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小隊長と変態飛行

 ルーデルの監視役を任されたエノーラは、カトレアが報告に戻った事でルーデルと二人きりになっていた。


 男と女が二人きりとなったのに、場所が森の中の湖と条件も良いのに全く色気が無かった。いや、ルーデルだけは腰ミノのみであり、多少の色気を出しているかも知れない。


 ただ、子供のドラゴン数頭と、組み合って遊んでいる。


 その光景を少し離れた場所から覗いているエノーラは、木の根を椅子代わりに座っていた。ドラゴンの背には鞄が幾つもあり、その中には非常食も備えられている。


 心配事は、ルーデルが男だという事だった。しかし、目の前の男が自分を襲うかと言われれば疑うしかない。


 なにせ、ドラゴンと遊ぶか食事の準備をするかという自由気ままな生活をしているのだ。その間、エノーラに声をかけたのは二回だけだ。


「食料を獲ってくる」

「もう寝る」


 この二言だけである。一応は警戒していたエノーラも、一晩明かせばそれが無駄な努力だと理解した。自分の容姿や体には自信があり、少しばかり信じられない気分だ。


(私って思う程に魅力が無いのかなぁ?)


 男性との付き合い方を真剣に悩み始めると、ルーデルは本当にいい笑顔でドラゴンたちと遊んでいた。


 少しばかり、自分が仕出かした事を考えさせたかったエノーラはルーデルに声をかける。


「アンタさぁ、そうやって遊んでいてもいいの? アンタはもう責任あるドラグーンよね? ここで遊んでいる時間なんかないわよ」


 少し棘のある言い方をしたが、これは事実である。


 だが、ルーデルの基準はどうしてもズレていた。流石に、変人であるマーティを尊敬するだけあり、思考もマーティに近いのだ。


 それだけでなく、ルーデルとサクヤには約束がある。黒い霧たちとの約束を果たすために、ルーデルの優先順位は他のドラグーンとは違っていた。


「問題ない。今はサクヤが特訓中だ。ドラゴンがいなければ、俺はただの騎士に過ぎない。だから俺はここで待つ事にした」


「だからさぁ、それなら宿舎で大人しく待てばいいじゃない。私たちも迷惑してるんだけど?」


「……お前は相棒が頑張っている時に、休んでいられるのか?」


 遊んでるくせに何を言ってるんだ? そんな事を思いながら、エノーラは溜息を吐いた。


「私たちは騎士よ。命令に従う義務があるわ」


「確かにそうだな。でも、俺は騎士である前にドラグーンだ。相棒のサクヤが頑張っているなら、それを待つ事にしたんだ」


(どこで待っても同じじゃん)


 呆れたエノーラは、ルーデルの説得を諦めて空を見上げた。木の枝や葉に邪魔されて、空は見えないが木漏れ日が綺麗だった。


 のんびりした時間を過ごすのは、これまでにあまりなかったとこれまでの自分を振り返る。


 ドラグーンになるために訓練し、そして学園では自分を磨いてきた。騎士になってからも、実力をつけるために必死で頑張ってきたのだ。


 ドラゴンを得るまでは、本当に忙しかった。なってからも、訓練やルーデルの探査で忙しい日々……本当に心地よかった。


 ふと、眠気を感じるとそのまま受け入れる様に眠りにつく。



 幼い時のエノーラが立ち尽くす。暗闇で父の声が四方から飛んできた。


「何度も言わせるな! これが出来なければ、今日は寝かさん!」

「こんな事が出来ずに、ドラグーンになれるものか!」


『……別になりたくなかった』


「なんだこの成績は! お前の同級生のカトレアは、すでにドラゴンを得たんだぞ!」

「上位? 一番を目指せ! お前がこうしている間にも、カトレアは……」


『だから、カトレアなんか知らない。比べないでよ!』


「カトレアが問題を起こした。全く……それでも辺境に飛ばされただけで済んで良かった」

「カトレアが辺境から戻ってくるな。これでようやく安心だ」


『……だから、カトレアが何よ!』


「まだドラゴンの住処へは行かんのか? いったいいつになったらドラゴンと契約できるんだ!」

「はぁ、ようやくドラグーンになったと思えば、カトレアは小隊長だぞ」


『何よ。何が気に入らないのよ! 私よりもカトレアが良かったなら、最初からそう言えばいいじゃない! 頑張ったわよ! 頑張ったのに……』


 幼い頃の姿をした自分が、目の前で(ウズクマ)り泣いていた。エノーラは、その光景を見て歯を食いしばる。


 見たくない自分の姿を前に、苛立ちが募った。


 子供の頃の自分を立たせようと腕を掴むと、幼い頃の自分の顔は泣いていなかった。ただ、凄い形相で自分を睨み返す。


『……怖い癖に。お父様がカトレアを選ぶ事が怖いんでしょ? だって、誰も貴方を見てくれない。そんな格好をしてても、自身も無い癖に……弱虫。貴方はカトレアに勝てないわ』


「お、お前に何がぁぁぁ‼」


 激高するエノーラは、そこで目が覚めた。



 苦しんでいるエノーラの声を聞き、ルーデルがその場に向かうとうなされていた。


 エノーラのウインドドラゴンは、食事のためにその場から離れていた。子供のドラゴンたちも、ルーデルの後をついて歩いてくる。


 エノーラを覗き込むと、苦しそうにしていた。


「うなされてるな。起こすか」


 エノーラの肩に手を置こうとした所、エノーラは目を見開いた。視線は周りの状況を調べるために動き回り、彼女の息は非常に荒かった。


 そこには、普段の余裕のある彼女の姿は無かった。


 ルーデルは、エノーラが起きた事で肩に伸ばした手を引く。息の荒いエノーラは、上半身が木に寄りかかっている状態だ。


 その場で立ち上がると、ルーデルを見る。息を切らしながら、ルーデルにある事を確認してきた。


「はぁはぁ、アンタさ……元はカトレアとは婚約者よね」


「あぁ、確かに元婚約者だな。それがどうした?」


 すると、余裕が出てきたのかエノーラは胸元のボタンを外す。息を整えると、いつもよりも魅力的なその体を見せ付ける。


「ねぇ、私と付き合わない?」


 カトレアは、ルーデルに対して非常に性質の悪い問題行動を起こしている。ただ、ドラグーンの女性騎士内では噂があった。


 カトレアがルーデルに気があるという噂だ。どこから出てきた噂なのかは知らないが、エノーラにとってカトレアが欲しい物を横取りするのは気分が良い。


 ルーデルを突発的に誘惑したのも、寝起きで頭が正常に働いていないからだろう。


 だが、ルーデルの答えは非常にアッサリしていた。


「駄目だな」


「……え?」


 胸元を強調していたエノーラから、間抜けな声が聞こえた。ルーデルは、エノーラが大丈夫だと確認すると、そのままドラゴンの子供たちを引き連れて湖の方へと向かう。


 慌てたエノーラは、ルーデルの背に怒鳴るように理由を聞いた。


「何でよ! 私に興味が無いの? それとも女に興味が無いの!」


 ルーデルは振り返ると、その動きに合わせて子供のドラゴンたちも振り返った。少し嫌そうな顔をしながら、ルーデルは答える。


「失礼な奴だな。俺は女が好きだし、欲情もする。だが、俺にそういう自由は無いんだよ」


「嘘よ! 騎士としての義務も果たさない癖に、何でそこだけ真面目なのよ!」


「はぁ、確かに君は魅力的だ。だが、別に俺の事が好きでもないのに付き合うのはおかしい。地位や財産が目当てなら、アルセス家は止めておくんだな」


 興味が無いと背を向けるルーデルを、エノーラは唖然として見ていた。しばらくすると、ルーデルを物凄い形相で睨む。


 握った拳が震えていた。


(こんな奴に……私はこんな奴にまで馬鹿にされるっていうの)



 その頃、カトレアは副団長に報告を行っていた。


「何故連れてこなかった!」


 机を叩き怒りを表す副団長に、表面上は真面目に答える。


「はっ、ドラゴンがいない状態では、連れて来ても意味が無いと思いまして。ルーデル団員のドラゴンは、合流地点がドラゴンの住処です。下手に動かして混乱する事態を避けようと……」


「言い訳をするな! お前たちがドラゴンでルーデルを連れて捜索すればいいだろう。すぐに戻って探し出せ!」


 アレハンドが慌てる理由は、重鎮たちにはアレハンドの責任で探し出すと大見得を切ったためである。オルダートへの対抗心から、自ら墓穴を掘ったのだ。


「しかし、北の海という情報だけでは我々だけでは」


「人員は回す。待て……北の海だと?」


「はい。流石に新人には厳しいかと思います。ウォータードラゴンを所有する騎士たちは、全員が任務中で出払っています」


 北の海には、ドラゴンを捕食するような化け物が存在する。蛇のように細長い体に、一本角のその化け物は、顔つきも非常に獰猛だった。


 【ペントシーサー】と呼ばれ、北の海を支配する化け物たち。


 水中に引きずり込み、ドラゴンですら捕食する。唯一対抗できるのが、水中でも力を発揮できるウォータードラゴンだけだった。


 それでも、逃げ切れるといった程度だ。


 非常に危険である。


「ベネットとキースは任務中か……外す事も出来んな」


 交易をする都市の近海で、魔物が発生した事で二名のウォータードラゴンを所有する騎士は任務に出ていた。


 水中での戦闘も考慮すると、どうしても二名を任務から外す事は出来ない。アレハンドは、北の海にわざわざ足を運んだサクヤを理解できなかった。


「何という事だ」


 考え込むアレハンドに、カトレアは無難と思われる提案をする。


「この際です。監視役を派遣して定期的に連絡をさせてみてはいかがでしょう? 片方を押さえておけば問題ないと思います」


「ルーデルを呼び戻せないのか?」


「動く気が無いようです」


 カトレアの答えを聞くと、アレハンドは机を拳で叩いた。こういった所を、先代の団長や副団長は知っていたから団長はオルダートに決まったのだ。


 ただ、総合的な実力はオルダートよりもアレハンドが高いとされている。


「……新人を交代で見張りにつかせろ。いや、カトレア、お前も責任を持って監視につけ」


「はっ(ちっ、押し付ける気ね)」


 カトレアの責任で、ルーデルを監視する事がこの場で決まる。だが、容量にいいカトレアは、自分の上司であるリリムに責任を押し付けるのだった。



 北の海では、ミスティスがサクヤに竜舎のボスとの戦いの必勝の策を授けていた。


 北の海は非情に冷たく、魚介類が豊富で美味い事で有名である。しかし、ペントシーサーが出現する事でも有名である。


 縄張りに入り込んだ敵を、容赦なく食い殺す獰猛な化け物たち。


『そこよ! ワン、ツー、フィニッシュ!!』


 ミスティスの声に合わせて、サクヤは海中から飛び出してきたペントシーサーに左の拳を打ち込むと、次は右の拳を打ち込む。


 そして、最後は回転して尻尾で強力な一撃を叩きこんだ。


 なんとかホバリングを物にしたサクヤは、今ではボスと戦う恐怖を克服するためにペントシーサーをサンドバックに鍛えている。


『もっと抉り込みなさい‼ そして急所を狙うの! ほら、次が来るわよ』


『こいつら顔が怖いぃぃぃ‼』


 泣き言をいうサクヤだが、ミスティスは厳しく鍛える。


『こんな奴らに驚いてたら、竜舎のボスなんか相手に出来ないわよ。さぁ、今度はもっと素早く、そして正確に拳と尻尾を打ち込んで! こうやって‼』


 海中からミスティスを目がけて飛び出してきたペントシーサー。だが、ミスティスは無駄の無い動きで拳を叩きこむと、最後は尻尾でペントシーサーに止めを刺す。


 何気に、尻尾で二回程攻撃する芸の細かさを見せる。


 すると、吹き飛ばすついでに、ペントシーサーを陸地に上げた。そこには、ミスティスとサクヤによって積み上げられたペントシーサーたちがいた。


『アンタは腕も長ければ拳も大きいし、尻尾も堅いからコツを掴めば簡単よ。これで竜舎のボスを沈めて、アンタが新しいボスになるのよ!』


『ボスとか面倒臭い。ルーデルとのんびりしたい』


『甘えないの‼』


『それに、ほばりんぐ? が出来てもブレスが当たんないし、編隊飛行なんかできないよぉ……ルーデルが馬鹿にされちゃう』


 落ち込むサクヤに飛び掛かるペントシーサーを、ミスティスは水を圧縮したレーザーのような一撃で真っ二つにする。


 倒し終わると、溜息を吐いてサクヤに約束をした。


『分かったわよ。その『変態飛行』ってのに付き合うから、アンタはこれに集中しなさい。ブレスなんかそのうちに当たるようになるから』


『本当?』


『任せなさい! 私の縄張りから数頭見繕えば……ちょっと目立たないわね? なら、他の縄張りから見栄えのいい連中を連れてくるから』


 他の縄張りには、ミスティスが呼びかけても動こうとしないドラゴンたちだ。一度だけ、アンデッドドラゴンの魂を解放した時は従ったが、それ以外では干渉してきていない。


『連れてくると編隊飛行できる?』


 サクヤは、編隊飛行をあまり理解していなかった。だが、ルーデルが言っていたので、あとで聞けば良いだろうくらいの認識だったのだ。


 そして、ミスティスは知っていると思い込んでいた。


『任せて! 立派な変態飛行を実現してあげる!』

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