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友達とお披露目

 お披露目を明後日に控えた王都では、宿舎に帰る人気のない道ですら喧騒が聞こえていた。


 そんな道で向き合っている女性二人は、緑色の髪をしたエルフの泣いている女に、黒髪の美しい東方の女である。


 イズミは、ポロポロと涙を流すミリアを見て悔しくて歯を食いしばる。視線をしたに下げると、ミリアの真っ直ぐな瞳から視線を逸らした。


 自分ではここまでハッキリと言えないと、理解している。言えば迷惑になる事も知っている。イズミにとってルーデルは恩人に近い。だから、恩人であるルーデルを困らせる事はしたくないのだ。


 対して、ミリアは自分が羨ましいと言う。


「何とか言いなさいよ。……無駄な事だって笑ってよ。馬鹿な女だって罵ってよ! 早く私に諦めさせてよ!!」


 苦しそうな声を絞り出すミリアに、イズミは首を横に振る。まるで、自分の本心と話しているような感覚に、イズミは目に涙が溜まる。泣くのを堪えると、イズミは深呼吸をしてからゆっくりとミリアを見た。


 不安そうに怯えている少女に見えるのは、きっとエルフだからだろう。自分が顔を上げた事で、身構えている。


「私だって同じさ。いや、もっと酷い。ずっと好きだった。だから傍にいた。でもね、それでも駄目だったよ。私じゃルーデルの隣に立てないんだ」


 理解している事を口にすると自分が歯がゆくなった。それでも笑顔を作ると、イズミはミリアに言う。


「私たちは似ているな。手の届かない人間に恋した、同じ馬鹿な女さ」


「……アンタは、私よりずっと先にいるじゃない。私には、学園での思い出なんて」


「それでも、結果は変わらないから」


 イズミは、ミリアに言い聞かせているのではなく、まるで自分に言い聞かせるような口ぶりだった。



 次の日――


 破壊された噴水前の広場には、カトレアに監視された三公とアレイストが破壊された噴水や広場の片付けを行っていた。


 彼らが無理やり参加させたユニアスとリュークの取り巻きたちは、現在は大事を取って入院中である。


「何で俺たちだけなんだよ。他にも暴れたのは絶対にいるだろうが」


「同感だ。力仕事は苦手だな。職人に任せないか?」


 愚痴をこぼす二人に、鞭を持ったカトレアは地面を一度力強く叩いた。鞭の一撃は、地面に当たって何とも痛々しい音を立てる。


「はいはい、そこの二人はもっと働いて下さい。でないと明日のお披露目に間に合わないですよ(アンタらみたいに破壊した馬鹿は、今回どころかここ数年いないわよ)」


 カトレアは新人の引率であったために、責任を取らされて四人を監視しているのだ。人選的にカトレアくらいしかいないと判断されたのだが、本当はオルダートが暇そうなカトレアに押し付けたのである。


(はぁ、何で私はこんな事をしているのかしら?)


 四人に指示を出して働かせるのだが、並の騎士たちでは恐れ多くて指示も出せない。しかし、過去に色々あったカトレアなら大丈夫だろうと押し付けられたのだ。


 少し離れた場所で真面目に作業する二人を見る。アレイストとルーデルだった。


「あれ? ルーデル、何で笑ってるの? 気持ち悪いよ」


「あぁ、明日のお披露目を楽しみにしていてくれ。今は話せないが、きっと驚くと思うぞ」


(アンタは何をするつもりよ? まぁ、困るのはナイスミドルさんと堅物さんだからどうでも良いけどね)


 カトレアは溜息を吐くと、最近は面倒な事が増えたと思うようになる。そんな状態を見られたのか、四人は集まってカトレアを見ていた。


「何だ? お前の上司は好きな奴でもいるのか? そう言えば、元はお前の婚約者だったな、ルーデル」


 ユニアスは同じドラグーンのルーデルに確認すると、本人は首を傾げている。


「そういった噂には疎いんだが……いなかったと思うぞ」


(……恋人がいなくて悪かったわね。これでも声くらいはかけて貰ってるわよ)


 年下に自分の色恋沙汰を話されて頭に来るが、ここは我慢とカトレアは自分に言い聞かせる。


「ふん、どうせあの性格だ。貰い手がいなくて困っているんだろう。ガサツな女はこれだから困る」


 リュークの冷たい言葉にアレイストはフォローしていた。チラチラと自分を見るアレイストに、カトレアはイライラする。


「い、いや! 外見は美人だし、ドラグーンだからそんな事は……」


「外見『は』美人で悪かったわね! ほら、さっさと仕事に戻りなさい!」


 鞭で地面をまた叩くと、三人は持ち場に戻って仕事を再開する。ユニアスは力仕事に、リュークは魔法を使って修繕を行っていた。アレイストは雑用をしている。


 だが、ルーデルは――


「小隊長」


「何よ?」


 カトレアの元に来ると、少しだけ言い難そうにした後に笑顔を向けてくる。その笑顔に顔が赤くならないか心配になるカトレアに、ルーデルは――


「何があったかは知りませんが、頑張ってください!」


 カトレアは無表情でルーデルに近付くと、そのまま鞭で軽く叩き始めた。ルーデルが混乱していると、大声で怒鳴りつける。


「お前のせいだぁぁぁ!」


「何故ですか!」


 理解できないというルーデルの顔を見て、更にカトレアは叫ぶのだった。



 フリッツは、半年で着なれた豪華な騎士服を着てアイリーンの下を訪れている。


 近衛隊の隊長として、アイリーンの警護をするのも彼の仕事だった。これは、責任者の仕事として問題ではあるが、優秀な部下がいて任せられるという理由でもない。


 本来は、身分もしっかりした腕利きが護衛に選ばれる。


 だが、近衛隊は結成して間もない。


 それに加えてフリッツは、学園を三年課程で卒業している。学んでおくべき事を学んでいないままに隊長になってしまった。そうした事で、書類関係の仕事などに問題がある。近衛隊の幹部たちによって、アイリーンの護衛に回されているのだ。


 そうしなければ、アイリーンのご機嫌も取れない上に仕事も回らない状態であった。


 テラスでお茶を飲むアイリーンの相手をするフリッツは、最近特に疑問を持ち始めていた。こんな事をしていていいのか? 自分にはもっとやるべき事があるのではないか?


 だが、既に近衛隊の隊長になったフリッツに自由は無い。


 クルトア王国は、フリッツにドラゴンまで与えている。フリッツを好きにさせるなど、有り得ない事だった。


「どうされました? このお菓子がお気に召しませんか……ならば職人を呼び出して」


「い、いや。そう言う事ではありません」


 なれない言葉を使う様になったが、プライベートだと言われてアイリーンの前だけでは普通に話すという事になっている。そういった事から、話し方がちぐはぐになっていた。慌てた理由はアイリーンになる。


 彼女は、気に入らなければ職人をすぐに代える。


 そうした事から、フリッツも次は自分も……などと頭によぎるのだ。下手に成功してしまったために、今の地位から下がるのは許せなかった。自分がやりたかった平民の生活向上も、部署が違って進める事が出来ていない。


(今はまだその時じゃない。もう少ししたら、好きに動けるはずだ)


 笑顔でアイリーンとお茶を飲むフリッツは、いつかこの美しい姫の笑顔が他人に向けられるのかと恐怖する。


(欲しい。アイリーンが欲しい)


 金色の髪は長く美しく、青い瞳は吸い込まれそうだった。


 フリッツは、自分を支えてくれるアイリーンに恋心を抱くのだった。それは、周りから見れば、儚くも見え、危うくも見える光景だった。



「お父さん、次はどこの騎士団!」


 小さな女の子は、右手にアイスクリームを持ちながら、自分を肩車している父に整列して行進する騎士団名を訪ねていた。


「アレは近衛隊だよ。今年は上級騎士が少ないから、今後の目玉は彼らかも知れないね」


 父である男は王都に長年住んでおり、お披露目を小さい時から見てきている。そうしていると、まるで審査員の様な厳しい目を持ってしまった。


 近衛隊は急造された騎士団であるため、どうしても動きに精彩を欠いている。


「動きが悪いな。上級騎士も異動してると聞いたのに、隊列が微妙にズレているね。これなら数は少ないが、上級騎士の方が綺麗に見えた」


「あ! お父さん、見て見て! 向こうに凄い黒い鎧を着てる人がいる」


 女の子が父の肩の上で暴れると「アイスを落とすよ」などと言って、父は苦笑いをする。


「今年の目玉の一つだね。アレは黒騎士様だよ」


「くろきしさま?」


「黒い全身鎧に赤いマント……黄金の角や装飾が綺麗だね。馬もナイトメアとは、他の騎士とは格が違うんだろうね」


 ナイトメアは、黒い体毛が長く美しい馬の魔物だ。ただ、知性があるので飼い慣らす事も出来る。額から伸びる鋭い角や、体に走る赤いラインは模様に見えて美しい。


「あ! お空にドラゴンが飛んでる! アレがドラグーンさん?」


「ハハハ、一頭じゃドラグーンじゃないね。近衛隊の上を旋回しているから、きっと近衛隊長のドラゴンだよ。でも、一頭だと寂しく感じるね。毎年、新人とベテランの編隊飛行が目玉なのに」


 近衛隊が二人の前を過ぎると、親衛隊や各騎士団が通り過ぎていく。王都に住んでいる住人たちは、これからが本番だと空を見上げた。


「首が疲れちゃった」


「もう少しだけ見ててご覧。きっと忘れられなくなるよ」


 すると、女の子は歓声を上げる。周りの住人たちも、ドラゴンの編隊飛行に皆が空を見上げていた。歓声に口笛、それらがまるで気にならない程に二人は空を見上げていた。


「今の何! 何!」


「アレは難易度が高い飛行だよ。先頭がウインドドラゴンだから、きっとドラグーンの中でも凄い人になる騎士が乗っているんだろうね。あの動きは一年もしないのに見事だよ」


 空を飛んでいるドラゴンたちは、王都の住人に見栄えのいい飛行を行っていた。


 喜ぶ女の子は、空のドラゴンに手を振っている。しかし、すぐにドラゴンたちは過ぎ去っていく。


「いっちゃった」


「まだだよ。ここからが本番さ」


 父の目が光ると、瞬きもしないで空を見上げていた。その表情は、まるで一瞬の動きも見逃さないとする、子供の様な顔をしていた。


 すると、先程とはまた違ったドラゴンの一団が、まるで空で舞っているような動きを見せる。先程とは次元が違う動きに、女の子はただ「凄い! 凄い!」と叫んでいるだけだ。


 父の方は「あそこで宙返りだと! おいおい、合わせ技じゃないか!」そう言って興奮していた。目の肥えた王都の住人たちは、今年の編隊飛行を高く評価する一方――。


「お父さん凄かったね!」


「あぁ、だけど今年も野生のドラゴンが少ないな。団長は灰色ドラゴンだし、やはりドラグーンの質が低下しているのかもしれないね。動きは良かったけど、もっと雄々しい姿が見たかったよ。もっと前はギリギリまで降りてきていたんだけど、やっぱり安全を意識するとどうしても高く……」


「お父さん?」


(そう言えば、今年は白騎士様も出てくるはずだよな? 確か……ガイアドラゴンだったと思うんだが、さっきは見かけなかった。次期大公様というし、最後に出てくるのか?)


 男は肩に担いだ娘の様子を伺う。お祭り騒ぎは好きな女の子は、父の肩の上でアイスを食べながら空を見上げていた。


 また来ないかとワクワクして空を見上げていたのだ。そんな娘を見た男は、昔の自分を思い出す。


 今は祖父になった父の肩に乗り、こうしてドラゴンを見上げた物だと懐かしく思う。あの時は、父の肩車に乗りながらアイスを落とした。怒られた事を思いだして苦笑いなると、娘がアイスを落としてしまう。


「こら、ちゃんと持たないと駄目だろう」


 昔の父のようには怒れない。娘であるので、どうしても言葉が優しくなってしまう。しかし、娘は空を見たまま黙っているだけだった。


 周りも静かになっており、全員が空を見上げていた。


 何も言わない娘や周りの住人を不審に思い、自分も空を見上げる。


「なんだコレは……」


 男の声に誰も答えない。いや、答えられなかった。

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