風だけが先に
八月も終わりに近づいていた。
昼間はまだ夏なのに、
夜になると風だけが先に季節を変えていく。
夏が終わる準備を、どこかで始めているみたいだった。
店はいつも通り忙しくて、
閉店後、気づけば店に残っていたのは俺と渚だけだった。
急に静かになった店内が、
少しだけ広く感じた。
店の明かりを落として、渚と二人で外に出る。
夜風が、昼の熱を少しだけ残していた。
並んで歩き出す。
久しぶりの二人の帰り道だった。
「ねえ、颯太」
少し歩いたところで、渚が言った。
「今日さ、ちょっと話したいことあって」
胸の奥が、小さく跳ねた。
「……なに?」
「歩きながらでいい?」
「うん」
夜風だけが、変わらず吹いていた。
言葉を待ちながら歩く時間が、やけに長く感じる。
頭の中で、勝手に期待が膨らんでいく。
もしかして。
いや、でも。
でも――
渚が立ち止まった。
街灯の光が、少しだけ横顔を照らす。
「ちゃんと伝えとこうと思って」
少しだけ言いづらそうに笑う。
その表情を見た瞬間、
なぜか胸の奥が静かに冷えた。
「私ね」
一拍置いて、
「涼真と付き合うことになった」
言葉だけが先に届いて、意味はあとから追いかけてきた。
音が消えた気がした。
波の音も、
風の音も、
遠くなった。
「……そうなんだ、おめでとう」
自分の声が、思ったより普通だった。
「なんか、ちゃんと颯太には言っときたくて」
渚は少し安心したように笑った。
「びっくりした?」
「いや……まあ、ちょっと」
嘘ではなかった。
本当でもなかった。
付き合った経緯も、いつからなのかも聞かなかった。
聞けば、何かが終わる気がした。
歩き出す。
さっきまでと同じ帰り道のはずなのに、
距離の測り方が分からなくなる。
何を話したのか、あまり覚えていない。
ただ、ちゃんと笑えていた気がする。
別れ際、
「これからも普通によろしくね」
渚がそう言った。
「うん」
それしか言えなかった。
電車に乗ってから気づいた。
告白されるかもしれないと、
どこかで思っていたことに。
電車の冷房が、いつもより少しだけ冷たく感じた。




