変態飛行と治療の魔法
北の海から一時的に帰還したミスティスとサクヤだが、大量に持ってきたペントシーサーに監視役を交代したルクスハイトは唖然とする。
「随分と持ってきましたね」
『凄いでしょ! お土産だよ』
サクヤが自慢げに両手を腰に当てて背をのけぞらせるが、ほとんどのペントシーサーは顔がボコボコになっている。
ドラゴンの子供たちは、巨大なペントシーサーにかぶりついていた。
それ以外にも、湖から少し大きな成竜になる前のドラゴンも集まりだしている。
『まぁほとんど私が狩ったんだけどね。サクヤったらホバリングがなんとか出来るだけで、拳と尻尾に体重が乗らないのよねぇ』
ミスティスが殴る仕草をすると、ルーデルは頷いた。やけに正拳突きが様になっていた。
「サクヤも頑張ったんだな」
『地に足がついてたら完璧だもん! ワン、ツー、フィニッシュ! を決めて、ボスを倒すんだから‼』
サクヤが拳を振り回すと、風圧で木々が揺れた。元気を取り戻したサクヤを見て、ルーデルも笑顔になる。
ルクスハイトの顔色は、ルーデルとは違い青くなる一方だ。
サクヤが家出した理由を聞いただけに、自分のドラゴンも無関係ではないと知っている。サクヤの殴る仕草を見て、自分の相棒を心配した。
「その意気だ! ……だがな、サクヤ。悪い知らせもある。竜舎のボスは、カトレア小隊長のレッドドラゴンだ」
『そ、そんな! 良いドラゴンだと思ってたのに……』
俯くサクヤだが、その隣のミスティスは震えていた。少し間を置いた後に、天に向かって吠える。その咆哮は、まるで空にある雲を割らんばかりの勢いだった。
『あの屑竜がぁぁぁ‼ 私が地獄に送ってやるわぁぁぁ‼』
この光景を見たルクスハイトは、監視役から降りる事を決めるのだった。ついでに、ルクスハイトの相棒である灰色ドラゴンは、竜舎の仲間に事実を伝える。
竜舎はお通夜状態となる事になる。
◇
「編隊飛行ですか? 自分も見た事は無いですね」
『そう、アンタなら変態飛行を知っていると思ったんだけどねぇ』
ルクスハイトが気分が悪くなり寝込むと、ミスティスはルーデルに変態飛行について確認を取る。マーティの時代には無かった事を、ミスティスは興味が無いから知らなかったのだ。
ただ、サクヤの件で現在のドラグーンと契約しているドラゴンたちに聞く事も出来ない。
サクヤから引き受けた変態飛行の件を、どうするかミスティスは真剣に考えていた。
「あ、でも何をやるかは知っていますよ。都市の上空を整列して飛行するらしいですね」
『それなら簡単じゃない』
「いえ、何でも曲芸飛行をする必要があるんです。毎年の恒例行事みたいなもので、ドラグーンは新人たちやベテランが披露するんですよ。毎年の事ですから、年々難易度が上がってるのが問題ですね」
説明しているルーデルでが、サクヤの状態次第では参加しない事も視野に入れていた。参加できるなら参加したいが、そこまでこだわっている訳でもない。
ルーデルにとっては、サクヤの方が大事である。
『曲芸? それも都市上空? 今のあの子ならかなりの被害を出すわね』
そう、今のサクヤでは宙返りすら危険なのだ。サクヤが都市に落下するだけで、被害総額は相当なものとなるだろう。
「そうですね。棄権するつもりです」
『馬鹿! 大馬鹿‼ アンタはそれでいいかも知れないけど、あの子が気にするのよ。はぁ~、困ったわねぇ』
考え込むドラゴンという、珍しい光景を見ながらルーデルも真剣に悩む。
「インパクトがあればいいらしいですから、曲芸飛行は諦めてもっと他の事に力を入れますか? サクヤを飾り付けるとか?」
『成程、飾り付けるのはどうかと思うけど、インパクトを与えればいいわけよね。それなら話は簡単よ。あの子を中心に他が曲芸を披露すればいいのよ』
「確かに。でも、サクヤは大きいですから、新人だけだと微妙ですね」
編隊飛行はベテラン組と新人組に別れて行われる。今期の新人が九名である事から、編隊飛行をする数も九騎となるのだ。
ルーデルが思い浮かべると、巨体のサクヤの周りを他の新人の灰色ドラゴンやエノーラのウインドドラゴンが飛ぶ姿が思い浮かぶ。
しかし、それではインパクトは弱い。
毎年、ドラグーンの編隊飛行を見ている人々には、お粗末に見えるだろうとルーデルは予想していた。
『任せなさいよ。それなりに見栄えのいい連中を連れてくるから……そうなると、ちょっと時間がかかるわね』
ミスティスが変態飛行の準備を開始する。
◇
「また監視役ですか」
「不満か?」
「いえ……。エノーラ・キャンベル、ルーデルの監視役を引き受けます」
エノーラは、副団長の執務室で父であるアレハンドを前に敬礼をする。だが、アレハンドは仕事中であり、父と娘として対する事はしなかった。
それが正しい事ではあるが、エノーラにとって父はいつもドラグーンであったのだ。家に帰ってもさして変わった所は無い。
「カトレアが今回の件ではやる気を見せん。お前には期待している」
アレハンドは、自分では気付いていないがカトレアとエノーラを常に比べている。エノーラが娘であり可愛いのは確かだが、それ故にカトレアに劣る事が許せなかった。
そうした言葉が、エノーラを深く傷つけている。
本人は、事実を述べただけだったのだ。今回の件はカトレアも関わっており、娘とカトレアを比べる気などなかった。
(カトレアがやる気のない仕事を、お父様は私に押し付けるのね)
アレハンドは早く一人前になって欲しいと思い、厳しくエノーラに対していると思い込んでいる。だが、娘であるエノーラは父の気持ちなど知らない。
(カトレア、カトレア、カトレア……そんなに好きなら、カトレアを養子にでもしなさいよ!)
執務室を後にするエノーラは、団長であるオルダートとすれ違うと敬礼をして足早に任務の準備のためにその場を去った。
すれ違ったオルダートは、溜息を吐く。まるで追い込まれたような表情をしていたエノーラを見て、アレハンドが娘と上手く行っていない事を悟ったのだ。
職場では娘を気にしている事を知っているだけに、アレハンドの余裕の無さが原因だとすぐに理解した。
「なんて顔をしてやがる。アレハンドの奴、本当にどうしようもねーな」
呆れながら副団長の執務室を訪れたオルダートは、ノックもせずに部屋へと侵入した。手には書類の束が握られており、ルーデルが破壊した訓練場に関する書類だった。
「よう! 雑用を終わらせてきたぜ」
こういった事は、アレハンドが行うべき事だ。ルーデルやサクヤの捜索の指揮を、オルダートが取るべきだった。実際に、そうした方が上手く行くのは団員のほとんどが知っている。
「ノックくらいしたらどうだ。それよりも、ルーデルの件だ。戻ってきたら厳罰を与えるべきだ」
「大公様に? 馬鹿だろ、お前」
アレハンドが本気でルーデルに厳罰を与えようとするのを、オルダートは笑い飛ばす。実際に、クルトアの上層部もそこまでは求めていないのだ。
寧ろ、副団長が厳罰を求める方が問題だった。
白騎士であり、次期大公であり、もしかすれば次期王になる可能性すら出てきている。そんな中で、アレハンドの意見を重鎮たちは到底受け入れる事が出来ない。
「ドラグーンであり、騎士として厳罰を求めて何が悪い! 特別扱いは他への示しがつかん‼」
「怒るなよ。というかだな、ルーデルとその愛竜は特別なんだよ。お前ももう少し臨機応変に対応しろよ」
オルダートは、アレハンドの焦りのような物を感じ取っていた。今回の件も、オルダートにしてみれば軽い案件だ。だからアレハンドに任せている。
アレハンドの意見は正論である。ルーデルも今では騎士であり、上の命令には従う義務があるのだ。
ただ、ルーデルの立場は特殊であり、求められている物が違うのである。
「臨機応変? 後手後手のお前に言われたくないな」
「はいはい、はぁ……で? ルーデル君は見付かったのかな?」
「……ドラゴンの住処でサバイバル生活中だそうだ。楽しんでいるとは、呑気な事だな」
吐き捨てるように呟いたアレハンドとは別に、オルダートはニヤリと笑う。
(面白い奴だよなぁ。危険なドラゴンの住処で、サバイバル生活とか俺なら断るけどな。まぁ、それはそうと戻ってきても面倒そうだな)
アレハンドを見るオルダートは、表情の堅い副団長を見て溜息を吐いた。
(はぁ、フォローしとくか。アレハンドは怒るだろうけどな)
◇
数日後、ルーデルの監視役をルクスハイトと交代したエノーラは、ルーデルを見る。
前回とは違い、新たにミスティスから課題を出されたルーデルは、子供のドラゴンを相手に治療の魔法をかけていた。
騎士として、応急処置程度の治療魔法は修めている。
今更の行動に、エノーラはルーデルの事を馬鹿にした目で見ていた。お気に入りの木の根に腰を下ろすと、少し離れた場所で治療を続けるルーデルに声をかけた。
「そんなに治療をしても、ドラグーンには関係ないと思うわよ」
だが、ルーデルは顔を向けもしないで答える。
「ドラゴンが必要だと言ったなら、それは俺にとって必要だという事だ。俺はこの治療の魔法をもっと磨く」
「はぁ、もっとやるべき事があるでしょう? アンタは魔法でも極めたら? 得意なんでしょう。学園を首席で卒業して、個人トーナメントは優勝。出来過ぎよね」
「……魔法は得意じゃない。だから必死に磨いて来たんだ。剣術も体術も才能は少しあるくらいだ。普通にしてたら天才には勝てない。だから磨いてきたんだ。それに、今でも毎日訓練はしている」
天才には勝てないといったルーデルの言葉に、エノーラは反発する。
「何よ! アンタは才能が有ったんでしょう! だから学園で成績はトップで、トーナメントも制覇したんでしょう? それが才能が無いですって? 笑わせないでよ!」
血の滲むような努力なら、エノーラもしてきた。女の子でありながら、毎日のように得物である槍を訓練してきた事で、手はゴツゴツとしている。
勉強も魔法も、父に言われて必死に学んできた。
そんな彼女でも、学園では主席にはなれなかったのだ。成績は上位だったが、先に卒業してしまったカトレアと常に比べられてきた。
ドラグーンになりたくて、毎日嬉しそうに訓練するルーデルとは違ったのだ。
エノーラの声が怒鳴り声に変わりだすと、ルーデルの傍にいた子供のドラゴンが水球を放った。エノーラ目がけて放たれた水球は小さいが、それでも子供とは言えドラゴンが放ったのだ。
エノーラは咄嗟の事に反応が遅れて水球に当たって後ろに吹き飛んでしまう。
その時、着地を失敗して足をひねってしまった。
エノーラの近くにいたウインドドラゴンが、子供のドラゴンに口を大きく開けて咆哮すると威嚇するような体勢に入る。
一斉に逃げ出す子供のドラゴンたちは、湖の奥深くに潜ってしまった。その場には、ルーデルだけが残った。
「お前ら、逃げるなら悪戯するなよ。……可愛い奴らめ」
ウインドドラゴンに威嚇されるルーデルだが、気にした様子は見せない。寧ろ、本当に怒らせたらウインドドラゴンに殺されている。
エノーラの下に向かうと、怪我の様子を見る事にした。
◇
濡れた服を脱いだエノーラは、下着の上にローブをまとっていた。
焚火を用意して、服を乾かしている。着替えを用意しているが、挫いた足をルーデルに見せてから着替えようとしたのだ。
流石に悪いと感じたルーデルが、治療を申し出たのである。何より、腫れ方が少し酷かった。治療の魔法が苦手であるエノーラは、ルーデルに任せる事にした。
「少し骨にもヒビがあるな。まぁこれくらいならなんとかなりそうだ」
「……さっきは悪かったわね。感情的になり過ぎたわ」
「確かに、君は感情的になりやすいな」
笑いながら肯定したルーデルを見て、エノーラは顔が引きつった。こんな事を言えば、大抵の男なら否定してくれると思っていたのだろう。
想像していた内容と違い、エノーラは恥ずかしくて口をつぐむ。
「じゃあ、始めるか……俺も人に試すのは久しぶりだが、痛くても泣くなよ?」
「泣かないわよ!」
だが、この後にエノーラは涙を流した。
「クッ、それ以上は……イヤッ! もう……」
地面に横になりながら、足をルーデルに突き出している状態のエノーラはローブが軽くはだけている。身を捩るたびに、ローブがはだけてしまうのだ。
顔は赤く、息は荒かった。そして、目はトローンとしている。最初は座って足だけを出していたのに、今では横になり手は地面に生えている雑草を握りしめていた。
「痛いか? もうすぐ終わる」
ルーデルは、エノーラの足首を左手で掴んで固定すると、右手から暖かい魔法の光を放つ。それは治療の魔法であり、ミスティスから教わった独特な治療魔法だ。
痛みの伴う治療魔法を、少しでも痛みを和らげる事に特化した魔法であった。
「違う! そうじゃなくて、イィィ!」
地面に生えている草を握りしめると、力が強いのか引きちぎってしまった。背筋が仰け反り、エノーラはこれ以上声が出ないようにローブの端を噛む。
これ以上、恥ずかしい声を上げないためだ。
すると、ローブが引っ張られてエノーラは生足をルーデルにさらすのだった。だが、本人はそれ所ではない。
意識が何度も飛びそうになる中で、ルーデルが一度魔法を止めた。
「大丈夫か?」
「はぁはぁ、だ、大丈夫……え?」
すると、今の自分の状態を認識した。あまりにも身を捩り過ぎて、ローブがほとんどはだけていたのだ。下半身など、ルーデルに晒している状態である。
恥ずかしくなりローブを直そうとすると、ルーデルが治療を再開した。
「そうか、じゃあ続きだな。もう少しで終わるから」
「ま、待って! 待っててばぁぁぁ‼」
その後も悶え続けるエノーラは、治療が終了すると地面の上にローブを敷いて横たわる姿をルーデルに晒すのだった。
あまりにも激しい治療に、エノーラの口からは涎が垂れている。口からは時折、意味のない声が聞こえていた。
「う~ん、まだまだだったな。でも捻挫でここまで苦しむ物だろうか? ……ま、まさか! 俺の治療魔法は物凄く痛いのか!」
痛みを減らす治療魔法を目指しているルーデルに、これは重大な問題であった。
「ドラゴンたちが痛みを感じないように治療魔法をかけていたというのに、肝心の人相手では激痛では使えないじゃないか! くそ、また一からやり直しだな」
落ち込むルーデルと、力なく横たわるエノーラ。
ルーデルが腰ミノ姿で、エノーラは下着姿である。誰かが見れば勘違いするような現場だろう。