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空中戦と躾け

 サクヤの体はガイアドラゴンの亜種であり、より大きくなっている。


 体は大きくなったために細く見えるが、胴体はガイアドラゴンと同じくらいに太い。そして、強力な(アゴ)も同じだ。


 スマートに見えるのは、体が大きいからである。


 ただし、皮膚、鱗といったドラゴンの装甲は、通常のドラゴンよりも非常に硬い。そして巨体を飛ばす四枚の羽は、ガイアドラゴンの力では飛ばす事も不可能である。


 何が言いたいのか……サクヤは、潜在能力で言えばドラゴンでも頂点に位置する。そして、サクヤの魂は【女神であったサクヤ】のものだ。


 器となる体、はドラゴンでも最も優秀なガイアドラゴンの亜種。


 そして心はカトレア、リリム、フィナ、ソフィーナ、ミィー、最後にサクヤの心を受け継いだのだ。多少の問題もあるが、優秀な人材たちの心を引き継いでいる。


 サクヤの魂と心があった事で、サクヤに近い感情を持っているが彼女たちの記憶や経験も確かにサクヤの中にあるのだ。


 ドラグーンとしては評価が低いサクヤだが、まさしくサクヤは【神竜】である。


 評価では最低でも、ドラゴンとしては幼いながらに上位の実力を有しているのだ。



「ちょっと、なんで止まったのよ! このままじゃあ狙われるわ」


 サクヤが咆哮し、ウインドドラゴンを待ち構える様にその場で浮いている。ホバリングが出来ている証拠であり、サクヤの成長をルーデルは感じていた。


「大丈夫です。先程までの威力ではサクヤには傷もつけられない。……サクヤ、右だ!」


 ルーデルが指示を出すと、サクヤがそれに応えて右腕をウインドドラゴンに突きだした。移動して攻撃という基本的な動作をしたエノーラに、ルーデルは避ける事よりも防御を優先したのである。


 ウインドドラゴンのブレスを、サクヤは手の平で受け止めるがビクともしない。


 サクヤの異常とも言える防御力を見て、エノーラもすぐに作戦を変更した。サクヤを弱らせる気だったのか、集中してサクヤをブレスで中距離から狙う作戦から接近戦に切り替える。


 サクヤでは追いつけない速度で空を飛び回ると、隙をついて背中を狙おうとする。


 サクヤ自身は背中の装甲が厚くても、エノーラの狙いはカトレアだった。ルーデルは、今までのエノーラの視線でその事に気が付いている。


「何で接近戦を仕掛けてくるのよ。でも好都合ね、ガイアに接近戦なんて狂ってるわ」


「いえ、危険ですから伏せて下さい。それから、命綱はしっかりと固定して下さいね」


 ガイアドラゴンに接近戦など、普通は挑まない。明らかにガイアドラゴンの土俵だからだ。


 ただ、エノーラの狙いを知るルーデルは、カトレアを守るように白騎士の力で光の盾を作り出す。大きな盾が、サクヤの死角を塞ぎ鉄壁の要塞となる。


 今のルーデルでは、光の盾はドラゴンに簡単に破壊されるだろう。しかし、破壊する時間を稼げればいいのだ。


 その隙にサクヤは向きを変える事が出来る。


 相手にもそれが理解できたのか、不用意に襲ってこなくなった。


「エノーラの奴、何を考えているのよ」


 空を飛び回るウインドドラゴンを睨みつけるカトレアを見た後に、ルーデルはその魔眼でエノーラをとらえる事に成功する。


 ルーデルの魔眼で見る事が出来た彼女は、悔しそうに自分のドラゴンに罵声にも似た指示を出していた。


「……彼女の狙いは小隊長ですよ」


「何でよ。私があいつに何かしたっての!」


 ルーデルに当たるカトレアだが、表情は動揺していた。彼女なりに思い当たる節を思い出そうとしているのだろう。


「いえ、詳しい事は俺にも分かりません。ですが、彼女はカトレア小隊長を憎んでいました。そんな目をしていましたから」


 ルーデルは以前のカトレアの目を思い出す。憎まれる事が多かったルーデルは、その瞳に宿る憎悪にも似た感情を感じ取っていた。


「なんでそんな事がアンタに……ッ!」


 カトレアが言葉を続ける前に、エノーラはブレスの連射を再開した。最高速度で移動しながら、ブレスをサクヤに向かって放つ作戦に切り替えたのだ。


 しかし、サクヤは向きを変えるだけで特に対応しない。


『かかってこぉぉぉいぃぃぃ‼』


 流石にサクヤに全てを任せる訳にいかないルーデルは、光の盾を何十枚と作りだしブレス避けに使う。一度でも当たれば爆発し消えてしまうが、相殺出来ていた。


 サクヤを守るように配置された光の盾が輝き、その白い竜の姿は神々しかった。



「どうして、どうしてアイツを守るのよ!」


 エノーラは、鉄壁とも言えるサクヤに手も足も出ないまま自分のドラゴンの背で叫んでいた。最初は奇襲でどうにかなると思っていた訳ではない。


 ただ、ここまで苦戦するとも思えなかったのだ。


 ルーデル自身が優秀でも、サクヤは落ちこぼれだと勘違いしていたのだ。実際に、自分のドラゴンの速度とブレスの連射性なら勝てると思い込んでいた。


 しかし、今はサクヤに手も足も出ていない。


 エノーラの勝利条件がカトレアの抹殺なら、それは絶対に敵わない。中距離からの攻撃には無傷、近距離ではこちらが不利。


 カトレアだけを狙おうにも、ルーデルの光の盾が邪魔をする。


 壊せなくはないと自分のドラゴンは言うが、それでは隙が出来てしまう。エノーラは、戦いを挑む相手を間違えたのだ。


 これなら、カトレアのレッドドラゴンの方が多少は勝率が高かっただろう。


 だが、カトレアとその相棒であるレッドドラゴンに挑んでいれば、エノーラは死んでいた。それ程までに彼女とカトレアには実力差がある。


『くっ! どうするのだ、エノーラ!』


 相棒であるドラゴンの声に、エノーラは薄ら笑う。


「ここまで来て、私は呆気なく負けるのね……きっといい見世物になるわ。名門のキャンベル家が、たかが一人の天才に負けるんだもの」


 サクヤに勝てないエノーラのドラゴンも、まさかここまで実力差があるとは思ってもいなかったのだろう。声に焦りが感じられる。


「アハ、なんでここに来て失敗なんかするかな。折角ドラグーンになれたのに。やっと認めて貰えるって思ったのに……」


 笑いながら涙を流すエノーラは、涙をふくと真剣な表情になる。目の前には、輝くようなドラゴンと、ルーデルに守られたカトレアがいる。


「悔しいなぁ。せめて、男くらい奪ってやりたかったのに」


 エノーラは、ルーデルに惹かれている事に気が付かないまま自分のドラゴンに指示を出した。


「行くわよ、【ファルク】」


『……いいだろう。このまま負けるのは、俺のプライドが許さん』


 勝てる見込みはないが、エノーラもファルクも目的はカトレアである。サクヤやルーデルには勝てなくても、この目的だけは果たそうとしていた。


 ファルクは、エノーラの目的くらいは果たしてやろうとしたのだ。自分では、サクヤに勝てない事を理解してしまった。しかし、ドラゴンとしてのプライドから、ただでは負けたくなかったのである。


 ファルクがサクヤに突撃を行うと、ルーデルもそれに対応して盾の配置を変更する。



 カトレアは、ルーデルの背中を見ていた。


 サクヤに指示を出す姿は、(ツタナ)いながらも様になっている。自分のドラゴンではない事で、サクヤの動きに不安を感じていたが、それも今では全く感じない。


(この子、何て装甲をしてるのよ)


 有り得ない程の頑丈さと、攻撃を受け続けられる体力。それらは自分のドラゴンをはるかに超えていたのだ。


(普通じゃない。けど、これなら負ける事も……)


 カトレアが持久戦に持ち込めば勝てると判断した時、エノーラは急に作戦を変更した。何と、またもサクヤに接近戦を仕掛けようとしたのである。


「あの女、また同じ事を……」


 不安を感じないカトレアだが、ルーデルは違う。サクヤに対して大声で指示を飛ばす。


「サクヤ、気を付けろ来るぞ‼」


 盾の配置を変更し、エノーラが死角への配置を容易に取れなくする。カトレアは、どうしても自分のドラゴンの感覚が抜けていない。


 サクヤでは、相手のウインドドラゴンの反応できる速度に限界があった。カトレアのドラゴンであれば問題が無いだろう。


 しかし、今はルーデルのドラゴン、サクヤの背の上なのだ。


 最高速を出したウインドドラゴンが、サクヤの右斜め後ろへと潜り込む。その光景を、カトレアは他人事のように見ていた。


(あ、不味い)


 一瞬にして理解したカトレアは、自分が狙われている事と敵とサクヤの配置から自分が死ぬ事が分かってしまう。


 呆気ないと思っていると、ルーデルの声が響く。


「逆だ、サクヤ‼」


 カトレアにはサクヤの声も聞こえなければ、ルーデルが何に対して逆だと言ったのかも理解できない。ただ、急激にサクヤが体を左にねじったのが体に伝わる。


 ウインドドラゴンの前足の爪が襲い掛かろうとした所で、カトレアにルーデルが飛びついた。サクヤの背から投げ出された二人は、空中に身を投げ出す形となる。


 命綱である長めのベルトが張ると、激しい衝撃がカトレアとルーデルを襲った。


 サクヤが体を動かした事で、微妙に狙いが外れた事でカトレアは助かったのである。無論、その後にルーデルが体を張った事も助かった理由の一つだ。


 そして、二人がベルトに釣られながら見た光景は、サクヤの裏拳がエノーラのドラゴンに当たった所である。


 それ以上に、カトレアは空中でお姫様抱っこをされている事に顔を赤くしていた。


(ちょっと! 何なのよこの状況は‼)


 追いつかない状況に、カトレアがあたふたしているとルーデルの視線はエノーラとその相棒であるドラゴンに向けられていた。


 吹き飛んだドラゴンとは別に、エノーラもドラゴンの背から投げ出された。


「不味い! サクヤ、小隊長の回収を頼む」


 ルーデルは、自分のベルトの固定金具を外すとそのまま風の魔法でエノーラの下に向かう。サクヤが言われた通りにカトレアをその大きな手で優しく回収すると、ルーデルも吹き飛んだエノーラを受け止めている光景が見えた。


 サクヤの指の隙間から、カトレアは顔を出すと少し悔しそうな顔をする。顔にかかる髪を指でかき上げ、少し拗ねていた。


「なにさ……」


 歳の割に乙女趣味なカトレアには、まるで王子様が取られたような気持だった。



 空中に投げ出されたエノーラをキャッチしたルーデルは、そのまま下に広がる森に着地をする。


 腕の中で涙を流しているエノーラは、両腕で顔を隠していた。だが、口元は悔しそうに歪んでいた。口からは嗚咽が漏れている。


「……答えられたら答えてくれ。何でこんな事をした?」


 エノーラを地面に降ろすと、ルーデルは屈みながらも警戒する。相手は泣いている女性だが、精鋭のドラグーンである。


 サクヤがエノーラのウインドドラゴンを押さえに行っているので、ルーデルはエノーラを押さえる事にしたのだ。


 最も、逆は出来ないので最善とは言えないが間違いではなかった。


 本来なら、エノーラを即時拘束しなければならないからだ。ルーデルの恩情で、エノーラは拘束されていないだけだった。


「ぐ、ぐやじがったからぁ! だがら……」


 泣きながら答えるエノーラに、ルーデルは手を差し伸べる。頭を撫でると、小さい頃に泣き出したレナをなだめるように語りかける。


「そうか、悔しかったんだな。でも、君のした事は分かってるな?」


 ルーデルの言葉に、エノーラは泣きながら頷いた。


 ルーデルには何が悔しいのか理解は出来ないが、ドラグーンがドラゴンを私闘で使ったのだ。かつてのリリムのように厳罰は免れない。


 そこへ、カトレアがエノーラの状況を確認するために現れる。


「ルーデル、エノーラのドラゴンは押さえたわ。アンタのドラゴンに押さえつけられて逃げられるとは思えないし、抵抗する気も無いみたいよ」


「そうですか」


 サクヤの様子を確認できた事で、ルーデルはこれがサクヤの自信になればと期待する。そして、残った問題はエノーラである。


「小隊長、今回の事は」


「無理よ。アンタが何を言いたいのか理解してるし、確かに助ける事も可能よ。けどね、こいつに殺されかけた私は許せない訳よ。この私の気持ちはどうするの?」


 カトレアがエノーラを憎んでいる様子は見えない。寧ろ、ルーデルに被害者の気持ちを教えている口ぶりだった。


 ルーデルだけが助けたいと思っても、エノーラは助けられないのだ。


 俯くルーデルは、自分に力が……権力が無い事を思い知る。次期大公という肩書だけでも今回の不始末を片付ける事は出来るだろう。


 しかし、カトレアがそれでは駄目だと教えてくれている。それに応えない訳にはいかないのだ。


「……事実を報告します。ただ、出来れば助命は願い出ます」


「まぁ合格かな? 助命を願い出るのは自由だしね。アンタも被害者な訳だからさ。……今回だけよ。それから、これはアンタへの貸しだからね?」


 ルーデルの貸しにすると言って、カトレアは無理やりエノーラを立たせた。ルーデルは笑顔になるが、そのままカトレアがエノーラを殴るとその笑顔も固まってしまう。


「カ、カトレア小隊長?」


 数発殴って地面に転がるエノーラの前に立つカトレアを見て、ルーデルはどうする事も出来なかった。カトレアがエノーラの罪を報告しないと言った事で、流石に止めて良いものか悩んでしまった。


「ただ、こいつにも罰は与えないとね」


 怖い笑顔を浮かべるカトレアに、エノーラは恐怖するのだった。


「大丈夫、表ざたにはいないから。でも、アンタのパパには報告してあげる」


「ヒッ!」


 この後、ルーデルが止めに入るまでカトレアはその拳を止める事はなかった。厳罰に処されるよりはマシだが、この事件後にエノーラはカトレアに頭が上がらなくなるのだった。

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