知らない時間
店は相変わらず忙しかった。
閉店間際、店長に呼び止められた。
「ごめん、少しだけ残れる?」
「分かりました」
渚と涼真は先に片付けを終えて、エプロンを外していた。
「俺、ちょっと残るから。先帰ってていいよ」
そう言うと、渚が少し迷った顔をした。
「待ってようか?」
「いや、大丈夫。どのくらいで終わるか分からないし」
涼真も小さくうなずく。
「じゃあ先行ってます」
「お疲れー」
軽く手を振って、二人は店を出ていった。
扉が閉まる音が、思ったより静かに響いた。
店長との話が終わったころには、店の明かり以外ほとんど消えていた。
レジを落として、鍵を閉める。
店長は少し先に上がった。
外に出ると、夜の空気は少し湿っていて、昼の熱がまだ残っていた。
いつもなら三人で歩く帰り道を、一人で歩く。
特に急ぐ理由もなかった。
商店街を抜けながら、自然と海の方へ足が向く。
波の音が近づいてくる。
海沿いの道に出たとき、ベンチの影が目に入った。
街灯の下。
渚と涼真が並んで座っていた。
二人とも前を向いたまま、ゆっくり話している。
渚が笑った。
大きな声じゃないのに、その笑い方だけはすぐ分かった。
涼真が何か言う。
渚が肩を揺らして、もう一度笑う。
いつも店で見ている光景と同じはずだった。
近づくにつれて、声が聞こえてきた。
呼べば届く距離だった。
それでも、少しだけ足を緩めた。
二人の間に流れている時間に、割り込んでいいのか分からなかった。
足音だけが、
自分の存在を知らせるみたいに響く。
「あ、颯太」
先に気づいたのは渚だった。
「終わったんだ」
「うん、今さっき」
「店長、なんだって?」
「来週のシフトの件だった」
涼真が少しだけ席をずらす。
「座る?」
「いや、いいよ」
そう言いながら、結局そのまま三人で歩き出した。
いつもと同じ帰り道。
同じ波の音。
同じ風の匂い。
なのに。
歩きながら、ふと思う。
――俺が「先帰ってて」って言ったんだった。
誰も悪くない。
分かっているのに。
なぜか、歩幅が少しだけ合わない気がした。
胸の奥だけが、少し遅れて痛んだ。
さっきまでそこにあった二人の時間だけが、
自分の知らないものみたいに感じた。




