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酒場と喧嘩

 落ち着いた雰囲気の酒場は、アレイストがユニアスのテーブルに立ち上がって向かった事で急に緊張が走った。


 自分が馬鹿にされた事よりも、ミリアを亜人と見下した事が許せないのだろう。ルーデルは即座に周りが止めたが、親衛隊の女性たちはアレイストを止める事が出来なかった。


 ユニアスを取り巻く騎士たちを睨みつけると、相手も笑いながら立ち上がる。


 黒騎士であり、伯爵家のハーディ家の嫡男。その肩書も、大公家の前では霞むのだ。いくら黒騎士が重要だと言われても、王宮では掃除係である。騎士たちが、アレイストを軽んじるのも当然の事だろう。彼らはアレイストの実力を話に聞くだけで、実際には見ていない。


 人は、都合の良い事にしか目を向けないのである。


 ニヤニヤを笑う騎士は、背が高くアレイストよりも頭一つ分高い。アレイストが睨みつけると、相手は冗談で震えた姿を見せた。


「怖い怖い。黒騎士様がお怒りだ」


「お前ら、今の言葉を取り消せよ」


 相手の反応など無視して、発言を取り消せと迫るアレイストをルーデルは見ていた。アレイストに任せる事にしたのだ。二人もいらないと、相手の力量を見切った。だが、その視線はユニアスに向けられる。呆れた表情を取り巻きに向けているが、学園での覇気が感じられなかった。どこか、諦めにも似た表情をしている。


「はっ、粋がるなよ、新人。お前がいくら学園で強かったっていってもな、俺たちは正式な騎士なんだよ。お前らの遊びとは格が違うんだよ」


「格? 確かにお前らの格は低そうだよな」


 挑発していた騎士たちは、アレイストの挑発に乗って数名が追加されるように立ち上がる。見かねたユニアスは、溜息を吐いて謝罪した。


「悪かったな、アレイスト。お前らも座れよ。明後日は大事なお披露目だぞ? 問題を起こすのは勘弁だな」


「す、すいません」


 着席する騎士たちを前に、アレイストは不満だったのだろう。自分を挑発した騎士の胸倉を掴むと、無理やり立ち上がらせる。


「いいから、謝れよ。ユニアスの謝罪と、お前らの発言は別だろうが!」


 胸倉を掴まれた騎士は、顔が赤くなり拳を握る。すると、ようやく親衛隊の女性騎士たちがアレイストを止めに入った。ミリアはやる気な下げに、立ち上がりはしたものの見ているだけだ。


「……迷惑だから、座ってくれない」


「え? ……はい」


 ミリアに言われ、すごすごと退散するアレイストを見て、周りは笑いを堪えるので精一杯だったようだ。周りの席から、笑い声を押さえているが小さな笑い声や肩が小刻みに揺れている者までいる。


 ユニアス、リューク、そして周りの雰囲気は、別物だった。



「それにしても静かだな」


 ルーデルはテーブルに運ばれた料理と、酒に手を出しながら呟いた。


 ルクスハイトは、料理を運んできた店員に追加で酒を注文すると、ルーデルの疑問に快く答える。


「そりゃあ、次期大公様が三人もいて、尚且つ派閥の取り巻きもいればギスギスするよね。こんな中で騒げるのは、恋をしているエノーラと、黒騎士君だけじゃないかな」


 とても笑って発言できる内容ではないが、ルクスハイトもドラグーンである。彼も、それなりの経験をして、ドラゴンを得ているのだ。肝が据わっていて当然だった。


 ルーデルがアレイストのテーブルを見ると、ミリアに声をかけたいアレイストが周りに邪魔されて中々話せない状況が続いている。


 イズミを見れば、昔は苦手だったナイフやフォークを使って料理を食べているだけだった。変わっていないと思っていたが、周りも自分も少しずつ変わり始めている事に気が付く。それよりも、ルーデルはルクスハイトの発言に興味を示した。自分も、仲間との絆が増えた事で変わり始めたのだと思いながら――


「恋? エノーラは好きな人がいるのか?」


「ちょっ! ……エギューさんは酒で舌の滑りが良いようね」


 いきなりのルーデルの発言に取り乱したエノーラだが、すぐに微笑むとルクスハイトを見つめていた。ルーデルは、ここで勘違いをする。


「なんだ。二人が付き合っているのか?」


「わぉ、流石の俺もビックリだよ。まさか、今のエノーラの笑顔を見て、そんな言葉が出てくると思わなかった。ルーデル、見てごらん……目が笑ってないだろ?」


 ルクスハイトに言われてエノーラを見れば、少し顔が赤く上目使いでルーデルを見つめてくる。少し酔いが早い気もしたが、二人は付き合っていない事は理解できた。


「おい、ルクスハイト。ルーデルはあんまり理解してないぞ」


 サースの言葉に、ルーデルも流石に言い返す。


「失敬な。俺も二人が付き合っていない事は分かったさ」


 ルーデルがサースの言いたい事を理解していると思い込めば、サースもルクスハイトも溜息を吐く。そんな二人を見て、他の仲間たちは笑うのだった。


「はぁ、女の変わり身って怖いね。それよりもルーデル、あっちの黒騎士君はどんな感じなの? 見た目通りいけ好かない奴?」


 ルクスハイトは、エノーラを見ながら呆れていた。そうして視線をアレイストに向けると、ルーデルに人となりを聞いてくる。


「興味あるのか? 少し変わってるが、良い奴だ。俺が知る限りでは、婚約者も五人はいたんだが……まだまだ増えそうだな」


「マジかよ。お前に変わってるって言われるとか、どんだけ変人だよ」


「サース、何故か馬鹿にされた気がするんだが?」


 サースが本気で驚いてアレイストに視線を向ければ、ドラグーン全員がアレイストに視線を向けた。ルーデルに変わっていると言われる人物が、どれだけ変人か気になったのだろう。


 ――だが、静かな店内で騒げば、それは相手にも当然聞こえる。更に、ドラグーン全員から可哀想な者を見るような目を向けられれば、アレイストだって気付くのだ。


「ちょっと! 流石にルーデルに変とか言われたくないんだよ! 僕は訓練場も施設も破壊してないよ!」


 涙目のアレイストに、今度は意外な所から声がかかる。


 リュークだった。


「ほう、それは中々興味深い発言だな、アレイスト。私が知っている限りでは、今年度の予算を超えた額が、親衛隊のために浪費されているんだが?」


 テーブルに両肘を乗せ、手を組んで口元を隠すリュークにアレイストは睨まれている。心なしか、取り巻きである文官たちも親衛隊へと苦々しい表情を向けていた。


「い、いや、だって物は壊してないよ? それに予算とか僕の意見じゃどうにもならないし」


「確かにルーデルも問題だが、訓練場と建物を破壊した額よりも何十倍もの額が動いているんだが? お前も少しは予算について考えた方がいい。無尽蔵に出てくる物と、勘違いをしているどこかの脳筋と同じに見られたくないだろう?」


「ご、ごめん、っていうか……僕だって掃除に使う道具は大事にしてるし、洗剤だって節約しているんだけど」


 涙ぐましいアレイストの努力は、とんでもない予算の前には雀の涙にも劣る物だろう。ただ、しないよりはマシだとルーデルは感心して頷いていた。


「……いや、ルーデル? お前も反省しろよ」


 サースが頷いているルーデルに注意をするが、その発言は途中で途切れた。グラスを叩き割った騎士が立ち上がり、文官たちを睨んでいた。今回は、ユニアスも止める気が無いのか放置している。


「脳筋とは誰の事か、教えてくれるんだろうなモヤシ共」


 立ち上がった騎士たちが、持っていた武器に手をかける。すると、酒場は一気に元の緊張状態に逆戻りだ。すでに会計を済ませて退散している者たちもおり、店にはいい迷惑だろう。


「何だ? 自覚しているから腹を立てているのではないのか? 飼い主の器が知れるな」


 リュークはグラスの中身を飲み干すと、静かにテーブルの上に置く。視線をユニアスに向ければ、ユニアスは乱暴にグラスをテーブルの上に叩きつけて割っていた。両者が睨みあえば、当然の様に周りも反応する。ただ、文官たちは周りに助けを求める視線を向けるのだった。


「二人とも、止めたらどうだ? 明後日はお披露目だぞ」


 ルーデルが助けを求める視線を受けて、二人をいさめる。だが、二人は酔いも回ったのか、いつもより冷静ではないようだ。


「はぁ? うるせーぞ、ルーデル。こいつが先に喧嘩を売ったんだろうが。なら、買わない方が無礼ってもんだ。自分が喧嘩を売っておいて負けるんだから、お前も変わりもんだよな」


 立ち上がり拳を握るユニアスに、リュークは冷笑する。


「喧嘩? 貴様はまだ分かっていないようだな。学生時代のように、暴力で何でも片が付くと思っているなら、救えない馬鹿者だ。牢にでも放り込んだ方がいいな。いや、放り込むのはお前たちの仕事だったな。これは良い笑い話になる」


 リュークの言葉が引き金となり、ユニアスたちは武器を手に取りテーブルを蹴り飛ばす。すると、上級騎士であるイズミが二人の仲裁に入る。


「いい加減にして下さい。お二人も、お披露目を前に暴れるなど止めて頂きたい」


 学園時代とは違い、イズミは二人を呼び捨てにはしなかった。イズミの仲裁に、学生時代のように立ち止まるユニアスとリュークだったが、それは彼らだかけだった。


「五月蝿いぞ、異国の女騎士風情が、我らの前に立つんじゃない!」


「なっ!」


 ユニアスの取り巻きが、イズミを突き飛ばす。次の瞬間、ルーデルはイズミを突き飛ばした騎士を殴り飛ばした。一瞬の出来事だ。少しばかり距離があったと思うのだが、それを無視してルーデルは一瞬で距離を詰めて騎士一人を殴り飛ばし、気絶させてしまった。


「……いい度胸だ。そんなに喧嘩がしたいなら、俺が相手になってやる。全員、今すぐに表に出ろ」


 リュークとユニアスを見るルーデルの視線に、二人は何かを感じ取ったのか少しだけ笑う。


 すると、本気の瞳を見て取り巻きの騎士たちは、ユニアスに視線を向ける。彼らも流石に、ドラグーンを相手に喧嘩をするのはためらった。


 ――が


「今更、弱腰になるなよ。だけどな、いいぜ……久しぶりに暴れてやるよ。お前らは全員参加しろよ。喧嘩を売ったんだから当然だよな?」


 ユニアスは、自分の取り巻きたちに逃げる事を許さないと命令する。


「ふん、実力主義のお前たちを、文官が黙らせるのも悪くない。お前たちは参加したい者だけ表に出ろ。それから、私も流石にあいつらを相手に庇えんからな。参加するなら自分の身は、自分で守れ」


 参加したければしろと言い放ち、肩を回し喧嘩に参加する意思を見せる。そんな中で、親衛隊のアレイストだけが三人を止めようとする。


「何考えてんだよ! 大事な時期だって分かってる? 学生みたいな喧嘩なんか止めて、冷静になろうって!」


 三人を止めるために立ち上がって前に出たが、ルーデルとユニアスは黙ってアレイストの両肩をがっちりと掴んで外に連れ出す。アレイストは引きずられながら、何が起こっているのか理解していない表情をしていた。


「え、な、何? 何なの?」


 混乱するアレイストに、手の空いたリュークが理不尽な言葉を投げ返る。


「いやな……女性に囲まれて羨ましかったんで、腹いせをだな」


「何ソレ! 僕は全然嬉しくなかったのに、そんな事で強制的に連れ出されるとか、理不尽過ぎるよ!」


「確かに理不尽だな。分かってはいるんだ。分かっていて言わせて貰う。お前は強制参加だ」


 リュークが思ってもいない事をアレイストに説明すると、四人はそのまま外へと出ていった。遅れて取り巻きの騎士や文官たちが店を出ていく。



 ルーデルを見送ったルクスハイトは、残っていた料理を食べるとグラスの中身を飲み干していた。


「お、おい! 放っておくのかよ!」


 目つきは鋭く、皮肉を良く言うサースはルーデルを心配しているようだった。エノーラなど、今にも飛び出していきたそうだが、イズミに関係を問いただしたいのかオロオロとしている。


 ルクスハイトは、ニコニコと笑うと店員を呼んで責任者に話があると呼び出して貰った。少しして、慌てて店の支配人がルクスハイトの下へと駆け寄ってくる。


「な、何か問題がありましたでしょうか?」


 自分たちが問題を起こしたのだが、国の英雄であるドラグーンには下手に出るしかない支配人を前に、ルクスハイトは謝罪した。


「いやいや、こちらこそって感じですよ。本当に申し訳ない。店の修繕費や迷惑料は、ルーデル・アルセスにつけて貰えばいいんで。あ、それから、他のテーブルの分の支払いもこちら持ちでお願いします。……全員、外に出ちゃいましたしね」


 そう、親衛隊の女性たちは、イズミとミリアを残して連れていかれたアレイストを追いかけたのだ。後から戻ってくるだろうが、そんな事は店にしたら迷惑だ。払う物は払うべきである。ただし、今回は問題を起こしたルーデルの責任だと、ルクスハイトは支払いをルーデルに押し付けた。


「……助かります」


 支配人がお礼を言うと、ルクスハイトは簡単なメモを差し出す。それを受け取った支配人は、すぐにその場を後にした。


「いいのか?」


「支払いの事? 大丈夫だよ、恩は売るつもりだし。さて、そろそろ俺たちも喧嘩を見に行こうか」


 心配するサースに急かされる形で、ルクスハイトはオロオロするエノーラを引張り出して店の外に出る。本当に、恋をするだけで人は変わるのだなと、エノーラを見てつくづく思うのだった。

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