表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぜんぶ夏のせい  作者: 湊人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

ここに置いていく


その日は、いつもより少し早く家を出た。


朝の空気に、九月の気配がわずかに混ざり始めていた。


駅前を通ったときだった。


見覚えのある背中が二つ並んでいる。


渚と、涼真だった。


まだ開店前の時間で、店のシャッターは半分だけ上がっている。


二人は歩道の端に立ち、同じ画面を覗き込んでいた。


特別なことは何もない光景だった。


それでも、少し前の自分なら、きっと目を逸らしていたと思う。


涼真が画面を見せる。


渚がわずかに身を寄せる。


その距離が、自然すぎた。


「それ絶対迷うやつじゃん」


「いや、こっちのほうがいいと思う」


「でもさ――」


小さな言い合い。


でも、楽しそうだった。



数メートル手前で、足を止める。


声をかければいいだけの距離。


それなのに、なぜかそのまま見ていた。


渚が笑って、軽く涼真の腕を叩く。


涼真が照れたみたいに肩をすくめる。


ただ、それだけだった。


それなのに、二人のあいだに流れる時間だけが、

はっきりと輪郭を持って見えた。


もし今、「好きだった」と言ったら。


ふと、頭をかすめた。


きっと困った顔をする。


それでも、ちゃんと聞いてくれる気がした。


渚はそういう人だ。


少し気まずくなって、でも時間が経てば笑い話になるかもしれない。


三人の関係も、壊れないかもしれない。 


――言えなくはない。


胸の奥で、言葉が形になりかける。


好きだった。


それだけでいいはずだった。


そのとき、笑い声が重なった。


渚の声と、涼真の低い笑い声。


朝の空気の中で、すぐにほどけて消えてった。


俺は小さく息を吐いた。


ああ。


もう、言わなくていいんだ。


言わない方がいい、じゃない。


言わなくても、もう大丈夫だった。


好きだった時間は、確かにここにある。


誰にも渡さなくていい、自分だけの季節みたいに。


それを言葉にした瞬間、少し形が変わってしまう気がした。



少しだけ遠回りして、店の裏口に向かった。


更衣室でエプロンを結びながら、鏡を見た。


顔はいつも通りだった。


数分後、二人が入ってくる。


「おはよ」


渚がいつもと同じ声で言う。


「おはよう」


涼真も続く。


俺も笑って答えた。


「早いね、今日」


「ちょっとな」


それだけの会話。


その瞬間、自分の役割がはっきりした気がした。


恋人でも、選ばれる側でもなく。


一番近くにいる“友達”。


それでいい。


そう思ったわけじゃない。

ただ、そういう位置に、もう立っているのだと分かった。


この気持ちは、

伝えなかったんじゃない。


自分で、ここに置いていくことにしたんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ