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蘇る恐怖と新たなる支配者

『早く出ろって言ってんだろうが! このど畜生共がぁぁぁ!』


『俺は関係ないじゃん!』


『ふざけろ! 見過ごした時点でお前の責任じゃボケッ! 竜舎のボスなら、素直に責任とれや!』


『横暴じゃねーか!』


 外で待機しているルーデルたちには、竜舎の中の様子が聞こえてくる。声が聞こえる者には、ブラムの悲痛な叫びが聞こえていた。


 そうでない者にも、ミスティスの怒鳴るような咆哮と、ブラムの悲しい鳴き声が聞こえている。


 他の灰色ドラゴンも悲鳴にも似た鳴き声をあげているが、中々外に出ようとしない。


『うぅぅ、やっぱりサクヤは駄目なドラゴンなんだ』


「そんな事ないぞ! お前は立派だから」


 落ち込むサクヤを励ますルーデルだが、次の瞬間……。


『ガタガタ言わずに表出ろゴラァ‼』


 ミスティスが我慢の限界に達したのか、竜舎から大量の水が溢れ出した。さながら、爆発したように吹き飛んだ建物。


 辺り一面には、竜舎から溢れ出た水が波のように押し寄せてくる。


 ルーデルも足首の辺りまでが濡れてしまった。すると、吹き飛んだのは建物だけでは無かったようで、灰色ドラゴンたちが吹き飛ばされ横たわっている。


 ブラムだけは、ミスティスが尻尾を掴んで引き摺っていた。


『全く、手間をかけさせやがって……。サクヤ、連れてきたから勝負しなさい』


『う、うん!』


 喜ぶサクヤを見て、ルーデルも胸をなでおろす。しかし、隣に立つカトレアは、表情が固まっていた。


「ル、ルーデル」


「はい?」


 引きつった表情でルーデルの肩を掴んだカトレアは、竜舎があった場所へルーデルの体ごと向けさせた。


 そこには、数本の柱を残して何も残っていない。ミスティスよって作られた水により、竜舎の壁や屋根、そして道具は全て流されてしまったらしい。


 その光景を見て、ルーデルは感心していた。ミスティスの様子から、あれだけの破壊力のある一撃を水で再現した事を素直に評価する。


 通常のブレスであれば、きっと他のドラゴンに被害が及んだ。サクヤのために気を使って貰ったという結論に至る。


「この光景を見てどう思うの?」


「ミスティス様は凄いですね! アダッ! ……小隊長、殴るなら理由を言って下さい」


 本気で分からないといった顔をするルーデルを見て、カトレアは涙目になりながらも二発目の拳をルーデルの頭に振り下ろした。



 すでにボロボロのブラムだが、ミスティスによってサクヤの前に無理やり連れて来られた。


 ブラムは、サクヤの事情を知っている。知っているからこそ、この勝負がどれだけ危険かを知っているのだ。


 相手となるサクヤは、仮にも神竜であり、そしてミスティスの教育を受けている。ドラゴンの格で言えば、産まれてから数年で自分を超えるような存在だ。


 そんなサクヤを舐めてかかった灰色ドラゴンたちに、本当に腹が立つ。


『絶対に俺は悪くないと思うんだ。お前もそう思うだろ?』


 最後の希望にすがり付くように、ブラムはサクヤに交渉を持ちかける。しかし、相手はミスティスに教育されたサクヤである。


 話が通じる訳が無い。


『うん! でも、倒さないとサクヤは舐められちゃうから、ゴメンね!』


『もう誰も舐めた事なんか言わねーよ! 訓練場吹き飛ばした奴に喧嘩売るほど、こいつら根性ねーから!』


 そう、サクヤが訓練場を吹き飛ばした事で、灰色ドラゴンたちは悟ったのだ。こいつと喧嘩したら殺される、と……。


 レッドドラゴンのブラムですら恐れるのだ。灰色ドラゴンでは、普通に戦えば勝つ事は不可能である。


 急にオロオロとするサクヤは、舐められないなら戦う必要もないと思ったのかルーデルとミスティスの方を見る。


 すると、ルーデルはカトレアに両肩を掴まれ前後に激しく揺さぶられて説教を受けていた。ただ、顔はサクヤを見ており、右手で握り拳を作って見せる。


 明らかに戦えというポーズだろう。ブラムがあまり期待はしていないが、ミスティスを見ると……。


『サクヤ、GO!』


 殴る仕草を見せて、サクヤを煽っていた。自分の契約者に期待はしていないが、それでも助けて欲しそうに視線を向ける。


「アンタはどうしてそんなにズレてるのよ! どうしたら、あの光景を見てドラゴン凄いとか普通に言えるのよ!」


 ルーデルにかまけて、ブラムの事など一切見ていなかった。


『契約者が一番酷い』


 レッドドラゴンが肩を落とすが、目の前のサクヤは本気で戦おうとしている。誰も助けようとしない事に絶望しつつ、ブラムは覚悟を決めた。


『負けないぞぉ!』


『ちくしょうぉぉぉ‼』


 自棄(ヤケ)になったブラムが、サクヤに向かっていく。ミスティスがいる以上、ブレスによる攻撃を繰り出せば自分が殺される。


 そして、サクヤがブレスを解禁しても、自分が殺される。


 空中戦を仕掛けても、この場から逃げ出してもミスティスが追いかけてくる。ミスティスに殺されるか、サクヤに殴られるか……ブラムは二択を突き付けられた。


 結果、接近戦が最も生き残れる確率が高いと、ガイアドラゴンの亜種であるサクヤに突撃したのだ。



 必殺のコンボを前に、ブラムは最初の一撃で吹っ飛んでしまった。二撃目が外れた所で、サクヤも周りも一撃で吹き飛んだ事に気が付いたのである。


 左の一撃目で吹き飛び、そのまま施設に上半身を突っ込んだブラムだった。だが、施設の破壊音を聞きつけて現れた副団長のアレハンドは、口を開けて固まってしまう。


「だ、誰がやったんだぁぁぁ‼」


 ここに来て、訓練場だけでも大問題になっている。その上、竜舎だけでなく、隣接する施設まで半壊していた。


 最もアレハンドを驚かせたのは、竜舎にいた灰色ドラゴンたちである。


 一匹のウォータードラゴンに、整列させられている。そこまではいい。


 だが、そこからが問題だった。整列した灰色ドラゴンたちを、ウォータードラゴンが順番に殴り飛ばしている。灰色ドラゴンたちは、怯えて逃げるどころではない。


 次々に殴り飛ばされ、その場に倒れていく。貴重な戦力が、どんどん削られているのだ。


 アレハンドには理解できない光景だった。いや、理解したくない光景だった。


「オ、オルダート‼」


 団長の名前を叫びながら、アレハンドはその場から逃げ出したのであった。



 竜舎や隣接する施設を破壊した責任で、ルーデルは建物の残骸を片付けさせられている。


 ルーデルの隣では、サクヤも手伝っていた。


 基本的に、ドラゴンは人間以上に力がある。簡易の重機と変わりない所か、サクヤなど空飛ぶ大型重機だ。


 作業は想像以上に早く進んだ。


『サクヤは勝ったのに、なんで片付けしないといけないの?』


 折角勝利したのに、自分が罰として片付けをしているのが不満なサクヤである。ただ、こればかりはどうしようもない。


 他のドラゴンは寝込んでいる。とても仕事をさせる訳にはいかなかった。


「壊したからしょうがないな。でも、今日は格好良かったぞ、サクヤ」


『サクヤは凄いドラゴンだもん!』


 ルーデルが褒めると、作業スピードが上がる。褒められて嬉しいのか、尻尾を振り回して半壊した建物に当たると瓦礫が増えるのだった。


 任務でこの手の作業をするには、もう少しばかり落ち着いてからがいいだろう。ルーデルは、今後の事を考えながら、またも落ち込むサクヤをなだめる。


(やり過ぎたな。でも、まぁ……)


 落ち込んだり、喜んだりするサクヤを見上げるルーデルは、頬が緩む。


 竜舎や施設を破壊した責任は感じるが、それを表に出せばサクヤがまたしても落ち込んでしまう。


 神竜であるサクヤだが、大きな欠点がある。


 幼すぎる精神だ。


 生まれながらにして、ドラゴンの中でも上位の実力を持って産まれてしまったサクヤは、酷く危険である。


(俺が支えろ、か)


 ミスティスが過保護になる理由は、ドラゴンに転生する前のサクヤと契約したからだけではない。


 サクヤの今後が、ドラゴンにとっても重要だと理解しているからだ。


 灰色ドラゴンたちへの制裁も、サクヤにとって悪影響を与えたからである。これはブラムも同様だ。


 ブラムがサクヤの価値というものを、正しく理解していないために起きた悲劇である。


 ミスティスも、サクヤをいきなり竜舎のボスにしたくなかった。ただ、若手のドラゴンしかいない今の竜騎兵団では、サクヤの教育は出来ないと判断したのだ。


 ミスティスがルーデルへ教育するのも、マーティを崇拝している事が理由の全てではないのだ。


 いずれはドラゴンの頂点に立つであろうサクヤに、相応しい相棒であって欲しいからである。


 ルーデルも理解はしている。


 ただ、今のサクヤに建物を壊した事を叱りつけても、効果が無いと理解していた。


 少しずつ、そして時間をかけて教育するしかない。


『……また壊した。ルーデル、ゴメンね』


「大丈夫。問題ない……次は上手くやろうな(さて、王宮へはなんと言ったものか)」


 多かれ少なかれ、ドラグーンにとってはこの手の問題が多い。王国とドラゴンを繋ぐ役目がドラグーンだ。


 彼らは、王宮とドラゴンの間を取り持っている。それは、人間とは価値観の違うドラゴンと、王宮との間で苦労しているという事だ。


 敵陣では建物を壊せ、王国の建物は壊すな。


 これだけの命令では、ドラゴンは何を言っているのか理解できない。知性はあるが、人間の常識とは違う世界で生きているのがドラゴンだ。


 人の命令を素直に聞くなら、ドラグーンなど最初から必要ない。


(サクヤに上層部の不満が向かないようにするには……アレが一番楽ではあるな)


 瓦礫の撤去作業を続けながら、ルーデルは上層部の不満を自分に向ける事にするのだった。



「……まさか、こんなに早く再会するとは思わなかったな」


「お久しぶりです、陛下」


 ルーデルが(ヒザマズ)く相手は、アルバーハである。アルバーハも、まさか一週間もしない内にルーデルを呼び出すとは考えてもいなかった。


 寧ろ、考えたく無かったと言える。


 謁見の間を使う事も出来ず、普段は重鎮たちが会議で使う部屋で非公式にルーデルを呼び出したのだ。


 ドラグーンの施設破壊に続き、貴重なドラゴンが数日間使えない非常時まで起こした。


 ドラゴンであるミスティスやサクヤに言っても駄目ならば、契約者であるルーデルを呼び出すしかないのだ。


 重鎮の一人が、苦い顔をしながら書類を机に置いてルーデルに問う。ただ、その顔には少しばかり恐怖がにじみ出ていた。


「いったい半年でどれだけの被害を出すのかね?」


「……申し訳ありません」


「申し訳ありませんでは済まんのだ! 貴様らが壊した竜舎に、隣接する施設ばかりか訓練場。どれも値の張る代物だぞ!」


 クルトアの精鋭部隊であるドラグーンには、それなりに予算が回ってくる。しかし、いくらなんでもルーデルが破壊した施設は、竜騎兵団の一年分の予算ではどうにもならない。


 加えて、ドラグーンはクルトアに欠かす事の出来ない騎士団だ。


 王国は予算を出さねばならない。


「この際です。竜舎は諦めましょう。ドラゴンですから、野宿した所で大した問題もありません」


 ルーデルの提案に、重鎮たちは頭を抱える。彼らは声を大にして叫びたい「そういう事じゃねーよ!」と……。


 ミスティスとサクヤが怖くて、これでも彼らなりに抑えているのだ。本来なら、理由を付けてすぐにでもルーデルを王宮に拘束したかった。


 だが、ミスティスに教育を受けたサクヤがいるのが問題だ。ミスティスは、王宮を破壊した前科があり、そんなミスティスの弟子とも言えるサクヤを王宮で受け入れるなど彼らには論外だった。


 かといって、マーティを崇拝するルーデルを、サクヤから引き離せば何をするか分からない。


 国の上層部は、手出しが出来ないのである。


 アルバーハは、溜息を吐きたいのを我慢してルーデルに忠告する。


「ルーデル、国の予算とて無尽蔵ではない。それはお前も知っているだろう。今後は破壊活動を控え……しないようにしてくれ。無論、任務ではその力を思う存分振るいなさい」


 ドラゴンだから、多少の損害は想定している。ただ、サクヤではシャレにならないとアルバーハは思い出す。半壊していた施設を、片付けをさせたら全壊させたのだ。


「はっ!」


 ルーデルの完璧な礼儀作法が、かえって重鎮たちを苛立たせる。


 小言でも言いたいのに、そういった所では完璧なのだ。実際に、多少おかしい所はあるが、ルーデルは騎士として見れば理想である。


 問題は、憧れた人物を間違った事だと、王族を始め重鎮たちは嘆いている。


 ルーデルが会議室から退室すると、アルバーハが机の上で両手を組む。そして、疲れたように頭を下げるのだった。


 その姿は、見ようによっては祈りを捧げているように見える。


「ウルフガン……死してなお、クルトアを苦しめるのか……」


 ここまで上層部に嫌われているマーティだが、彼は意外にも功績も伝説級である。破天荒な行動で評価が相殺どころか、マイナスになっているだけだ。


 ミスティスと共に、ガイア帝国の侵攻を何度も防いでいる。その時の恐怖から、ガイア帝国ではマーティの名前は有名だ。


 因みに、ガイア帝国ではマーティを【クルトアの悪魔】と呼び、畏怖されている。破天荒振りは身内に、そして功績は敵に正しく評価された男。


 それがマーティ・ウルフガンだ。



 ルーデルが王宮から戻ると、評価試験が行われる事になっていた。


 数ヶ月の成果を見せる時がきたのだが、周りの雰囲気は前回と全く違う。ドラグーン全員が、相棒であるドラゴンを傍に呼び出している。


 そして、いつでも逃げられるような体勢だった。


 しかし……。


「いいぞ、サクヤ!」


『ホバリングは完璧だもんね!』


 嬉しそうに鳴くサクヤだが、空中でフラフラとホバリングを行っている。まだ(ツタナ)いが、十分な技量を示している。


 続いて射撃だが、これは即席で枠だけを頑丈に作った。そこに的を張り付ける形にしたのだ。元値も安い上に、維持費も安い。


 オルダートが必死に考えたおかげで、なんとか予算内に収まった。


 ただ、周りはそれもまた破壊されるのだろうと、オルダートの頑張りを憐れんでいたのだ。


 ――だが。


「よくやった! 十枚中六枚。ギリギリ合格だぞ!」


『やった! やったよぉぉぉ‼』


 喜び、その場で咆哮するサクヤに周りのドラゴンたちも咆哮する。今までのような蔑む感じではなく、純粋に褒め称えている。


 ボロボロのドラゴンたちが、サクヤを褒め称えた。これは、新しいボスがサクヤになった証明であり、逆らう者がいない事を知らしめている。


 ただ、ブラムとファルクは、怪我が思ったよりも酷いため療養中だ。この事実が、余計に灰色ドラゴンたちをサクヤに逆らわせない要因になっている。


 ただ、周りのドラグーンは微妙な顔をしている。


 いや、正確には被害も出ず、ルーデルとサクヤが合格したのは嬉しい事だろう。なんとなくだが、納得が出来ないだけである。


「まともにしようと思えば出来るじゃん」


 ルクスハイトが呟いた言葉に、ドラゴンたちの咆哮で五月蝿い訓練場で全員が頷くのだった。


 サクヤが無事に試験をクリアした事は嬉しいが、彼らは斜め上の行動を期待していたのである。


 どんな行動に出ても対処してやると意気込んでいたら、無難に試験をクリアしてしまった。


 肩すかしをくらい、ちょっとだけ寂しかった。

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