少年と決着と赤い少女
対面するアレイストのクラスの生徒とイズミは、お互いに剣術主体で戦っていた。素早く動いて斬るそれを防ぐだけで攻撃できない生徒は、イズミに翻弄されてそのまま首筋に木刀を突き付けられた。……歓声が観客席から聞こえてくる。
イズミが勝利したのだ。審判がイズミに方に旗を向け、それに従ってイズミも木刀をしまう。
そんな光景を、闘技場の貴賓室から眺める騎士達が居た。上級騎士が数名に、ドラグーンが二名……その中で、一人の少女が足を前に出して机の上に投げ出している。赤い髪を肩まで伸ばし、癖毛な髪をいじっている。白い肌と赤い瞳はとても美しい。
しかし、その態度は問題だった。姿勢は悪いし、足は机に投げ出しているし……周りの騎士達もそんな彼女『カトレア・ニアニス』に視線を向けている。そんな彼女の代わりに謝るのは、横に座るドラグーンの副団長である男だ。
彼女は、ドラグーンになりたくなったのでは無い。その持って産まれた才能と、レッドドラゴンというクルトアで飼っている灰色のドラゴンとは違う、正真正銘のドラゴンと契約できた天才なのだ。
緑の鱗を持つウインドドラゴン、黄色の鱗を持つガイアドラゴン、滑らかな水色の鱗を持つウォータードラゴン……これらは飼われたドラゴンには発生しない色だ。飼われて産まれたドラゴンは、全て灰色の鱗を持って産まれてくる。
そして灰色のドラゴンは、それらのドラゴンよりも質が落ちる。
カトレアは、副団長が灰色ドラゴンと契約している事を馬鹿にしていた。だからいくら注意を受けても姿勢を正さない。それに、カトレアは王族からも信頼されている。それが余計に彼女を自惚れさせた。
「つまらない試合ばかりですね。私は帰ってもいいですか?」
副団長はいい加減に腹が立ってきたのだが、ここでは我慢した。
「いいかカトレア、ここで次期団員の候補を見極めるのも我々の仕事だぞ」
「どいつもこいつも大して強くありませんよ。さっきの黒髪の女も、いい所で上級騎士がお似合いですし」
その言葉に、近くに居た上級騎士達が殺気立つ。だが彼らも一流の騎士だ。その言葉に怒りはしても手は出さない。だが、副団長にしてみれば、胃に攻撃が来ているに等しい。
◇
次の試合は、ついにルーデルだ。対面するアレイストは、余裕の表情で逆にルーデルは真剣そのものだ。
「さぁ、これから傲慢な貴族にお仕置きの時間だ。……文句はあるかい?」
「傲慢かどうかは……いや、傲慢だな。文句はないが、真剣に相手をして貰いたい」
「そうかい……でも、全力なんか出すまでもないんだよね」
そして、審判からの始まりの合図が告げられると同時に両者は踏み込んだ。
一瞬にして詰まる間合い、そしてぶつかり合う木剣が、木に似合わない音をたてて激しくぶつかり合う。アレイストの攻撃にも対応するルーデルに、焦りだすがそこを見極めたルーデルが攻勢に出る。
距離を話したアレイストに対し、ルーデルは魔法で攻勢をかけた。下級魔法で連続攻撃を繰り返し、アレイストに攻撃する暇を与えない……だが、アレイストは
「調子に乗るなァァァ!!!」
闘技場内で上級魔法を放とうとした。ルーデルにしてみれば隙だらけで、悪手であった。すぐに魔法を放ちながら距離を詰めて接近戦に持ち込もうとした時!
「バーカ、見え見えですから!!!」
アレイストの木剣には、風の魔法が付与されていた。その攻撃を受け止めたルーデルは、そのまま激しく吹き飛ばされる。
◇
「凄いな……基礎課程で、これ程の試合が見られるなど想像以上だ」
「アレイストは噂通りの化け物ですね」
「しかし、そのアレイストに食い下がるアルセス家の者も中々……」
貴賓室でそんな会話がされる。上級騎士はご機嫌で、副団長は早くも新人の活躍に胸が躍った。だが、カトレアだけは違う。
(イライラする……何だこの試合は? 力だけのアレイストとかいう奴と、無駄に鍛えた馬鹿なガキが喧嘩してるだけじゃない!)
自分ならどちらも瞬殺している。そう確信するカトレアは、鋭い視線をルーデルに向けていた。気に入らない。……それがカトレアのルーデルに対して持った感情だった。
「アルセス家のルーデルだな。彼はドラグーンを目指しているとか……これなら、もしかするかも知れないな」
そんな上級騎士の一言に、カトレアは頭に血が上る。アレが私と同じ地位に来る? 冗談じゃない! アレは駄目だ! 絶対に嫌だ!!!
最早、何で駄目なのか理解できないカトレア。彼女は真剣にルーデルとアレイストの試合を見ていた。
◇
アレイストの木剣に付与された魔法……風の魔法によって、ルーデルは押されていた。攻撃を受け止めれば弾き飛ばされ、避けても風に体勢を崩される。魔法を放ちながら逃げる事が、今できる最大の攻撃だった。
「ハァハァ……バジルの言う通りだったな。戦闘では想像以上に魔法の質が落ちる。これだと撃つだけ無駄になりそうだ」
ルーデルは、バジルの指導を思い出す。そこで、一か八か賭ける事にした。至近距離からの全力魔法……下級魔法でも、至近距離で、なおかつ全力で魔力を込めれば……
そんなルーデルの様子を、余裕の表情で見つめるアレイスト。ルーデルが何を狙っているか理解できたらしい。
「へぇ、一撃に賭けるつもりかよ? いいね。……受けてやるから、全力で来てみろよ!!!」
アレイストの木剣に、風が勢いを増してまとわりついた。木剣に小さな竜巻が……まるで竜巻が刃であるかのごときその魔法剣に、会場は驚く。
その魔法剣を上段に構えて待ち構えるアレイスト……それに対して、ルーデルも魔力を右の手の平に集める。
「ま、待たんかお前ら! ここで死人を出すわけには……」
審判が止めに入ろうとしたその時を利用して、二人は動き出した。ルーデルの右手には、火の魔法が……アレイストはニヤリと笑いながら魔法剣を振り下ろす。しかし、ルーデルは隠していた左手に風の魔法を用意していた。
同時に行使するなど基礎学年は無理といっていい。ルーデルも完璧に扱えるわけではない……が、左手の風の魔法でアレイストの魔法剣の軌道を変え、そのまま右手の本命である魔法をアレイストにぶつける!
爆風が闘技場で起こると、ほぼ同時に二人が弾き飛ばされていた。……そして、結果は誰の目から見ても明らかだった。
◇
「勝負ありか……中々、面白かったな」
副団長の言葉に、カトレアは興味が無かった。ただ、闘技場で倒れているルーデルに、その視線が向けられている。アレイストが何とか立ち上がる中で、ルーデルは最早立つ事も出来ていなかった。それでも必死に立ち上がろうともがいている。
「最後の最後で地力の差が出たな……アレイスト・ハーディはやはり化け物だ」
そんな会話を聞きながら、カトレアは恐怖していた。
(何で誰も気付かない? 本当の化け物はあいつなのに! あのルーデル・アルセスなのに!!!)
カトレアの評価は、ルーデルこそが化け物だという物だ。魔法を、不完全とは言え同時に使用した器用さに加え、剣術と魔法技術は完全にアレイストを上回っていた。アレイストが勝てた理由は、魔法剣という切り札と、底なしの魔力だろう。
(だけど、ルーデルにしても十五歳……これからまだ伸びる年齢だ。それに未だに立ち上がろうとする意志の強さ……ここまでの差を見せ付けられて、それでも立ち上がろうとする!)
あの子は這い上がってくる。……カトレアは、そんなルーデルに恐怖した。才能もあるにはあるだろうが、自分ほどでもないし、剣術の才能に関しては前の試合の黒髪の少女にも劣るだろう。だが、きっと戦えばルーデルが勝ってしまう。
だから、カトレアは思った……あいつは潰そう、と……