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受け継がれる想いと蘇る恐怖

 王宮内で王であるアルバーハと対面するルーデルは、少しばかり状況がおかしくなっていた。


 ルーデルが帰還した事を知らせると、重鎮たちは今回の責任をアレハンドに取らせろと言ってきた。そこまでは良い。


 オルダートもノラリクラリと対応して受け流し、互いの妥協案を模索するだけである。しかし、問題はルーデルの一言から始まった。


 それは王妃であるシエル・クルトアの嫌味から変な流れになる。


「次期大公という者が、ドラゴンに逃げられるとは情けない。それで、情けない次期大公様は数ヶ月間遊んでいたということで宜しいのかな?」


 ルーデルがドラゴンの住処で数ヶ月を過ごした事を知ると、周りも憤慨する。一人だけでも戻ってくるべきだとか、ドラグーンに相応しくないといった意見が飛び交うのだ。


 重鎮たちの言葉にオルダートも真剣な表情を向けるが、適当に受け流している。ただ、ルーデルの一言で全員の態度が急変した。


「いえ、遊んでいた訳ではありません! マーティ様のドラゴンであるミスティス様から、優秀なドラグーンになるために教育を受けました!」


「誰だよマーティって? ミスティスってのも俺は知らないな」


 自信満々にマーティの名前を出すが、オルダートは知らなかった。だが、代わりに王妃が持っていた扇を落とす。


 そして、重鎮たち……特に老人たちが震えていた。


 無表情だった王であるアルバーハが、一度咳払いをすると確認を取る。


「あ~、ルーデル。それはアレか……まさかウルフガンの事か?」


「はい。マーティ・ウルフガン様で間違いないです! 愛竜であるミスティス様には、大分お世話に……」


 ルーデルの言葉に、王が明らかに様子がおかしくなった。今まで嫌味を言っていた王妃も、どこか落ち着かない様子である。


 重鎮たちも勢いがなくなってしまう。


 オルダートが想定していた流れと違うのか、その場の空気は明らかにルーデルが中心であった。


「どこでウルフガンの事を知ったのだ? 中々知る機会は無いと思うのだが……」


「『ドラゴンの撫で方』で知りました! アレは素晴らしい本で、どうしてもっと広がらないのか不思議なほどです。未だ未熟ですが、ミスティス様には免許皆伝を頂きました!」


「……そうだな。それは良かった」


「免許皆伝とは素晴らしい」


 王妃の口ぶりは、ルーデルの免許皆伝を祝っているようには聞こえない。寧ろ、恐れている様子であった。


 何故か肩を落としたアルバーハだが、ルーデルの処分を話し合う事にする。だが、オルダートが提案した処分は、交渉のために懲罰房で三日、その後は数ヶ月の雑用である。


 それでは軽いと言われ、重鎮たちの意見も取り入れる形で望む方向へと持っていこうとしていた。しかし、重鎮たちはオルダートの提案を受け入れる。


「では、懲罰房で三日、その後は雑用を数ヶ月でよいな?」


 王が確認を取ると、重鎮たちは従うだけだ。重鎮の中では若い者が数名不満そうだが、周りの老人たちが睨みを利かせ頷かせていた。


「こんな事はこれっきりにして貰うぞ、ルーデル殿」


 次期大公様と嫌味を言っていた王妃までもが、少しばかり様子が変わっていた。ここに来て、ルーデルに殿までつけて呼んでいる。


「以後、気を付けます」


 オルダートと共に、ルーデルは(ヒザマヅ)いた。結果的に、ルーデルは罰は受けたものの特に今後を拘束されるような事はなかった。



 これら不可解な王族や重鎮の対応には理由がある。


 『ドラゴンの撫で方』は、方向性自体は間違っていても内容は素晴らしい物だった。だが、出版してからマーティがこの世を去るまで評価はされていない。


 だが、マーティがいなくなると当時の王族は本を急いで回収させている。


 これは、内容以前に今後マーティみたいなドラグーンの出現を防ぐためだ。相当マーティに苦労させられていたのか、内容を確認する前に回収した全ての本を焼却処分にしていた。


 ルーデルの手元に渡ったのは、意外にも奇跡と言える確率だろう。


 本のタイトルでその内容が重視されず、著者を恐れて王族により回収され焼却されたドラゴンの撫で方。カトレアやリリムがマーティの事を知らないのも、マーティの功績が隠されてその他大勢のドラグーンとして記録されているからである。


 多少調べれば色々と出てくるが、それはルーデルが次期大公であるから調べられた情報でもある。


 クルトア王国にとっては、恐怖の対象でしかないマーティとミスティスだ。どちらも必死に隠そうとした。


 ドラゴンによって国防が維持されているクルトアで、マーティはドラゴンの住処にドラゴンを引き連れて戻った男である。


 ミスティスに至っては、他のドラゴンを支配している力のあるドラゴンだ。そればかりか、当時の王宮はミスティスに破壊された。


 当時の王族たちが土下座をした事でなんとか事態は収まったが、その恐怖は忘れてはならないと歴代の継承者や重鎮たちには知らされている。


 ここに、白騎士がマーティを心酔しているという事実が彼らに突きつけられる。


 ついでに、第二王女までもがマーティに憧れている事実は、未だに知る事が出来ない。


 ただ、ここで言えるのは、百年以上前の恐怖が復活したという事だけだった。



 懲罰房に戻ったルーデルは、手続きやら事情聴取を受けた関係で三日も経っていた。


 エノーラの隣の牢屋に入れられると、精神集中とばかりに坐禅を組んで目を閉じる。だが、隣にいたエノーラは、壁に寄りかかりルーデルに声をかける。


「随分と軽く済まされたわね。こっちでも話題よ。王族を脅したのかって」


「……脅してない。事実を話しただけだ」


 ルーデルにしてみれば脅していない訳だが、王族や重鎮には恐怖だったろう。脅しで間違いない。


「そう。……本当にごめんね」


 声が先程の冗談染みたものから、少ししんみりしたものに変わった。エノーラの気持ちを察したルーデルは、それに応える。


「済んだ事だ。俺は気にしてない。副団長を殴り飛ばした事はすまなかったと思ってる」


「いいわよ。結構スッキリしたし」


 笑うエノーラに、ルーデルは少しだけ安心する。今までの貼り付けたような表情や声でなく、エノーラは憑き物が落ちたような声だったからだ。


「カトレア小隊長には怒られたがな。もっと慎重に行動しろと……副団長が落ち着いたら、君の助命を願い出るつもりだったらしい。その方が効果的だとね」


「あぁ、あの人らしいわ。きっとお父様にも貸しを作りたかったのね」


 二人は壁越しに笑う。すると、ルーデルはオルダートが話していた事を思いだす。自分には理解できなかったので、この際だとエノーラに聞く事にした。


「そうだ。小隊長と言えば、団長が言っていたんだが……エノーラは『ブーメラン・カトレア』の意味が分かるか? 団長が笑いながら言うんだが、俺には理解できなかったんだ」


「……ブーメランって」


 エノーラが説明すると、ようやくルーデルは理解した。確かに、鏡を見て発言しろと言いたくなる時もある。


 オルダートに口止めされなかったルーデルは、懲罰房から出るとカトレアにこの事を忠告した。そのせいで、しばらく竜騎兵団内でのカトレアの異名がブーメラン・カトレアになったのは笑い話である。


 その後、オルダートはカトレアに追い回される事になった。オルダートの言葉は……


『ギャァァァ! ブーメランが戻って来たぁ!』


 意外に楽しんでいる様子だったという。



 ルーデルが懲罰房から出た事で、ついに準備が整った。


 ルーデルがいない間、不安だったサクヤは中隊長以上が利用する竜舎を使用していた。利用したと言っても、新しい寝床を掘っただけなのだが。


 準備が整うと、ついに他のドラゴンたちへの挑戦である。


 必殺のワン、ツー、フィニッシュを物にした事と、ウインドドラゴンに有利な条件とはいえ勝利したのだ。今は自信がある。


『で、出て来い! サクヤは怒ってるんだぞぉ‼』


「いいぞサクヤ、今日ここでお前の力を見せてやれ!」


 隣に立つルーデルは、サクヤを元気づけている。周りから見れば、咆哮しているドラゴンの隣で、独り言を言っているだけに見えるのが実に寂しい。


 だが、一向に竜舎のドラゴンたちは出てこない。


 ルーデルが確認しているので、任務中以外のドラゴンは竜舎の中だ。カトレアのレッドドラゴンがいるのを確認して、この日を選んだのである。


『ボ、ボスを倒して、今日からサクヤがボスになるんだからぁ!』


「いいぞサクヤ!」


 だが、ドラゴンたちは出てこない。すると、サクヤは虚しく咆哮するのが寂しくなったのか、泣き出してしまう。


『出て来てよぉ……』


「サ、サクヤ……」


 ルーデルが隣で足をさすりながらなだめるも、無視されたと感じたサクヤは元気がなくなっている。


「全く、何をしてるのよ」


 呆れ顔で近付くのは、カトレアだった。サクヤが咆哮すれば、嫌でも人が集まってくる。今度も家出されたら、流石に不味い。


「小隊長、実はサクヤが竜舎のボスに挑戦したんですが、小隊長のドラゴンが出てきません。呼んで貰えませんか」


 泣き出したサクヤを前に、オロオロとするルーデルを見てカトレアは更に呆れていた。


「なんで私が、【ブラム】を呼ぶのよ? アンタのドラゴンに殺されそうだから嫌よ」


「お願いします!」


「わ、分かったわよ」


 ルーデルがカトレアの右手を両手で握り、必死に頼み込むとカトレアは顔をルーデルから逸らして顔を赤くしていた。


 そればかりか、自分の意見を変えて了承する。そのやり取りを竜舎から感じていたブラムは、自分の契約者に叫ぶのだった。


 ただ、ルーデルにはドラゴンの心の咆哮にしか聞こえない。


「ウッサイわね! さっさと出てきなさいよ、それでもオスなの!」



 竜舎では、灰色ドラゴンを始め数頭の野生のドラゴンたちもいた。


 それがカトレアのドラゴンであるブラムであり、エノーラのドラゴンであるファルクである。他にもいたのだが、自分たちは関係ないと逃げ出してしまった。


 ブラムは竜舎のボスであるし、ファルクはサクヤに負わされた怪我で動けない。


『ちくしょうめ、あの女……俺をルーデルに売りやがった』


 (ワラ)から尻尾だけだしたブラムが、本気で悔しそうにしている。ファルクは殴られた後だが、一発で結構な怪我を負わされたのだ。


 ウインドドラゴンが防御に特化していないとはいえ、これは異常である。サクヤの攻撃力が高過ぎるのだ。


『大体、俺は関係ないだろうが‼』


『諦めたらどうだ?』


『ふざけんなよこの若造がぁ! お前はあいつの恐ろしさを……あいつの後ろについている奴の恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだ、バーカ‼』


 ブラムも若手に入るのだが、ファルクは更に若いオスのドラゴンである。混乱するブラムは、(ワラ)から顔を出して周りにいる灰色ドラゴンを見る。


『お前らのせいだからな!』


『いや、でも、なぁ?』

『普通あの巨体で子供とは思わねーよ』

『つか、なんなのあの破壊力』


 ほとんどの灰色ドラゴンが、表面を焼かれている上にボコボコにされている。これでも数日で完治するのだから、彼らもドラゴンなのだろう。


『この飼い慣らされた養殖共がぁぁぁ‼』


 竜舎には基本的にレッドドラゴン、ウインドドラゴンしか入らない。ウォーター、ガイアは、住む場所が特殊である。


 水が好きなウォータードラゴン、土の中が落ち着くガイア……二種は別の竜舎が与えられている。


 すると、外で動きがあった。自分をルーデルに恋心で売り払ったカトレアの声以外に。更に聞きたくない声が聞こえてきたのだ。


『あ、ミスティス様』

『ミスティス~、誰も出てこないよぉ』

『アンタ、またサクヤを泣かせたの。全く……』

『何で野生のドラゴンがここに来るのよ』


『ヤベェ、本当にきやがった』


 赤い顔が青くなりそうなブラムだが、他の灰色ドラゴンは明らかに顔色が悪くなる。若く、まだミスティスを知らない灰色ドラゴンたちは特に変化はない。


 寧ろ、若い彼らは余裕だった。サクヤが挑戦するのはブラムであり、自分たちには関係ないと思い込んでいる。


『おいおい、何だよ。たかが一頭増えただけだろ?』

『結構ババアだな』

『ブラムの奴、情けねーな』


『今、呼び捨てにした奴は覚えてろよ。いや、俺が何かする必要も……ギャアァァァ‼』

『あ、姐さんが来たぁぁぁ!』

『許して下さい、姐さん!』


 ブラムが悲鳴を上げて(ワラ)に潜り込むと、竜舎の大きな入り口に一頭のドラゴンが姿を現していた。


 ミスティスを知っている他の灰色ドラゴンたちも、悲鳴を上げながら許しを乞う。


 中から外の様子が分かるなら、外から中の様子も理解できる。


 ミスティスは他のドラゴンよりも一回り大きな体で、狭い感じで竜舎の中に入ると口を開けて喋る。入り口から差し込む光と、開いた口がまるで笑っているようであった。


 しかし、目だけは笑っていない。


『竜舎の皆さん、あ~そ~び~ま~しょう~』


 語尾が馬鹿にした感じで間延びしているが、逆にブラムにはそれが恐ろしかった。

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