛い程だ。しかし、ルーデルの顔は笑っている。


「厳しい戦いだった……だが、俺は勝負に勝った!」


 槍を掲げたルーデルは、穂先に刺さった獲物を高々と掲げる。そこには、ルーデルの体よりも大きな魚が未だに生きているので暴れ回っている。


 大きさにして四メートルを超える魚を掲げる青年を見ているが、周りは「またか」みたいな雰囲気を出していた。作業を中断して食事をとる住人たちは、自分の食事に視線を戻し始めた。


 そんなルーデルを見ていたのは、可愛らしいお弁当箱を広げて昼食を取っているベネットとミリアだった。中身が同じである事から、ベネットの手作りである事がうかがえる。


 ルーデルは一度だけミリアの手料理を食べたが、弁当箱の中身の料理の外見が良いので、ベネットの手料理だと判断していた。ミリアの手料理は、キース曰く「生ごみ」らしい。何でも食べるルーデルも、流石に生ごみは酷いが、美味しくはなかったのを覚えている。


「……何をしている」


 唖然としているルーデルを見たベネットに、ルーデルは下着姿のまま自分の剣で魚の(ハラワタ)を取るために捌き始めていた。そして普通に答える。


「携帯食料が切れたので、現地調達に切り替えました」


 真顔で返答するルーデルに、ベネットは「そうか」としか言えなかった。少しだけ憐れんだ視線を向けてきたが、ルーデルは調理に戻る事にする。


「昼食を現地調達する発想が無かったわ。それに最近は水だって冷たいでしょうに」


 最近ではルーデルの奇抜な行動になれたミリアも、チラチラとルーデルの体を見ていた。しかし、昼休憩で海に飛び込んだと思えば昼食のためだというとは、思ってもいなかったのだろう。少し呆れている。


 そのまま魔法で火を起こして魚を焼き始めると、サクヤやドラゴンたちが魚を見つめていた。


『その魚美味しいよね』

『美味いよな』

『中々いないのよね』


「…………仕方がない」


 結果、ルーデルの手元に残ったのはわずかである。それでも、一人で食べるには多い量だろう。


 まるでステーキの肉にも見えなくはない魚の赤身を、豪快にかぶりつきながらルーデルは建設中の港を見ていた。


 ルーデルが捨てた腸を、鳥たちが片付けるかのように食べている。青空が広がった港町では、刺すような太陽の光がまぶしかった。


「随分と進んできましたね」


 ルーデルの呟きに、ベネットは答える。何が進んだかとは言っていないが、作業を手伝っている身としては、何が言いたいのか理解していたのだろう。


「ドラゴンを使えば作業も進む。予定よりも遅れていたが、この調子なら間に合いそうだ。計画が順調なら港が建設を終えれば、我々は他の団員に仕事を引き継いで次の任務地へと移動だろうな」


「中隊長、移動するんですか?」


 慌てるミリアに、ベネットは尻尾を振りだした。ルーデルも、まだ色々と教えて欲しいのに、それは困るとベネットの下に行く。


「勘違いするな。港の建設が早々に終わるものか。最低でも一年は残るだろうな」


 安心するルーデルとミリアだが、ルーデルは鍛えて貰えると喜んでいる。だが、ミリアは食事の事で安心しているようである。


 イズミとミリアも、流石にベネットの様に料理が出来る訳ではない。傍から見れば、完全に餌付けをされている状態であった。その事に気が付いていないのは、餌付けをされている三人と、ベネットだけであろう。


「はぁ、休憩後はエルロンが作業の手伝いに回る。午後は私と訓練だそ、ルーデル」


「はい、中隊長!」


 午後からベネットに鍛えて貰えると思い、喜んだルーデルにミリアが呟いた。


「それは良いけど、早く服を着なさいよ」



 訓練を行うのは、基本的にサクヤの住処付近である。


 人がいない事と、暴れ回っても港町の開発計画に支障が無い事を確認していたので、そこを利用している。


 同時に、ベネットはサクヤを荒れ地に住まわせる事で、荒れた土地が少しでも人にとって住みやすくなればと、計算もしていた。港町の規模が膨れ上がった時に、開発できる土地が多いに越した事はない。


(そろそろ他の場所に住処を作らせるか?)


 サクヤが住み着いた事で、岩しかなかったような荒れ地に雑草が生え始めていた。一般的には役立たずと思われがちなガイア種だが、大量輸送と地力の回復を思えば有能過ぎるドラゴンである。


 そして、その装甲とパワーはドラゴンの中でも一番だ。


「中隊長……走り終えました」


 汗だくのルーデルがベネットの下に戻ってくる。足場の悪い荒れ地や山の中を走らせる事を、最近の基礎メニューに加えていた。


 これは獣人の訓練方法だが、身体能力の高いルーデルは苦しみながらもこなしてしまう。


「そうか。では今日はお前の特技についてだな」


「特技ですか?」


「いいから光の盾とやらを見せてみろ」


 ベネットが指示を出すと、ルーデルは左手に力を込める。すると、少し遅れて光の盾が空中に出現していた。


(……便利だよね。自分の意志で光の盾を動かせるんだから)


 ベネットが単純にルーデルを強くするなら、今まで通り基礎をしっかり鍛えていれば問題ないと判断していた。今後は力押しでも自分を倒せる。しかし、技術的な事を磨けば更にその上を目指せるのも事実である。


「その左腕に力を貯めるのは貴様の趣味か? そうであればすぐにでも止める事だ。隙が大きすぎる上に、相手に次の一手を知らせているだけだぞ」


 実際に、ベネットがルーデルに光の光弾や盾を使わせなかったのも、左腕に意識を向ければ良かっただけである。キャンセルさせるのは容易だった。


「……出来るとは思いますが、自分のスタイルでどうしても左腕に意識が向いてしまいます」


 左手を見ながら考え込んでいるルーデルを見て、確かにとベネットも心の中で頷く。基本的に右手に剣を持っているルーデルには、空いている左手で魔法を行使する癖が出来ていた。


「他で代用できるなら代用しろ。最低でも全身のどこでも意識を集中させれば出来るようになれ」


 試しにルーデルが右腕で始めると、左腕よりも少し遅れて光の盾が出現する。その盾に向かって手持ちのブーメランを投げつけるベネットは、盾が容易に破壊された事を見て確信した。


(質が左手の時よりも格段に落ちている。これは成長の余地ありと見るべきだよね)


 少し考えて、ベネットはルーデルに注文を付ける。


「ルーデル、これからは毎日、どこでも盾を作り出していろ。それも小さく強固な物を、だ。それから自由に動かせるようになれ」


 ルーデルは首をかしげる。


「今でも十分に動かせますが?」


 作り出した盾を回転させるルーデルを見て、ベネットは凄いと思いながらもため息を吐いてあたかも馬鹿にしている雰囲気を出す。


「馬鹿か貴様は? 私が言っているのは、もっと強固な盾を作り出せるようになれという事だ。それから手の平サイズで作り出せ、もっといいのは盾という形を捨てる事だ」


「形を捨てる?」


「盾と言っても扱い次第で武器にもなる。お前も何度かそうした扱い方をしているだろう?」


「確かに」


(もしも盾の質を上げられるならそれでよし、新しい形を得られたらなおよしって所かな)


 何かを思い出しているルーデルを見て、ベネットはルーデルの資料を思い出していた。盾として使用しているが、周りから見れば手に持たず浮いている時点でその用途は非常に多いと言わざるを得ない。


 それに、カトレアが盾に乗って水面を移動するルーデルを目撃している。別に盾という形にこだわる必要もない。そんな使い方と思いつくのに、どうして盾という形にこだわるのか、ベネットには理解できなかった。


(はぁ、団長も難しい子を押し付けて来たな……でも、可愛い部下君のために、私も頑張らないと!)


 ルーデルの資料を見て感じた事を、ベネットは再度思い出す。白騎士として覚醒以降、ルーデルは力のコントロールにその時間を非常に割いていた。少々強引な所は目立つが、それでも技巧派だった初期とは違ってくる。


 今も右腕で小さな盾を作り出そうとして失敗している様子を見るに、大きな盾を作り出す事にこだわり過ぎていた。


(チグハグなのは、きっと覚醒したからだよね)


 パワー不足を悩んで改善してきた所で、今度はパワータイプになってしまったのだ。本人がその変化についていけていない。


(そうなると今必要なのは……スタイルの変更? いや、同時に基礎も向上させてコントロールできれば一番いいけど)


 ベネットにしてみれば、ルーデルには無駄が多かった。その無駄の多さが、ルーデルの敗因でもある。


(団長、絶対に面倒だから私に押し付けたよね?)


 自分を鍛えてくれた団長を思い出しながら、ベネットは苦労するルーデルにアドバイスを出すのだった。


「ルーデル、お前は強力な一撃が迫った場合、避けられない時はどうする?」


「……防ぎます」


「自分では防げないとしよう。反論は受け付けん」


 何かを言おうとしたルーデルが肩を落としていると、ベネットは自分と戦った時のルーデルの動きを説明する。


「お前は私の一撃を何度か受け流したな。アレは何故だ?」


「その方が受け止めるよりも断然……!」


 何かに気が付いたのか、ルーデルは盾の形を変更し始める。


「強固にするのは当然だが、全ての一撃を防ぐ必要はない。力の向きを変えるだけでも相当強固になる。少しは頭を使え」


 ルーデルが「はい!」と喜んで返事をすると、腕を組みながら尻尾を振り回すベネットだった。



 ベネットに肩を借りて帰ってきたルーデルを見て、休暇だったイズミはまたかといった表情をしている。


 ただ、どことなく嬉しそうな顔をしながら呆れている。


「今日もボロボロですね」


「まあな。下手に体力があるから無理をしすぎる。見ている方はハラハラしてしょうがない」


 イズミにルーデルを引き渡したベネットは、汚れた服を着替えるために部屋の奥へと歩いて行く。肩を貸したイズミは、ルーデルを椅子に座らせた。


「きょ、今日も頑張った」


「そうか、偉いな」


「明日はもっと強くなる」


 立ち上がれなくなったルーデルを見ながら、イズミは用意していた食事の準備を始める。日も暮れて来たので、ミリアも戻ってくると思い、鍋に火をかけ始めた。


 クタクタになるまで体を動かし、帰ってくれば食事をして寝てしまう。そのままぐっすりと朝まで眠り、次の日には飛び起きて訓練をするのだ。普通は真似できない。


 そんな中で書類仕事や、作業もこなさなくてはならないので、ルーデルの負担は決して軽くはないのだろう。


「明日はキース小隊長と訓練だ」


 笑顔でルーデルがイズミに告げると、本人も笑顔でその話を聞いていた。もとから知っていた事で、そのために休みを調整しているのだ。ルーデルとキースを二人っきりにしないために、イズミも苦労している。


(二人がもう少しだけ危機感を持ってくれたら)


 ベネットもミリアも、そういった事情に疎いようで危機感が無い。イズミは、二人に教えるべきか悩んだが、純情なベネットにそんな事を教えていい物か悩んでいた。


 ここでミリアだけに教えると、ベネットが気にするという問題もある。妙にそういった事に敏感なのだ。自分だけが知らないという状態で、不安を持つところも可愛く、ずっと見ていたい。


(――いや、それは駄目だろ、私!)


 何とか思考から這い上がり、ルーデルの話を聞くイズミは人の気配を感じた。その直後にミリアがベネットの家に帰ってきたが、イズミは近くに置いていた刀に手を伸ばす。


「ただいまぁ……って何よ!」


 刀を持ち出したイズミに驚くミリアだが、その視線の先を見ると納得した様子だった。


「やぁ、ルーデル。明日の打ち合わせを二人でゆっくりとしようじゃないか」


 右腕を上げて、ルーデルに笑顔を向ける外見だけは好青年のキースにイズミは怖い笑顔を向けていた。


「また来たんですね、エルロン小隊長」


「ハハハ、別にここは君の家じゃないだろ? それに家主には時々は顔を出せと言われていてね」


「またサラリと嘘を言いましたね。これで何度目ですか? ベネット中隊長に確認しましたが、そんな事は言っていないはずです。そもそも、貴方はここに来るのはルーデル目当てでしょう?」


「それが何か?」


 何がいけないのか理解していないキースの顔に、イズミの笑顔が引きつる。


「そこになおれ」


「馬鹿女が、僕の本当の実力を教えてやる。伊達にドラグーンはやっていないんだよ! スピニースゥゥゥ!」


 大声で自分のドラゴンを呼び出したキースに、イズミは構えてしまう。本気でドラゴンが来る前に斬ってしまおうかという思考が頭をよぎるが、キースの様子がおかしい。


「……え? 食事中だから無理? そ、そうか」


 イズミには聞こえないドラゴンの声だが、内容は理解できた。キースよりも食事を優先したのだろう。それか、事情を知っているが故に、拒否してくれたのかも知れない。


 契約者であるキースよりも出来たドラゴンだった。


「……」


 無言で睨みつけるイズミに、キースは目を逸らしていた。すると、ミリアがイズミの頭を軽く叩いた。


「静かにしてあげなさいよ」


 すると、椅子の上で寝息を立てるルーデルにイズミが気付く。流石のキースも、悪いと思ったのか退散しようとしていた。


「素晴らしい寝顔だ。今日はその寝顔に免じて――」

「さっさと帰れ」


 イズミを睨みつけたキースは、そのままベネットの家から走って逃げ出すのだった。



 一方その頃――


 王宮ではアレイストがため息を吐きながら掃除をしていた。部屋は綺麗に磨かれているが、どこか気合が入っていないアレイストは窓の外を見る。


「ミリア……」


 力なく呟くアレイストの姿は、他の隊員には何かを悩む隊長に見える。一人の女性の事で悩んでいる風に見えないのは、外見が良いからだろう。


 アレイストが悩んでいるのも、全てはミリアがルーデルの下に行ってしまったからだ。


 今では訓練に身も入らない。戦争イベントが近付いているが、どうしても気合が入らないのだ。それというのも、今の自分の強さが分からないのも理由である。


 アレイストは弱くはない。


 それにルーデルの強さを見てきているので、最近ではルーデルが全てを終わらせるのではないかと思えて来てしまった。それだけルーデルという存在が、アレイストには大きなものになっていたと言える。


 だが――


「アレイストはいるか!」


 ドアを豪快に開けた中に入ってきたのは、ユニアスである。アレイストは、集めた埃が飛んでしまうと思いながらも、窓ふきを中断してユニアスに近付く。


「何さ。今凄く忙しいんだよ。今日は貴賓室の清掃作業で――」

「馬鹿! 馴染み過ぎだ!」


 すっかり掃除が好きになってしまったアレイストは、今ではエプロンが似合い過ぎている。そんなアレイストに怒鳴りつけたユニアスは、普段着ているべき制服を脱いでいる。王宮の決まりでは、騎士服の着用が義務付けられていたはずだ。


「それよりどうしたのさ」


「リュークだ! あの野郎やりやがった!」


 ユニアスに新聞を投げつけられたアレイストは、エプロンで手を拭くと新聞の記事を読み始める。大きな見出しには、アイリーン王女とフリッツの絵が描かれていた。


「『平民期待の騎士、その名をフリッツ』? こんなに格好良かったかな?」


 挿絵が二枚目過ぎると呟いていると、ユニアスが怒鳴りつけてきた。


「その下の小さな記事だよ! リュークの話だって言ってるだろうが、この馬鹿野郎!」


 下の方へと視線を移すと、そこには同級生であったリューク・ハルバデスの記事が書かれていた。


 内容は短いが、魔法学会に論文が認められたと書かれている。同時に、本人の紹介分では、騎士としても一流と書かれていた。


「あの野郎はよく分からんがでかい事をした。だから俺も黙っていられない。そこで思いだしたんだ。お前……聖剣の話を知ってるか?」


「聞いた事あるよ(いや、ゲームで散々お世話になったし。でも、確かに聖剣は欲しいけど、今の僕にはもっと技術的な物が……)」

「なら話は早い! 行くぞ」

「……え?」


「だから、その聖剣とやらを探しに行くんだよ。聖剣がある場所は危険だって噂だろ? なら、丁度いい訓練になる。このままここで腐っていられるか。あの二人に置いて行かれるのだけは、絶対に我慢ならない」


 あの二人とは、ルーデルとリュークの事だろう。


 しかし、今のアレイストにもユニアスにも、任務がある。早々勝手な行動は許可が下りないはずだった。


「待ってくれ! 僕もそうだけど、任務があるんだよ。ユニアスも少しは落ち着いて――」

「許可なら取ってある。ほれ」


 そう言って投げつけてきた書類には、ユニアスの護衛にアレイストの小隊が任務にあたると書かれている。


「え? なんで……」


 驚いているアレイストに、ユニアスも詳しくは知らないのか頭をかきながら答えていた。


「よく分からんが、話は通ったんだ。すぐに出発するから準備しろよ。それから運が良ければルーデルの所にも顔を出すからな」


「行く!」


 素早く道具を片付け始めたアレイストは、部下に指示を出すと出発の準備に取り掛かる。


 その素早い行動を見ながら、ユニアスが少し笑っているのを見ても気にしない程に喜んでいた。


(ミリアに会える)


 希望が見えると人は頑張れる物だ。アレイストも例にもれず、ミリアという餌に釣られてユニアスの罠にはまってしまったのである。

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