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上司と任務

 大掃除後に疲れて眠った三人は、次の日にベネットの下に顔を出す。


 碌な準備がされていない一軒家は、イズミかミリアが掃除をする事で話がついている。ベネットへの挨拶が済み次第、どちらかが掃除に戻ってくる事になっていた。


 三人で歩いたベレッタの町並みは、急造された煉瓦造りの建物が並んでいる。だが、二階建て以上の建物は見付からない。


 それは宿屋も同じでる。


(まいったな。早い所、寝泊まりする所を確保しないと)


 いつまでもルーデルと一緒では、きっと迷惑がかかると思ったのだろう。イズミは、誰に相談するべきか悩んでいた。


 すると、町では立派な部類に入る建物が見えた。若い兵士たちが、談笑している姿にイズミは頭を抱えたくなる。


「あ、おはようございます。昨日はよく寝れましたか?」


「あぁ、それよりもベネット中隊長は?」


 イズミの返事に、若い騎士たちはルーデルと自分やミリアを見て何か話している。内容は予想できるのだが、今は構っている暇がない。


「奥の机で書類仕事をしてます」


 顔の赤い若い兵士にお礼を言うと、三人でベネットの下へと向かった。


 詰所にはドラグーンが使いまわす机が一つ置かれている。普通では有り得ない事だが、何もない開拓地では机一つがドラグーン専用で与えられているだけでも十分なのだろう。


 このような対応に、王都で勤務している騎士は耐えられないだろうというのが、イズミの感想である。


 イズミは、目の前のルーデルの上司に書類を提出した。だが、それ以上に目の前の女性騎士を見て思うのだった。


(なんか……可愛い)


 書類を受け取ったベネットは、自分の持つ書類入れにしまうと今後の確認をする。


「貴様らがこいつの監視役か。見ている分には構わんが、こちらは任務で飛び回る事もある。それに作業をするのが普通だと思って貰おうか」


「作業は任務外の行動では?」


 ミリアが下を向きながら聞き返すと、ベネットは鼻を鳴らす。


「王都でノンビリした任務しかした事のない新米が、辺境のやり方に口を出す必要は無い。お前たちに対して命令権は無いが、ここでこいつを見ているだけという行動を取れば、それだけで周りから不評を買うと覚えておくんだな」


 ミリアもベレッタの忙しさを見ているだけあって、確かに見ているだけでは不評を買うと思ったのか黙ってしまう。


 イズミが、交代で作業にも参加すると申し出ると、ベネットは「そうか」と言ってルーデルの予定をまとめたスケジュール表を渡してくる。


(以外と細かい上に面倒見がいいな。それに可愛い)


 こちらを気にしてくれている様だと、イズミは感じる。


「まぁ、辺境では上手くやる事だ。どこでも同じやり方で上手くいくわけではない事を、ここで学ぶといい。……ルーデル、貴様は外でサクヤと共に岩を砕いて貰う。新米のお前にわざわざ私が監督してやるんだ。成果を出せ」


「はっ」


 ルーデルが真面目にしているのを見て、イズミは安心する。流石のルーデルも、いきなり撫でまわす事はしないようだ。いや、イズミ自身は、ルーデルの撫で関係を封じているので安心しているが、いつ新技を披露するかと思うと気が気でない。


 撫でに始まり、マッサージに抱き着き、そしてローション……それらを封じても魔眼と言う斜め上の方法を持ち出してきたルーデルだ。警戒しても、し過ぎとは言えないだろう。


 それよりも――


 イズミはルーデルと話すベネットの尻尾を見る。まるで表情とは裏腹に、嬉しそうに振り回されている。そのギャップがまた可愛く見えてしまう。


(なんか無理してる感じが可愛いな)


 ミリアも同じ感想を持つはずと横を見ると、何故か少しイライラした印象を受けた。睨むようにルーデルとベネットを見ている。


 ルーデルが真面目に受け答えする度に、ベネットの尻尾が振り回されるのだ。上司と部下が逆だと言われても、誰も疑わないだろう。


(可愛いんだけどな)


 ベネットを見るイズミは、しばらく無理をして上司を演じるベネットを見ていた。



 町の外、港とは反対側の岩場では、ルーデルがサクヤと共に岩を砕いていた。


 港の資材にするのだが、砕いた後に魔法で加工しなくてはいけない。そのためには、どうしても手頃な大きさに砕く必要があったのだ。


 ルーデルはサクヤに指示を出すと、大きな両腕でサクヤは岩を殴って破壊した。


「馬鹿者! それでは小さすぎだ。大きすぎても駄目だが、小さすぎれば余計に魔力を消費するではないか!」


 ベネットの指示のもとに、ルーデルはベレッタでの仕事を覚えていく事になる。資材運びに、港町周辺の警備、そして建設の手伝いとやる事は多い。便利なドラゴンは、燃費さえ無視できるなら、建設には必要不可欠な生き物だろう。


「難しいですね。サクヤには少し細かすぎます」


 サクヤの巨体を考えると、確かに難しい仕事である。しかし、ベネッタは鼻で笑った。


「ほう、では貴様は任務を選ぶのか? 我々はどんな任務も出来て当たり前だ。今のままでは半人前以下のドラグーンだな」


「それは!」


 言い返しそうになるルーデルは、言葉を飲み込む。確かに、任務のえり好みをするなど、普通はあってはならない。


 ベネットが自分のドラゴンを呼ぶと、手本として岩を適当な大きさに砕く。破壊した後は、サクヤと違ってあまり散らばっていなかった。


「順調に開発が進めば、ここも町の一部になる。今から破壊して岩を散らばらせては、今後の任務が面倒だ。渡した書類には計画の内容も書かれていたぞ」


「申し訳ありません」


 そこまで気が回らなかったルーデルは、ベネットに謝罪する。確かに、計画書には港の建設と、港町の拡大が記述されていた。


「……まぁ、いい。今はエルロンが買い出しに出かけているから、しばらくは私が貴様を教育する。任務も訓練の内だと思って気を抜くな」


「はっ!」



 ルーデルが作業を続ける傍らで、イズミは可愛い上司とルーデルのやり取りを見ていた。


 監視役であるイズミの任務は、出来るだけルーデルから目を離さない事である。真面目に仕事をしている二人だが、見ているとどうしても微笑ましく見えてしまう。


 ベネットの尻尾が嬉しそうに左右に揺れている上に、サクヤがウォータードラゴンからチョップで岩を破壊する方法を習っているのだ。ドラゴンが、手刀で岩をブロック状にしていく姿も見ていて不思議な光景だった。


(楽しそうだな)


 ドラゴンに岩を破壊させている二人は、自分たちの訓練も行う。ベネットが、ルーデルにかかって来いと言うと、ルーデルが全力で斬りかかっていた。


 不味いと思ったイズミだが、ベネットは軽くあしらいルーデルを地面に叩きつけている。小さな身体だが、その身のこなしは流石ドラグーンだと言わざるをえなかった。


 ただ、勝った後にルーデルに憧れたような視線を向けられると、本人は「さっさと立ち上がらんか、馬鹿者!」などと言いながら尻尾を激しく左右に振っている。


 二人の隣では、上手く岩が破壊できないサクヤが、ブレスで岩を破壊しようとしてベネットのドラゴンに頭を叩かれている。


(本人たちには悪いが……)


「攻撃がパターン化してる。それでは私にかすりもしないぞ」

「くっ!」


 風の魔法で加速しているルーデルが、必死にベネットを捕えようと襲い掛かる。それを紙一重で避けるベネット――


『だって出来ないもん! って、痛い!』


 未だに手刀が上手くいかずに、今度は尻尾ではたかれるサクヤ――


(なんだろう。楽しそうにしか見えない)



 国境付近の辺境に追いやられたクルストは、上がってくる部下からの報告に表情が歪む。


「隊長、こりゃあ不味いんじゃねーのか?」


 髭面の男がクルストに報告したのは、クルトア、ガイアの両国の高官の密会である。秘密裏に外交をするにしても、クルトアは貴族社会であり高官は貴族である事が多い。雑な扱いを嫌う反面、見栄を張るためにわざわざ辺境で高官同士が会うなど考えにくいのだ。


 クルストの部下である男は、自分の信頼する部下が聞いた話を報告した。


 ――それはクルストが、有り得ないと思いたくなる情報である。


「最近は大人しいと思えば、まさか……」


 黒いオーガ事件は、今は起きていない。しかし、国境にいれば、嫌でも敵の動きが活発になっている事が理解できた。


 雰囲気もそうだが、静か過ぎて逆に不気味なのだ。


 そして高官同士の話し合いの内容だが、髭面の男が青い顔をしている。クルストも、自分も血の気が引いているかも知れないと思いながら、部下の前だと気持ちを切り替える。


「……高官の顔は分かるか? それと特徴だ」


「無理だ。全員が顔を隠してローブを着ていた。話している内容や、互いに身分を示すために持っていた書類がなけりゃ、俺たちも不審者だと思って拘束に動いたぜ」


 しかし、動かなかった事を、部下は心底安心している様子だった。地元であり、身を隠す事になれていたのも大きいが、相手がこの辺りの事を知らなくて幸いしたと言っている。


 それだけ強力な護衛がついていたのだろう。


 名前が分かれば、クルストも元は大公家の次男である。派閥を知る事が出来ると思ったが、簡単にはいかないようだ。


「どのみち、今のままでは中央に伝手が無いか」


「どうするよ、隊長? このままだと不味いんじゃねーか?」


 いつもは豪快な部下である髭面の男が、ここまで慌てる理由は簡単だ。クルトアの高官が、ガイア帝国の高官と書類を交換していた。それも、なれたような感じで、だ。


 そして一言、二言の会話は、明らかにおかしい。


『姫君は乗り気だ』

『こちらも条件さえのんでくれれば、そちらの茶番にも付き合おう』

『ふん、平民出を英雄にするなど反吐が出る。死して英雄になって欲しい物だよ』

『……こちらの準備が終わるまでに、そちらが決断する事を祈ろう。始まってからでは、遅いという事を理解して欲しいと伝えてくれ』


 姫君、英雄、平民出、そして始まってからでは遅い……これらの言葉が、クルストにはどうしてもある二人を思い出させる。


 自分がこうしているのは、少なからず二人も関係していると思っていたのだ。勿論、良い意味で、だが。


 以前のままルーデルを憎んでいれば、今の自分はなかったとクルストは自覚している。そのための切っ掛けになった二人の顔が妙に思い出される。


(これは確実か……だが、今のままでは)


 気が付いたとしても、こんな事実を上に報告しても駄目だと理解している。良くも悪くも貴族社会であり、虐げてきたクルストには理解できていた。事実ならもみ消し、嘘であれば堂々と自分を処分する。


 いや、報告をした段階で消される事の方が確率が高い。


 辺境にいた期間が長いため、今では王宮の派閥に関しての情報が古いのも災いした。


 ついでに言えば、辺境では楽観視している所がある。帝国が攻めて来ようとも、ドラゴンを所有するクルトアが負けるはずがないと思い込んでいるのだ。


「……この件は誰にも話すな。お前の部下たちにも漏らすなと命令しておこう」


「それじゃあどうするんだよ!」


「調べてみる。下手に上に知らせれば、部隊ごと消されてもおかしくないからな」


 部下の男が黙り込む。厄介な件に首を突っ込んだと思ったのだろうが、クルストは部下以上に危機感を持っていた。


(誰を頼る? 実家は……エルセリカにすら連絡がつかないから無理か)


 部下が部屋を出て行くと、クルストは頭をかいて考え込む。


(これまでも帝国側の怪しい動きは知らせてきた。上が知らないとは思えない。なら、最初から知っていて握り潰した?)


 国境付近に戦力が増強されている事から、安心していたクルストは嫌な予感がする。


(戦力の増強は行われている。だけど……)


 部屋に有る壁に貼り付けられた周辺の地図には、メモ用紙がいたるところに貼り付けられている。ここ数年の国境付近での事件をまとめた物だ。


 そして、クルトア側の戦力を確認する。


(小競り合いなら問題ないか? いや、帝国だって長年ドラゴンに苦しめられてきた。今更ドラゴンを軽視する事は考えられない。こちらの方が相手を軽視し過ぎている)


 黒いオーガの報告をまとめたクルストは、帝国側の実験ではないかという報告書を上げている。しかし、自分の上司に鼻で笑われたのだ。


 事実であっても、クルトアにいはドラゴンがいるから問題ないと楽観視していた。


(今は情報を集めるしかない。それから、誰かにこの事実を知らせないと……)


 兄の顔が浮かぶクルストだが、今のルーデルの現状を思い出し首を振る。白騎士となったルーデルは、目立ちすぎている。それに、迷惑がかかると思ったのだ。


「先ずはエルセリカに連絡を取らないといけないな。少しでも王宮の情報が欲しい」


 地図を見たクルストは、国境付近にある港町の表記を見る。そして、そこにはメモに保有する戦力が書かれていた。


 強力なドラグーンを三騎も配置しているのに、まともな戦力増強を行っていない。チグハグな対応に、同じように辺境へと飛ばされた兄の身を案じるクルストだった。


「考え過ぎだといいんだが」


 嵐の前の静けさを感じながら、クルストはこの時期に兄であるルーデルが辺境へと飛ばされた事に作為的な物を感じるのだった。

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